7/137
第七話:紳士
◆一つ目:孤児
◆二つ目:ベレス
実に良い時代だ…この世界において人身売買は、重罪に該当する。特に、亜人に関して人身売買を行ったら仮に貴族であっても爵位を剥奪されて、監獄行きと相場が決まっている。
特に亜人の中でもエルフは美人で才能豊かだし、人身売買など以ての外だよね。と、冗談みたいな事が今の世界で現実になっている…信じられないことに。まぁ、そういう馬鹿っぽいところは、嫌いじゃない。個人的にも人身売買は、嫌いである。エルフ欲しさに戦争を仕掛ける馬鹿とか現れそうだからな。そんな薄本的な展開は、許すまじ!!
しかしだ…人身売買が禁止されているお陰で、多いのが孤児の存在だ。奴隷という身分に落とせない以上、扱いは必然的に孤児になる。
各国とも数年に1回程度の頻度で戦争を行うせいで、両親を失った子供や五体満足でない子供が居たりする。その為、貴族達は、そういった戦争で傷ついた子供や大人をある程度、保護する義務があるのだ。
無論、それは一代貴族にも適用される。
そして、本日も私が領主を務める『神聖エルモア帝国』の最南端に位置する領地で今日も慈愛に満ちた紳士的な行為が行われようとしていた。
私も領主である為、年に数度は皇帝陛下から賜った領地に帰る。尤も、雇った役人に、領地運営の全権を与えているので、状況を確認する事が私の仕事である。その際に、後ろめたい事をしていた場合には、蟲達の餌食にする。
無論、そんな事をしないように雇う際に念入りに脅しておいたから、安心している。『蟲』を使っていつでも監視している。嘘をついても『蟲』が分かると言ってね!! 『蟲』の魔法なんて私しか使えないから、何とでも言えるから素晴らしい。
「くっくっく、本日の患者のリストを持って来い」
「こちらにご用意しております。全員、孤児院にいるように伝えております」
領地運営には、農民の存在が不可欠…しかし、農民が湧いて出てくるわけではないのだ。故に考えたのが『居なければ他の領地から連れてくればいい』と結論に至ったのだ。もちろん、どの領地も農民をタダで引き渡すなどするはずがない。
だが…孤児や五体満足でない者達は別である。むしろ、一時金をやるから引き取ってくれと言われるほど厄介な存在に思われているのだ。そして、目をつけたのがそういった連中である。
◆
領地にある無駄に馬鹿でかい孤児院には、不安が広がっていた。
なぜなら、この孤児院にいる殆どの者が各領地から大怪我等でろくに働けないような者たちが集められていたからである。噂では、孤児を引き取る際に一時金目当てで集めたのではないか…そして、集めたところで殺す気ではないかとまで囁かされていた。
だが、いつまで経っても何も起こらなかった。それどころか、働く事もままならない孤児院の者達に朝昼晩の三度の食事まで提供されていたのだ。衣服についても、新品とは言わないが、比較的状態が良い物が配給されるだけでなく、週に二度はサウナにて体を綺麗にする事が義務付けられている。
そして、部屋についても二人部屋が用意されておりお互いに協力して過ごすようにと言われている。
ハッキリ言って気味が悪い状態であった。
そんな気味が悪い状態が続いた中、とうとう、先日領主代理を務めるお役人さんから『領主様がお越しになるので、当日は全員、身を綺麗にしてお待ちするように』と御達しが来たのだ。誰しもがついに来たと思った…何が起こるか分からないが、身を綺麗にしておけという事は、きっとそういう事だと皆は理解したのだ。
そして、本日、孤児院の全員が初めて領主であるレイア・アーネスト・ヴォルドーと対面したのだ。最初に思った感想は一つ…白い。
◇
ざっと数えて150人近い…よくぞこれだけ集まったな。というか、周りの諸侯たちが挙って押し付けてきたとみて間違いない。まぁ、ここにいる連中を引き取った際の一時金と私の稼ぎでこの孤児院を無事に建てる事が出来たのだがな。
「この場にいる貴様らに告げておく。貴様等が今まで食っていた飯や衣服、この建物の全て、そして生活費は、私が稼いでいたのだ。良いか、私は貴様等に施しを与えた。よって、本日からはその借りを返済してもらおうと思っている」
私の一言で孤児院の者達の顔が青くなっていくのがよく分かる。『今まで世話してやったんだから、ちゃんと働いて返してね』と伝えたつもりなのだが…うまく伝わっただろうか。若干、不安である。
だが、ベレスは優秀だから、フォローしてくれた。
「よいか貴様等!! 事前に配られた番号札があるだろう、それ通りに一列に並べ。番号が呼ばれたら、返事をして奥にある個室に一人で移動すること!! 決して、レイア様に失礼のないように」
そして、奥の個室で待機した。
最初の患者のリストを見てみた。弓矢が足に刺さり、碌な治療を行わなかった為、片足が不自由になっている少女である。
「は、はじめまして領主様」
カルテを再確認しているうちに部屋に入ってきた少女が挨拶をしてきたが…あまり興味が無かったので軽く目を合わせて終わらせた。面白くないパターンだな、既にこの手の怪我については回復出来る事が分かりきっている。
「服が邪魔だ、脱げ。そして番号札と一緒にそこのカゴに入れておけ」
少女が服を脱ぎ、指示通りにカゴにしまった。
その瞬間、レイアの影より蛆蛞蝓ちゃんが姿を現し少女を丸のみした。
「キャーーー!! 助け…」
蛆蛞蝓ちゃんは、無駄に服だけ融解させる事が出来る。その為、買い与えた衣服を駄目にするのは勿体ないからね。当然の気遣いである。
「安心しろ、助けてやる」
助けを求める少女に応えるレイア…間違いなく、紳士!!
◆
領主であるレイア様が詰めている個室の前には長い列が出来ていた。
『キャーーー!! 助け…』
個室の中から、尋常じゃない叫び声が聞こえた。何事かと、騒めく孤児が列を乱そうとしていた。
「お前等、列を乱すな!! 貴様等には、レイア様に恩を返す義務がある。何が起ころうとも列を乱す事は許さん。さぁ、2番目いけ」
「え?でも、まだ1番の女の子が出てきて…」
「二度は、言わんぞ さっさといけ!!」
中で何が起こっているか理解できないまま部屋の中に入った。どのみちそれ以外の選択肢など孤児達には用意されていなかったのだ。
◇
2番目の患者は、1人目より面白い。
「ほほぅ、君は目が見えないのか。眼球はあるな…ふむ」
「は、はい」
「目を触ると痛みを感じるかね?」
「いいえ、触られている感触はありますが痛みはありません」
なるほどなるほど、ならば付け替えるか。いやいや、それとも蛆蛞蝓ちゃんが失明にも対応できるか確認してみるか。迷うな…『蟲』の目に付け替えたほうが、色々と便利かな。この少年の将来も考えればそれがベスト!!
おし、付け替えよう。
その瞬間、少年の目を抉り、蟲の目と入れ替えた。
「ぎあ゛あぁぁぁぁぁぁぁ。目がぁ目が!!」
そして、完全に目を治療させる為に蛆蛞蝓ちゃんに飲み込ませた。蛆蛞蝓ちゃんがでかいとは言え、流石に150人近い人間を腹に収める事は難しいので20人区切りくらいで吐き出そうと考えている。
その後も私の救いにより、沢山の孤児達が救われていった。手足を復元し失明を回復し、内臓の病も治癒するパーフェクトな働きである。
7時間に渡り、孤児院には悲鳴が木霊していた。
途中、治療が待てないのだろうか? 孤児院の外に行こうとする者達がでる始末。そういった治療が待てない可愛い子供達は最優先で個室に連れて行き治療を行ってあげた。本当は順番を守らないといけないが、そんな事に目くじらを立てるような事はしない。なぜなら、紳士であるからだ。
いや~、子供って手が掛かるね。私の満面の笑顔を見て、嬉しさのあまり泣きじゃくるし。中には、失禁する少女も居て困った。そっちの趣味は無いというのに。
患者達が目覚めるまで、孤児院の一室でお茶を一杯飲んでいた。
「いやー、いい事をしたあとは気分がいいね。きっと、私の評価もうなぎ登り間違いなしだよ」
「そ、そうでしょうか」
領地代理の役人…名前は確か、ベレス。皇帝陛下から領地を賜る際に、一緒に紹介してもらった役人だ。
「住居を与え、衣服を買い与え、三度の飯も提供、怪我や病の治療、完璧だ!! あとは、安静にさせておけば全員一週間もすれば健康体の子供と変わらんよ」
「す、素晴らしいです。後、一日で全員の治療をされると思っていなかったので、食事を作る者が誰もおりません。今から手配いたしますが、少しばかりお時間を」
「あぁ、食事ね。大丈夫、治療を終えた者達にぴったりの食事を私が用意している。治療薬にも近い効果を持っている料理……いや、この場合は食材かな? とりあえず、山ほど用意しているから安心してくれていい」
子供は、たくさん食べて元気になってもらわないといけない。おまけに治療を終えたばかりで色々と衰弱しているだろうし、心ばかりの気遣いである。
うじゃうじゃ
私の影から無数の美味しい副作用を持つ蝗達が現れた。
何やら、ベレスが真っ青な顔をしているが大丈夫だろうか。流石に、領地運営の全権を任せていたので疲労が溜まっているのだろうか。不安である…ベレスが倒れたら誰か領地を運営するんだ!!
「ベレス、疲れているなら言ってくれ。君がいなくなったら誰が領地運営をするんだ。さぁ、遠慮なく蛆蛞蝓に…」
「だ、大丈夫です!!」
「そ、そうか。ならば、この蝗達を」
「とても、ありがたいですが。実は、私ダイエット中でして」
ダイエット中か…ならば仕方がない。しかし、ダイエットするほど肥満体にはみえないのだがね。まぁ、理想とするスタイルは人それぞれか。
◇
夜になり、全員が目覚めた。何やら、叫びながら飛び起きる元気な子供が多いらしく、何やら騒がしい孤児院だと思った。そして、食事を摂らせる為に全員を食堂に集合させた。
当然、私も孤児達と一緒に食べる予定だ。同じ席で、同じ飯を食う事でお互いの理解が広がると思うしね。少しでも、子供の事を理解しようというこの姿勢…まさに紳士!!
「食事をする前に一つ、一週間程度は安静にしておくように。暴れると再生した箇所からもげるから。私がいない時にもげたら、治療が間に合わなくて死ぬ危険性があるので気をつけること。何か質問がある者はいるかね?」
そう告げると、おずおずと1番目に治療を行った少女が手を挙げた。
「そこの1番、発言を許す」
「りょ、領主様は、私達を治療してくださったんですよね?どうして、最初に治療をすると教えて頂けなかったのでしょうか」
「……あれ? 教えてなかったけ? まぁ、些細な問題だ。次に質問がある者はいるか?」
実に些細な問題だ。どうせ結果は同じなのだ。
そして、35番が手を挙げたので指名した。
「領主様は、なぜ、私たちの治療をしてくださったんですか?」
「治療しなかったら働けなかっただろう? 我が領地では、農民を欲している。だが、農民は湧いて出てくる物ではないのだよ。だから、貴様等を引き取って治療を施したのだ。安心しろ、働けばしっかりと対価を渡そう。貴様等が馬車馬のごとく働くほど、税収が増えて領地が潤うのだ。お互いwin-winな関係で行こうじゃないか」
こういう事情もしっかりと説明してあげるあたり、紳士的な対応である。そろそろ、食事の挨拶をしようと思ったが、まだ質問者がいるようだ。そして、102番の失禁少女を指名した。
「あ、あの…今日の晩ご飯ですが」
何やら少女が、皆が着席しているテーブルの上のある皿の中身を見て、私の方をチラチラ見てくる。
あぁ、量が足りなかったか。子供だもんね!! 『蟲』に指示を出して、少女の皿の上に移動させた。
「どうした? そんなこの世の終わりみたいな顔をして? 体調が悪いなら、治療してやるぞ」
私の背後から蛆蛞蝓ちゃんが顔を出したのを見て少女は、只管首を横に振り私は元気ですと猛アピールしてくる。
やっぱり、子供の考える事は理解できんな。
「そうそう、言いそびれるところだった。本日のディナーだが、君達の為に用意した特別な物だ。見た目は、少し気になるかもしれないが…ランクB冒険者も美味しく召し上がっている程の貴重な物である。何と、治癒薬にも近い効果があるだけでなく、栄養価も満点。鮮度も抜群とパーフェクトな食材だ。味の方も保証しよう」
「あ、ありがとうございます」
失禁少女が絶望したような顔で着席した。
もう、わけが分からないよ。
「おかわりもあるから、遠慮なく食べてくれ。………そして、最後に言っておくが君達の治療の為にも、身の為にも残す事はお勧めしないよ。それに、衣食住の全てを施したこの私が用意した食材をまさか残すような事はしないよね」
少しでも早く、怪我を治してもらう為にも心を鬼にした。
具体的には、『モロド樹海』下層に出現するヘラクレスモスキートウ、デストロイスコーピオン、デッドリータランチュラが孤児院を埋め尽くした。無論、食事の邪魔にならないように蠍以外は天井や壁一面に張り付いて待機している。
ヘラクレスモスキートウ…『モロド樹海』の43層で出現する大型の吸血蚊。体長は10cmもあり、一匹で150ccもの血液を奪い取る。物理攻撃にも魔法攻撃に弱く、素手でも十分に倒すことが出来る。しかし、刺されたら一秒程度で150ccの血液を奪うだけでなく、奪った血液を汚染されてしまうため人体に戻す事はできない。基本的に数百匹単位で行動をしており、大きな羽音がする為、発見は容易である。広範囲の魔法攻撃が使えない場合には、戦闘は避けましょう。
デストロイスコーピオン…『モロド樹海』の47層に出現する大型の獰猛な蠍。体長は1mもあり、尻尾での攻撃に注意する必要がある。恐ろしい程の速さで尻尾を用いて刺突を繰り返す。狙った獲物が死んでも刺突を繰り返す程、執拗に殺しに来る。刺突の威力は、一発で鉄の鎧を貫通するほど。しかし、尻尾以外での攻撃をする事は確認されていない為、魔法や斬撃で早々に切断して無力化しましょう。狙い目は関節部です。
デッドリータランチュラ…『モロド樹海』の49層に出現する猛毒蜘蛛。体長は5cm程であるが、擬態化能力が極めて優れており、背景色に溶け込み獲物に取り付いて、猛毒にて仕留める。この毒に侵されたら最後、十秒もしないうちに死ぬ事になる。発見する事が難しいだけでなく、小さいながら極めて強靭である為、物理攻撃、魔法攻撃で倒す事は至難である。しかし、泳げないため『水』の魔法を使って溺れさす事で比較的楽に対応できる。
そんな凶悪なモンスター達に無数に囲まれての食事など、生きた心地が全くしていない孤児達であった。孤児達が一番気にしていたのが『身の為にも』というフレーズである。残したら、まさかの展開を全員が想像している。
まぁ、レイアは一口でも食べてもらえればいいかなと思っている程度である。万人にうけない食事なのは理解しているが、早くみんなに治ってほしいと思っているのも事実である。故に、ちょっとしたお茶目で『身の為にも』以降の言葉を付け加えた。孤児院の者達にしてみれば、お茶目で済むレベルの言葉でないことをレイアは理解できていない。
「ふむ、静かになったね…では、いただきます」
………
……
…
あれ? この世界においても食事前には『いただきます』で合っているはずなのに誰も私に続いて発言をしない。これは、いけませんね。
「いけませんね 皆さん。いいですか、食事前にはいただきます…これは、当たり前の事なのですよ。それとも、喉の調子でも悪いのかな? 治療しますよ」
慈愛に満ちた笑顔を皆に向けた。
「「「「「い゛だだぎまず」」」」
若干、濁音混ざりであったが、しっかりと食前の挨拶が行われた。
その瞬間、『蟲』の悲鳴がした。
「あぁ、言いそびれたけど。その蝗ね…噛まれると悲鳴を上げるけど気にしないでね。…あれ?白い泡を吹いて倒れている!! これは、いけない。治療が甘かったか」
原因不明で泡を吹いて倒れた少年を急いで蛆蛞蝓に取り込ませた。
他にも幾人もの孤児達が原因不明で倒れていった。
無事だった者たちは、もう涙いっぱいの顔で美味しく蝗達を美味しく召し上がっている。きっと、今日という日が思い出に残ったことは間違いないだろう。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。