ループする下位世界の中で ――じゅうあみ『我らひとしくギャルゲヒロイン』

 この世界は実は誰かの作った虚構なんだ。僕たちは知覚できない上位存在に常に監視されているんだ。
 そんなふうに感じたことはありませんか?

 世界が上位と下位に分かれているという設定は、フィクションにおけるひとつの定番といえます。例えば川原礫『ソードアート・オンライン』に代表されるVRMMOものは、下位世界たるオンラインゲームが主な舞台であり、上位世界=現実の干渉を受けながら物語が進行します。また、大ヒットした某ホラー小説シリーズは、後半の巻において「これまでの物語は全て仮想現実が舞台だった」と判明し、賛否両論を巻き起こしました。
 このネタは、ミステリー界隈では作中作という形で取り入れられていることが多くあります。一例を挙げると、島田荘司『ネジ式ザゼツキー』では記憶障害の男が書いた短編ファンタジー小説が作中作として全文掲載され、その奇妙な内容が実は現実世界の事件とリンクしていることを推理によって解明していくという構成になっています。
 また、上位世界の存在そのものが大きなトリックになっている作品もあります。ネタバレになるためタイトルは明かせませんが、大ヒットライトノベル作家の初期作や、知る人ぞ知る家庭用恋愛ミステリーノベルゲームなど、上位存在の介入を描くことで絶大なインパクトを与えることに成功しています。更には、登場人物たちがお茶を飲みながら延々議論した結果、この世界がフィクションであることを論理的に突き止めて上位存在たる読者に語りかけてくる、なんて短編ミステリーすらあります。

 前置きが長くなりました。
 今回紹介する、じゅうあみ『我らひとしくギャルゲヒロイン』は、このような系譜に連なる最新型として、特に注目すべき存在です。

我らひとしくギャルゲヒロイン<我らひとしくギャルゲヒロイン> (角川コミックス・エース)

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 恋愛シミュレーションゲーム『ドキドキ学園 すとりべりぃぱらだいす』の世界を舞台に、その真実に気づいたヒロインたちがギャルゲー特有の設定にツッコミを入れながら日常を送るという、ギャグ満載の4コママンガです。

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 本作が上位世界ものとして新しいのは、ループものジャンルと組み合わせたという一点に尽きます。
 ループものとは、時間を巻き戻す特殊能力を駆使して同じ時間軸を何度も繰り返しながら、少しずつ事態を良い方向へと修正していくという内容の作品群を指します。近年において特に流行しているジャンルといえるでしょう。著名な作品は『バタフライ・エフェクト』『シュタインズ・ゲート』『All You Need Is Kill』など無数にあります(詳しくはWikipedia参照)。
 ループものが現代日本で流行った要因として、ノベルゲームの存在は大きいでしょう。サウンドノベルが開拓し美少女ゲームに引き継がれたのは、「同じ序盤の物語を何周もしながらストーリーを分岐させ異なるエンディングに導く」という概念でした。この構造は一般的には並行世界と捉えられますが、見方を変えれば、「プレイヤーを主人公としたループもの」と考えることも可能です。
 複数のヒロインそれぞれに個別ルートが用意され、周回プレイが前提になったギャルゲーという存在は、本質的にループものであるといえるのです。
『我らひとしくギャルゲヒロイン』では、この点に鋭く着目して物語構造に取り入れています。

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 ギャルゲーのキャラでありながら自我を持ってしまった彼女たちは、この世界には「主人公」が存在し、更にそれを操る上位存在=プレイヤーがいることを理解します。そして、主人公の恋愛が成就するたび(=エンディング)高校二年生の始業式に巻き戻る(=周回プレイ)という無限ループから逃れ普通の人生を送るため、ゲームの進行に横やりを入れて面白くない展開にすることで、プレイヤーがゲームに興味を失うよう誘導するのです。
 下位存在が上位存在へ接触を試みるのは王道の展開ですが、それをこのような形で描くというのは、ループもの要素を含んだ本作ならでは。大いなる発明だといえるでしょう。
 しかも、本作はこれに留まらず、特異な設定を生かした驚きのエピソードを次々と繰り出します。例えばとあるエピソードではゾンビクライシスが発生する個別ルートに入ってしまい(この時点ですでに面白い)、メインヒロインが感染してゾンビと化します。

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 この事態を解決するため、彼女たちはこれまでと逆に「プレイヤーに周回プレイをさせることでゾンビそのものをなかったことにする」という手に出ます。巻き戻りによるリセットはループものでは定番の展開ですが、もちろん上位世界ものでは滅多に見られません。
 また、別のある個別ルートでは、十八年後を舞台にしたエピローグが存在します。それが何か問題かって? 大問題なのです、ヒロインたちにとっては。

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 そして彼女たちはほとんど強制的に「35歳でリセットされる人生をどう生きるか」悩むことになるのです。
 さらにこのエピソードでは織田信長が攻略対象になっており(文字通りの意味です)、彼女が元の時代に戻ることでタイムパラドックスが発生するという複雑怪奇な展開に突き進みます。その果てにあるオチはちょっと他に類を見ないとんでもないものなので、ぜひ本編にて確認していただきたいと思います。

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 このように、本作は二つのジャンルを組み合わせたことで新たな地平を切り開いた傑作といえますが、しかしそれ以上に、単純に楽しくてかわいい一級品の萌え4コマです。特にキャラクター造形がすばらしい。どのヒロインも、嫌みがなく素直に愛せるキャラとなっています。ということは、このギャルゲーはきっととても面白いゲームなのでしょう。一度遊んでみたいですね。まあ、彼女たちには、ちょっと申し訳ないですが。

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(水池亘)