[PR]

 「思い出すと今でも涙が出る。この悲しみは心から一生消えない」。沖縄県うるま市の会社員女性(当時20)が殺害されるなどした事件で、被害者の親戚の女性(56)はそう話した。6月中旬、沖縄県名護市にある被害者の父親宅を弔問した際、母親がやつれて見えた。「これからも一緒に供養していこうね。頑張って」と言うと、母親は声をあげて泣いたという。

 被害者と中学で同級生だった名護市の女性は「事件のことを考えたり口に出したりするのが苦しい。気持ちの整理がつかない」と話した。

 被害者が住んでいたうるま市では1959年6月30日、小学校に米軍機が墜落し、児童や住民ら計18人(後遺症1人含む)が亡くなった。その事故からちょうど57年。事故現場となった宮森小で慰霊祭があり、遺族らが参列した。

 当時、小学6年の長男を失った伊波春代さん(90)は、今回の事件の遺族を思った。「かわいそうで。なんで沖縄ばかり苦しめられるのか」。米軍絡みの事件事故で悲しむ親は「自分だけでたくさん」と思い続けてきた。

 長男がいた教室に米軍機の一部が突っ込み、ほぼ即死だった。当時、米軍から補償金が示されたが「この金であなたの子どもを殺せるのか」と抗議すると米兵に銃を向けられ、「殺すなら殺せ。私たちは人間だ。動物じゃない」と叫んだという。遺族の気持ちは痛いほどわかる。「米軍基地を沖縄の千倍も2千倍も広い米国に持っていってください」

 慰霊祭の司会を務めた伊波洋正…

有料会員に登録すると全ての記事が読み放題です。

お得なシンプルコース980円が登場しました。詳しい内容はこちら