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第十二話:新人冒険者(5)
◇
タルトをスパイとして、新人冒険者達に付けた。今頃は、迷宮内部で色々と情報を聞き出している事だろう。その情報を元に、暗殺者達の戦力を徐々に削ぎ落とし完全に無力化を図る予定だ。
だが、情報を待つばかりでは生き残る事は難しい。
故に、エーテリアとジュラルドを餌に罠を張る事にしたのだ。三人でいる時より、二人でいる時の方が襲いやすいのは当然だ。暗殺者にとって、これ以上のチャンスなどない。
「流石はレイア殿ですな。まさか、我々を餌にして暗殺者を誘き出そうとは」
「人通りの多い場所をあえて選び、こちらに近付いてくる者を順次排除していく。各所には蟲達の監視網が敷かれていると…相変わらず発想がすげーな」
この作戦の概要は、エーテリアとジュラルドを人目に付きやすい場所に配置して暗殺者が接近してくるのを待つことだ。
二人ならば、人混みの中であろうとも隠れて接近してくる者を感知する事は容易い。加えて、私の蟲達もあらゆる場所で監視をしている。この数万の目から逃れられる者は居ないだろう。
そして、エーテリアとジュラルドのすぐ横にレイアは隠れていた。レイアは、擬態化能力に優れた蟲達を身に纏い、擬似ステルス状態。
この蟲の能力を自らに付与すれば、わざわざ蟲に頼らずとも擬態化能力を再現できるのだが…服まで擬態化能力が付与されるわけではない。全裸になれば問題なのだが、流石に見えにくくなるとは言え、全裸待機など紳士のやる事ではなかった。
「それも凄いですが、一番驚いたのは『街中で戦闘する事で暗殺者が一般人への被害を恐れて躊躇するなら、こちらにとって好都合』という発想です。この位置ならば、広範囲魔法を雨のように降らされる事はない。単体魔法には自信がありますから、この程度の人混みなら何処にいようとも目標を外しません」
「本当にすげーよな。アタイは、その発言を聞いて目からウロコだったよ。世の中、天才的な発想をする奴っているんだな」
「二人共、そんなに褒めるなよ。勝つ為には当然の作戦だ。我々なら街中であろうとも一般人に被害を出さず十全に実力を発揮できる。故に、とった作戦だ」
それから、今か今かと暗殺者が現れるのを待った。
………
……
…
しかし、夜まで待機したというのに誰ひとり来なかった。
昨日、新人冒険者達は確かに『明日には、迷宮の肥やしにしてやる』と言ったのだ。それなのに、今日という日が既に終わったのに何も起こらなかった。
「どういう事だ? 丸一日、待機して居たのに、誰もこねーじゃねか。ジュラルド」
「僕にも見当がつきません」
丸一日無駄に待機させられて、流石のエーテリアも若干イラついている。
無理もない…いつ襲って来るか分からない暗殺者をいつでも撃退できるように細心の注意を払っていたのだ。
だが、レイアだけが気がついた。
「そうか!! そういう事か!! まさか、ここまで計算されていた作戦なのか!! 恐ろしい」
「どういう事です?レイア殿」
「そもそも、『明日』という発言からブラフだったんだ。いつ襲われるか分からない緊張感を与え続ける。おまけに、命の危険があると分かっている以上、我々は迷宮に潜るわけにもいかない。なんせ、モンスターとの戦闘中に後ろからズブリとかあるしな」
ランクBとはいえ、緊張感を長時間維持する事は疲れる。しかも、誰が、いつ、何処から襲って来るか分からない。相手の能力も不明とあれば迷宮のモンスターよりタチが悪い。
「まさか、あの新人達は、アタイ等を街に足止めするだけでなく。こちらの警戒が薄れるタイミングを見計らっていると!!」
「お、恐ろしい新人達だ。僕等を相手に啖呵を切っただけの事はありますね。今日で全て片付くと思っておりましたが、認識を改めないといけませんね。で、今後はどうします?」
恐ろしい新人の思惑に見事に踊らされてしまったが、基本的な方針の変更は無い。待ち伏せをして、暗殺者を狩る!! そして、タルトからの情報を持ち帰る蟲を待ち、順次暗殺者を殲滅する。
………
……
…
そして、5日が過ぎた。
新人冒険者達の初遠征が終わりに近づいているのにもかかわらず、レイア達の戦いは一向に終わりが見えていなかった。流石に、5日も経つと顔には疲れた色が濃く映る。
ほぼ不眠不休での戦い…辛い。
しかも、その間の収穫といえば、タルトが手に入れた情報くらいである。名前、装備、所持品、使える魔法、力量に加えて家柄や人間関係といったどうでもいい情報もあった。無論、タルトにとっては命が懸かっている以上、頑張って引き出した情報ではあるのだがレイア達が欲する情報ではなかった。
「ジュラルド様、エーテリア様…ここ数日、そんな場所で一体何をなさっているのですか?」
マーガレット嬢が何日も街中で朝から晩まで居る二人の行動に疑問を抱き話しかけてきた。
一日程度なら分かるが、流石に何日も同じ場所で朝から晩までいれば噂にもなる。それが高ランク冒険者なら当然である。先日のギルド本部での一件もあり、今回の奇妙な行動について誰も尋ねてくる事はなかったのだが…。
「まさか、マーガレットさん。貴方が…いえ、考えれば適任とも言えますか。ギルド本部は、どうやら本気のようですね」
「ギルドの死神を差し向けてくるとか、こりゃ…やべーなジュラルド」
疲れきったこのタイミングで、ギルドの死神…マーガレット嬢が現れたのだ。恐ろしい事である。
ギルドが何を考えてマーガレット嬢という刺客を放ったのか想像もつかない。しかし、ここまで来た以上、全面戦争は逃れられないだろうと覚悟した。
「死神ってなんですか、そのあだ名!! 人が気になって声を掛けてみただけだというのに」
幸い、マーガレット嬢は私の存在に気づいていない。ならば、気づかれないうちに首を落とすか…いや、ギルド内部での情報を吐かせてから殺したほうがいいな。
マーガレットの首筋に指先を当てて、優しく声を掛けた。
「動くな。下手に動けば、体内に蟲の卵を植え付けて内側から孵化させてやる」
「れ、レイア様もいらしたのですか。一体、どうしたのですか? こんな幼気な私を相手に」
私が『お前はもう死んでいる』のセリフを言う為に長年の研究し開発した必殺技。相手を攻撃すると同時に蟲の卵を植え付けて孵化させる事で内側から破壊する。
対人においての威力は、未知数だが…下層モンスター相手でもかなり使える技である。
「マーガレット嬢…お互い知らない仲ではないんだ。ギルドだって、我々とwin-winな関係でいたいよな?」
「えぇ、その通りです。あと、エーテリア様も大剣を私のお腹に突き立てるのを止めて頂けません? 生きた心地がしないのですが…」
流石のマーガレット嬢も顔が青い。だが、やり手の受付嬢だけあって、まだ余裕がありそうだ。
しかし、手の内が読めない敵かもしれない存在が目の前にいるのだ。剣を下げるなど愚行はもっての外!! 油断大敵である。
「マーガレット嬢を我々の暗殺に用いたギルドの思惑。そして、他の暗殺者の情報を全て吐いてもらおう。仲間を売る事が出来ないと言うかもしれないが…話さなければ、無理矢理吐かせる」
………
……
…
マーガレット嬢は、頭が痛かった。どこをどう間違えば、そう考えられるのか。
そもそも、ランクB…しかもランクAの片足を突っ込んでいる三人を相手に暗殺など不可能に近い。おまけに、採算が合わないのである。
「もしかして、新人冒険者達が出した依頼について言っていますか?」
「そうだ。マーガレット嬢がこの場にいるのだ…依頼をギルド自体が受けたのだろう。故に情報を売れと言っている」
顧客情報を外部に漏らす事は、問題である事は承知している。だが、自らの命と天秤にかけたらどちらが大事かは明白。
「あの依頼は、見なかった事として破棄しましたよ。最初は、素行の悪い冒険者や依頼主と揉める冒険者をあなた達に差し向けて掃除しようと思っておりました。ですが、タルト様の一件で、誰も引き受けてくれる人がいなくなったんですよ。どうしてくれるんですか!!」
さらりと、冒険者の不穏分子排除をさせようとしていたとは恐ろしい。死神に恥じない行為である。
それに、さりげなく我々のせいで仲介料を儲け損なったと文句を言ってくるあたり腹黒どころのレベルじゃない。
「って、事はアレか? アタイ等が全員思い違いをして、5日間も無駄にしたと?」
「えぇ、端的に言えばそうなるかと。そもそも、貴方達三人を纏めて迷宮の肥料にできるような人材。この国にいませんし」
「それだと、新人冒険者達が偉そうに啖呵を切ったのは、どういう事だ? 私は、ランクAが出張ってくる事やギルドが総出で殺しに来る事も視野に入れていたんだが」
マーガレット嬢がこいつ頭オカシイと言わんばかりの面をしている。このまま、卵を植え付けてやろうかと一瞬思った。
「レイア様、エーテリア様、ジュラルド様。馬鹿を舐めちゃいけません。世の中には底知れぬ馬鹿というのがいるんです。それでは、私は業務がありますのでこれで…」
新人冒険者達に対して馬鹿と言っているはずが…なぜか、我々に向けて言っているようにも聞こえてしまう全員であった。
だが、これで方針は決まった。
背後関係が無い以上、もはや新人冒険者など迷宮肥やしにしてくれるわ!!
「エーテリア、ジュラルド…付き合わせて悪かった。この埋め合わせはきっとしよう。だから、新人達の処理は私に譲ってくれ」
「えぇ~、アタイだって憂さ晴らししたいのに」
「僕も先輩として指導をしてあげたかったんですが、幻想蝶の一件もありますしお譲りしましょう」
話がわかる仲間って素晴らしい。埋め合わせに、いま考案中の新作蟲の試食をさせてあげよう。
◆
新人冒険者達は、気分良く『モロド樹海』低層を1層から順々に攻略していった。冒険者育成機関で極めて優秀の成績を残しているだけの事はある。
武器の扱いから魔法に至るまで現役のランクD冒険者と遜色ない実力を有していた。経験不足や知識不足で若干危うい時もあったが、メンバーがフォローしあう事で乗り越えていく。
数年も鍛えれば、ランクC。更に鍛えればランクBに届く可能性もある逸材であったであろう。
「『試される大地』と違い、やはりモンスターの強さが段違いだな。だが、それだけやりがいもあると言うものだ」
「その通りね。遠征ももうすぐ終わりますが、皆さん気を抜かずに行きましょう」
そんなモンスターより遥かに恐ろしい連中に喧嘩を売る新人達に嫌気がしているタルトであった。
こいつらのせいで、死の一歩手前まで行ったのだ。毒草を食わせて殺してやりたいと思っていた。実行するのは容易い…この階層に来るまでに、的確に仕事をこなし信頼を得ているのだ。だが、実行すると、レイアとの約束が果たせない。それは死を意味するので、ぐっと我慢しているのだ。
「お疲れ様です。それでは、素材を剥ぎ取り次第、移動しましょう」
「えぇ、そうしましょう。いやー、本当にタルトさんにはお世話になっています。どうですか? 今後、私達の専属として一緒に迷宮を…」
「いいですわね。タルトさんは、既に中層もご経験されているとの事ですし、私達にとっても好都合。報酬は、もちろん他より高くお出し致しますわ」
アインスとコミットが今後の計画まで視野に入れて、タルトを専属として働かないかと誘いだした。しかし、そんな話を聞いてタルトは鼻で笑うしかなかった。
「そうですね。では、迷宮より無事に出られた際に詳しいお話を…」
そう、無事に出られればなと小声で付け足した。そして、白い蟲に導かれて迷宮の奥へ奥へと進んでいった。
◇
5層への入口にてレイアは、待機していた。なぜ、こんな場所で待機していたかというと理由はしっかりとある。今後の冒険者の為にとだけ言っておこう。
そして、私達のこの数日間の苦労など露ほども知らない顔で新人冒険者達がやってきたのだ。私の顔を見て新人達は、見下すような顔をした。
「何だ、その顔。貴様等、人様にそんな顔が向けられるほど偉かったのか?」
「ふっ、いえ。ギルドは職務怠慢だなと思いましてね。3000万セルも大金を払ったのに、貴方が生きているんです。普通、驚くでしょう」
「アインス。もしかして、本当に侘びを入れに来たんじゃないかしら。流石に、あの依頼が出た事を知れば誰だってねぇ」
他のメンバーもリーダーのでかい態度に釣られてつけ上がる。
本来、こういうのは見ている分には楽しいのだが、当事者になってみればムカつくの一言である。
「私がお前らごときに侘びを? 面白い、実に面白い!! はっはっはっはっは」
「ごとき!? 僕等を誰だと思っている!!」
「知っているとも………」
タルトから提供された情報を丁寧に読み上げていった。家族構成や使える魔法、装備品の状態、人間関係を話した際の新人達の顔は滑稽であった。外部に漏らしてもいない情報であり、本来仲間しか知らないはずの情報であったからである。
「なぜ、そんな事まで!!」
「そこでだ。私だけが、お前らの情報を知っているのは非常に不公平だと思うのだよ。この中で、私が誰なのか知っている者はいるかね?」
新人達がお互いの顔を見合わせる。だが、誰も正解に行き着かない。これでも、それなりの有名人だと自負していたのだが、とても残念に思った。
「知らん!!」
「では、正解をタルト君」
タルトがご指名された事で、メンバー全員が理解した。内部情報を漏らしていた犯人が誰であったかを。依頼を受けた際の冒険者の情報を外部に漏らすなど、本来許されない。だから、全員がタルトを非難した。
「あの方は、ランクB冒険者レイア・アーネスト・ヴォルドー。世界で四つしか確認されていない特別な属性である『蟲』の魔法の使い手。ソロで『モロド樹海』に挑む為、ランクAに最も近い冒険者として有名である。そして最後に…アンタ等、喧嘩売るなら相手を選べバカ野郎!!」
パチパチパチ
「よく出来ましたタルト君。ご紹介にあずかりましたランクB冒険者レイアといいます。この度は、私のかわいい蟲が大変お世話になり、そのお礼をさせてもらいましょう。あぁ、タルト君、もう帰っていいよ」
「帰ります!! もう、こんな連中に関わるなんてゴメンです。だけど、モンスターもいるし、トランスポートの利用料を持ってない!! 帰れない」
なかなか、面白い猫耳亜人であると思った。
ならば、帰りの際に連れて帰ってやろうと思いタルトに一歩も動くなと指示をして、蟲達を解放した。先日の一件から、時間が経ったおかげでだいぶ落ち着きを取り戻しているが、決して怒りを忘れたわけではない。
あたりを覆い尽くすほど膨大な蟲達に囲まれ、その全員から餌としてみられるこの恐怖。普通の者が見たら寿命が縮まる事、間違いない。
「さて、新人諸君。君達には、これから二つの道が存在します。…あれ?どうしました、先ほどの威勢が全く感じられませんよ。ほら、返事しろよ」
「す、すみませんでした!! でかい事を言って。全て、アインスの指示だったんです」
「おぃ、お前!! なに俺のせいにしてんだよ!! ふざけるなよ!!」
我先に助かろうとする下衆な奴がリーダーを餌にして逃れようとした。頭の回転はクソ早いようだが…そもそも、私の手を踏んだバカ野郎など生きて返すはずないだろう。
蟲達によって生まれた事すら後悔させようとしたところ、一匹の蝶が冒険者達の前と飛び回った。羽は宝石で出来た様に煌びやかで、羽ばたく度に魔力を帯びた鱗粉が光の軌跡を描き、見る者全て魅了する。私に取り込まれたことで純白になってしまっているが、それでも気品が漏れ出す程の魅力を有している。
ピーピピ(いけませんお父様)
この子こそ、先日、目の前の新人冒険者達にキズモノにされた幻想蝶である。
「まさか、この者たちに情けをかけろと!! こいつらがお前にどんな事をしたか忘れたわけじゃないだろう」
ピーピーピピ(もちろん、覚えております。しかし、幼虫であった私の姿は醜く、受け入れてくれる方は少ない事も存じております。ですが、こうして無事に羽化する事が出来ました)
「羽化できたからといって、こいつらは…」
ピピピー(冒険者の方がモンスターである私を攻撃したからといって、それを責めてはいけません。それは、迷宮でなくとも当然の事なのです)
「それは、そうだが…」
ピッピッピ(私は、いつの日か冒険者の方とモンスターが手を取り合い暮らせる日を夢見ております。ですから、どうかその冒険者達を殺さないでください。これを機会に冒険者達も友好的なモンスターが居る事を知っていただけたと思います。小さい一歩ですが、私にとっては夢への大きな一歩なのです。お父様)
『蟲』の魔法が使える自分以外に言葉が理解できないのが悔やまれる。
「ぶわ…わかった。可能な限り考慮しよう。だから、戻っていなさい」
万が一、幻想蝶に何かあっても困るので、影の中に戻ってもらった。
しかし、自らを虐げた者達をこれ程まで気遣うとは…恐ろしい女子力だ。故に、私は殺さず可能な限り、娘の要望を叶える方向にした。とりあえず、私の手を踏み潰した愚か者を蟲達に飲み込ませた。
「あ゛あぁぁぁぁう゛おぉっぉぉぉ」
耳や鼻、口といった体内に繋がる器官から無理やり侵入され苦しみ藻掻く姿を盛大に披露した。だが、殺さない。
こちらが殺さない事が相手にわかってしまうと図に乗る可能性があるので、そこら辺は内緒にして事を進める事にした。
「静かになったな。立場を弁えろ。いいか、お前等には今すぐ死ぬか、長生きして死ぬかを選ばせてやる」
助かりたい…その為なら、いかなるプライドも捨てる気で居た新人達であった。だが、世の中は甘くはない。
「ふ…」
一瞬、誰かが文句を言おうとした。しかし、巨大な百足が首筋に強靭な顎を突き立てた。あと一声発していれば、首と胴が泣き別れしていた。
当然、今すぐ死にたいアホなど居ない。故に、全員が後で死ぬを選択してくれた。これで娘の要望が叶えられそうだと、安心した。
「アインスとコミットと言ったな。お前ら、なんでも恋仲でこの遠征が終わったら婚約するそうじゃないか。だが、それを周りに漏らすのは頂けない」
俺、この遠征が終わったら婚約するんだ的な事を周りに言いふらしていたそうだ。全く、どうしようもないね。
そんな事を知ったら、フラグ的に考えて、私が殺るしかないじゃん。
「貴様等二人には、更に選ばせてやろう。どちらか一人を蟲達に差し出せ。そうすれば、もう一人について、見逃す事も考えてやろう。制限時間は30秒だ。話し合うもよし、実力行使もよし、好きにしろ」
あれ程の非礼を行った者達相手に、生き残る可能性まで提示するあたり、普通のランクB冒険者にはできない行為である。まぁ、娘の要望もあるしね。
「ねぇ、お願いよ。私の為に死んでよアインス」
「俺の事を愛しているって言っただろう。頼むよ。お前の事を絶対に忘れないからさ」
愛し合っていたはずの二人が、お互いに死んでくれと言い合う姿は実に醜い。なぜだろうか…本当に愛していたのならば率先して蟲達に飛び込んでもいいはず。蟲達も自分達にダイブしてくる冒険者を受け止めるべく、大きな口を広げて待ち構えているというのに。
言い争いは、短い制限時間だというのに白熱し遂に結果が出た。コミットがアインスにキスをして私が行くよといい油断を誘い、脇腹を剣で突き刺したのだ。
男って、女に弱いな…。
「いいから死ね!! もう、時間がないんだから」
「コミット…お前…」
刺されて倒れたアインスを蟲達が覆い尽くし、良い音色の悲鳴が響いた。傷口からも蟲達が侵入し、徐々に捕食されていく苦痛は洒落にならないだろう。優しさが溢れるレイアは、少しでも長生きできるように死なぬギリギリのラインで痛めつけている。
「恋人を騙し討ちとは、愛とは素晴らしい」
「い、生きるためよ。これで私は!!」
恋人の死より、自分が生き残った喜びに浮かれるクォーターのエルフ。
「考えたけどダメだったわ。やっぱり、恋人同士であった二人を離れ離れにしたとなっては紳士として恥ずかしい。だから、末永く一緒に居られるようにしてあげるよ」
希望に満ちたその顔を絶望で塗りつぶす。
「約束が違う!!」
「別に、助けてあげるって約束してないじゃん。言いがかりは止めて欲しい。自分が不利になった際に最初の約束を改変するのは、よくないよ」
そして、何を思ったのか、コミットは涙を流しながら服を脱ぎ始めた。そして、生まれたままの姿になった。
「好きにしていいから、お願いします」
………はっ!!
そうか。なるほど、理解した。
「気が利くじゃないか。そこまで覚悟していたとは…ならば、私の手で」
蟲達が捕食する際に、衣服まで蝕んでしまってはお腹に悪いだろうという気遣いで全裸になったのだろう。おまけに、「(蟲達の)好きにしていいから、(脱いだ衣服については綺麗な状態で家まで)お願いします」なんて気の利いたセリフまで使えるとはね。
そこまで女子力を持ちながら、なぜ幻想蝶の幼虫を無碍に扱ったのか理解に苦しむ。まぁ、女心と秋の空という言葉もあるくらいだ。たまたま、機嫌が悪かったのだろう。
そして、私はコミットに近づき胸元に手を置き、蟲達の方へ押し倒した。
「その心意気、見事であった。敬意を評して衣服については、アイハザード家に届けよう」
「あっ」
最後にコミットが何か言いたそうだったが…きっと「ありがとう」と言おうとしたのだろう。
間違いない!! この状況下で掛けられる言葉とすれば、感謝の言葉以外にあるはずがない。
◇
後日、4層の出口に体の3/4が存在しないにもかかわらず、助けを求めて悲鳴をあげるオブジェクトが建築されていた。元冒険者だと思われるが、人間の原型を留めていない為、誰が何のために作ったかは謎に包まれている。
これを見た冒険者達は青ざめたが…無害である事と悲鳴が聞こえれば出口が分かるという利点から何も見なかった事にした。大改変があっても変わらず存在し、冒険者の為の道標として役に立っている。
話しかけても悲鳴しか上げず、何も食べず、気持ち悪い、そして悲鳴を耳障りに思い魔法で焼き払おうとした者もいたが、殺しきれなかったそうだ。低層をウロウロしている底辺冒険者程度が排除できる生易しいオブジェクトではない。なんせ、レイアの蟲が苗どことして使っているのだ。
「役に立たない冒険者を人の為になる冒険者に文字通り作り変えてきた。娘の要望であったし、これでモンスターと人間の関係が一歩前進した事に間違いない」
「『蟲』の魔法って凄いな。アタイも特別な属性が使えたらな…」
「そうなったら、僕がいる意味が無いじゃないですか。嫌ですよペア解消なんて」
そんな、たわいもない会話をギルド本部の酒場で交わすBランク冒険者達が居た。
新人冒険者達のお話は、これで終了です。
作者的には、きれいに纏まったと思っております。
誰も死なず…しかし、目的はすべて達成。
次話については、お時間をください。
まだ、何も書き始めておりませんので。

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