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愛すべき『蟲』と迷宮での日常 作者:マスター
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第一話:未帰還者探索(1)

 エセリア大陸にある4大国の1つ『神聖エルモア帝国』の東部には、『モロド樹海』と呼ばれる広大な地下迷宮が存在する。迷宮とは、神々が存在した時代に神達が己の威厳を示す為に作られたモノであるというのが現代における最有力の説である。

 『モロド樹海』では、地下にもかかわらず草木が覆い茂り、陽の光や雨といった天候まで存在している。現在の魔法技術を駆使したとしても再現不可能。更に、迷宮各所には宝箱が存在しており、その中には金銀財宝や神器が発見された事例が実在する。

 尤も、基本的に価値のないゴミが入っている事が殆どであり、貴金属などの金になる品物が見つかる場合は少ない。しかも、迷宮に存在する宝箱は、開けてから一定時間が経過すると消滅し、時間経過と共に迷宮内部にランダムで再出現する。運がよければ毎日でも大金が稼げる可能性がある。

 しかし、そんなランダム性が高い宝箱が無くとも迷宮に挑む者達は数多くいる。

 エセリア大陸には、人間を害なすモンスター達が大陸の各所に存在している。そんな害悪な存在であるモンスターは、迷宮内部にも存在している。その為、本当の意味での安住の地は何処にも存在しない。

 故に、強くなくては生き残れないという辛い現実があるのだ。その世界で、迷宮に潜る人間が多い理由は【迷宮は階層ごとにモンスターの種類と強さが決まっている】【運がよければ宝箱にありつける】という事が大きい。

 その世界で人が生き残るだけではなく危険のある迷宮へと挑む最大の理由は、モンスターを倒す事で得られるソウルである。正式名称は、モンスターソウルと呼ばれるモノで、モンスターを倒す事で体内に吸収される。ソウルを取り込む事で全ての生命は身体能力向上、魔力増大などの肉体的及び精神的なポテンシャルの底上げができるのだ。



 そして、2度目の人生をエセリア大陸で過ごしているこの私…レイア・アーネスト・ヴォルドーが今日もまた迷宮に無謀に挑んだアホどもを回収すべく、お仕事を開始するのだ。

 『モロド樹海』に挑む冒険者達が集う町である『ネームレス』のギルド本部にいる。ギルドでは、冒険者達への仕事の斡旋から迷宮で採取した薬草や貴金属、モンスター素材や希にモンスターの体内から得られる魔結晶などの買取などを行っている。

 しかし、依頼を探しに来てみればまた難儀な受付嬢に捕まってしまった。

「どうしてもお受けして頂けませんか」

 流石、やり手のギルド受付嬢である。モデル体型・褐色肌・胸元の空いた制服、上目遣い…えげつないコンボで男心を揺さぶってくる。これで何人の男共を文字通り死地に追いやった事だろうか。個人的には死神と名づけてもいいくらいだと思っている。

 本来、ギルドの受付は男でも問題ないのだが…冒険者の比率的には男が多い。無理難題を引き受けさせるために容姿端麗の女性が受付をする事が非常に多い。

 今まさに私に無理な依頼を斡旋してこようとしているのが『ネームレス』ギルド本部の受付嬢の1人で悪女と名高いエリステル・マーガレット嬢だ。自らの容姿を理解しているだけあって、使い方をよく分かっている。

「いつも言っているが、私はギルド専属の未帰還者探索要員じゃないと何度も伝えているだろう」

 未帰還者…それは、迷宮に行ったきり帰ってこない者達の事である。

 迷宮は、特定の階層を除き一定周期ごとに内部構造が変化する大改変と呼ばれる事象が存在する。それに巻き込まれると高いカネを払って買った先駆者が作った『モロド樹海』のMAPがゴミになりさがる。

 だが、新しく地図を作って売ろうとする先駆者達にとっては儲け時でもあるので一概に悪いとも言えない。

 大改変でも内部構造が変化しない階層がどの迷宮にも存在している。『モロド樹海』は5層ごとに内部構造が変化しない階があり、『神聖エルモア帝国』が国費でトランスポートを設置している。

 トランスポートは、お金を払えば目的の階層まで一瞬で移動できるという優れものだ。無論、大規模な術式と非常に高価な資材を用いている為、利用するにはそれなりの対価を払う必要がある。故に、金回りの良い冒険者や緊急時にしか用いられない事が多い。現在、トランスポートが設置されているのは5、10、15、20層までしかなくそれ以降の階層には設置されていない。理由は、設置しても利用者が少ない為、赤字になるから採算が合わないそうだ。無駄なところで現実的である。

「それは、分かっていますけど…『モロド樹海』は、1層当たりの広さは他の迷宮の比ではないので最悪2次災害の危険性もあります。しかも、大改変後ですし」

「まるで、私なら2次災害にあってもいいような口ぶり。それに、私に頼まなくても依頼を引き受けてくれそうな連中はそこら辺にもいると思うのだが…」

 『モロド樹海』の為にできた町である『ネームレス』には、当然数多の冒険者達が集まっている。その為、わざわざ私を指名しなくても依頼を出せば受ける者達はいる。

 むしろ、未帰還者探索は基本的に生死問わず。その為、遺留品を持ち帰れば依頼達成という特性もある。その事から自らの迷宮探索のついでに依頼を受ける者達は沢山いる。それにもかかわらず律儀に依頼書を用意するのは、ギルドとしての建前だろう。

「無論、生死問わずならレイア様に直接話は持ってきません。何分、未帰還者のパーティーは、貴族のご令嬢がいらっしゃいましてね。まぁ、そういう事です」

「貴族として最低限の武力を身につける必要があるのは理解しているが、身の丈にあった迷宮探索をして欲しいものだね。同じ、貴族として恥ずかしい限りだ。とりあえず、報酬次第だな。愚か者達のパーティー構成を教えてもらえるかな」

「前衛2名、後衛3名に加えサポーター1名の6人構成です。後衛2名のご令嬢とその従者を除く者達は、『モロド樹海』の経験者です。一応、それなりの冒険者を斡旋しております。低層でもお荷物を抱えていたとしても問題なくやっていけるメンバー構成なのですが」

 貴族のご令嬢がいるという事はソウル吸収によるレベリング目的か。それならば、1層から順々に下層目掛けて攻略をしていそうだ。話を聞く限り、最後に生存が確認されたのが地下5層にあるトランスポート前。次のトランスポートがある地下10層なので、6~9層のどこかで彷徨っている可能性大である。

「経験者がいて、この状況…既に死んでいる可能性が高いな。食料の状況は?」

「貴族のご令嬢がいるという事でそれなりに用意していたと思います。もちろん、保存が効く食料も用意していたはずですが…正直、芳しくありません。トランスポートに隣接している販売所で商品をいくつか購入したとの話も聞きましたが、節約したとしても後二、三日持てばいいほうかと」

 経験者が大改変に巻き込まれるような痛恨のミスをするとは考えにくい。依頼を受けた冒険者とて命が懸かっているのだから細心の注意を払っていたはずだ。仮に、何かしらの要因で身動きが取れない状況だったとしても残りの食料的に風前の灯である事は間違いない。

 迷宮探索において、重要な要素の一つであるのが食料の確保だ。『モロド樹海』は、樹海と名付けられるだけあってコケ、野草、きのこなどが自生している。無論、食べられる物と食べられない物もある。しかし、人が生きる上で大事な水やタンパク質の補給は絶望的だと言える。その為、迷宮に冒険者達が用意して持ち込む必要があるのだ。

 なんせ、モンスターの殆どは基本的に人体に有害な毒素を持っている。煮ても焼いても食べられない。無論、毒素を除けば食べる事も不可能でもないが…それを行うには、特別な魔法が必要とされるだろう。まぁ、死んでもいいなら食えるがね。飢えて死ぬか、毒で死ぬかの二択になる。

 故に、迷宮探索では、戦闘に参加せず、食物確保や食料運搬を専門にするサポーターという専門職が存在する。当然、モンスターから逃げられる程度の実力は最低限必要とされている。

「ふむふむ…諦めろ。そいつらは助からん」

「お願いですから、引き受けてくださいよ。ギルド幹部と繋がりのあるお家の方で、見捨てると本気でマズイんですよ。主に、うちのギルドの立場が…」

 どうやら、本気でまずいようだ。ギルド経由でのパーティーメンバー紹介であったのだろう。それでこの結果。最悪の場合、物理的に首が飛ぶ可能性もある。

「葬式には、参列してやる。香典もはずもう」

「……成功報酬、2000万セル」

 涙を流してカウンターにうつ伏せになっているマーガレット嬢が報酬金を告げてきた。2000万セル…正直悪くない額である。通常、生死問わずの未帰還者探索の成功報酬は50万~100万セルだ。

「安いな。ギルドの失態だろう…命が懸かっているんだろう。限界まで積んでみろよ」

「くぅっ!! なんという強欲…2500万セル!! これが貴族の方から頂いていた余剰金を乗せた額よ」

 たかが、メンバー斡旋で500万セルもマネパジしていたのかよ!! この状況下で、利益をしっかりと残しておこうという算段…大した度胸だな。2500万セルもあれば、一般臣民が家族5人で一年は遊んで暮らせる。一般家庭の年収が大体400~500万セルだから悪い額ではない。通貨価値的には日本円と大体同じくらいだな。

 いやはや、思い起こせばこの年になるまで数奇な人生を送っていたとつくづく思うよ。なにより、よくこんな魔法を身につけて正気を保っていられるなと自分の事ながら本気で不思議に思う。この年になるまでに本当に色々あったわ。

「いやいや、余剰金が無くなるだけだろう。自分の命の額を更に乗せろよ。死にたくないだろう。嫌なら他に頼むんだな。尤も、大改変後の時間制限付き依頼をこなせる奴がどれだけいるか疑問だがね」

 しっかりとした準備期間があれば、この場にいる連中でも探索は可能であろう。しかし、この依頼は食料や装備などの準備期間が無い。準備なしで『モロド樹海』に挑み、6~9層の何処かに居るであろう貴族のご令嬢を救い出して来いという話なのだ。

 普通なら無理だ。

 だが、普通でない者なら可能である。そして、その一人がレイア・アーネスト・ヴォルドーである。『モロド樹海』に挑む数多の冒険者の中で数少ないソロ…一人で迷宮に潜るキチガイと呼ばれる者だ。

 一人で迷宮に潜る利点は多い。宝箱からモンスターの戦利品まで総取りである。金銭的にもモンスターソウル的にも美味しい。だが、デメリットとして迷宮探索の準備から戦闘、食料確保、就寝時の警戒まで全ての事を一人でこなす必要がある為、一般的にはデメリットの方が遥かに大きい。命をかけているのだからデメリットは最小限の方がいいに決まっている。

「足元を見やがって…」

「ギルドの受付嬢とは、思えない口ぶり。冒険者にしこたま貢がせた貴金属が沢山あるだろう。それを全部売りに出せば更に1000万は追加で出せるよね。嫌なら、他に依頼してくれ。ギルドの依頼を受けるも受けないも冒険者の自由…そういう規則だろう?」

「人命が懸かっているというのに、規則を盾に取るなんて…レイア様って本当に最低の屑ね」

「褒め言葉として受け取っておこう。こちらだって『モロド樹海』に挑むのは、命懸けなんだよ。報酬額に納得がいかない依頼を受けるはずないだろう」

………
……


「本日の依頼は、ご縁がなかったと言うことで」

 マーガレット嬢とにらみ合ったが…解決しそうになかったので、宿に帰るべく別れを告げた。

「待ちなさい!! 3500万!! 出してやるわよ!! その代わり、絶対生きて連れて帰って来なさいよ」

「私が見つけた時点で死亡していない事が条件ならば引き受けよう。生きてさえいれば、たとえ手足の1本や2本、元通りにして連れてくる。それでいいかな?」

「上等よ!! 」

 まぁ、『水』の魔法による魔法も出来ないし、高価な治癒薬も使う気も無い。だが、元通りにする程度なら私の魔法で可能だ。無論、マーガレット嬢もそれを承知の上であろう。何分、良くも悪くも私の魔法は有名だからね。

「それで、対象の名前と似顔絵は?」

 貴族のご令嬢救出の依頼である。間違っても貴族ご令嬢パーティー一同の救出依頼ではない。そこが大事。依頼通りに仕事をこなす私って仕事熱心で素晴らしいわ。

「救出対象は、アイハザード家のご令嬢であるミーティシア・レイセン・アイハザード。これが似顔絵よ」

「この特徴的な耳…しかし、小さい。エルフとのクォーター? 珍しいな」

「その通りよ。だからこそ、報酬が高いのよ」

 亜人が多い4大国の1つである『ウルオール』の血が混ざっているエルフとの混血貴族ね。そりゃ、価値高いわ。亜人は、人族である私達と比べて身体能力や魔術的能力が高いだけでなく、老いても比較的に容姿が劣化しにくい。毎年、伴侶に迎えたい種族No1に輝いている。中でも、エルフは絶大な人気を誇っている。

「この依頼引き受けましょう。遅くとも3日で戻る。それまでに、貴金属の換金を済ませといてくれ。宝石などをもらっても嬉しくもないのでね。世の中、現金が一番安心だ」

「低層とは言え、ソロで『モロド樹海』に挑んで三日で戻るなんて言い切れるのは、さすがね。人格に問題はあるけど、実力はしっかり評価しているわ。吉報を期待しているわよ」

「日頃は、30層後半以降で活動しているからね。低層なら余裕。それにこれでも『モロド樹海』における最長滞在時間保持者だからね」

 私は、『モロド樹海』の外に戻るまでに2回の大改変を迷宮中で経験した程、長時間迷宮内部で過ごした事がある。普通なら食料関係からそこまで長いは出来ないがこれも特別な属性あってこそ出来る芸当である。



 トランスポート利用して、5層までショートカットして、6層に移動した。利用料として10万セルも取られた。緊急の依頼であった為、当然ギルド負担になるだろうと思ったが、世の中甘くはなかったよ。完全に、自腹を切らされた。これで帰りも自腹だと思うと若干納得がいかない。

 まぁ、一人当たり階層×2万なのでマシな方だ。帰りは救助対象の分も私の財布から出るのだろうから、改めて考えると酷い依頼だよね。

「さてさて、可愛い私の子供達。お仕事ですよ」

 ざわ

 膨大な魔力消費を引き換えに、私の影から無数の白い蟲達が溢れ出してきた。大小様々な蟻、蜂、蜘蛛、百足などの数万に及ぶ蟲達が溢れ出すその様子…普通の冒険者たちにとっては、おぞましい光景に見えるだろう。この光景を見たならば、尻込みするか逃げ出すかが殆どである。

「似顔絵は覚えたかな? 覚えた者から順次探しに行け」

 全身は純白、目だけ深紅の万に及ぶ蟲達が私の指示により一斉に迷宮に散らばっていった。これこそ、この世界において私しか扱う者がいない『蟲』の魔法。蟲達を意のままに操るだけでなく、その特性を己に付与できるという極めて強力な魔法である。
色々SSを読んで、迷宮物が書きたくなってしまった作者の一人です。
何があっても最後まで執筆しようと思っております。

唯一の懸念は、迷宮ものが多い昨今、似たり寄ったりが多く作者も把握しきれていない作品がおおく。盗作疑惑がかけられないか不安です。しかし、少なくとも読んだ作品を盗作するような事は作者はしないつもりです。
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