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第十五話:剣魔武道会(2)
ちょっと短めです。
◇
地下の牢屋に入れられて、早三日…一向に釈放されない日々が続いております。そして、あまりにも暇だったので、狭い牢屋を大改築しました。
他国のランクBであり、皇帝陛下の勅命を受けて剣魔舞踏会に参加する我々を誤認逮捕だとは言え、臭い牢屋に閉じ込めたとなっては看守達が職を失いかねない。故に、手厚く扱われていたと言う為に、事実を作り上げた。
まずは、壁を取り除き部屋を広げ、蟲を使って地下を建設。更に、殺風景だったので壁画や彫刻などを多数作った。床は、鏡のように磨き上げられ光を反射する。更に、ジュラルドの魔法で噴水まで用意され、快適な気温調整がされている。これで、最高級の宿屋にも劣らぬ部屋が完成した。
「ふっふっふ、私の手に掛かれば、何処であろうと快適なお住まいに大変身さ」
「最高だぜ。特に、この絹毛虫っていいな。一家に一匹必要だ…アタイに一匹譲ってくれよ。大事に育てるからさ」
「僕としては、この蜘蛛がいいですね。迷宮で寝る場所に困りませんよ」
もっと褒めるがいい。蟲達も自分達の事を理解してくれる存在に対して非常に友好的である。
モキュキュ(お父様以外の人に抱かれる気は、ありません。離しなさい!! 離さなければ、私が居ないと眠れない体にして差し上げますよ。ふっふっふ…あれ、離さないのですか。私、そっちの趣味はないんです。助けてお父様~)
だが、何かを忘れている気がする。
「思い出せん。何か忘れている気がするんだが…」
「そうか、実はアタイも何か大事な事を忘れている気がするんだよ」
「朝食のデザートを忘れている件じゃありませんか?」
そうだ!! それに間違いない。
そうと分かれば、悩みを解決させるのは簡単だ。すぐに、蟻を呼び出してお金を括りつけて買い物へ向かわせた。もちろん、意思疎通が出来ないのは分かりきっている為、メモも一緒に付けて外へと送り出した。
「私とした事が、みんなの朝食のデザートを忘れてしまうとは申し訳ない」
「なーに、気にすんな」
「牢の中にいて何不自由なく、暮らせるのはレイア殿のおかげなのです。そのくらいで謝らないでいいですよ」
それにしても、昨日から看守すら来なくなったが…もしかして、体調でも崩したのだろうか。先日、我々が大改築したのを見て顔が青ざめていたからな。風邪ではないかと不安である。
初日には、温かいスープをおまけしてくれたいい人だからお礼を兼ねて治療をしてあげよう。蟻のフェロモンを付着させているから、辿らせれば看守の家に着く。
◇
更に、三日後。
体が鈍らないように訓練場を作っていた最中、私に面会者が現れた。面会室に行ってみれば、見知った顔のシュバルツが険しい顔をして座っていた。髪はぼさぼさ、何日も風呂に入っていないような匂い、睡眠不足のようで目が真っ赤…酷い健康状態に見える。
「「………」」
何が楽しくておっさんと見つめ合わないといけないのか理解できない。
「貴様は、ここで何をしている」
「無実の罪で檻の中におります。早く、身の潔白が証明されるのを期待して大人しくしております」
仮にも国の看板を背負って、剣魔武道会に参加するのだ。その参加者が、脱獄など出来るはずがない。脱獄したら、国だけでなく。看守達にも迷惑が掛かる。
「では、もう一つ聞きたい事がある。貴様、『ファルシオーネ』までは馬車できたそうだな。しかも、襲撃を察知して逃げたと聞いた。本当か?」
シュバルツの握り拳から血が垂れているのが窺える。よく分からないが、何か思う事があるらしい。
「逃げたというのは、若干語弊があります。ですが、概ねその通りです」
「き、貴様!! あの馬車にはな!! 俺の家族が乗っていたんだぞ」
シュバルツが急に立ち上がり、私の首根っこを掴んできた。
そもそも、家族が乗っていたからと言って何だというのだ。お前の家族が乗っていたから襲われたのだろう。それに、私を巻き込むなよ。文句を言いたいのは、こちらである。
だが、紳士である私がそんな事を言うはずがない。
「知っていますよ。夫が第四騎士団の副団長なんですと馬車の中で耳にしましたので。誠に、お悔やみ申し上げます。皇帝陛下には、私からも『ファルシオーネ』の街道警備隊の職務怠慢について強く抗議するように進言致します」
「なぜ、乗客を!! 俺の家族を助けなかった!! 貴様なら賊が何人居ようと処理できただろう。2年前に殿を命じた事に対する当てつけか!! 貴様が、助けていれば…俺の家族はな…」
なんか、シュバルツの中で私が過去の因縁を引きずって、嫌がらせをするクソ野郎みたいな評価になっている。ここは、誤解を解いておく必要がある。だが、シュバルツは、かなり激怒しているから言葉を選ぶ必要がある。
「シュバルツ様。いいですか、私は勇者でも英雄でもありません。更に言えば、皇帝陛下の勅命で剣魔武道会に参加して来いと言われている身です。万が一、道中で怪我などをして、万全な状態で剣魔武道会に挑めなかったらどうするのです? それとも、皇帝陛下の勅命より貴方の家族の方が大事だと?」
それに、賊の中に私と同格がいたらどうするんだよ。仮定で話を進めるなよ。
「綺麗事を並べおって…本当は、どのような状況でも助ける気などなかったであろう!!」
「よく分かりますね。そもそも、私に文句を言う事自体がお門違いですよ。 あの馬車を選んだのは、シュバルツ様の家族。碌な護衛を雇っていなかったのは、馬車の持ち主。人から恨まれるような事をしていたのはシュバルツ様。街道の警備をしていたのは『ファルシオーネ』の警備の人。たまたま、客として乗り合わせただけの私に酷い言いがかりです」
更に言えば、襲撃された際には私は現場に居なかったのだ。故に、逃げたという表現や見捨てたという表現は正しくない。そもそも、現場を見るまで襲撃されたのを知らなかったのだ。
「貴様は、それでも人間か!! 人の心と言うものがないのか!!」
「家族を失って怒りを誰かにぶつけたいのはわかりますよ。相手が違いますよ。そのセリフは馬車を襲った連中に言ってください」
本当にいい迷惑である。元上司の怒りの捌け口に黙ってなってあげて、優しく諭すなんて、簡単に出来る芸当じゃない。
そして、シュバルツがようやく私の服を離した。
「いいだろう、いいだろう!! 貴様が少しでも謝罪の気持ちや謝る素振りを見せたら、色々と手配してやろうと思ったが、何もしてやらんぞ」
「いえ、シュバルツ様のお世話になるような事などありませんよ」
世話する事は、あるだろう。だが、逆などあるはずがない。
「剣魔武道会は、迷宮での大乱闘の末に本日正午、本選出場の28名が決定した。二名の余剰枠に貴様を無理矢理押し込めたが。もはや、知らぬ!! せいぜい皇帝陛下に不参加のいい訳でも考えておくんだな」
………
……
…
えっ!!
「ちょ、ちょっと待っ……」
シュバルツが笑えない捨て台詞を吐いて居なくなった。看守が誰も来ないと思ったら、まさか剣魔武道会の警備やら何らに忙しくて、放置されていたとは予想外だ。
◇
その後、私達の手荷物の検査がようやく行われて皇帝陛下からの書簡があると分かると直ぐに釈放された。間違いなく、職務怠慢である。
「こりゃ、ヤベーな」
「実に、まずいですね。我々の誰かが本選に残っていれば、それなりの成績が残せたでしょうが…」
「本選どころか、予選にすら出場していない。皇帝陛下になんて言い訳すればいいんだ。いや、『ファルシオーネ』の職務怠慢のせいにして押し切るか」
予選と本選…予選とは、マーガレット嬢が言っていた迷宮での大乱闘の事である。本選は、残った30名によるトーナメント戦の事である。
今更になって、30名になった後も日を改めて大乱闘をすると思い込んでいたとは口が裂けても言えなかった。マーガレット嬢が説明してくれなかったのが悪い!!
それから、三人で言い逃れをする為の案を考え続けた。だが、予選にすら参加していない我々に道などない。そもそもの原因が『ファルシオーネ』の連中の職務怠慢だとは言え、過ぎた時間は戻せない。
だが、思いついたのだ 起死回生の一手を!!
「要は、『神聖エルモア帝国』の冒険者が優秀な成績を残せばいんだろう?」
「まぁ、端的に言えばその通りですね」
「何か名案が浮かんだのか!?」
そうだ、その通りだ。この際、手段などどうでもいいわ。
それに、マーガレット嬢は言っていた「なんでもありですよ」と!!
◆
剣魔武道会の本選を明日に控えて、予選通過者達は飲み明かすものもいれば、鍛錬に精を出す者もいる。
鍛錬に精を出し、郊外から帰ってくる冒険者の前に一人の怪しい人物が立ちはだかった。
「『神聖エルモア帝国』のランクB冒険者クラフトで相違ないな?」
「あぁ、その通りだ。俺を剣魔武道会の予選通過者と知っての行いと見える。…どこの手の者だ?」
全身を黒いローブで覆っており、顔が見えぬ。しかし、相当の実力者と見て間違いあるまい。武器を持っていない事をみると…無手の使い手もしくは魔法使いか。
「答えぬか、ならば、力尽くで吐かせて。憲兵に突き出してやろう」
間合いは、俺の方が上だ。更に、すでに射程内!! 『火』の魔法で目くらましを行った後に、足の腱を切断してやる。
「ふっ、安心しろ。金も名誉も全てくれてやる。だから、大人しく寝ておけ」
不審者が意味の分からないセリフを言ったと同時に、消えた。そして、ズドンと鈍い音が腹から聞こえてくる。相手の動きすら見えなかった。攻撃された痛みが来て初めて何が起こったのか理解できた。
「なっ!!」
ば、馬鹿な…ランクBのこの俺が動きすら見きれず、秒殺されるだと。
一体何者だ!! これほどの実力者がなぜ予選に出ないで俺を狙う。意識を失うさなか、微かに相手から漂ってくる匂いに覚えがあった。
『ネームレス』において、情婦やギルド受付嬢達より遥かにいい香りを漂わす『蟲』の魔法を使うランクB冒険者レイア・アーネスト・ヴォルドー。噂じゃ、迷宮下層の奥地にハーレムを作っていると陰ながら噂されている人物だ。
毎晩、絹毛虫を抱いて寝てたら匂い位は移るものね。
なんか、悪役がよくやる手ですが…レイアは悪じゃないし問題ないよね。

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