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第百四十五話「ペルギウスとの謁見」
玉座に座る男は圧倒的な存在感を放っていた。
輝かしい銀髪。
相手を威圧するような三白眼、金色の瞳。
そして全身から立ち上る王者の気配。
彼が王だ。
『甲龍王』ペルギウスだ。
ひと目見た時、俺の足に震えが走った。
理由はわかる。
なにせ、ペルギウスは似ているのだ。
忘れもしない。
俺を殺した、銀髪の男に。
髪型や服装や顔立ちは違う。
しかし似ているのだ。
オルステッドに。
「お進みください」
シルヴァリルの言葉に促され、ナナホシが先頭に立って歩を進めた。
それにあわせるように、アリエルが続く。
俺も彼女に隠れるように進んでいく。
空間は広かった。
天井は高く、大木のような柱で支えられている。
上を見上げれば、大きなシャンデリアが煌々を灯りを放っている。
なんとも豪華で、きらびやかだ。
さらに、壁には複雑な紋章の描かれた垂れ幕のようなものがいくつも掛けられていた。
アスラ王国やミリス神聖国といった有名なものから、どこかで見たことのあるようなもの、まったく見覚えのないものまで。
そして、俺たちの進む赤いビロードの絨毯の両脇に立つのは、十一人の男女。
「……」
彼らは、全員が白い服を着ていた。
彼らはそれぞれデザインは違うものの、色は同じ。
ホワイトカラーだ。
そして仮面だ。
全員が仮面を被っている。
彼らの被る仮面には、一つとして同じものはなかった。
動物を模した仮面、
オプティックなブラストが撃てそうな、目元だけを隠す仮面。
ロボな警官のように口元を出したヘルメットから、バケツにしか見えないものまで。
彼らが、ペルギウスの配下である、十二体の使い魔なのだろう。
使い魔といっても、人にしか見えないが。
かつて、アルマンフィはギレーヌと互角の戦いを繰り広げていた。
となると、シルヴァリルを含めた12人は、全員が剣王級の力を持っているということになるのだろうか。
絶対に敵対したくないな。
ここからの言動には細心の注意を払おう。
「そこでお止まりください」
シルヴァリルの言葉で、ナナホシが静止した。
「……」
ほんの十歩ほど前、二段ほど高くなった場所におかれた玉座。
そこから、ペルギウスが無言で俺たちを見下ろしていた。
正確には、俺を見ている気がする。
なんか目が合ってる。
怖い。
シルヴァリルはゆっくりとペルギウスの所へと歩いていき、その右側に立った。
シルヴァリルが右側、アルマンフィが左側。
そして俺たちを囲むように、両脇に五人ずつ仮面たち。
ペルギウスはゆっくりと口を開いた。
「我が『甲龍王』ペルギウス・ドーラである」
ドーラ一家!
いや違う。
天空の城は関係ない。
「お久しぶりです、ペルギウス様。約束どおり、戻って参りました」
まず、ナナホシが頭を下げた。
彼女が敬語で頭を下げるなんて珍しい。
ふと見ると、アリエルが即座に立ったままの礼をしていた。
ルークとシルフィが膝を付く。
俺はどちらにするか迷ったが、日ごろの習慣か、立ったままの礼を選択した。
日本式のOJIGIである。
「ナナホシか」
ペルギウスの声は、俺の背筋をぞくりとさせるものであった。
威厳と威圧感があった。
食い殺されそうな恐怖心と、心臓を鷲掴みにされたかのような息苦しさを覚えた。
冷や汗が垂れるのを感じる。
なんか、すごいな。
本物の王様という感じがする。
「戻ってきたということは、異世界からの召喚について、何かが掴めたということだな?」
「はい。ペルギウス様の望む成果があるかはわかりませんが」
「成果など……知識の探求が我ら龍族の宿命だ」
龍族、彼は龍族なのか。
今まで気にもとめなかったが、そうか。
龍神と、甲龍王。
彼らは人族ではなく、龍族なのか。
似ているわけだ、種族が同じなのだから。
ナナホシはペルギウスと動じずに会話をしていた。
ペルギウスの方も、ナナホシを邪険に扱う様子はない。
フレンドリーだ。
こんな城に引きこもっているからといって、偏屈というわけではないらしい。
「約束通り、この世界の召喚術について教えていただければと思います」
「うむ、よかろう」
どうやら彼女はもともと、ペルギウスと取引をしていたようだ。
異世界召喚を研究して、その成果が出たらそれをペルギウスに教える。
その代わりに、こっちの世界の召喚術の極意を教わる。
そんな感じだろうか。
「ところで、随分と大所帯で来たようだが、なんだ、そいつらは」
「はい。彼らは私の研究を手伝ってくれました。その報酬として、ペルギウス様に謁見したいと」
「ほう」
ペルギウスはつまらなさそうに息を吐いた。
報酬という言い方は何か引っかかるが、まあ間違っちゃいない。
「お初にお目にかかります」
真っ先にアリエルが前に出た。
「私は、アスラ王国第二王女アリエル・アネモイ・アスラと申します。陛下のような、偉大なるお方にお会いできたことを光栄に思います」
「アリエル・アネモイ・アスラか」
「以後、お見知りおきを」
ペルギウスは、ハッと息を吐いた。
「知っておるとも。アスラ王国の薄汚い王権争いに負けたにも関わらず、周囲を巻き込んで泥沼の争いを勃発させようとしている、馬鹿な王女だ」
ルークがバッと顔を上げる。
しかし、アリエルは動じなかった。
「これは、手厳しい」
さすがというべきだろうか。
柔らかく微笑み、目を逸らすことなくペルギウスを見ていた。
「ここに来たのは、あわよくば我が力を借りようとしてか?」
「いえ、ただ世界に名だたる英雄に、一目お会いできればと」
「魂胆が透けて見えるぞ、アリエル・アネモイ・アスラ」
アリエルは、いつもどおり、カリスマに溢れる声音であった。
しかし、よく見れば顔色はあまりよくない。冷や汗もかいている。図星を付かれ、思った以上に印象も悪く、手応えを感じていないのかもしれない。
ペルギウスはそんなアリエルを見て、ニヤリと笑った。
叱られた子供を見るような笑い方だった。
「だが、貴様はここに来た。それもまた運命。
チャンスをやろう。
我が城への滞在を許す」
「ご、ご配慮、感謝いたします」
アリエルは一礼し、後ろに下がった。
その表情には安堵と、一抹の不安が見てとれた。
---
「さて、お前は?」
アリエルが下がった後、ペルギウスの視線が俺のほうへと向いた。
まるで、アリエルの次に偉いのが俺であるかのようだ。
そう思って、ちらりと背後をみてみる。
すると、ザノバやクリフ、エリナリーゼ。
全員が膝をついていた。
立っているのは、俺とアリエル、そしてナナホシだけだ。
そら、俺に目がいくわね。
俺は胸に手を当て、今一度、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。ルーデウス・グレイラットと申します」
「ルーデウス・グレイラット」
ペルギウスは反芻するように、俺の名を口にする。
「貴様を転移させるのには、少々骨が折れたぞ」
「……?」
「本来、あの転移魔術は、己の魔力を超える者には使えん」
ペルギウスは不機嫌そうに言った。
「貴様の魔力はラプラスを彷彿とさせる。もし貴様が本気で抵抗したなら、我は貴様を転移させることができなかったろう」
「それは、お手数を掛けました」
ラプラス。
四百年前にペルギウスらに封印されたという、魔神の名前だ。
俺の魔力を評する時に、みんなその名前を使う。
よほど似ているのだろう。
「よい。だが、その強大で虫唾の走る魔力を、この城内で使おうとは考えぬことだ」
「それは、もちろんです」
まるで釘を刺されている感じだ。
いや、これはまさに暴れるなと釘を刺されているのだろう。
それにしてもおかしいな。
なんで俺はこんなに警戒されているんだ。
俺が理由もなく暴れるタイプじゃないし、理由があっても暴れたりはしない。
……あ、もしかして覚えてるんだろうか。
あの転移事件の直前、アルマンフィがいきなり俺を殺そうとした事を。
俺が根に持っていると考えているのだろうか。
だから根に持つなと、言外に言っているのだろうか。
「あの、転移事件の事でしたら、私はもう気にしていません。なので――」
「転移事件? なんの話だ?」
ペルギウスが首をかしげた瞬間、アルマンフィがペルギウスの元へと一瞬で移動した。
そして、何事かと耳打ちする。
「ああ、そういえば、転移事件の場にて、剣王に守られし少年が天に向かい魔術を使おうとしていたという話があったな。お前だったか」
覚えてらっしゃらなかったらしい。
墓穴を掘ってしまっただろうか。
これでは気にしていますと公言したようなものだ。
でも、向こうに禍根は無いはずだ。俺は何もしてないし。
無いよな?
「そして、オルステッドに手傷を負わせたというのも、ルーデウス・グレイラットという名であったな」
そこまで知っているのか。
手傷というか、手にかすり傷なのだが。
それを知っているということは、ペルギウスとオルステッドは知り合いということか。いや、ナナホシに聞いたのか?
考えずとも、ナナホシが空飛ぶお城の王様と知り合うには、オルステッドの繋がりしかなさそうだとは思っていたが。
「貴様のような才能ある者は、時として力を過信する。かの龍神に手傷を負わせたというのなら増長もしよう。だが、もし我と戦おうというのであれば、死を覚悟せよ」
そういった瞬間、周囲の使い魔が、若干の殺気を放った。
やめてほしい。
こうも喧嘩腰ってのは、ちょっと困る。
俺はここに、母さんの病状についての情報と、あわよくば召喚魔術を習いにきただけなのだ。
なのに、なんで警戒されているのだろうか。
……もしかして、俺がオルステッドと互角に戦った末、痛み分けに終わったとでも思われているのだろうか。
冗談じゃない。
一方的にやられた所に、不意打ちで一発撃っただけなのだ。
この場にいるのは、十二の使い魔。
一応ながら、彼らの能力はひと通り知っている。本で読んだ範囲だが。
しかし、格ゲーでキャラの性能を知っているのと、実際に対戦するのは別だ。
そして、数というものは喧嘩において非常に有利に働く。
一撃で倒されるゾンビでも、大量にいれば絶望を憶える。
まして、ギレーヌと互角に戦えるようなのが12人だ。
ペルギウス自身の力はわからないが、弱くはないだろう。
彼らを相手にして俺が生き延びる術はない。
大体、俺には戦う理由もない。
「もちろん、ペルギウス様に逆らうような真似はしません」
「よい心がけだ。我は賢き者が好きだ。愚か者は他者を曇らせるだけだが、賢き者は互いを磨き合える」
この場合の賢き者とは、つまりペルギウスに逆らわない者って事だろう。
俺は決して頭のいいほうではないと思うが、それぐらいはわかる。
「ペルギウス様。そいつは、その、多大な魔力で、私の研究に多大な貢献をしてくれました。敵ではありません。なので、もう少し優しくしてやってくださいませんか?」
と、ここでナナホシの助け舟が入った。
さすがナナホシさんだ。
そうだとも。
俺に敵意はないんだ、優しくしようぜ。
「ふむ」
ナナホシの言葉を聞くと、ペルギウスは頷いた。
「ならば優しくしてやろう。
ナナホシの協力者よ。
貴様が望むものは何だ?
金か? それとも、力か?」
ペルギウスは少々つまらなさそうに聞いてきた。
一応ながら、客人として扱ってくれるのだろうか。
なんで初対面の相手にこれほど邪険に扱われないといけないのだろうか。
こっちはこんなにも下手に出ているというのに……。
まあいい。
予め聞こうと思っていた事を、聞いておこう。
「では、一つたずねたいのですが」
「なんだ?」
「母の病気の事なのですが」
俺は、ゼニスのことを口にした。
---
「なるほど」
ゼニスの状況と容態を説明すると、ペルギウスは深くうなずいた。
「古き迷宮には、人を捕らえ、己が心臓として機能させるものもあると聞く。そして、心臓となった者は魔力によって人を変容し、例外なく記憶を失い、そしてその身に神秘の力を持つとな」
「神秘の力?」
「呪子、あるいは神子と呼ばれている者の持つ力だ」
呪い。
ゼニスは呪いに掛かっているのだろうか。
泣いたり笑ったりできなくなる呪いだろうか。
「なんのために?」
「知らぬ。だが迷宮とは、古代魔族が楽園を作るべく生み出した魔物だという説もある。核となる魔力結晶から内部の者に等しく魔力を与える。内部の者は餓えと無縁の存在となり、繁栄する。古き迷宮が、その効率を上げるために人を取り込んだとしても、なんら不思議ではあるまい」
古代魔族の楽園……飢えと無縁の存在か。
そういえば、転移の迷宮の内部には魔物が大量にいた。
特に、イートデビルは気持ち悪いぐらいの量だった。
やつらは何を食って生きているのかと思ったが、そういう事か。
いやでも、ロキシーは迷宮の中で餓えたと聞いたし。
内部の者に等しく魔力を、ってのは言いすぎだろう。
それとも、魔物は何もない所から魔力を吸い出す術でも持っているのだろうか。
……まあ、迷宮のことはどうでもいい。
今はゼニスのことだ。
「母を治す方法、ご存知ありませんか?」
「詳しい事は我も知らぬ。だが……」
ペルギウスはそこで言葉を切ると、俺の後ろを見た。
「かつて似たような運命をたどり、今もなお生き続けている女がいる。
詳しいといえば、その女の方が詳しいのではないか?」
ペルギウスの視線の先。
そこにいたのは豪奢な金髪を持つ、一人の長耳族。
エリナリーゼは、ゆっくりを顔を上げた。
「エリナリーゼ・ドラゴンロード。貴様は確か、200年ほど前に我が友の手によってバウの迷宮より救い出されたはずだ」
「そうですわね」
「記憶を失いし長耳族の少女よ。かつて一度だけ会ったな。随分と成長したようだが、もはや我の事など記憶にないか?」
「いえ、ありますわ」
エリナリーゼはバツの悪そうな顔で、俺から目線をそらした。
どういうことだ。
エリナリーゼが似たような運命をたどった?
200年前に、迷宮より救い出された?
ちょっとまて、何だそれは。
「なぜ話してやらぬ。共にここにいる以上、貴様らは知り合いなのだろう?」
「それは……」
「貴様は当事者だ、貴様以上に、その状況を知るものはあるまい」
ペルギウスの言葉に、エリナリーゼは口ごもる。
しかし、毅然と答えた。
「わたくしは記憶が戻らなかったけれど、ゼニスはもしかしたらと、そう思ったから黙っていましたわ」
毅然としていたが、表情はやや苦しそうだった。
クリフがそっと、エリナリーゼの肩を抱いた。
「……」
俺は混乱したまま、ただ黙っているしかなかった。
エリナリーゼは、確かに、少しおかしいとは思っていたが。
しかし、そんな過去を持っていたのか。
「ごめんなさい。せめて言っておくべきだと思っていましたけれど、
最近のルーデウスは幸せそうで、言うのをためらってしまって。
ゼニスの呪いも、命に関わるものではなさそうですし、
もしかすると神子となった場合や、あるいは何もないかと……」
「……詳しい話は、後で聞かせてください」
言い訳じみた言葉を続けるエリナリーゼに対し、
かろうじてそんな言葉を吐き出すので精一杯だった。
「わかりましたわ」
別に、エリナリーゼを責めるつもりはない。
彼女は自分のことは明かさなかったが、ベガリット大陸ではゼニスの容態についてあれこれ意見を述べてくれた。
年の功で知っているだけだと思っていたが、体験談だったのだ。
彼女のことだ、色々と考えたのだろう。
自分と違い、記憶は戻るかもしれないとか、
パウロが死んだ時に、追い討ちを掛けるように事実を告げる必要もないとか。
俺を気遣って、言わなかったのだろう。
でも、せめて、ゼニスが掛かっているかもしれないという呪いについては、事前に話しておいてほしかった。
---
「他にはないか?」
「いえ」
ペルギウスの淡々とした口調に、俺は首を振った。
なんだか、この数分で、やけに疲れてしまった。
まるで何時間も話を続けていたような疲労感がある。
もっと聞きたいことはあった。
召喚魔術のこととか、ラプラス戦役のこととか、転移事件の事とか。
だが、これ以上知識を入れると、頭がパンクしてしまいそうだ。
これぐらいにしておこう。
「他の者はよいか? 我に望む事は無いか?」
「では、余から一つだけ、お聞きしてもよいかな?」
ペルギウスの問いに、一人の男が立ち上がった。
ザノバである。
「貴様は?」
「申し遅れました。シーローン王国第三王子ザノバ・シーローンと申します」
「王子か。貴様も、この我に王権争いの後ろ盾を望むのか?」
「いいえ、そんなものはどうでもよろしい」
ザノバはあっさりとそう言うと、懐から一枚の冊子を取り出した。
その表面には、ある紋章が描かれていた。
俺も見覚えのある紋章だ。
かつて、俺の家の地下で見つかった人形の設計図に書かれていた……。
あ。
「この紋章。『冥龍王』マクスウェル様や『甲龍王』ペルギウス様の紋章によく似てございます。さらに言えば、そちらの壁にある紋章に酷似しておりますが、ご存知ありませんか?」
俺は壁に掛けられた紋章を見る。
ザノバの視線の先。
いくつも並んでいる紋章の中に、見覚えのあるものがあった。
一つは列強の石碑にかかれていた紋章。龍神の紋章。
一つは転移遺跡を隠蔽していた魔道具に描かれていた紋章。あの時の詠唱から察するに、聖龍帝シラードのものだろう。
そして、さらにその隣、ザノバの手にする紋章と同じものがあった。
「知っている。貴様の持つのは、『狂龍王』カオスのものだ」
「おお!」
おお!
なるほど、門で見つけたというのはそれか。
マクスウェルの紋章か。
多分、あの門を見た時に、紋章を見つけ、似ていると気づいたんだろう。
それで、きっと関連があると考えたのだ。
すごいぞザノバさん!
ていうか、すまん、転移遺跡で紋章を見たこと、伝えるの忘れてた。
「そ、それで、その『狂龍王』カオス様は、今いずこに?」
興奮を隠せない様子でザノバが一歩前に出て聞く。
しかし、ペルギウスは首を振った。
「死んだ。数十年前だ、後継者がいるかどうかは、わからぬ」
ザノバの手から、紋章の書かれた冊子がぽとりと落ちた。
がっくりと肩が落ちる。
「さ、さようで、ございますか」
顔も一気に五年ぐらいフケたんじゃないだろうか。
ザノバはもともと老け顔だが。
「時に貴様、その紋章をどこで見つけた?」
そんなザノバを見て、ペルギウスが少し身を乗り出し、尋ねた。
ザノバはがっくりと項垂れたまま、その質問に堪える。
「これは、我が師匠の家、魔法都市シャリーアの廃屋で見つかった、自動で動く人形の設計図に描かれておりました」
「なるほど。自動で動く人形か」
ペルギウスは頷き、続けてザノバに問うた。
「その人形は、すばらしいものであったか?」
「それは、もちろん! 細部に刻まれた技術は惚れ惚れするほどで、かのお方がどれほど人形を愛していたのかが伝わってくるほどでございます! 余も人形を愛する者として、かのお方の理念には崇拝のようなものまで感じている次第でございます!」
ザノバの言葉にペルギウスは目を細め、嬉しそうに笑った。
「貴様は芸術をわかる者のようだな。
よかろう。この城の宝物殿にも、カオスの作品はいくつかある。
あとで見せてやろう」
先ほど、俺を相手にしていた時と同一人物とは思えないほど、優しい声音だった。
なんだろう、この差は。
いや、いいんだけどさ。
「ありがたき幸せ!」
ペルギウスの言葉に、ザノバは喜色満面の笑みで五体投地した。
こっちも嬉しそうだ。
ザノバはペルギウスに気に入られたか。
いいなぁ。
俺も気に入られたかった。
---
「他にはないな?」
「えっと、ボク……いえ、私から一つ、いいでしょうか」
ペルギウスの言葉に手を上げたのは、シルフィだった。
シルフィは、ややぎこちない動作でペルギウスに頭を下げた。
「貴様は?」
「アスラ王国第二王女アリエル様の護衛にして、ルーデウス・グレイラットの妻。シルフィエット・グレイラットと申します」
そこでシルヴァリルがペルギウスに耳打ちをした。
ペルギウスがフンと不機嫌そうな息を吐き出した。
「夫婦揃ってか……」
小さな呟き。
夫婦揃って。何か不機嫌な事を言ってしまっただろうか。
シルフィも魔力は多い方であるが、ラプラス並ではないはずだし。
あ、もしかして、彼女の祖先にいるという魔族の事が気に触ったのだろうか。
「貴様の質問に答える前に、一つ答えよ。貴様ら、息子はいるのか?」
唐突に聞かれたその質問。
シルフィは戸惑いつつも、首を振る。
「え? いえ、娘だけ、ですけど……?」
「そうか。もし、息子が生まれることがあれば、我が元につれてくるがよい。名を授けてやってもよい」
「え、えっと……はい」
ペルギウスは薄く笑っていた。
すげぇ不気味だ。
俺とシルフィの息子に、何かあるというのだろうか。
それとも、キラキラネームでも付けるつもりなんだろうか。
なにせケィオスブレイカーなんて城に住んでる男だからな……。
「して、質問は何だ?」
「えっと、転移事件についてお聞きしたいのですけれど、あの事件は、結局のところ誰が引き起こしたものだったのでしょうか」
シルフィの問いは、俺が最近めっきり考えなくなったものだった。
転移事件は、ナナホシが日本からこちらに転移してきたものだ。
異世界からの転移だから、何か不都合があってしかるべき。
俺だって偶然こっちに来たのだから、生身でくるのには、そうした事も起こりうるだろう、と。
だが、逆もあるわけだ。
誰かが何かをした結果、ナナホシが召喚されてしまった可能性。
事故。
「判明しておらぬ。当初はラプラスか、それに連なる者の仕業かと思ったが……」
ペルギウスはナナホシをちらりと見て、言葉を続けた。
「この者を召喚することは、この我でも不可能だ。となれば、この世界にて可能な者は、誰一人としておらぬ」
「つまり?」
「あれは、人為的なものではない。偶然起きたものだ」
やはり偶然か。
いやでも、ペルギウス以上の召喚魔術の使い手とか、いるかもしれない。
オルステッドとか。
でも、わからないと言ってる相手に可能性を言及するのは失礼に当たりそうだ。
黙っとこう。
これ以上、相手を不機嫌にさせたくない。
「そう、ですか。ありがとうございます」
俺が迷っているうちに、シルフィが目を伏せて会話を終わらせた。
ペルギウスは大仰に頷く。
「他にはいるか?」
その問いに答えるものは、誰もいない。
エリナリーゼは俯き、クリフは緊張して動けないでいる。
アリエルは控え、ルークも大人しく膝をついていた。
「では我が自慢の空中城塞を、ゆるりと楽しむがいい」
ペルギウスの言葉にて、謁見は終了となった。
---
シルヴァリルの案内で客室へと連れて行かれた。
客室のあるエリアには、中身のまったく同じ部屋が二十近く並んでいた。
深い色を放つ木彫りの家具に、羽毛のベッド。
巨大で透明度の高い鏡。
棚の中には、酒と思わしきものも入っている。
違いといえば、部屋に飾られた絵画の内容ぐらいだろう。
まるでホテルだな。
だが、そこらのビジネスホテルよりもずっと高価そうだ。
前世で言うところの、帝国ホテルのスイートって感じだろうか。
いや、俺はスイートどころか、帝国ホテルにすら泊まったことはないが。
「この広さを、たった12人で管理しているのでしょうか……」
アリエルがそんな事を言っていたのが印象的だった。
場内は隅々まで掃除が行き届いているものの、まったく人の気配が無い。
不気味とまでは言わないが、何か寂しい感じがした。
まるで一緒にやる友達もいないのに買ってしまった2Pコントローラーのような寂しさだ。
ペルギウスの口ぶりからすると、時折客人は来るようだが。
各自、適当に部屋割りをして、自由行動とする。
ザノバとアリエルは、城内を少し見て回るらしく、早々にどこかへと行ってしまった。
無論、シルフィとルークも一緒である。
俺は部屋にいた。
「ふぅ……」
疲れた。
ほんの一時間程度だったはずだが、丸一日話を聞いていたような気分だ。
城内を見て回りたい気持ちはあるが、少し休もう。
そう思ってベッドに倒れこむ。
「おお、ふかふかじゃん」
ベッドはそのまま地の底まで沈んでいきそうなほど柔らかかった。
このベッド、一つぐらいもらえないかな……。
ベッドはいいとして。
今日のことを少し整理しよう。
まず、エリナリーゼの事……。
彼女はまだ部屋にいるはずだ。
今から聞きに行くべきか。
……いや、理由があって言わないでいたのなら、急いで根掘り葉掘り聞き出すのも、よくないだろう。
向こうにも、話す準備ってのが必要なはずだ。
でも後日、呪いに関してはキッチリ話してもらおう。そうしよう。
紋章については驚いたな。
冥龍王だの狂龍王だのと、大層な名前が沢山出てきた。
確か、《五龍将》とかいう奴だ。
神話の時代に、龍神と五対一で戦って相打ちになったとかいう。
まさか当時の本人ではないだろう。
何代目とか頭に付くんだろうな。
甲龍王ペルギウス、冥龍王マクスウェル、狂龍王カオス。
転移遺跡の詠唱で出てきたのは、聖龍帝シラードだ。
これで四人。
確か、一人の龍帝と四人の龍王って話だから、
あと一人、龍王がいるのか。
そういえば、あの壁の紋章も、龍神と似たようなものは4つしか無かった気がする。
最後の一人とペルギウスは、仲が悪いんだろうか。
しかし、驚いたのはあの人形の事だ。
どこかで見たことのある紋章だと思ったら、龍と名の付く方々に縁があるものだったらしい。
言語も見たことのないものだったが……。
ああ、そうか、ペルギウスに解読を頼めば、一気に先に進めそうだ。
頼んでみるか。
俺はあんまり好かれてないというか、警戒されてるようだから、ザノバあたりに頼むように言っておこう。
ザノバとペルギウスは芸術の趣味が合うみたいだしな。
てか、狂龍王の紋章って、うちの地下から見つかったんだよな。
俺んち、昔は狂龍王さんが住んでらしたんだろうか。
あの家で、地下に篭って、人形を弄ってたんだろうか。
狂龍王なのに。
なにが狂ってるんだろうか。
あの人形の動作は間違いなくクレイジーだったが。
でも、ザノバと同波長な人物と考えれば、狂という単語も頷けるな。
狂龍王カオスさんも、人形とか好きなんだろうか。
それにしても、俺も召喚魔術を教えてもらおうと思っていたけど、あの調子だと難しそうだ。
ペルギウスはやけに俺に対して敵意みたいなものを持っていた。
これでは、教えてくれと言った途端、「その魔力でラプラスでも召喚するのか?」とか言われそうだ。
……でも、そういう事も出来るのだろうか。
ペルギウスは、己の魔力より大きな魔力を持つ者は召喚できないと言っていた。
俺の魔力はラプラス並にあるらしいし、ラプラスを召喚できちゃったりするんだろうか。
怪しげな地下祭壇で魔神を復活させたりとかできるんだろうか。
いや、俺はしないけど。
でも、出来るのだとしたら、警戒されて当然なのかもしれない。
「何はともあれ、悪くは無かったな」
嫌われたようだが、追い出されもしなかったし、喧嘩もしなかった。
ひとまずは、安心だ。
パーフェクトとまでは行かないが、グッドぐらいはいけただろう。
グッドコミュニケーションだ。
この調子で行こう。
なんてことを思いつつ、空中城塞での一日が終わった。
+注意+
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