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第五章ダイジェストその2
カイルが三腕と相対するのはこれで三度目だった。
一回目はあの運命の日、『大侵攻』が起こり、故郷のリマーゼが滅んだ日だった。
あの時リマーゼから離れていたカイルが、故郷の異変を知り駆けつけた時には既に終わっていた。
正確には終わりかけで、退却する魔族達の中に一際目立ち、存在感のある三腕を見たのだ。
その時は何もできず、死にゆくリーゼをその腕に抱えながら三腕の背を見送るしかなかった。
次に会ったのは魔族との戦いが激化する中での戦場だった。
その時カイルは三十人程の部隊を率いており三腕は一人、三十対一で戦闘を避ける理由もなく、そして一目で故郷を滅ぼした魔族であると解ったカイルは全力で戦った。
結果は完膚なきまでの敗北だった。
仲間は全て死にただ一人生き延びたカイルも、生きているのが不思議なくらいの重傷を負った。
当時は生き延びたことを運が良いとは思わず、自分一人だけが無様に生きながらえたとさえ思ったものだ。
幸か不幸かその後の戦いの最中で、再び三腕と出会うことは無かった。
それが今こうして再会したのだ、心穏やかでいられるはずもない。
セランも一目見ただけで三腕の実力を見抜き、自分よりも強いと素直に認める
変な意地を張っても意味がないと解っているからだ。
そして好戦派の三魔族は人族への憎しみから、己の栄達を望んで、戦いそのものを求めて……それぞれの理由で人族への戦いを望み、ルイーザに人族との戦いの再開を求めた
だがルイーザはそれを考えもせず否定し、文句があるなら自分と戦って倒し、新たな魔王になればいいと挑発する
その圧倒的なルイーザの言葉に炎眼も雷息も反論できず目をそらすように下を見てしまうが、三腕だけはじっとルイーザの顔を見ている。
ルイーザと三腕の間に微妙な、それでいて緊張感のある空気が流れていくが、そこに更に新たな客が現れた。
入ってきたのは二人の男女が入って来る。
二人とも一見は人間の姿で、最初に入ってきたのは年の頃は二十少し前といったところの女性で、理知的な顔立ちだが、意思の強そうな目をしている。
次に入ってきたのは少し小柄で生意気そうな顔をした、カイルよりも一つか二つくらい年下の少年だった。
どちらも服装は貫頭衣と言われる、袋状の布を頭から被って腰の部分を紐で結んだだけの簡易な服で、ぎこちない様子だ。
女の方が丁寧にルイーザに挨拶をするが、カイル達を気付き目を丸くする。
明らかにこちらを知っている反応だが、見覚えは無かった。
少年の方もカイル達を、カイルを見て驚きの声を上げるが、やはり見覚えは無かった。
しかしその声にカイルは聞き覚えがあった、何せ殺されかけた相手なのだから。
「お前……もしかしてグルードか?」
グルード、カイルが竜殺しの名声を得ることが出来たドラゴンの名前だ。
尤もこうして生きているのだから正確には殺してはいないのだが。
本来ならドラゴンの姿であるが、ゼウルスが人間の姿に変身できたことを思い出した為自然とその答えが出たのだ。
グルードが以前やられた仕返しを、とカイルに迫るが女の、イルメラに力づくで抑えられ、ここに来た用をルイーザに告げる。
イルメラ達が来たのはゼウルスの使いで、魔族領に住む古竜ジュバースに会いに来たのだが、住まいのはずの氷山がもぬけの殻だと言うのだ
魔族領にいるのは確かなので、魔王であるルイーザに行方を訊ねに来たと言う。
ルイーザもその事は把握していなかったようで、探させると約束をした。
ここでルイーザは大分賑やかになった謁見の間を見渡し、仕切り直しをと宣言し、皆で食事をしようと言う事になった
◇◇◇
用意された客間で一息つくカイル達
案内役のユーリガに好戦派の三魔族のことを色々と聞き、人族との戦いを望む目的が一緒なだけで、決して仲が良いという訳ではないということが解る。
一方その隣ではシルドニアがイルメラ達と情報交換を行っている
ゼウルスが重い腰を上げ、これから起こる魔族と人族の大戦争を前に、ドラゴンもただ中立でいるという訳にはいかないと気付いたのだとシルドニアは満足気だった。
ユーリガが席を外すと、カイルは少し声をひそめて皆に聞いてみた。
「皆……魔王の印象だがどう見た?」
これはユーリガの前では訊けないことだった。
シルドニアがは魔王としての迫力と威厳、そして相応しいカリスマも持っていると言い、概ね皆も同意した。
ただどうも行動が矛盾している印象も受け入てた。
人族との友好は本気で取り組んでいるのは間違いないだがまるで別の目的の為にやる気の無い仕事をしている感じなのだ。
何故なのかと考え込むが答えは出ず、いっそ正面から聞いてみればとセランが何時ものように気楽に言う。
「雰囲気次第で切り出してみるか……」
元より気が重かったが、胃の痛い食事になりそうだった。
◇◇◇
戻ってきたユーリガに案内されながら食事の場に向かっている最中、セランがきょろきょろと無遠慮に辺りを見回していると、ある絵が目についた。
それは大階段を登ったところ、一番目立つであろう場所に飾られている巨大な絵画で、他とは違う雰囲気だ。
先代魔王であられるアドニースと英雄ランドルフ絵で、ルイーザのお気に入りの絵だとユーリガが説明をする。
ランドルフは三百年前の人族と魔族最後の大戦で魔王を討ちとったまさに英雄の中の英雄だ。
その英雄譚は人族中に広まり、五歳の子供でも知っており、当然その彫像や絵姿は多く広まっている。
どことなくランドルフに似ているセランのことをからかいながら
◇◇◇
長テーブルの上座に座るルイーザの開催の挨拶の後、晩餐が開かれる。
純白のテーブルクロスの上に並べられた料理は、少なくとも見た目は人族の料理と差は無く、食欲をそそる良い匂いが鼻腔を刺激している。
調理の仕方も肉を香ばしく炙ったものや、魚を蒸した物、野菜を煮たスープなど多様で、果物なども豊富にあり見た目にも気遣ったもので、人族一流の店や宮廷料理としても差支えなかった。
人族と魔族に分かれそれぞれが対面する形で座っており、ドラゴンの二人は人数合わせのためか、魔族側に座っている。
非常に美味しそうな料理なのだがそれを味わって食べる余裕はカイルには無い、どんな差配か知らないが、対面がちょうど三腕なのだからたまった物ではなかった。
その三腕は明らかに合っていないサイズの食器類を、思いのほか器用に使い食事をしている。
(まさか魔族と、それも倒したかった相手と差し向かいで飯を食うとは)
カイルはどうしてこうなったという思いでいっぱいで、間違いなく美味しいのだろうが正直味を感じず、まるで砂か粘土でも口に運んでいる気分だった。
しばらくの間食器のぶつかる僅かな音しか響かない中で、ルイーザが遠慮なく話せと無茶なことを言う。
果敢にもリーゼが話しかけたりと少しずつだが会話ができ、カイルとセランも三腕とそれなりに話が弾んでしまった。
こうして、事前の予想と違い多少の波乱や混乱はありつつも、それなりに楽しげな雰囲気のまま食事は終わった。
カイルは出来ればルイーザに話しかけたかったのだが、あの後のルイーザは話しかけるような雰囲気では無く、何より三腕がひっきりなしに話しかけて来たために機会を逃したのだ。
部屋を出ようとしたカイルの背に三腕が話しかけてくる。何故そうも自分に敵意を向けているのかと。
「…………何のことかな?」
カイルは振り返りながら冷静な声で返事をするが、三腕への敵意はこの食事の間自分では抑えているつもりだったが、バレバレだったようだ。
カイルの敵意の理由は、まだ起こっていない事であり三腕の記憶にないのは当然で、訳も解らず敵意を向けられているのだから、三腕からしてみれば理不尽な話だろう。
だが当の本人は明らかに喜んでおり、いつでも受けて立つと言わんばかりだった。
「……余計な戦いはしない。それに状況によって怒りみたいな感情は押さえつけるのは基本だろ」
その感情を漏れ零している俺が言うな、と内心で自分に突っ込みを入れながらカイルは努めて冷静に言う。
仇の原因であるリーゼや故郷は今は無事だ、そうでなければ出会った瞬間に戦いをしかけていただろうが、今は戦う必要は無い。
戦いを望む三腕を前にして、出来る限りこの地を早く離れた方がいいな、そう決断するカイルだった
◇◇◇
用意された部屋に戻ったカイル達は魔族について改めて話し始める。
皆の感想として、魔族も人族もその思考や精神性は人族と大きな差は無いと言うことで、見ると聞くとでは大違いだなとウルザが言う。
だが問題点も多い。
こちらがそうだと理解できても魔族側は人族を喋る動物ぐらいにしか思っていないのが殆どのようだ。
人族と魔族の戦いの歴史はそれこそ確認できるだけでも何千年と続いており、魔王であるルイーザが友好へと動いても簡単には変わらないのだ。
また支配構造も危うく、現在は幸い頂点であるルイーザが理性的で、人族に友好的だからいいが、好戦的な者が魔王となった場合、それこそあっという間に全面戦争になってしまう。
「……いずれにせよ魔族の事が色々わかったのは収穫だ。後は残りの用が済んだら長居しないほうがいいな」
居心地は悪くないし歓待もしてくれているが、それが危ういバランスの上で成り立っているのは間違いないからで、カイルがそうまとめると、皆も頷いた。
◇◇◇
夜、用意された部屋でカイル達は休んでいるが、イルメラとグルードはいない。
何でもまだ人化の魔法には慣れておらず制限時間があったり、寝ている間に解けてしまうようで、その為少し離れた場所でドラゴンの姿に戻り寝るそうだ。
クラウスも戻らず、ミナギもそのまま船で休むと連絡があった。
カイル達はあくまで念のためだが交代で見張りを立てることになる。
今更ルイーザが自分たちに何かする可能性は低いと思ったが、人族を憎んでいる雷息や、何かを企んでいそうな炎眼あたりが何かしてくるかもしれないので警戒するにこしたことはない。
そしてセランが見張りの時に、それは起こった。
セランは満月に近い月明かりの中、何となしに窓から中庭を見ていたが対面部分の二階付近の窓で先ほどから揺らめいた明かり見え、微かに人の影も見えるのだ。
出歩くのもどうかと思ったが、悩むのが嫌いなセランはそっと部屋を出る。
◇◇◇
そこは大階段を上がったところ、昼に見た絵の前で、暗闇の中手に明かりを持ち立っていたのはルイーザだ。
父親とそれを討った人間の絵を見る後ろ姿は、その顔が見えずともとても魔族の頂点に立つ魔王とは思えない儚げさがあった。
セランに気付いたルイーザは、振り返らないまま昼の話を蒸し返し始め、セランの聖剣ランドをまた求めた。
ここでセランは何故そこまで拘る?と聞き返す。
弱点に関わるというのは唯の理由づけにすぎないとセランは解っており、もしかして人族と友好を結ぼうと思った理由関係してるのかと問いただした。
これはセランの勘だったが、当たらずとも遠からずだと解ったのは、ルイーザが弾かれたように振り向き、セランを睨み付けたからだ。
今まで鷹揚とした、余裕ある態度を崩さなかったルイーザが初めて強く感情を露わにしている。
それは怒りであり、興奮であり、哀しみでもあり、触れてはいけないものに触れられたかのような感情を迸らせながらセランを睨み付けていて、その目尻がほんの僅かだが滲んでいるようにも見えた。
鬼気迫ると言っていいその怒気をまともに受けて、セランもやっちまったかなと流石に後悔したが、やっちまったもんはしかたないと開き直りもできるもので、後はなるようになれと言う感じでその怒気を受けて立つ。
時間にすれば十秒も無かっただろうが、セランには永遠にも感じられる十秒で、そして意外にも先に目を逸らしたのはルイーザで力無い笑いを漏らす。
その様子に触れられたくない部分に、踏み込んでしまったことに気付き、セランが素直に頭を下げると、ルイーザは少し意外そうな顔になる。
改めてセランは自分の名前を名乗り、ルイーザはセランの名を反芻し少し笑った後立ち去った。
その後ろ姿を見ながら、本当にどこにでもいる女性の様だと、ルイーザのセランは呟いた。
◇◇◇
「どこ行っていた……何かあったのか?」
セランが部屋に戻ると、起きたのかベッドのカイルが眠そうな小声で話しかけてくる。
魔王に喧嘩を売り、ちょっと涙目にしてしまったとセランが言うと、一気に目が覚めるカイル。
セランが軽くさっきの流れを説明するとカイルは頭を抱え込んでしまう。
セランは最悪グルードとイルメラに頼むなり騙すなりして、背に乗せてもらって飛んで逃げるなど逃亡手段のことを考え始め、カイルも同意する。
とにかくこれ以上問題が起きる前に帰ろうと決意するカイルだった。
しかし翌朝、事態は急展開することになる。
雷息の死体が発見されたのだ。
◇◇◇
雷息の死、この話をユーリガに聞かされた時、これからの自分たちの立場を想像してカイルはまたも頭を抱えることになる。
「まさか、寝起きでそんな最悪の知らせを聞かされるとは……」
伝えたユーリガも渋面でルイーザがこの件で会いたいとの事なので、気が進まないが会いに行く事にする
昨日と同じ謁見の間、既に玉座にはルイーザがいて、炎眼と三腕もいた。
だが何よりも目立つのは二人の側に雷息の死体が無造作に転がされている点だろう。
雷息は全身傷だらけで頭部分は半分爆ぜており、半開きの口からは舌がだらしなく零れ、その牙も何本か折れている無惨な有様だ。
セランはルイーザの様子が少し気になったが、特に目を合わすことも無く平然とした様子で昨晩のことなど無かったように見えた。
ルイーザは殺されたこと自体ではなく、時と場所が問題だと言い、炎眼はカイル達を最初から犯人として決めつけ詰問しようとする。
それに反論しようとするが、魔族領で人族がいるときに魔族が殺されたとあっては疑われるのは当然でもあった。
炎眼と三腕が少しずつ不穏な気配を漂わせる中、それを打ち消すようにルイーザが玉座から立ち上がり、手にした錫杖を床に打ち付け、澄んだ金属音が響き渡ると、周囲は静まり返る。
ルイーザがこの剣は自分が預かると宣言し、余計なことをするなと三腕と炎眼に釘を刺した。
◇◇◇
部屋に戻ると皆疲れたかのように大きなため息をつく。
そこには呼び出されたのかクラウス、そしてミナギの姿もあり、事情を聞かされた二人の顔も苦い物だ。
ここでセランが嵌められたのでは、と呟くとカイルも同意する
嵌めたの可能性が高いのは炎眼か三腕で、その二人くらいしか雷息を殺せないのだ。
このままでは濡れ衣を着せられると言う事でカイル達が悩んでいると、ルイーザから再び呼び出しがありカイルだけが行く事となる。
謁見の間で、ルイーザは変わらずだらしないとも言える格好で玉座に腰かけているが、頭痛がするとでも言わんばかりの顔だ。
ルイーザが言うにはこのままでは真実はどうあれカイル達を雷息を殺した者として扱わなければならないとの事だった。
そして厄介なことに三腕が雷息の仇を討ちたいと言い、カイル達に決闘を申し込んだとのことだった。
「仇……討ち?」
元凶は大侵攻をおこした黒翼の魔族だが、直接故郷を滅ぼしたのは三腕で、仇に仇と言われ、カイルの方も複雑な気持ちになる。
そんな殊勝なわけではなく、たんに戦いたい口実だとは解っているがこのままではルイーザでも止められないと言う。
招いておいて三腕と戦わせるわけにはいかないので、ルイーザはカイル達にすぐさま魔族領から立ち去り、今後二度と魔族に関わらなければ何とかなるとのことだ。
おそらくこれがルイーザの立場上できる最大の譲歩なのだろうが、それでは魔族領に来た意味がなくなる。
ゼウルスの皮の加工もそうだし、何よりターグとその背後にいる黒翼の魔族の情報を手にいれなければならないのだ。
「それでは意味がない。奴のことを知る、それが魔族領にまで来た目的で、絶対に譲れない」
ならば方法は二つしかないとルイーザ。
一つは犯人を見つけること、それも確かで万人を納得させられる確証をもってで、もう一つは魔族流の無実の証明、つまり決闘で勝てばいいとの事だ。
魔族では個人間で揉め事が起こった際、決闘をして勝った方が正しいとする風習がある。
間違っていない者、正しい者に運命は味方するということで、勝敗は絶対的なものとして受け入れられる。
勝敗の決め方も簡単で、負けを認めるか、立会人が決めるか、どちらかが死ぬかだ。
決闘は魔族にとって娯楽でもあるから、廃れないのだという。
どうする? というルイーザの問いかけにカイルは少し目を瞑り天を見上げ、決意する。
さけられる戦いで、この決断を後に後悔するかもしれないがそれでも止められなかった。
「……受けよう」
◇◇◇
その日の夕刻、間もなく日が沈むころカイル達はユーリガの案内の元、城の北へと向かっていた。
そこにあるのはこの小島には明らかに不釣り合いな闘技場だ。
規模が大きい訳ではないし、ガルガン帝国帝都ルオスの大闘技場と比べるべくもないが、それでもちゃんとした闘技場だ。
これから決闘だと言うのにセランやリーゼ、ウルザ、アンジェラ達は比較的気楽だった。
ようは勝てばいいのだといつも道理で、その様子を見ていたユーリガは三腕の強さ、恐ろしさを訴える。しかし
「……戦ってみなければ解らないだろ」
カイルが平然と言い、何を言っても無駄だと思ったのか、ユーリガは軽く頭を振った後闘技場の中へと入っていった。
闘技場の広場の中心にいるのは三腕と隣には炎眼もいて、待ちわびたと言わんばかりに腕組みをして待っている。
傍らには巨漢の三腕と同じくらいの豪槍が石畳の地に刺し立ててあった。
決闘の詳細を決めるにあたり、何人でもいいし好きなだけ策をつかえと 余裕ではなく純然たる事実として三腕がそう宣言する。
その為三腕とはセランとカイル、炎眼とはリーゼとウルザに、ミナギとアンジェラが戦うことになった。
興奮が抑えきれないかのような三腕は、戦いの邪魔にならないよう別の場所に行けと炎眼に言う。
少し怯えたかのようになった炎眼は素直に従い闘技場から出て、近くの湖岸で戦うこととなった。
「待てセラン……ここは俺一人で戦う」
早速戦おうと前に出ようとしたセランを押しのけるようにカイルが一歩前に出る。
セランはカイルの肩を掴んで何を考えていると、無理矢理振り向かせる。
「決闘を勝手に受けたのは俺だ……お前達は文句は言わなかったが、これは俺の我がままだ。せめて一人で戦うのが俺なりのケジメだ」
避けられた戦いをうけてしまった、それを後悔するように目を伏せながらカイルは言う。
「それだけじゃない……愚かなことを言っているのは解っている。だけどあいつは、あいつだけは俺一人で倒さなければならない! さもなくば俺は……俺は前へ進めないんだ!」
何言ってやがると、胸ぐらをつかんだセランにカイルは尚も言い続ける。
「もしそれでも邪魔するなら……先にお前と戦わなきゃならない」
剣に手を掛けようとしたカイルに、馬鹿野郎がと吐き捨ててセランが離れ、そのまま闘技場から出ていってしまった。
カイルは剣を抜き、三腕へと突きつける。
「今度こそ……勝つ」
◇◇◇
闘技場から大分離れた開けた湖岸はかなりの広さの場所につくと、落ち着かない様子だった炎眼はようやくほっとしたかのようだ。
リーゼ達は炎眼を囲むように四方に散り、距離を取る。
ユーリガの開始の合図の元四人は一斉に、前後左右から炎眼に襲い掛かるが、その瞬間四人の視界は炎に包まれる。
見た者全てを焼き尽くす! 高らかな炎眼の声と、紅く妖しく輝く眼と共に火柱があがる。
炎眼の攻撃方法はその名の通り炎、それも視線を向けただけで対象を燃やすことが出来るというもので、炎自体の種類も豊富だ。
爆炎のような広範囲の炎もあれば、熱線のよう収束させた速い攻撃もあり、様々な火炎攻撃が四人に襲い掛かった。
自由自在に火炎を操るその戦い方は、かつて見た魔力弾を放つガニアスを思い出すリーゼ。
だがガニアスは魔力弾を放つには多少なりと溜めが必要だったが、炎眼にはそれがなく完全な上位互換の攻撃で、一切の途切れなく炎が四人を襲う。
炎眼の凄まじい炎の攻撃を、とにかく動きウルザの操る水の精霊ウンディーネの力で何とか耐える。
四人の活路は炎をかいくぐり、武器を拳を炎眼に直接叩き込むしかない。
何回も、何十回も挑戦し続け、時には仲間を盾にすらし、遂に好機が訪れる。
何とか炎をかいくぐる事に成功したリーゼが、攻撃の間合いに、拳の届く範囲に詰め寄る事に成功したのだ。
リーゼ渾身の拳を顔面へと叩き込む。決まれば人族だろうが魔族だろうが無事ではすまない一撃だ。
だがその渾身の一撃を、炎眼にいとも簡単に手首を捕まれ止められたリーゼが驚愕する。
炎眼は手首を握り潰そうとしたが、リーゼは瞬時の判断でガントレットを残して腕を抜き、距離を取る。
炎眼は最高級品のガントレットをいとも簡単にぐしゃりと握りつぶし、ようやくつかんだ好機をつぶされ、四人は立て直す為に一度距離を取る。
だが四人共まったく気落ちせず、すぐさま次の攻撃手段を考え始め、ウルザが一つだけ手があると提案する。
それは水の上位精霊を召喚するというもので、従えることさえできれば必ず勝てるというのだ
その為には時間がかかるしその間無防備となる、それに制御できる確率も五分五分といったところらしい。
しかし、勝つにはそれしかない、はっきりと言うウルザ。
それを信じリーゼとミナギ、アンジェラは時間稼ぎに入る。
今まで四人でギリギリ耐えていたのが三人となり、守りの要であった水の精霊も消え、しかも一人を守りながらの戦いだ。
普通に考えれば絶望的な状況だが、三人の精神状態は今までにない最高潮に達していた。
炎眼も向うの覚悟が解り、ここに至って出し惜しみする必要もなく切り札を使う。
それは火を操るのではなく、火そのものになるのが炎眼の切り札で、 炎眼の身体から火柱が立ち上る。
それは圧倒的なまでの熱量で、炎眼の土の足元さえも解け始めるほどで、手も足も出ず瞬時にして追い詰められる三人。
その時審判役のユーリガが大声で勝負ありと制止するが、炎眼は声の方を振り向き、見届け人であるはずのユーリガにまで炎を放つ。
だがこれは完全に余計な行動だった。
好戦的な気分になったのが仇になったのか、ほんの数秒目をはなし、ウルザに向き直った時に、それはあった。
一言で言えば巨大なアメーバ状のかたまり、大きさはドラゴン化したイルメラ達ほどだが、だんだんと巨大化していっているのが解る。
それがウルザの頭上に浮いているのだ。
ウルザが水の上位精霊リヴァイアサンの名を叫ぶと、巨大なアメーバ―状の塊は激しく震え炎眼へと襲い掛かる
炎眼の顔が恐怖に歪む。
押しつぶすかのように迫ってくるリヴァイアサンに必死に炎をぶつけるが焼け石に水、いや大海に焚火のようなものだった。
逃げようにもリヴァイアサンは無限に巨大化していく壁のようで、まるで津波の如くだった。
そして炎眼の肉体炎化の弱点の一つに、動きそのものは鈍くなるというものがある。
成す術も無く圧倒的質量に飲み込まれそうになるが、炎眼もただではやられない。
気合いと共に炎眼の身体は火柱以上の、火山と言ってもいいほどの業火となり燃え上がる。
魔力による炎を一気に解放し、全身から炎を発する炎眼の奥の手で、半ば自爆技と言っていい。
もし普通に放っていれば、周囲一帯焼き尽くす火の海だったろうが、リヴァイアサンという巨大な水とぶつかることにより大爆発を起こす
これは大量の水が一気に水蒸気になることで、膨れ上がり爆発を起こす現象で、多少離れていたとはいえリーゼ達も吹き飛ばされ、辺り一面が水蒸気に包まれ視界は白一色となる。
段々と水蒸気が晴れてくると、炎眼んのいた場所は爆心地のようなクレーターができており、そこには炎化が解けた炎眼が立っていた。
爆発の中心にいた炎眼のその姿は、やっと立っているといった風情の満身創痍だ。
だがそれでも立っており、ここで終わらせるのは魔族のプライドが許さず、憤怒を持って炎眼はもう一度戦意を燃やす。
が、しかし
背後から忍び寄っていたミナギが渾身の力をこめ太い、箸と言ってもいいくらいの銀色に鈍く光る大針を炎眼の背中から刺した。
毒を噴出する針で、がくがくと身体が震え、呂律もまわらなくなる炎眼。
意識も混濁し始めたのか、頭を抱えた後ゆっくりと倒れた。
こうして、ぎりぎりではあったが四人は炎眼に勝利を納める
勝利したことにより、皆の顔は明るく空気が弛緩し、四対一とはいえ、魔族の最上位の一人を倒し、ユーリガのほうは感心したような呆れたような声を出している。
少し落ち着いた後、二人の勝利を微塵も疑っていないリーゼが闘技場の方へ向かおうとした時、ある物が目についた。
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