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第十六話:剣魔武道会(3)
剣魔武道会本選は、国家を挙げてのイベントだけあって会場は熱気に包まれていた。パレードは勿論、各国の名物料理を出す店、出場者の情報をパンフレットで売る者、賭け事をする者などが集い、会場は見た事が無い程の賑わいを見せている。
そして、本戦出場選手の入場が始まり、集まった観客達から盛大は拍手が浴びせられる。一般人が普段お目にする事すら難しい高ランクの冒険者達。常軌を逸した強さは、畏怖と同時に憧れの的でもあった。そんな強者達が己の威信を掛けて挑む試合は、老若男女問わず人気なのである。
そんな大層なイベントの主役の一人として参加するのは、些か緊張する。せめて、エーテリアとジュラルドも紛れ込めたら良かったのだが、生憎と体格的な問題で私しか替え玉受験が出来なかったのだ。
念の為、総重量300kgの鋼鉄製フルアーマーに加えて、顔がすっぽり隠れるフルフェイスヘルムを付けた。だが、大会運営側も馬鹿ではない。本人確認をする為、ヘルムを取らされたが…蟲達を使ってクラフトの顔に擬態しているから何とかなった。正直危なかったぜ。
『クラ…』
蟲達を使っての数で押す作戦は使えないが…幸い、鎧を着た状態なら『蟲』の特性を付与してもバレない。力押しでどこまで勝利を収められるか多少の不安はある。しかし、本選に残った選手陣を確認してみるが…エーテリアやジュラルド程の使い手の気配は感じられない。
『クラフト選手!!』
「あぁ、はいはい」
名前を呼ばれていたようだが、他人の名前だったので気づくのが遅れた。
なにやら、本選の司会進行担当だと思われる兎耳をした亜人の女性が何か聞きたい事がありそうな面構えをしている。やはり、亜人には美人でスタイルがいい子がおおいな。
魔法の才能もあるようで『風』の魔法を使って自らの声を会場全体に響き渡らせている。
『予選と本選で、装備が全く異なっておりますね。これには、なにか訳があるのですか?』
「予選で見せていた戦闘スタイルは、偽装です。これが本来の私のスタイルです」
『おぉ!! それは、期待できますね。では、本選に向けての一言いただけますか?』
一言か…周りの選手陣営を確認して、言うべき一言を考えた。全員が揃いも揃って中途半端な実力者である事は肌に感じで分かっている。しかも、なぜが女性の方が多い。具体的に言えば7:3である。冒険者の総人口的に考えて男性の方が多く生き残りそうなのだが、不思議だ。しかも、全員の目が血走っている気がする。
それは、さて置き一言というのは難しい。だが、長々と話してくれと言われても困る。だから、会場の選手達に素晴らしい一言を贈ろうと思う。
「ふっ、雑魚共が」
私の一言で、会場から絶大な声援が送られてきた。選手陣営からは、ものすごく睨まれている。
『すでに勝利を確信している発言です!! ランクBになって日が浅いというのになんという自信でしょう!!』
大層盛り上げてもらって悪いが、正直、選手陣営より気になる者がいる。
会場の特等席からこちらを見下ろしている神々しいオーラを放っている双子の美少女エルフ。透き通るような白い肌、蒼い瞳と長いプラチナブロンドの髪…胸のサイズは、見る限りAと小さいがそれを補ってあまりある程の美しさ。
白銀と黄金の杖を携えたあの二人こそ『聖』の魔法の使い手であるランクAのキチガイと見て間違いないだろう。なるほどね…あれ程の美少女ならば求婚が掃いて捨てるほどくるのも納得だ。ランクA…胸のサイズもA…天は人に二物を与えずか。
だが、同じ特等席にいる連中が彼女達に話しかけないのは間違いなく、護衛についているゴリラのような二人組のせいであろう。ジュラルドより、いいガタイをしているとか笑える。見た目通り、完全に前衛だろう。一人が持っている武器は、巨大なオリハルコン製のトゲ棍棒…しかも二刀流!! もう一人は、車すら一発でスクラップにしそうな巨大なオリハルコン製のハンマー。
更に恐ろしいのは…ゴリラの服装だ。ビキニアーマーっぽい装備でアマゾネスなのですよ マジで!! これが意味する事は、アレで女なんだぜ。本当に怖い。ついでに言えば、間違いなく私と同格以上の二人組だろうね。『蟲』の知らせがビンビンしているよ。
今後、あのゴリラのようなエルフ二人組は、ゴリフと命名しよう。
◇
選手控え室にて、エーテリアとジュラルドと合流した。二人には、私のセコンドとしてついて貰う事になったので会場内までスムーズに入れた。
「エーテリア…私は、槍術を全く知らないんだが。馬鹿でも3分で師範代クラスになれる講義をしてもらえないかな?」
「何言ってんだ。武器なんて、相手がいる方向に全力で振りゃいいんだよ」
…なるほど。エーテリアは、直感系の天才肌だな。この手のタイプは、どんな武器でも勘で達人級の腕前を発揮する。
だが、的確なアドバイスだ。
虫の特性を付与した状態での身体能力は、誰にも負けない自信がある。この重装備でも、普段以上に全く変わらず動けるのは『蟲』の魔法のおかげである。
「いいアドバイスだ。スピードと力でブッちぎるわ」
「長期戦になって、不測の事態が起こるより初手から全力で殺しきるのがいいですね。多少怪我をされても、治療しますのでガンガンお願いします」
「無論だ、ジュラルド。我々は、勝たねばならないのだ。念の為、槍には下層の猛毒をたっぷり塗りこんでおこう」
ランクB冒険者である以上、頑丈な可能性もある。搦め手も必要であろう。猛毒を持つ蟲達を呼び出して、毒を混ぜ合わせる。こうする事で、極めて解毒しにくい強力な毒が完成である。切り傷どころか触れただけで、やばい代物の完成だ。
近接戦闘も考慮して、鎧にもたっぷり塗っておくか。
「まさか、自分の毒で死ぬなんて落ちはねーよな?」
「可愛い子供の体液で死ぬはずないよ。ほら、素手で触っても問題ない」
槍からも鎧からも毒々しい液体が滴り落ちる。エーテリアとジュラルドは、マスクで口を覆い、風の魔法で自らを守っている。
これで攻守共に優秀な装備が完成した。この大会が終わったら、そのままクラフトにプレゼントしてやろう。先輩からのささやかな贈り物だ。
「クラフト選手。そろそろ、お時間なのでよろしくお願いします」
出番を告げに着た運営の者が部屋の扉とノックした。
「あぁ、分かっている。二人共、行こうか」
「おう、負けんじゃねーぞ」
「我々の分までよろしくお願いします」
『蟲』の魔法を用いて蟲達の特性を付与していく。鎧で隠れていて分からないが、触覚が生え、牙が生え、筋肉が膨張する。重い鎧が、衣服と何ら変わらぬ重さに感じる。槍など、羽のように軽い。
◇
選手の入場と共にお互いのプロフィールが紹介される。相手は、『ガルマ』という『ウルオール』の南にある小国出身者のようだ。『火』『土』『水』の三属性を操るランクB冒険者である。年齢は、34歳で…独身。
「なぁ、マールと言ったか?戦う前に一つ質問していいか?」
『おぉ、クラフト選手。試合開始前にマール選手に興味津々か!! 流石は、イケメン槍使い』
「これから試合だというのに、なんでしょうか?」
実は、私は疑問に思っていた事があったのよ。冒険者という職業は、憧れるのはわかるよ。だから、この女性に聞いてみたい。
「いい年だけど、恋人居ないでしょう?」
………
……
…
「………」
会場の全体が、それは触れちゃいけない話題だろうという空気で充満した。司会進行を務める者もフォローが出来ない。
「男性と違って女性は、ランクが低いうちに理想の異性を見つけておいた方がいいよ。高ランクになってからじゃ異性なんて寄って来ないからさ。だから、聞きたいんだ。女を捨ててまで、なぜ冒険者になったの? 楽しい? 子供がいる家庭に憧れないの?」
エーテリアのように生涯の伴侶といっても過言でないジュラルドがいるような例外もいるのも事実。しかし、この業界において女性が強くなるという事はそれだけ婚期が遅れると言っても間違いない。
『ク、クラフト選手!! 女殺しのイケメンだと思ったら、本気で女を殺しに掛かってきたぞ。なんという一方的な攻撃でしょう。マール選手の眉間に皺が…』
「は、早く試合を始めなさい。あの面ボコボコにしてやるわ」
旬を過ぎた女性が、何やらお怒りだ。
女を捨ててまで冒険者になった理由を少し聞いただけだというのに、私に向ける殺意が爆発的に増大した。結婚が女の絶対的な幸せという事ではないと思うが、子供が欲しいと思う母性はこいつらには無いのだろうか。
「ランクBになるという事は、冒険者としての才能はあったけど。女としての才能は、残念だったと。天は人に二物を与えずとはよく言ったものだ」
先ほどから、選手陣営の何名かが耳を塞いでいる。私の忠言が耳に痛いようだ。
「言わせておけば!! 死ねぇぇ」
マールが試合開始の合図を待たず、『火』の広範囲魔法で放った。
無詠唱だというのに、流石はランクBの火力。大木を一瞬で消し炭にしてしまう程の火力で覆われた。重装備の鎧という事で中までコンガリ焼けそうになったが…迷宮の蟲達はそんな甘くはない。魔法に極めて強い耐性をもった蟲達も沢山いるのだ。
心地よい温度だ。
『ま、マール選手。開始の合図を待たず、何と言うことでしょう。一瞬でクラフト選手が火に飲み込まれた。これでは、中までコンガリ焼けてしまうこと間違いなしでしょう』
司会は、私が丸焼きになるのを楽しみにしているようだが、残念である。私を丸焦げにしたいならばこの100倍持ってこいと言ってやる。
火が収まり、鎧の周りに塗った毒がこんがり焼けて、あたりに強烈な毒素をばら撒き始めた。
自然に気化する分には、近くに居なければ問題ないが…マールの『火』の魔法のせいで鎧に塗っていた毒が一気に気化したのだ。
セコンドとして付いていたジュラルドが察して観客達に被害が及ばないように『風』の魔法で上空へと毒素を運んでいく。
流石はジュラルド…実に紳士の行いだ。
だが、司会は残念ながら設置されている特設リング上に入る為、徐々に毒に侵されていく。幸い、空気中から僅かに摂取しただけなので直ぐに死ぬわけじゃないが危険な状態なのは変わりない。
なんという下衆な行いをしてくれるんだ。
「おぃ、死にたくなければ早く試合を開始しろ。女としての消費期限が切れているマールの野郎が毒を撒き散らせやがった。早く解毒しないと死ぬぞ」
『気分が悪いと思ったら道理で…マール選手。本気で相手を殺しに来ました。死にたくないので、クラフト選手頑張ってください!! それでは、試合開始です』
「きぇぇぇぇぇぇ!!」
試合開始前に相手選手を攻撃…更に、猛毒を撒き散らして司会および観客の殺害未遂。もはや、女性だからという事で手を抜く必要がない。こんな外道など紳士たる私が成敗してくれる。
奇声をあげて、無詠唱の魔法を使って絨毯爆撃してくる。すでに、女として色々と終わっている。
魔法一発一発の威力も決して悪くない。だが…
「私の方がアンタより強いんだわ」
蝗や蜘蛛などの『蟲』の特性を付与した脚力でリングを蹴り、マールとの距離を一瞬で詰める。
無論、魔法による弾幕が張られているがお構いなしだ。更に、エーテリア直伝の槍術…マール目掛けて槍を全力で横薙ぎに振るう。蟻や甲虫の力自慢の『蟲』の特性でバカみたいに強化された筋力で振られる一撃は、防御の上からでも相手を吹き飛ばす事は容易い程であった。
だが、痛恨の一撃になるはずだったが…マールがマトリックスばりの回避能力を見せた。
ば、馬鹿な!!
ランクBの女の捨てた冒険者を舐めていた。だが、槍を握る手に力を込めて攻撃する向きを90度方向転換させた。こちらのほうが一枚上手である。
「善良な観客を巻き込む悪魔よ!! 我が槍で果てるがいい」
「ぐぉぇ」
『水』の魔法で身体能力が強化されたマールが文字通り「く」に曲がり、ゴキと鈍い音がして観客席までダイブした。本当なら真っ二つにするつもりだったのだが…まだ生きているとは、しぶとい。
逆恨みされても困るので、トドメを刺しておくか。
観客席目掛けて、槍を投擲する構えをとった。観客が何をするか察して、マールのそばから一斉に離れ出す。観客達よ、キサマらを殺そうと目論んだ悪党は、この私が成敗してくれる。
『ストップストップ。クラフト選手、そこまでです!! ゴッホゴホ…マール選手の戦闘不能によりクラフト選手の勝利です』
悪の根源を倒そうとした矢先に止められてしまった。まぁ、一回戦が突破できたので結果オーライとしておこう。
観客達からの声援に応え、手を振る。特等席にいる美少女達にも手を振ってみたら、上品に手を振り返してくれた。
………
……
…
これって、世間一般的にみて脈アリじゃね!?
いっそうの事、クラフトを亡き者にして完全に成り代わろうかなと本気で考える。
強くなりすぎた女性って婚期逃すよね…かわいそうに。

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