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心ある人!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 7月 1日(金)11時39分2秒
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   公明党が勝とうが負けようが、そんなことは「私たちの信心」には何の関係ない。それは、悪事を働かせないように、民衆に尽くすように、池田先生が正しい“手綱”をたもっていた時代までの話である。公明党や、その所属議員が負けることが、信心の敗北であるような“煽り”方は、もうやめて頂きたい。そんなことは、そこで“オマンマ”を食っている議員、党職員、それに党と一体であるかのような認識でいる創価学会執行部、職員の“仕事”です。私たちは、民衆を護るように、民衆に尽くしている人物、そのよのように動いている党にだけ賛同の一票を投じる。それでいいのではないでしょうか。

 かつて先生陣頭指揮の時代に、“法戦”が「功徳」となったのは、それが「弘法(法を弘める)」の一部だったからです。何の由縁も、関係もない人を押す「利他行」の一端だったからです。「欲望」で生きるこの身が己を克服(=克己)できるのは、唱題行以外では、唯一、「利他行」に身を投じた時だけだからです。
 陣頭指揮の時代には、大変さはあっても、苦労はあっても、そこに「感動」がありました。「歓喜」がありました。「納得」があったからです。「自発」があったからです。自発への「誘発」があったからです。「強制」や「強要」には義務感すら涌きません。

 一連の創価学会の騒ぎは、「路線闘争」ではありません。それがだんだんはっきりしてきました。一般誌でさえ、「クーデタ」と言っています。「師敵対」のクーデターです。「教学部レポート」「遠藤文書」の指摘、そして正木理事長の「事実上の解任」がそれを見事に物語っているではないですか。

 ただ、この事態への対応をどう表現するかは、「誰か私を呼んだ?」に賛同します。
「私はどうすべきか   投稿者:誰か私を呼んだ?   投稿日:2016年 7月 1日(金)08時38分4秒」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50729
>、「語り得ぬものについては、沈黙しなければならない」を信条とする、彼の誠意を感じた思いがした。<
 この「誠意」に人の魂は揺り動かされるものです。「善」なるものに心を震わされるのです。
 「偉大なる心は常に感恩の情に満つ」とは、牧口先生のご友人の新渡戸稲造の言葉です。
 「感恩」から出発するから「言葉」が響くのです。

 6月30日付け「ブラボーわが人生」18回の三木さん。「なんちゅうたかて題目。題目でっせ」の体験。素晴らしい。書いた記者に拍手を送りたい。
 この板の読むだけの人、職員の中にもいる心ある人。その人たちの「池田先生なる心」を湧き出させることがこの板の趣旨だと思っています。



 
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