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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第四話:パワーレベリング(1)

 今日も美味しい依頼を探してギルド本部をウロウロと漂っている冒険者達が沢山いる。無論、その一人に私も漏れずにその場に居た。

 普通ならば、ソロで『モロド樹海』下層を拠点に活動している時点でモンスターの素材を売却するだけでかなりの額が稼げるのだが…『蟲』によって殆ど骨も残らないくらいに捕食される為、モンスター素材での収入が望めない。まぁ、希に残る魔結晶を売る事でそれなりに稼げている。魔結晶だけは、食べない蟲達に本当に感謝である。

 他にも、蟲達が倒した分のモンスターソウルについては、私の影に収納された時点で、多少吸収効率はおちるが私自身に還元されている。究極的には、私は一歩も動かずに、モンスターソウルによる成長が可能でもあるのだ。

 まぁ、それだと不測の事態に対応できるだけの能力が身につかないので、必ず私も蟲達と一緒に最前線で戦っている。

「うーーーん、どの依頼も条件が厳しいな」

 一番多いのが、低層(1~10層)でのモンスター素材狙いのパーティー募集、次に多いのが中層(11~20層)でのモンスター素材狙いのパーティー募集。無論どの募集にも言えるが、モンスターソウルも副次的に得られるため自己成長も狙いである。

 私が理想とする依頼は、下層(21~)で只管モンスターを始末するだけでお金が貰える殲滅依頼である。そもそも、そんな都合のいい依頼なんて早々にあるはずがない。モンスター素材を狙わずに何を狙いに行くのかと言われれば…回答に詰まる。

「いっそう、また戦争でも起きてくれないかな。このままだと、お財布が風邪をひきます」

 思わず、不謹慎な発言をしてしまうほど依頼がなかった。

「レイア様、レイア様。実にいいところにいらっしゃいました!!」

 依頼を探しているところに、これ幸いといった顔をしたマーガレット嬢が現れた。間違いなく碌でもない依頼を押し付ける気でいる事が手に取るように分かる。私の可愛い蟲達の『蟲』の知らせがなくともわかる。この笑顔の裏は、相当ゲスい顔をしていること間違いない。

「しまった、42層の入口の所にハンカチを一枚置いてきてしまった。今すぐ取りに戻らないと行けない!! 一ヶ月くらいで戻るから、その話はまた今度で」

 すぐさま身を翻し、ギルド本部を後にしようと思ったが…見事に服のはしを掴まれた。

「どこの世の中に、ハンカチ一枚の為に42層まで足を運ぶ馬鹿がいるんですか。ハンカチ一枚くらいなら私が差し上げますよ。ですから、お話ししましょうよ!!」

「嫌だ!! どうせ、誰も受けずに残った碌でもない条件の依頼を押し付ける気だろう!! 報酬に似合わない労働はする気は全くないぞ」

「ふっふっふっふ。ところがどっこい、今回の依頼はたった20日で5000万という超高額!! しかも、レイア様にぴったりです」

ピクピク

 単純計算日当250万…どのような条件か知らないが、額面上は確かに破格である。おいしい話は裏があるのは当然。しかも、それでも売れ残っているとあれは当然何かしらの欠陥依頼であるのは分かりきっている。

 しかし、金に釣られてしまう自分が悲しい。

「話を聞かせてもらおうか」

「もちろんです。他に聞かされるとアレですので奥の部屋に…」

………
……


 あ、やべ。正直、そう思った。奥の個室を利用するあたり、機密レベルが相当高い依頼である事が分かったからだ。




 案内された部屋は、ご立派な応接間だ。そして、備え付けられている椅子には、ギルド長とその対面に『神聖エルモア帝国』正規軍の軍服を来た強面のオッサンと高そうなドレスを着た美しい金髪で且つ陶磁器のような肌をした美しい女性がいた。スタイルも控えめにいっても抜群である。若干胸が小さいが、まぁ、Dに近いCといったところであろう…胸のサイズがね!! 冒険者のランクじゃないからね。

 だが、一つ言えることは、この女性…見覚えがあるという事だ。何処で見たかというと、2年前の戦争時に兵士への激励のお言葉をかけに来た王族の方にソックリである。もう本人ではないかと思うくらいにソックリさんである。

 か、帰りたい。美味しい話に乗せられて、ここまで来た自分を殴ってやりたい。

「適任者を連れてまいりました。アメリア様、シュバルツ様」

 アメリア・ハーステイト・エルモア…『神聖エルモア帝国』の第8位王位継承者である。第8位になると流石に王位を継承する可能性は0に近い、その為諸侯に嫁ぐ事が多い。継承権の順位が低い者や継承権自体がない王族は、豪富などの一般人に嫁ぐ事もしばしばあると聞いた事がある。

 シュバルツ・アイゼン・アインバッハ…『神聖エルモア帝国』の第四騎士団副団長である。二年前の『聖クライム教団』との戦争において私に殿を命じた鬼畜な司令官である。そのおかげで一代貴族にのし上がったのだから、ある意味感謝している。

「レイア様もお掛けください」

 マーガレット嬢が着席しろと促す。身を翻して逃げようかと思った矢先に…くそったれが!!

 逃げ切る事は、可能だ。しかし、後々の事を考えると決して最良の選択とは言えない。顔合わせする前ならまだしもこの状況下に追い込まれた時点で負けたのである。

「はははは、ありがとう」

………
……


 お互いが着席したこの状況だというのに誰も口を開かない。無言のプレッシャーをくらい、マーガレット嬢の胃もキリキリ言っているだろう。

 それを見かねてギルド長である、本名不明の親方こと…愛称ヒゲオヤジが話題を切り出してくれた。

「ゴホン。まずは、儂がお互いの事をご紹介させていただきます」

 アメリアの紹介に引き続き、シュバルツの紹介がなされた。双方ともやはり、こちらが予想した通りの素性であり、帰りたさが倍増した。そして、最後に私の紹介がされた時に、若干アメリアの目が『迷宮でソロ? こいつキチガイじゃね』と言ったような視線を感じたが、まぁ許そう。

………
……


「2年前は、大変お世話になりましたシュバルツ様。まさか、あの有名な『闇』の魔法を使う者を相手に殿を務めさせられるとは、このレイアとても勉強になりました」

「五体満足で生き残るだけでなく、そのお陰で貴族にまでなれたのだろう。感謝してくれていいぞ」

 『闇』の魔法。レイアの『蟲』の魔法と同じく、オンリーワンの魔法として有名である。それに加えて使い手が『聖クライム教団』でランクA冒険者であり、手加減された上で私の方は本気で死にかけた。こちらの数多の蟲達の大半がたった一人に殲滅される様は、もう顔が青ざめたね。最終的にゲリラ戦に持ち込む事で時間稼ぎだけはできたけど、正面から挑んでいたら今でも勝てる気がしない。

 しかもだ!! こいつら軍の上層部は、『闇』の魔法の使い手が居る事を私に黙っていたんだよ。それでどれだけ私の可愛い蟲達に被害が出たと思う…まぁ、聞いていれば速攻で逃げていたけどさ。

「まぁ、過去の事だからこの際、水に流しましょう。このまま話が進まないのもアレなので、依頼内容を教えていただけますか?」

「そうしよう。既に察しているかもしれないが…この依頼アメリア様が絡んでいる。後、これから話す内容は当然だが、この場で我々に会った事についても外部に漏らさないでもらおう」

 俗に言う守秘義務というやつですか。当然ですな。

「お約束しましょう。それに、王族絡みのネタなど外部に漏らせるはずもないからね。それで、依頼内容は?」

「それについては私から説明致します。ご無理な依頼であることは重々承知でここまで来たのです、せめて私の口から言わせてください」

 蝶よ花よと愛でられて育てられてきたのだろう、動作の一つ一つに気品がある。まぁ、迷宮において、そんなお上品さは欠片も必要ないがね。必要なのは、力だ。

「私は、この度正式に王族の姓を返上いたしました。もとより、王位継承権が低い私ですが、それでも婚姻関係を結びたいという縁談のお話は、それなりにありました。ですが…」

「はぁ?」

 思わず、口を開いてしまった。

 王族が姓を返上したという事は、ただの平民に成り下がるのと同意義である。なんの得があってそんな行為をするか見当もつかない。

「口を慎め。アメリア様の前だぞ」

「これは失礼シュバルツ様。アメリア様、どうぞ続きを」

 というか、そんな話をきいて「はぁ?」と言ってしまうのは当然だと思う。私は決して悪くない!!

「実は、私…好きな殿方がいまして。しかし、王族という身分が邪魔をして叶わぬ恋でした。ですが!! 王族の姓を返上した事で自由恋愛が可能になったのです」

 ふむ、わかった。こいつは、頭がお花畑だという事が理解できた。恋愛の為に王族の姓を捨てるとか、こいつが歴史史上初じゃないかと本気で思った。

「そ、それはおめでたい(頭がな!!)」

「ありがとうございます。本題はここからです。その殿方は、侯爵家の4男で相続権がない為、冒険者として過ごしております」

 本題に入る前に既にお腹一杯である。

 その後の話も聞いたが、頭が痛いどころじゃなかった。

 晴れて4男と婚姻を交わしたが、何分冒険者であるがゆえに一緒に居られる時間は少ない。加えて、いつ死ぬかわからない職業である。しかし、恋人とはいつも一緒に居たいとの事である。

 気持ちは理解できなくもないが…『箸より重いものは持った事が無いんです』みたいな女を屈強なアマゾネスみたいに短期間で進化させろとか無理難題もいいところだ。いくら、私がランクBだからといって出来る事とで出来ない事があるぞ!!

 しかもだ!! あわよくば、私みたいに戦争で功績を立てて貴族になれる程の力量を身につけたいとの事だ。そりゃ、貴族になれば生活もそれなりに安泰するから分からんでもないよ。

 おぃ!! いい加減にしろ。私は七つの玉を集める事で現れる何でも願いを叶える事ができる竜じゃないんだぞ。

「ま、まぁご依頼の内容は、そんなところです。いかがですかレイア様。ギルドとしても是非お願いしたのですが」

 流石のマーガレット嬢も顔が引き攣っている。

 そもそも、こんな経験値稼ぎのような依頼なら他のパーティーに依頼しろよ。前回のミーティシアみたいにギルドがしっかりとしたメンバーを斡旋して迷宮に行かせろと言いたい。その結果、選ばれたのが私であるとは考えたくない。

 パワーレベリングにも限度があるぞと言いたい。

 だが、ここまで来ると流石に驚きを通り越して呆れたので、逆に冷静にいられるわ。

「嫌だよ。どうみてもババじゃん、この依頼。というか、婚約者が冒険者ならそいつに依頼しろよ。喜んで無償で引き受けてくれるだろう」

 正直な意見だ。婚約者のランクは知らんが、そいつと一緒に少しずつ強くなれと。

「アーノルドはランクCの冒険者でして…既に半固定メンバーで迷宮に挑んでおります。そんな中、私のような初心者が混ざってパーティー全体にご迷惑をお掛けする事はできません」

「いや、その半固定パーティーに金を払って育ててもらえ。恋人ともいられて一石二鳥だろう。……アーノルド? もしかして、ミーティシア嬢のパーティーリーダーを務めたあいつか?」

 マーガレット嬢が頷いた。

 助けてやった恩を仇で返された気分だ。本人が知らないとは言え、婚約者の無茶難題を私に当てつけるなど許せん!!

「ランクBの方に覚えていただいているなんて、流石はアーノルドです。それならば話が早いです。私をあの方の横に立てるくらいにまで育ててください。報酬は、5000万セルをご用意致しました。期限は20日」

 どうあっても、アーノルドがいるパーティーには依頼したくないようだ。まぁ、こんな頭がお花畑の女性がいたらパーティーが何度崩壊の危機に遭遇するか分からんか…。

「だが、断る!!」

「ほほぅ、アメリア様の依頼を断ると」

 シュバルツが睨むが、そんなの関係無いわ!! 武力で押し通せると思うならば来るがいい。ランクA相当の力量がないシュバルツなど私の敵にはならん。

「たった20日でこの箱入りお嬢様をランクCまで育てろと?冗談も休み休み言えよ。ギルドのお前らも何か言えよ…ランクC冒険者までたどり着ける者が全体のどのくらいいるか。そこに至るまでどれだけの時間を費やしているかを!!」

「こ、これでも『水』と『土』の二つの魔法を使えます。それに、シュバルツから剣の指導も受けております」

「使える?それは使いこなせていると理解していいのですかな? 剣の腕前は、ゴアグリズリーを相手にしても一人で倒しきれる程のものかな?」

 せめて現状の実力がランクD相当でゴアグリズリーを一人で相手に出来る程度であれば、20日のパワーレベリングでもギリギリランクCに持っていけるだろう。二十日間一睡もさせずに下層での超スパルタのデスマーチをしてくれる。

………
……


「い、いえ。流石にそこまでは」

「おぃ、マーガレット嬢。お世辞抜きでアメリア嬢は、冒険者としてどの程度だ?」

「Eランクです。ただ、装備品がどれも一級品ですので3層くらいまでならソロでも立ち回れるかと」

 一級品の装備補正込みでDランク…三層が限界とは、もうお手上げだろう。

「騎士団からの人材派遣は?」

「できるなら、ギルド本部を訪れんが…すでに姓を返上したアメリア様だ。騎士団が表立って動く事はできん。儂がこの場に居ること自体、本来まずいのだ」

「なるほど、分かりました」

「それでは!!」

 嬉しそうな顔をしている。野に咲く一輪のような美しい花のようである。

「この度の依頼はご縁が無かったということで。私はこの場で誰にもお会いしておりませんし、何も聞いておりません。というか、私はなぜここにいるのでしょうか。ここしばらくの記憶が全くない」

 席を立ち上がり、一礼をして部屋を退出した。マーガレット嬢やギルド長が焦って止めに入ったが知らぬ存ぜぬ。

 追いかけられないうちに迷宮へと退避する事にした。流石のマーガレット嬢やギルド職員もトランスポートで20層に移動した私を追いかける術は持ち合わせていないだろう。

 加えて、ギルドの方は、次なる生贄を見つけ出すことに必死である為、そんな余裕はないだろう。
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