公金の不適切な使い方をとがめられ、舛添要一氏が東京都知事職を辞して一週間余。すでに関心は、次期知事選候補の顔触れに移りつつある。手つかずのまま残された宿題をお蔵にしてはなるまい。
一連の騒動は、豪華な海外出張を発端にして、公用車での別荘通いや、政治資金の野放図な使い方が明るみに出て広がった。ところが、どの問題も決着を見ることなく、棚ざらしの状態である。
舛添流の海外出張では、大勢の随行職員に加え、航空機のファーストクラス、高級ホテルのスイートルームの利用がほぼ定番だった。強い非難を浴びて、経費節減策が検討されたが、結論は封印されてしまった。
国内外の出張のあり方も、公用車の使い方も、新知事の理性に託される。金銭感覚が欠如したような舛添流を排し、市民の常識に寄り添った手だてが求められる。
今夏のリオデジャネイロ五輪・パラリンピックへの視察団の派遣を取りやめた。三十人近くが行く計画だったが、ホテル代などが高騰して、六千二百万円の予算を大幅に上回る見通しとなったからだ。世論の反発を恐れたようだ。
舛添氏を責めた手前、一つの見識には違いない。もっとも、中止しても支障の出ないような意義のない視察なら、初めから必要はない。税金の無駄遣いになる。
東京五輪に生かすべく、リオ閉幕後に課題を絞り込み、少数精鋭で赴く。成果は広く公開し、還元する。建設的かつ効率的な視察なら、理解は得られただろう。そうした常識がなぜ働かないのか。
家族旅行での宿泊や、大量の美術品の購入といった支出に政治資金を充てていた舛添氏の公私混同問題。その真相究明も、都議会は中途で投げ出した。やはり、市民の憤怒や不信への感度が鈍い。
都政トップとしての資質を欠いたのだから、舛添氏は退場させられて当然だった。ならば、追い詰めた都議会には、誠実に向き合うべき問いが残されたはずだ。
一連の騒動からどのような教訓をくみ取ったのか。政治とカネの不祥事を防ぐには、どのような手を打つべきなのか。いまだに有益な答えが発信されないのは、責任放棄と言うほかない。
問われているのは、政治家の自らを律する覚悟である。市民感覚に根ざした具体策として、それは掲げられねばなるまい。公示中の参院選や次期都知事選を機に、有権者もまた問題意識を磨きたい。
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