ブレグジットが英経済の追い風になる理由とは

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ブレグジットで英国経済が近く減速、あるいは縮小するとさえ予想する向きは多い Photo: Agence France-Presse/Getty Images

 英国の欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)のパニックはすでに過ぎた。ではブレグジットによる景気拡大が進んでいることはあり得るのだろうか。

 英国が国民投票でEU離脱を決めたことに世界の金融市場が不意を突かれ、当初はリスク資産が売られる一方、安全資産が買われた。後者には皮肉にも英国債が含まれた。

 だが、国民投票の結果判明からわずか2営業日後の28日には、英国株が下げを戻し始めた。不動産や銀行など、ブレグジット後の低迷が痛手になるとみられる銘柄でさえ、28日と29日には上昇した。

 悲観的なエコノミストの予想ほど売りが長期化せず極端でない理由の一端は、非常に恐れられている「不確実性」が英国経済の足手まといにならないかもしれないことにある。実際には、企業投資や消費者信頼感、経済成長を後押しするという逆の効果をもたらす可能性もある。

 ただ、これは間違いなく現段階で市場ウォッチャーの大多数が抱いている考えではない。EU外の世界市場へのアクセスを巡る不確実性を背景に、企業や消費者の景気期待が冷え込み、英国経済は近く減速、あるいは縮小するとさえ予想する向きは多い。

 ブレグジットで英国経済が直ちに変化することはない、ということは覚えておくべきだ。数年間はEUにとどまる可能性が高く、その間は引き続き欧州市場へのアクセスを享受するだろう。英国政府の借り入れコストは上昇するという大方の予想にもかかわらず、英国債利回りは投票以降低下している。他の条件が同じであれば、金利の低下は景気刺激になるはずだ。

 ただ、経済は不確実性そのものに足を引っ張られると考える人は多い。この考えは、ベン・バーナンキ氏が大学院生時代の1975年に書いた論文で提唱されている。若かりし日のバーナンキ氏は、企業は不確実性に直面すると、さらなる情報が得られるまで投資や雇用を見送る傾向があるという主張を展開した。それ以降、不確実性と投資にマイナスの関係があることが大規模な経済調査で裏付けられている。

 ただ、極めて競争の激しい環境では、不確実性が投資や経済生産を促す証拠も存在する。競争の厳しい業界や国の企業は、待つことで投資や雇用の機会がライバルに奪われる恐れがあるため、さらなる情報を待つ余裕などないのが常だ。こうした景気拡大につながる不確実性がさまざまな市場に見られることが、最近の複数の研究論文で明らかになっている。

 ロンドン・ビジネス・スクールで金融学博士課程を修了予定のラジャ・パトナイク氏は論文で、予測不可能なエルニーニョ期の天候に米企業がどう対応したか調査した。その結果、極めて競争の激しい業界の企業は平均的に、不確実性が高まると支出を増やすことが判明した。これが特に当てはまるのは、経営上の柔軟性が高い企業、つまり需要の急減時に人員削減できる企業と、労働集約型の企業だ。

 気象予報士の予報が食い違う場面を想像してみて欲しい。お住まいの街は猛吹雪に見舞われるという予報士もいれば、吹雪は北方へ移動するという予報士もいる。除雪用シャベルを販売する店を営んでいるとしたら選択肢は二つ、すぐに商品の追加発注をかけるか、予報がもっとはっきりするまで待つかだ。その店が街で唯一のシャベル販売店なら待つ余裕がある。だが、他にも販売店が複数ある場合、ぐずぐずしていれば需要急増のタイミングで仕入れするという憂き目に遭うため、すぐに仕入れる動機が生まれる。これが景気拡大につながる不確実性の作用だ。

 これについて調査したパトナイク氏などの研究者によると、バーナンキ氏が発見した類の影響は、競争が極めて少ない一極集中型の業界に限られるという。そうした業界では、不確実性に直面すると研究開発や広告、雇用の支出が減少するが、競争の激しい業界に不確実性は影響しない。

 英国経済は総じて、特に労働市場の柔軟性がはるかに低い欧州諸国と比べると、極めて競争の厳しい場所だ。政府調査によると、建設からコンピューターサイエンスに至る多数の業界は競争が激しく、大手の独占状態ではない。競争環境における不確実性の調査から見えてくるのは、多くの企業がブレグジット後を見据えて様子見に徹するよりも、EU離脱後に生じるとみられる機会に乗じようと投資や雇用を増やす可能性が高いということだ。

 この例外の一つが銀行部門だ。英国の銀行部門は集中型で、寡占状態と呼ばれることも多い。国際競争でいくらか中和されるだろうが、欧州の銀行の多くも苦戦しているため、その影響は限定的かもしれない。従って、不確実性に直面した英国の銀行は、バーナンキ氏が指摘したように危険に備える可能性が極めて高い。ロンドン市民の多くがブレグジットに反対したのもうなずける。

 確かに、不確実性は現代の合言葉となっている。だが、英国経済の競争力のおかげで、それは悲観論者の予想をはるかに上回る経済成長をもたらす可能性がある。

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