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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第二十話:流行病(1)

 剣魔武道会より一ヶ月、ゴリフの両親にも挨拶を終えて無事に領地に連れて帰れたよ。だが、「娘さんを私にください」と言った時は殴られる覚悟もあったけど、スムーズに事が運んだのがある意味不気味だった。

 やっぱり、事前に皇帝陛下にお願いして根回しをしてもらったおかげかな。皇帝陛下に、ご報告に行った時はその場にいた全員の開いた口が塞がらなかった事が記憶に新しい。

 そんな事もあり今では、一代貴族を卒業して侯爵まで一気にランクアップした。二階級特進とかそんなレベルの昇進速度じゃないよ。平社員から一気に本社の本部長にまで格上げされた気分だ。

 他国の王族でしかもランクAの冒険者を娶るとなっては、流石に国もメンツを気にするようだった。おかげで、ウルオールに隣接する国境に面した領地を貰い受けた。まぁ、あれだね…有事の際は双方をお互いに守りましょうというある種の政治取引がなされたのだろう。

 元の領地は、管理の問題もあるので申し訳ないが返却した。もちろん、大事な領民は希望者を連れて移動したけどね。孤児院の連中は強制移動だね。拒否権などあるはずがない。

 それから、今日に至るまで一ヶ月ほど一緒に寝食を共にしたが人は外見で判断したらダメだと改めて理解した。王族だけあって礼儀作法や一般教養のレベルが非常に高いだけでなく、家事全般、音楽、ダンスと女性らしい趣味は全て完璧。まじ、パーフェクトな女だよ。

 おかげで、安心して冒険者として頑張れるわ。

 ゴリフ達には、領地運営に関する全権を任せている。休みを取ったら必ず帰ると約束しているし、それに逢いたくなったら『ネームレス』まで遊びに来ていいよとも伝えている。

 ゴリ二人…ゴリフ+シスターズ、名づけてゴリフターズを連れて迷宮に潜るのも悪くなかろう。

 ゴリフターズならば、道中の心配など必要あるまい。むしろ、襲った方の連中の方が心配だ。

 さて、まずは一ヶ月ぶりにギルドに挨拶に行こうかな。『ファルシオーネ』で忙しすぎてお土産を買う時間が無かったから、栄養価抜群の蟲卵を2ダース程詰めた折箱を用意した。まぁ、マーガレット嬢も色々とスタイルを気にするお年頃だから喜んでくれるだろう。

「だが、街全体が妙に暗いな。口を覆っている者達が多いな。インフレンザでも大流行しているのかな」

 もし、そうだとするなら嘆かわしい限りだ。冒険者達が集う街が、たかがインフレンザ如きで暗くなるなど鍛え方が足りないよ。迷宮下層の猛毒渦巻く場所で深呼吸できるくらいに鍛えなければダメだよね、全く。

 ドン

「ごめんよ。急いでいるんだ」

 15歳くらいの子供が道を歩いているとワザとぶつかって来た。そして、私の懐に手を伸ばして小袋を奪って見事に逃走していった。

 短時間でなかなかの手際の良さ…いや、手癖の悪さとでも言うべきか。

「その袋を持って行っても構わないよ。でも、袋の中には蟲がいるから気を付け…」

 まぁ、無理か。なんせ、両耳はここにあるのだからね。手に持っていた子供の耳を地面に捨てた。

 ガキが盗むと同時に、この世の厳しさを勉強させる為に耳を削ぎ落とした。優しいから、痛みを感じないように一瞬で終わらせてあげた。

「この街も私がいない間に随分と物騒な街になったものだ。嘆かわしいね」

 蟲が裏路地から盗まれた小袋を持って私の下に戻ってきた。蟲が血まみれになっており、怪我でもしたのかと心配したが、無事なのを確認して影に格納した。怪我が無くて本当によかった。




 辛気臭い外と比べてギルド本部は、それなりに活気を見せていた。私が中に入ると一瞬注目を集めた。「引退したんじゃなかったのかよ」「どうせ、王家の威光目当てだ」など、陰口を色々と囁かれたが気にするほどの事ではない。高ランクになるとよくある事だ。

 そして、受付嬢のマーガレット嬢と目が合うと露骨に嫌な顔をされた。

「手土産まで持参してきたというのに、そんな顔をされるとは心外だな。ギルドは、冒険者をいつでも歓迎するんじゃなかったのかな?」

「勿論でございますレイア様。それと、ご結婚おめでとうございます。まさか、あのお二人を娶られるとは考えておりませんでした。………この指、何本に見えます?」

 マーガレット嬢が本気で不思議そうな顔をして三本の指を私の前に出してきた。

「視力は、正常だ3本。言いたい事は、分かるさ…だが、あの二人は最高の女だ」

 人を見た目で判断しているうちは、マーガレット嬢もまだ凡人の領域を出ない。

 市販されていない究極のダイエット商品をマーガレットにプレゼントした。レイア謹製の非売品だと伝えたら…「まず、後輩に食わせて」などと非常に失礼な事を言っている。商品の安全性については、既に確認済みだというのに。

「約一ヶ月ぶりに『ネームレス』に戻ってきたのだが、街全体が辛気臭いね。更に、新参者も多い…何かあったの?」

 先ほどのスリという悪事を働く子供の事が気がかりだ。

『ネームレス』で私相手にワザとぶつかってくるような愚か者など滅多に居ない。それなりに目立つ容姿をしているので街を歩いていても人が勝手に避けていくのが普通である。

 まぁ、徒党を組んだ愚か者達に金銭目当てで襲われた事は何度かあるが、蟲達の腹を潤す事になっただけだ。

「あるといえば、ありますね。ここ最近、体に黒い斑点ができ高熱を発する黒紋病という病が流行しております。過去にも何度か同じように流行した事がありますが、対処方法は確立しております」

「だから、口を覆っている人が多いのね」

 伝染病の一種かな。

「特効薬の材料となるのが、迷宮にあるという事かな?」

「お察しの通りです。製造方法はギルドの秘伝ですが、材料は迷宮にある白水花という花が必要になります。ギルド本部からの依頼が、大量にあります」

 なるほど。だから、知らない顔の冒険者達が徒党を組んでいるのか。普段に比べてCランク相当の連中が多いな。という事は…

「その花って下層にしか咲いてないよね?恐らく20層後半~30層前半あたりかな。で、その特効薬って一ついくら?」

「冒険者達を見ただけで、そこまで当てますか…流石ですね。今まで発見報告があったのがその階層あたりです。更に、下の階層にもあると思いますが何分潜れる冒険者が殆ど居ないので不明です。ちなみに、特効薬は一本200万セルですよ」

 200万って高いな。この世界において薬は高額なのは当然だが、それでも高い。特効薬という事とギルド秘伝という事でボロ儲けしていると見える。命に関わる病のようだから、高くても出すしか無いという事か。足元を見た実にいい商売だ。

「いい値段だ。数日は、ゆっくりして良い依頼がなければ一枚噛ませてもらおう」

「いつでもお待ちしております。もし、35層以降で白水花を発見された場合には追加報酬もご用意いたしますのでご報告をお待ちしております」

「わかった。念の為、特効薬と白水花を一本いただいておこう」

 マーガレットに300万セル程を渡して現物を手に入れておいた。私の可愛い蛆蛞蝓にこれと同じ物が作れるか試させよう。可能であれば、色々と役に立ちそうだしね。



 数日後、ギルドのバーで独り寂しく、食事をしていると何やら受付が騒がしい。

 冒険者だと思われる中年男性が何やら必死に懇願している様子に見える。どうも、娘が黒紋病に侵されて苦しんでいるが、薬を買う金が工面出来なくて嘆いているようだ。

 低ランクっぽいし、誰もお金など貸してはくれないだろう。いつ死ぬかわからない冒険者に金を貸すような奇特な人物は居ない。

 幸い低ランクとは言え、サポータとして使える人材なら白水花を探しに行く下層パーティーに雇ってもらえるだろう。受付で駄々を捏ねている暇があるなら、一秒でも早く自分の雇用先を探して稼いでこいと誰しもが思っている。

 あ、マーガレット嬢が「いいところに居た」という顔をしている。そして、軽やかな足取りで近づいてきた。

「周りに迷惑をかける冒険者は、早々に追い出したほうがいいぞ。ギルドの雰囲気が悪くなる」

「者は使いようです。あれでも、ランクDなので役に立つ時くらいはあります。それに、息子が裏路地で何者かに殺害され、娘が黒紋病に侵されている冒険者を無碍に扱ってはギルドとしての評判も落ちてしまいます」

 清々しいまでに腹黒いな。

 ゴリフの爪の垢でも飲ませてみようかな。もしかしたら、腹の中から浄化されるのではないかと思ってしまう。…全身が浄化されて何も残らなかったりして。

「迷宮で人が死ぬ事は珍しくないが、街中での殺人となると物騒だな。身の危険を感じるわ」

「へ~そうですね。お仕事のお話になりますが、黒紋病が予想以上に広まっており近隣の町にまで感染者が出てきております。その為、特効薬となる白水花がかなり不足しております。レイア様には是非、35層以降の階を中心に探索を依頼したいのです」

 35層以降という事は、現在発見報告がされていない階層である。あるかも定かでない場所にお前なら大丈夫だといって向かわせるのはどうなのだろうか。まぁ、いつも通りに下層でモンスターを狩る片手間に探してやらん事もないがな。

「下層で狩るついでに探しておこう。あと、先日の手土産はどうだった?完璧なダイエット食品だっただろう?是非、感想を聞きたいのだが」

「そりゃもう効果抜群でしたよ。後輩なんて二日で二Kg痩せましたよ。それなりに食べる子だったのですが、今では食事を拒むようになってやせ細っております」

「そりゃ、よかった。気に入ったのなら、是非定期購入をしてくれ。安くしておこう」

 何やら、マーガレット嬢の眉がピキピキといった効果音を立てているが問題あるまい。しかし、拒食症になるのかが疑問だな。ジュラルドやエーテリアからもそんな報告はあがっていないのだが。

 もっと、一般人に投与して研究をする必要があるな。

 まぁ、孤児院で盛大に振舞って改善を図ろう。

 迷宮に直ぐに潜るのも良かったが、まだ特効薬の分析が終わってからにするつもりだ。秘伝というだけあって蟲達を使ってもなかなか成分が分からない。だが、あと2.3日もすれば試作品くらいは作れそうだ。




 迷宮下層に向かう前にギルドへと足を運んだ。

 英気も養い、気力も十分。だが、残念なことに黒紋病の特効薬は、蛆蛞蝓単体では完全再現はできなかった。蛆蛞蝓単体では、病状の進行を一時的に停滞させる事が出来る程度だ。

 白水花と蛆蛞蝓を併用させる事で完治させられるが、材料が必要になる時点で望んだ結果ではない。やはり、伝染病は治しにくいか。

「まぁ、また一つ蟲がパワーアップ出来たという事で結果オーライだろう。という事で・・・黒紋病の病状を一時的に停滞させる薬を売り出そうと思うんだが」

 蛆蛞蝓の胃液の詰まった小瓶を見せた。

「レイア様、お互いwin-winな関係で有り続けたいので、ご自重していただけるとありがたいのですが…」

 こんなおいしい商売をギルドに独占させておくのは、どうかと思うのよ。それに、この病…怪しい点がいっぱいある。そもそも、ギルドしか製法を知らない特効薬など胡散臭い。

 個人的には、この病はギルドが流行らせていると見ている。ギルドが病をばら蒔き、特効薬をギルドが販売する。これだけで、凄まじい利益が考えられる。

 この世界の人達は、秘伝とかいわれて「そうなのか、なら仕方がない」と考える癖があるのがよろしくないよね。何事も疑わないと。

「ならば、個人的に白水花を買取して黒紋病を完治させる治療を始めさせてもらおうかな。冒険者が個人で始める商売なのだから、問題なかろう?マーガレット嬢」

 仮に真相が異なっていたとしても、ギルドとしては独占商売が邪魔されかねない事態だ。私が並の冒険者なら謀殺されていただろう。

 だが、私は嫁も含めてスペシャルなのだよ。やれるものならやってみると言ってやる。ゴリフ達が本気を出せば、この街は一撃で浄化されるだろう。

「………このくらいで、いかがでしょうか?」

 マーガレット嬢が0の沢山並んだ明細票を見せてくれた。

「ふむ、その金額で手を打とう。念の為、病状を一時停滞させる薬のサンプルを渡しておく。迷宮から帰ってくるまでに、それを使って事実確認をしておいてくれ。それでは、また二週間後くらいに」

 マーガレット嬢が苦笑いをして見送ってくれた。

 ギルドから出る際に、黒紋病に侵された少女が入ってくるのと入れ違いになった。

 伝染病に侵されているにもかかわらず、堂々と外を歩くのはどうかと思う。立ち去り際に「兄を殺した犯人を…」とか聞こえた。どうやら、街で殺人があった件の関係者らしい。

 ここまで妹に思われる兄だ…きっと、よほど出来た人間であったのだろう。だが、この紳士の代表である私ほどではあるまいと自画自賛した。

 そして、トランスポートから迷宮へと移動した。
スリを追う⇒事情を聞く⇒同情する⇒妹治療 

なんて展開などありませんぜ皆様。
世の中、一度失敗したら人生が終わることなど沢山あるんだ><

なんとか次話を投稿できた。
明日からまたお仕事地獄orz
来週は何日家に帰って来れるかな…(汗
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