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うつのキセキ。

うつで休職した会社員が社会復帰をめざして奮闘したりぼやいたりするブログ。

誰かに依存せず、依存されずに生きたいとわたしは思った。

雑記

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ルイです。

わたしは人間関係の調整が下手です。

いつも大切な人を失ってしまいます。

距離感を誤って、つながりを断ってしまった人は何人もいます。

うまくいかないことばかりですねえ…

人に依存したり依存されたり、そんなことの繰り返しです。

他人に依存されやすいらしい

どうもわたしは昔から、他人に依存されやすいようです。

いわゆる「面倒くさい人」に絡まれることがとても多いです。

パッと見無害そうに見えるからでしょうか。

変な人に声をかけられることも多いです。

道を聞かれたり、普通に声をかけられることも多いです。

あまりにも変な人に声をかけられることが多いので、見た目をド派手にしたこともあります。

だけど話しているうちにぼろが出るみたいです。

「あ、こいつはカモにしてもいいみたいだな」

依存体質の人にはロックオンされるようです。

仲良くしていたつもりの人でも、いつのまにか向こうに依存されている。

「そういうのやめて」って言ったら、その人とのつながりはきれいに消えてしまう。

わからない。

相手は「わたし」と仲良くしたかったのか、「依存できる気軽なカモ」を求めていたのか。

おそらく後者でしょう。

だからマルチ商法のターゲットにもされるんです。

www.depressionnote.com

愚痴や長話に付き合わされて、溜まりきったストレスが爆発して、キレる。

そして「そんな人だと思わなかった」と言われ、相手に去られる。

わたしに依存を求められても、困ります。

わたしはメンヘラだし、キャパシティ激狭だし、性格悪いです。

他人を救済するような余裕はありません。

 

「依存するから依存してくれ」っておかしくない?

恋愛関係もどこか歪んでいました。

相手はわたしに「依存」を求めてくるのです。

自分が持っている問題を打ち明けて、「ルイちゃんならわかってくれると思ったから」と言います。

自己開示されるのは嬉しいです。自分のことを話してもらえるのは嬉しいです。

しかし、わたしがうつになってから、相手との関係はいびつになりました。

「ルイちゃんには俺の問題を解決してほしいから、俺もルイちゃんの力になりたいと思う」

そう言われたときわたしは違和感を覚えました。

「支えあう」とは何かが違うような気がしたんです。

相手にべったりとのしかかられるような気持ち悪さを覚えました。

そして、そんな相手に、「うつ」というわたしの問題の解決を任せるのはおかしいと思いました。

この状態ってなんて言うんでしょう?「共依存」でしょうか?

健全な関係は期待できない、と悟った私は、自分から別れを切り出しました。

自分の回復のために相手を利用することも、相手の問題解決のために自分が利用されるのも、不自然だと感じたからです。

 

依存せずに、されずに生きたい

どうもわたしのライフスタイルじたい、「依存されること」を前提としていた気がします。

昔から誰かの悩みや愚痴をよく聞いていました。

相手の心の支えになること、問題解決のヒントを提案することで、自分のアイデンティティを保持しているようなところがありました。

変な話ですが、「依存される」ことに「依存して」生きてきたのです。

そういう意味では「依存しやすい」人とわたしは共犯関係です。

お互いの利害関係は一致しているのですから。

 

うつになってからというもの、人間関係のトラブルは更に増加しました。

自分の生きづらさを毎日噛みしめています。

今後生きていくうえでも、この「依存」というワードとは無関係に生活できたらいいなあと思います。

この先だれかと一緒に生きていくとしても、「依存してくる」人とではない、対等な関係のコミュニケーションが結べるようになったらいいなあ、と願うばかりです。

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