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第十話:新人冒険者(3)
◇
発言から察するに貴族の子供達である事は、間違いなかった。故に、普通に怖いと思った。
なぜ、そう考えたかというと…私とエーテリアとジュラルドを相手に迷宮の肥料にしてやると啖呵を切ったのだ。それがどういう事を意味しているかといえば、私達と同じランクBの冒険者達又はランクA冒険者を使って殺しに来る事を示唆しているからだ。
「まずいな。エーテリア、ジュラルド…」
「え、何かまずいのか? アタイは、今からこいつらに指導をしてやろうと思ったんだが」
「僕も同意見でしたが、何がまずいんです?」
最上級生達を完全に放置して、内輪で話を進めた。
「我々を相手に啖呵を切ったのだ。勝算がなくて、そんな事をする奴などいるはずがない。こいつら親の権力使って、本気で私達を殺しに来るつもりと見て間違いない。要するにだ、ランクBの私達を纏めて殺せる化け物が出張ってくる可能性が濃厚だ。多分、ランクAの化物を連れてくるつもりだ」
「なるほど、そういう事ですが。しかし、ランクAですか…一番可能性が高いのは『闇』の魔法を使うグリンドール・エルファシルですかね。次点で、『聖』の魔法を使う『ウルオール』の王族である双子の姫君あたりですね」
ランクAは、この世界に現在4人しか居ない人外である。そのうち、3名が特別な属性である『闇』と『聖』の魔法を使う者である。あと一人は、魔法の才能0でランクAにまで上り詰めたキチガイである。
「グリンドールが来るとまずいな。アレとは、戦争時にやりあった事はあるが、時間稼ぎがやっとだったぞ。三人束になっても、ガチで来られると勝算は0だ」
「それで生きているアンタも十分スゴイと思うぞ。でも、グリンドールって金で動かないので有名だから来ないんじゃね?」
エーテリアの言うとおり、ランクAのグリンドール・エルファシルは『聖クライム教団』という宗教国家の出身者だからか理由は不明だが、基本的に宗教絡みの依頼でしか動かないと専らの評判だ。まぁ、迷宮探索は別らしい。
「それなら安心だ。では、双子の姫君とやらはどうだ? ジュラルドは同族だし、何か知っているんじゃね?」
見た目はどうあれ、ジュラルドは同じエルフだ。エルフのランクA、王族、『聖』の魔法とここまで揃っている存在なのだから、知らないはずがない。
「母国では有名人ですからね…ですが、他国の姫君が、ランクBの僕等を殺す依頼を受けるとは考えにくいですね。『聖』の魔法は、浄化能力が異常に優れており彼女達に掛かればモンスターすら食べられるようになるとかならないとか」
なんだ、その能力…モンスターを食べられるようにするだと!! 私と同じような魔法じゃないか。気が合いそうだな。そのうち挨拶に行ってみよう。手土産を持参してね。そして、どちらのモンスターが美味しいか是非勝負したいものだ…料理でな!!
「もう一人のランクAのキチガイは、『俺より強い奴に会いに行く』という名台詞を残して行方知れずだからな。くそ!! 一体、どうやって我々を殺すつもりか見当もつかない」
私達の知恵を絞ってもまるで思いつかない殺害計画を一瞬で思いつく、この最上級生達に感服した。
「難題ですね。後、可能性があるとすれば…ギルド総出で殺しにくるくらいですかね。それなら可能性はあるかと」
流石は、同じ冒険者育成機関を出たエリートだ。その発想は無かった。
なるほど…数の暴力という言葉があるくらいだ。金と権力をフルに使えばできない事もないだろう。恐らく、王族に素晴らしいコネや国家を裏で操る程の権力を持っている親がいるのだろう。
「『ネームレス』以外からも応援がくる可能性があるから、各個撃破で潰していくか。厳しいが、それしか生き残る道はない」
ようやく、今後の方針が決まってきた。
幸い、ジュラルドとエーテリアと一緒なら生き残れる可能性は高い。疲れたら迷宮に潜み、追っ手は蟲を使って分断後に各個撃破。最終的には他国に亡命もありだな。私達三人なら、受け入れてくれる国は十分にあるだろう。
「でもよ~。それ実行するとアタイ等はこの国にいられなくなるよな。アタイは両親がこの国にいるから親孝行する前に死にたくないんだよ。できれば、金を返す方向がいいんだが…」
大剣を振り回してモンスターをなぎ倒す姿からは、想像も出来ない程の女子力を発揮するエーテリア。これが淑女だ。
「エーテリアがその気ならば、僕もお金を返す方向でいきます。よくよく、考えればこんな端金の為に、馬鹿らしいです」
エーテリアのご両親の為ならば仕方がない。
一度、受け取った金を返すという行為は、非常に納得がいかない。だが、冒険者としてのプライドより両親をとるエーテリアの顔を立てる。それが紳士というものだ。
「そうだな。親孝行は大事だからな。こんな端金の為に、我々が命懸けになるまでもあるまい。だが…こんな端金をそのまま返したとなってはランクBとして恥ずかしいだろう。だから、色をつけようと思うんだよ」
「賛成ですね。じゃあ、僕はオリハルコンの短剣でも…」
ジュラルドが懐から余り物の短剣を取り出そうとしたが止めた。ここは、言い出した私が出すのが当然である。そのくらいの度量は当然、持っている。
「それには及ばない。二人共、この子を見てみなさい」
ピピ(なになに?どうしたのお父様)
私は、一匹の幼虫をテーブルの上に出した。深紅の瞳をした純白の幼虫である。小さいながら、健気で儚い瞳で見つめてくる様子は、胸キュンである。
「初めて見るタイプですね。しかも、どことなく気品が溢れているように感じます」
「なんか、あれだ…何かわからないが、女としてこの子に負けた気がする」
ほほぅ、流石はエーテリアとジュラルドだ。この幼虫を見てそこまで感じ取れるとは、超一流である。
「聞いて驚け!! この幼虫はな…幻想蝶だ」
幻想蝶<<げんそうちょう>>…『モロド樹海』の59層という最深部に限りなく近い場所に生息する希少な蝶である。モンスターとして非常に弱く、赤子でも握りつぶす事は容易い。それ程までに最弱であるがゆえに、59層という過酷な環境で生き残れるのはまさに奇跡的な確率である。また、羽化した姿は美し過ぎて神話にも登場する程であり、モンスターや種族にかかわらず魅了する。まさに、傾国の美女ならぬ傾国のモンスターである。
故に、レイアの蟲達からも幻想蝶の幼虫は愛されており、大事に育てられている。
「まさか、あの幻想蝶ですか!? ランクAの双子の姫君が、あまりに婚約を申し込んでくる男達が多く『幻想蝶を持ってきた者と結婚します』と無理難題に出たことで有名な蝶を幼虫とはいえこの眼で見られるとは、眼福ですな」
双子の姫君の事は、あまり知らないが…日本の昔話であったような事を実践していたエルフがいるとはな。
「まさか、この子を新人達に!? まじかよ、アンタ太っ腹どころじゃないぞ」
だが、そのまさかだ。
既に繁殖は成功しているとは言え、我が子のように可愛がっている蟲をこんな非礼な連中に私の心が痛い。だが、ランクBの大先輩が100万をそのまま返したとなっては冒険者の全体の沽券に関わる。
故に、ここは涙を飲んだ決断が必要なのだ。
あぁ、あと二日もすれば羽化するのに、その姿を見られない事を私のみならず蟲達も嘆いているのがよく分かる。
「すまぬ、わが娘よ…決して、命が惜しいからお前を差し出すんじゃないことを分かってくれ。これはケジメなんだ」
ピーピー(心配しないで。お父様、私どこに行ってもお父様の事を忘れませんから)
そんな私を励ますかのように瞳で言葉をかけられては、目から涙が止まりません。
「ぶわ…涙で前が見えない」
「これが、父親が娘を嫁に出すときの気持ちなのか…」
「いい話だ」
ジュラルドもエーテリアも感化されて、涙目状態だ。
「さぁ、持っていけ新人ども!! いいか、その子を不幸にしたら絶対に許さないからな!!」
100万セルと一緒に、幻想蝶の幼虫を差し出した。
ピーピー(お父様。私の事、たまには思い出してくださいね)
忘れるどころか、毎晩思い出します。
◆
白髪頭が青ざめた顔で高ランク冒険者達とヒソヒソと会話を始めたので、我々の権力に恐れをなしてと見て、詫びを入れるを待ってやっていた。
「さぁ、持っていけ新人ども!! いいか、その子を不幸にしたら絶対に許さないからな!!」
それが、どういうつもりだ。
色をつけてと若干会話が漏れ聞こえていたので、親への報告については無かった事としてやろうと思っていた矢先に…こいつ白髪頭は喧嘩を売ってきやがった。しかも、高ランク冒険者達もそれを止めない。
まさか、色をつけて返すという意味が…白色の幼虫を付けて返されるという意味を示していたとは流石のアインスも予想外だった。
「ふ、ふざけるなよ!! 人が下手に出てりゃ、いい気になりやがって!! こんな、きたねー幼虫なんか誰がいるかよ」
パシン
金だけしっかりと受け取り、幼虫を払い除けた。
ピピー(痛いよ、痛いよ、お父様。助けて)
払いのけられただけでなく、床に落ちた衝撃で苦しそうになく幼虫に対してアインス達は耳障りに感じていた。
「高ランク冒険者だからといって、やっていい事と悪い事があるんじゃありませんの。あなた方の顔は覚えましたわよ。すぐにお父様に報告して、自らが行なった事を後悔させてあげるわ」
だが、そんな言葉はレイアの耳には既に入っていなかった。目の前で、目に入れても痛くない程に愛でて育てた娘をこんなズタボロにされたのだ。
「気持ち悪い蟲だな…」
アインスの一言で、パーティーメンバーが幻想蝶の幼虫を踏みつぶそうとしたが、それは叶わなかった。踏み潰される直前に、レイアが手で覆ったのだ。故に、アインスの仲間が踏んだのはレイアの手である。
レイアの手を汚い靴で踏んだのは、きっとこのパーティーが誇っていい偉業ともいえよう。だが、その誇りを得る為の代償は……。
「すまなかった。私が馬鹿だったよ」
「今更、何を言い出しやがる。俺等をここまでコケにしたんだ、貴様等は絶対に肥やしにしてやるからな」
アインスは、レイアが手を踏み潰されながら謝っているのを自分達に向けられていると勘違いしていたのだ。その勘違いから、完全に勝ち誇り、レイアの手を踏む足に更に力を加える最上級生。
レイアは、この時、怒り狂う蟲達を押さえ込むのに必死だったのだ…そりゃ、もう全力全開だ。少しでも気を抜けば、街を埋め尽くす程の蟲達が暴れだすこと必須であった。もし、レイアが気を抜けば大虐殺が始まる。
「最初から、素直に謝っておけばいんだよ。これだから、『自称冒険者』は気に入らないんだ。まぁ、明日までの命だ…命乞いのセリフでも考えておくんだな」
捨て台詞を残して、アインス率いるパーティーはギルドの受付へと移動していった。
◇
「ジュ、ジュラルド…冒険者育成機関の最上級生ってすげーな。アタイ、ある意味尊敬したぞ」
「まったくもって同感です。……大丈夫ですかレイア殿」
捨て台詞まで吐いて、ギルドの受付で依頼書を平然と書いているあたり間違いなく大物であると誰しもが思った。だが、アイツ等は長生きしないと誰もが思った。
「悪い…しばらく、酒場に誰も近づけないでくれ。今、刺激されると抑えきれない」
本来、レイアに従順で命令には逆らわない蟲達が無理やり影から出ようとひしめきあっているが見えた。一際大きい深紅の目と合った瞬間、思わず一歩後ろに下がってしまった。
「分かりました。この場は、僕とエーテリアが封鎖しましょう」
「脂汗までかいて…本気でまずそうだな。蟲達を抑えるのは手伝えないが…明日はアタイ等も腕を振るうぜ」
「おや? ご両親の事は、よいのですか?」
「なーに、よく考えれば。アタイより長生きしそうな程、元気な親だからな…」
「まったく、いい男といい女すぎるだろう。お前ら」
これ程までにコケにされたのだ…紳士淑女の集まりであるレイア達も覚悟を決める事にした。どのような強敵が来ようとも全力を以て、打ち勝とうという固い絆で結ばれた三人であった。
新人冒険者の話がだいぶ長くなってしまった。
さて、どんな強敵が…。
さて、次はマーガレット嬢 や 新人たちのご両親 や レイア達に放たれる刺客 について話を持っていこうと思います。多分、あと二話位で新人冒険者のお話が終わる予定です

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