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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第十一話:新人冒険者(4)



 迷宮では何が起こっても不思議でないという事は、よく耳にするが…ギルドでも不思議な事が起こるとはマーガレット嬢も驚愕である。

 もう、何が起こったのか理解ができなかった。なんで、あの生徒達が死んでないの? 素朴な疑問ながら誰しもが感じていた。

「花を摘みに家まで帰って夜にギルド本部に戻ってきたら、ランクB冒険者に正面から喧嘩を売った新人達からの依頼書が手元に回ってきた。何を言っているのか分からないと思うが、本当に訳が分からない」

「冒険者の厳選は任せるわ マーガレット。こちらも一緒にお願いね」

 二枚の依頼書が手渡された。

 一枚には依頼書には、『高ランク冒険者のサポーターを募集。礼儀正しく、紳士の方。1~5層まで一週間かけていく予定なので、報酬は100万』である。まぁ、この条件なら、探せばいるだろう程度である。

 だが、問題はもう一枚の方だ。

 『エーテリアとジュラルド及びそのサポーターらしい白髪頭の冒険者を迷宮の肥やしにする為の屈強な冒険者を用意して欲しい。報酬は、3000万セル。肥やしになった冒険者の持ち物は、くれてやる。』…当然、無理難題である。そもそも、3000万セルも用意できるなら、一枚目の依頼書に金額をもっと上乗せしろと言いたかった。

 当然の事だが、このような恨みを果たしてくれ系の依頼もギルドでは扱っているが…これは酷い。あの三人を纏めて迷宮の肥やしに? バカじゃないのこいつら。むしろ、お前らが肥やしになるわと誰しもが思う依頼であった。

 仕事ができるマーガレット嬢だ。二枚目の依頼書を当然のごとく破り捨て…る事は、なかった。そして、いい具合にギルドにやってきた要望通りのサポーターを見つけて交渉に入った。

 まずは、一枚目を処理しましょう。

「タルト様、お手頃で美味しい依頼があるのですがどうですか?」

 高ランクパーティーでのサポーターの経験もあり、亜人である彼女なら間違いなく水準を満たしている。

「えぇ~、マーガレット嬢がそういう依頼ってだいたい裏があるじゃん」

 ひどい誤解であると思う。一体、なぜそんな風に思われているのか見当もつかないマーガレット嬢である。自分の為、ギルドの為、頑張っているのに報われない。

「そんな事ありませんよ。依頼主は、冒険者育成機関の最上級生の方ですが、メンバー全員がランクDに近い実力を持っております。加えて、ギルドと縁のご両親に持つ方が数名おります。1~5層を一週間という期間で報酬額70万と少し安めですが、ご縁を考えれば美味しい依頼かと」

「うーーん、微妙な金額だね。でも、なんか嫌な予感がするんだよね。ほら、こういうの『蟲』の知らせっていうのかな?」

 鋭い…亜人というだけではなく、九死に一生を得た経験により、成長したのだ。

「じゃあ、こうしましょう。タルト様がこの依頼書にサインをして頂ければ全てをお話ししましょう。知りたくありませんか?その違和感が何なのかを?」

「なんかうまく乗せられている気がする。でも、そこまで言われたら気になるし…今後のことを考えれば美味しい。わかった、サインする!!」

 ここまで思い通りになると笑わずにはいられないが…サインを書き終わるまで我慢する。笑いを堪えるのがここまで辛いとは、マーガレット嬢も知らない事であった。

 まさに、計画通り。

「ここだけのお話ですよ。実はこの依頼…明日には消える事がほぼ確定しているんです。依頼料って正式契約される前に依頼主が死ぬと、依頼主の親族に依頼料が返却されてしまうんですよ」

「それじゃ、まるで依頼主が明日死ぬみたいじゃん」

 タルトが疑問に思うのも当然だ。その話の流れを考えれば、依頼主達は明日にはこの世に居ない。

「死にます。だから、その前に正式に契約をしたいのです。そうすれば、タルト様はなんの苦労もしないで70万を、我々ギルドは仲介料をという作戦です」

 最小の労力で最大限の成果をあげる。営業の鑑である。

 だが、この時、タルトの直感が働いた。

 ギルド本部には、サポーターをメインとして活動している者達は、他にも居た。何人かは、まだ依頼を探しておりこのレベルの話ならば既に無くなっていてもおかしくない。そんな状況下で、ギルド本部に来たばかりに自分に依頼がくればおかしいと思う。

 考えられる事は、この場にいる誰もが断った。もしくは、依頼を持ちかけても受けたくない程、酷いもの。…後者であろう。

「私がいない午前中に、このギルド本部で何があったの?マーガレットさん。間違いなく、それが関係していますよね?」

「お話し致します。この依頼書の依頼主は、レイア様、エーテリア様、ジュラルド様の三名を相手に『お前等なんて明日には迷宮の肥料にしてやれるんだからな』と大層な啖呵を切った方です。故に、誰も受けて頂けなくて困っておりました」

 タルトがあまりにも酷い死刑執行書にサインさせられた事実を知り、マーガレット嬢に文句を言おうとした瞬間、タルトが立っていた傍に穴が開いた。そして、その中から噴水のように湧き出した白い蟲達によってタルトは穴の中に引きずり込まれた。

「ふ、ふざあ゛いやあぁぁぁぁぁ」

 あまりの一瞬の出来事だったが、白い蟲達に襲われて穴の中に引きずり込まれていく亜人の女性の悲鳴と顔は、しばらく忘れる事は出来ないだろう。

 蟲達は、自分達があけた穴を綺麗に補修し元通りにした。間違って、無関係な人が穴に落ちて怪我をしたら大変だから当然の気遣いである。

「まぁ、サインも貰っているし問題ないよね。それにしても、今回はかなり本気みたいね」

 マーガレット嬢は、ギルド本部が蟲達によって監視されている事に気づき試したのだ。その上で、レイアがどこまで本気でいるかを確認した。新人冒険者の依頼を受ける者を餌に試してみるという荒業を平然と実行するあたり、恐ろしい女である。

 そして、流石に二枚目の依頼は諦める事にした。見なかった事として破り捨てた。



「お父様、本当にあれでよろしかったのですか?」

「ミーティシアよ。儂とて辛いのだ。だが、どうしようも出来ない事もあるのだ」

 ギルド上層部と縁があるコミット・ハーネット・アイハザードの父親だが、今回ばかりは手の施しようがなかった。昼前にギルドより緊急の伝達がきて、内容を確認して大至急コミットのパーティーメンバーの関係者達を一堂に集めた。

 議題は言うまでもない、『ネームレス』でのひと悶着についてだ。ギルド側の言い分を纏めると「お宅の子供達がランクB冒険者の三人相手に喧嘩を売り、ランクB冒険者の怒りを買いました。責任とってください。」との事だ。

 当然、子供達を守るべく、対抗馬としてランクB冒険者をぶつけて潰すべきだとか謝罪金を積んで許しを請おうという意見もでた。しかし、子供達が問題を起こしたランクB冒険者の名前を聞いた瞬間、全員の顔が引き攣った。国家の運営に携わる者達だけあって、高ランク冒険者の名前や実力は当然把握している。故に、レイアとエーテリアとジュラルドといった存在の事も知っている。

「ですが…コミットが頭を下げて謝ればきっとレイア様も分かっていただけると思います」

「お前は、彼に命を救ってもらったからそう思うのだろう。だが、お前が思っているほど彼は優しくない。追記されている情報によれば、コミット達は彼が大事に育てた蟲をあろう事か床に叩きつけ踏み潰そうとしたそうだ」

「そ、それは…」

 『蟲』の魔法を使う者が大切に育てた蟲を手荒く扱うどころか意図的に殺そうとした事がどれほど重大な事なのか理解できた。

「聞き分けなさい!! それより、一刻も早くコミットからアイハザードの姓を剥奪する手続きを進めなさい。化け物達の矛先がこちらに向く前にコミットとアイハザード家は無関係という事実を作らねばならない」

 レイア達も実家と完全無縁ならば、流石にそこまで手を伸ばすような事はしない。もちろん、それが『ネームレス』でひと悶着あった後に縁切りされていたとしても、そこらへんは見て見ぬふりをしてあげるのが、紳士の対応だ。

「悪いことは言わない。あの子は最初から居なかったと思い忘れなさい」

「わ、分かりました」

 こうして、新人冒険者達が知らない場所で貴族の姓を剥奪されていたのだ。そして、本来、遠征後にサプライズとして質の良い装備品を贈ろうとして親達で準備していたお金3000万セルが手切れ金として送られたのだ。




 頭が痛い…それに暗いし、動けない。

 タルトは、自らの身に何が起こったのかさっぱり理解できていなかった。そして、ゆっくりと思い出していった。迷宮から帰ってきて…食事して…ギルド本部にいって…マーガレット嬢と……!!

「はっ!! ここは」

 自分が何処にいるか見当もつかないが、無数にある深紅がこちらを凝視している様をみて悲鳴をあげそうになった。すぐさま逃げ出そうにも手足は蟲達に拘束されてびくともしない。全身を蟲達が這いずり回り、もはや生きた心地がしなかった。

「お目覚めかね?」

 月明かりに照らされている場所には、蟲達の主であるレイアが居座っていた。他にもエーテリアとジュラルドが一緒におり、こんな場所にもかかわらずお茶を飲んでいた。

「お、お久しぶりです。ひぃ」

 タルトは、レイアに睨まれて、全身がすくみあがった。

「あぁ、どこかで見たかを顔かと思ったら、あの時に命を救ってやったサポーターか。まさか、冒険者でなくサポーターを使って我々を殺しに来るとは予想外だな」

 殺す?何を言っているのかさっぱり理解できなかった。貴方達に無礼を働いた連中の依頼を受けたからこの場に連れてこられたと思ったが、どうやら話はもっと複雑なようだと思った。とてつもなくまずい方向に!!

「意外と、こういうのが危ないんですよ。安全だと思っていたら後ろからずぶりと…」

「あぁ、分かるわ。私は無害です、何も知らないんですという風な顔して油断した瞬間に襲い掛かってくる。戦場じゃよくある手さ」

「なるほど、危うく騙されるところだった。ジュラルドとエーテリアが居なかったら死んでいたかもしれない。さて、亜人の君…今から言うことに正直に答えましょう。我々紳士淑女の集まりだから素直な子には優しいよ」

 タルトは大声で言いたかった「勘違いです助けて!!」と。しかし、叫べば間違いなく死ぬ予感がしていた。だから、泣きながら頭を上下に振った。

「よろしい。私達の殺害依頼を受けた仲間の数とその能力について全て吐きなさい。隠れ家まで話せば更に良し」

 殺害依頼!? なんの事!?

 ランクBの化け物達三人を対象にした殺害依頼を私が請け負ったと勘違いされているとこの時、初めて理解した。

「ま、間違いです。私が受けた依頼はサポーターの方でして。だから、勘違いなんです。本当です。信じられないかもしれませんが信じて~。お家に返してぐだざい…」

 タルトは、命がかかっているから、必死に頭を下げて説明した。涙や鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、今日あった出来事を一から説明した。

………
……


「ふむふむ、マーガレット嬢に騙されてサインさせられたと…」

「そうなんです。だから、本当に無関係なんです」

「なるほどなるほど。だが…駄目だ」

 レイアの駄目だという一言で蟲達がタルトの全身を締め上げ、体中を蟲達が覆い尽くした。唯一、首から上だけは覆われておらず、ぎりぎり喋る事ができる。

「なんでもします!! なんでもしますから信じてください。本当に無関係なんです。お願いしますお願いします」

 蟲に全身犯されて食われる未来が見え始めたタルトにとって、喋る事ができる今しか生存の可能性は掴む事ができない。故に、本気でなんでもする気でいた。

「迫真の演技の可能性もありますが…ここ状況で嘘を突き通しているとも思いにくいですね。レイア殿、ならば彼女にスパイをさせてみてはどうでしょう?」

「なるほど。確か、新人冒険者達のサポーターになる予定だったな?」

「その通りです!!」

 神は、私を見捨てなかった。神など信じた事がないタルトであったが、この時ばかりは神の存在を本気で信じた。

「ならば、新人冒険者から我々の殺害依頼を受けた者達の情報を聞き出せ、そしてサポーターとしての依頼終了日に4層で私の蟲が先導する場所へそいつらを連れてこい。できるよな? あと、仕入れた情報については、『蟲』を数匹付けるから手紙でも渡せ」

 だから、お前等の殺害依頼を受けるようなアホはこの世にいないと何度言ったらわかるんだと口を酸っぱくして言いたいが、この三人は本気で暗殺者がくると信じている。故に、無駄だと悟った。

「必ずこなします!! 指定されて場所には必ず命をかけて連れて行きます。しかし、殺害依頼については、頑張りますが最悪、本人達から聞き出してください」

「まぁ、本人達を尋問した方が確実か。よし、その条件でいいだろう。約束を違えた時は、どうなるか理解しているな? これでも、前の戦争ではスパイを相手に全ての情報を吐かせる程、拷問が得意だったからね。腕が鈍っているか確認させないでくれよ」

 考えるだけでも恐ろしい。脅しとか冗談でなく、間違いなく本気であると理解した。

「もちろんです!! 必ずやご期待に応えてみせます」

 こうして、サポーター兼スパイのタルトが新人冒険者につく事になった。
次で新人冒険者のお話は完了です~
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