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「間に合わなかった宣戦」の正体

開戦後に手交された「宣戦布告」に何が書かれていたか

一般的に、日本は真珠湾奇襲の直前にアメリカに宣戦する予定だったが、手違いで大使館での外交文書の作成が間に合わず、対米宣戦布告文書の提出が真珠湾奇襲の後になってしまったと言われています。
しかし私は、真珠湾奇襲攻撃を受けた時のルーズベルトの演説を分析した論文(こちらから見ることができます)から、本当に真珠湾奇襲後に提出された外交文書には対米宣戦した内容が記述されていたのかと疑念を持ちました。

そしてネットを探して、ようやく真珠湾奇襲直後に提出された外交文書を見つけることができましたので、ここにその日本文の全文を引用し、その内容を解説します。
Paganus@homepageより「帝国政府の対米通牒」から引用させて頂いた上で、公文書に見る日米交渉~開戦への経緯~の「帝国政府ノ対米通牒覚書」(いわゆる「最後通牒」)関連資料」を参考に一部校訂を加えました。

なお、この「宣戦布告」の外交文書を細かく分析していくと、日本の開戦に関する意図も詳しく知ることができますので、付随してその分析も付け加えました。

『帝国政府ノ対米通牒』原文とその解釈


本文

覚 書
一、帝国政府はアメリカ合衆国政府との間に友好的諒解を遂げ両国共同の努力により太平洋地域における平和を確保し、もつて世界平和の招来に貢献せんとする真摯なる希望に促され本年四月以来合衆国政府との間に両国国交の調整増進並びに太平洋地域の安定に関し誠意を傾倒して交渉を継続し来りたるところ過去八月に亙る交渉を通じ合衆国政府の固持せる主張並びにこの間合衆国及び英帝国の帝国に対し執れる措置につきここに率直にその所信を合衆国政府に開陳するの光栄を有す

二、東亜の安定を確保し世界の平和に寄与し以て万邦をして各その所を得しめんとするは帝国不動の国是なり、さきに中華民国は帝国の真意を解せず不幸にして支那事変の発生を見るに至れるも、帝国は平和克復の方途を講すると共に戦禍の拡大を防止せんがため終始最善の努力を致し来れり、客年九月帝国が独伊両国との間に三国条約を締結したるもまた右目的を達成せんがために外ならず
然るに合衆国および英帝国はあらゆる手段を竭し重慶政権を援助して日支全面和平の成立を妨碍し東亜の安定に対する帝国の建設的努力を控制せるのみならず、或は蘭領印度を牽制し或は仏領印度支那を脅威し帝国とこれ等諸地域とが相携へて共栄の理想を実現せんとする企図を阻害せり、殊に帝国が仏国との間に締結したる議定書に基き仏領印度支那共同防衛の措置を講するや、合衆国政府及び英国政府はこれを以て自国領域に対する脅威なりと曲解し、和蘭国をも誘ひ資産凍結令を実施して帝国との経済断交を敢てし、明かに敵対的態度を示すと共に帝国に対する軍備を増強し帝国包囲の態勢を整へ、以て帝国の存立を危殆ならしむるが如き情勢を誘致するに至れり、右に拘らず帝国総理大臣は本年八月事態の急速収拾のため合衆国大統領と会見し両国間に存在する太平洋全般に亙る重要問題を討議検討せんことを提議せり、しかるに合衆国政府は右申入れに主義上賛同を与えながらこれが実行は両国間重要問題に関し意見一致を見たる後とすべしと主張して譲らず

三、よつて帝国政府は九月二十五日従来の合衆国政府の主張をも十分考慮のうへ米国案を基礎としこれに帝国政府の主張を取入れたる一案を提示し論議を重ねたるが、双方の見解は容易に一致せざりしをつて現内閣においては従来交渉の主要難点たりし諸問題につき帝国政府の主張を更に緩和したる修正案を提示し交渉の妥結に努めたるも、合衆国政府は終始当初の原案を主張し協調的態度に出でず、交渉は依然渋滞せり、ここにおいて十一月二十日に至り帝国政府は両国国交の破綻を回避するため最善の努力を尽す趣旨を以て枢要かつ緊急の問題につき公正なる妥結を図るため前記提案を簡単化し(一)両国政府において仏印以外の東南アジアおよび南太平洋地域に武力進出を行はざる旨を確約すること(二)両国政府において蘭領印度においてその必要とする物資の獲得が保障せらるる様相互に協力すること(三)両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すること、合衆国政府は所要の石油の対日供給を約すること(四)合衆国政府は日支両国の和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でざること(五)帝国政府は日支間和平成立するか又は太平洋地域における公正なる平和確立するうへは現に仏領印度支那に派遣せられをる日本軍隊を撤退すべく又本了解成立せば現に南部仏領印度支那に駐屯中の日本軍はこれを北部仏領印度支那に移駐するの用意あること等を内容とする新提案を提示し、同時に支那問題については合衆国大統領がさきに言明したる通り日支間和平の紹介者となるに異議なきも日支直接交渉開始のうへは合衆国において日支和平を妨碍せざる旨を約せんことを求めたるが、合衆国政府は右新提案を受諾するを得すとなせるのみならず援蒋行為を継続する意思を表明し、次で更に前記の言明に拘らず大統領のいはゆる日支間和平の紹介を行ふの時機なほ熟せずとてこれを撤回し、遂に十一月二十六日に至り偏に合衆国政府が従来固執せる原則を強要するの態度を以て帝国政府の主張を無視せる提案をなすに至りたるが右は帝国政府の最も遺憾とするところなり

四、そもそも本件交渉開始以来帝国政府は終始専ら公正かつ謙抑なる態度を以て鋭意妥結に努め屡難きを忍びて能ふ限りの譲歩を敢てしたるが、交渉上重要事項たりし支那問題に関しても協調的態度を示し合衆国政府の提唱せる国際通商上の無差別待遇原則遵守については本原則の世界各国に行はれんことを希望し、かつその実現に順応してこれを支那をも含む太平洋地域に適用するやう努力すべき旨を表明し、なほ支那における第三国の公正なる経済活動は何等これを排除するものにあらさることを闡明せるが、更に仏領印度支那よりの撤兵についても情勢緩和に資するがため前述の如く南部仏領印度支那よりの即時撤兵を進んで提議する等極力妥協の精神を発揮せるは合衆国政府のつとに諒解するところなりと信す
しかるに「合衆国政府は常に理論に拘泥し現実を無視しその抱懐する非実際的原則を固執して何等譲歩せず、」徒らに交渉を遷延せしめたるは帝国政府の諒解に苦しむところなるが特に左記諸点については合衆国政府の注意を喚起せざるを得ず
(一)合衆国政府は世界平和のためなりと称して自己に好都合なる諸原則を主張しこれが採択を帝国政府に迫れるところ世界の平和は現実に立脚し且つ相手国の立場に理解を持し相互に受諾し得べき方途を発見することによりてのみ具現し得るものにして、現実を無視し一国の独善的主張を相手国に強要するが如き態度は交渉の成立を促進する所以のものにあらず
今般合衆国政府が日米協定の基礎として提議せる諸原則について」は右の中には帝国政府として趣旨において賛同に吝かならざるものあるも合衆国政府が直ちにこれが採択を要望するは世界の現状に鑑み架空の理念に駆らるるものといふの外なし
なほ日、米、英、支、蘇、蘭、泰七国間に多辺的不可侵条約を締結するの案の如きも徒に集団的平和機構の旧構想を追ふの結果東亜の実状と遊離せるものと云ふの外なし
(二)合衆国政府今次の提案中に「両国政府が第三国と締結しをる如何なる協定も本取極の根本目的たる太平洋全域の平和確保に矛盾するが如く解釈せられざることにつき合意す」とあるは即ち合衆国が欧州戦争参入の場合における帝国の三国条約上の義務履行を牽制せんとする意図を以て提案せるものと認めらるるを以て右は帝国政府の受諾し得ざるところなり
由来合衆国政府はその自己の主張と理念とに眩惑せられ自ら戦争拡大を企図しつつありと謂はざるを得ず、合衆国政府は一方太平洋地域の安定を策し自国の背後を安固となしつつ、他方英帝国を援け欧州新秩序建設に邁進する独伊両国に対し自衛権の名の下に進んで攻撃を加へんとするものなるが、右は太平洋地域に平和的手段により安定の基礎を築かんとする幾多の原則的主張と全然矛盾背馳するものなり
(三)合衆国政府はその固持する主張において武力による国際関係処理を排撃しつつ一方、英帝国等と共に経済力による圧迫を加へつつあるところかかる圧迫は場合によりては武力圧迫以上の非人道的行為にして国際関係処理の手段として排撃せらるるべきものなり
(四)合衆国政府の意図は英帝国その他の諸国を誘引し支那その他東亜の諸地域に対しその従来保持せる支配的地位を維持強化せんとするものと見るのほかなきところ東亜諸国が過去百有余年に亘り英米の帝国主義的搾取政策の下に現状維持を強ひられ両国繁栄の犠牲たるに甘んぜざるをえざりし歴史的事実に鑑み右は万邦をして各その所を得しめんとする帝国の根本国策と全然背馳するものにして帝国政府の断じて容認する能はざるところなり
合衆国政府今次提案中仏領印度支那に関する規定は正に右態度の適例と称すべく、仏領印度支那に関し仏国を除き日、米、英、蘭、支、泰六国間に同地域の領土主権の尊重並びに貿易および通商の均等待遇を約束せんとするは同地域を六国政府の共同保障の下に立たしめんとするものにして、仏国の立場を全然無視せる点は暫く措くも東亜の事態を紛糾に導きたる最大原因の一たる九国条約類似の体制を新たに仏領印度支那に拡張せんとするものと観るべきものにして帝国政府として容認し得ざるところなり
(五)合衆国政府が支那問題に関し帝国に要望せるところは或ひは全面撤兵の要求と云ひ、或ひは通商無差別原則の無条件適用と云ひ、いづれも支那の現実を無視し東亜の安定勢力たる帝国の地位を覆滅せんとするものなるところ、合衆国政府が今次提案において重慶政権を除く如何なる政権をも軍事的政治的かつ経済的に支持せざることを要求し、南京政府を否認し去らんとする態度に出でたるは交渉の基礎を根底より覆すものといふべく、右は前記援蒋行為停止の拒否とともに合衆国政府が日支間に平常状態の復帰および東亜平和の回復を阻害するの意志あることを実証するものなり

五、これを要するに今次合衆国政府の提案中には通商条約締結、資産凍結令の相互解除、円弗為替安定等の通商問題乃至支那における治外法権撤廃等本質的に不可ならざる条項なきにあらざるも、他方余念有余に亙る支那事変の犠牲を無視し帝国の生存を脅威し権威を冒涜するものあり、従つて全体的に観て帝国政府としては交渉の基礎として到底これを受諾するを得ざるを遺憾とす

六、なほ帝国政府は交渉の急速成立を希望する見地より日米交渉妥結の際は英帝国その他の関係国との間にも同時調印方を提議し合衆国政府も大体これに同意を表示せる次第あるところ、合衆国政府は英、豪、蘭、重慶等としばしば協議せる結果、特に支那問題に関しては重慶側の意見に迎合し前記諸提案をなせるものと認められ、右諸国は何れも合衆国と同じく帝国の立場を無視せんとするものと断ぜざるを得ず 平和確保のわが希望失はる

七、惟ふに合衆国政府の意図は英帝国その他と荀合策動して東亜における帝国の新秩序建設による平和確立の努力を妨碍せんとするのみならず、日支両国を相闘はしめ、以て英米の利益を擁護せんとするものなることは今次交渉を通し明瞭となりたるところなり、かくて日米国交を調整し合衆国政府と相携へて太平洋の平和を維持確立せんとする帝国政府の希望は遂に失はれたり
よつて帝国政府はここに合衆国政府の態度に鑑み今後交渉を継続するも妥結に達するを得ずと認むるほかなき旨を合衆国政府に通告するを遺憾とするものなり

各条項の解釈

それでは各項目の検討に入りましょう。各項目の検討については、アメリカに提出された本文と、その下書きとなった案文とを比較することで、さらに日本側の真意に迫ることができます。下書きの案文の原本は公文書に見る日米交渉~開戦への経緯~の『「帝国政府ノ対米通牒覚書」(いわゆる「最後通牒」)関連資料』より、資料2:B02030734600 9 十一月二十六日米案ニ対スル意見 対米通牒案(十二月五日) 2(8画像~24画像)」より引用しました(このファイルはDJVUファイル形式で保存されています。DJVUファイルをご覧頂くためには、こちらのサイトよりDjVuファイル閲覧用プラグインをインストールする必要があります)。


第一項

一、帝国政府はアメリカ合衆国政府との間に友好的諒解を遂げ両国共同の努力により太平洋地域における平和を確保し、もつて世界平和の招来に貢献せんとする真摯なる希望に促され本年四月以来合衆国政府との間に両国国交の調整増進並びに太平洋地域の安定に関し誠意を傾倒して交渉を継続し来りたるところ過去八月に亙る交渉を通じ合衆国政府の固持せる主張並びにこの間合衆国及び英帝国の帝国に対し執れる措置につきここに率直にその所信を合衆国政府に開陳するの光栄を有す

さて、興味深いことに序文の「帝国政府はアメリカ合衆国政府との間に友好的諒解を遂げ両国共同の努力により太平洋地域における平和を確保し、もつて世界平和の招来に貢献せんとする真摯なる希望に促され」という部分については、案文では下記のようになっております。

『帝国政府は「アメリカ」合衆国政府との共同の努力を通じ、両国が太平洋地域に於ける平和を樹立及保持の為、有数なる貢献を為すこと並に両国間に速に友好的諒解を遂ぐることに依り世界平和の招来に資せんとする真摯なる希望に促され』
原文引用元のDjVuファイルには、この原文のタイプ文の上に手書きで修正が加えられていますので、より明確に案文と修正文との違いを比較することができます。
案文中にある「平和の樹立及び保持の為有数なる貢献を為すこと並に両国間に速に友好的諒解を遂ぐることに依り」という一文が削除されています。すなわちこの修正から、仮にこの交渉が妥結していたとしても、日本側は太平洋における平和を維持し続けるつもりも、アメリカと友好的関係を維持し続けるつもりもなかったという真意が読み取れるのです。

また、最後の一文、「その所信を合衆国政府に開陳するの光栄を有す」についても案文と比較すると興味深い点が見受けられます。
案文には「その所信を開陳し以て今後交渉を継続するも太平洋地域安定に何等寄与するものならざる所以を合衆国政府に通告するの光栄を有す」とありますが、この一文が削除されています。
すなわち案文では「何故、今回の交渉の継続が安定に貢献しないのか、その理由を説明する」となっているのが、修正文では「今回交渉を継続しても安定に貢献しないことを説明する」となっているのです。
おそらく案文を書いた人と、その後手書きで修正を加えている人は違うと思われ、それは引用文のタイプ原稿に加えられている手書きの修正の筆跡と、このタイプ修正をする前に手書きされていた案文の筆跡が異なる点からも推測できますが、ここで案文を書いた人と案文に修正を加えた人との間に、この日米交渉に関する哲学の違いというのが大きく出てくるわけです。
すなわち案文を書いた人は、「この日米交渉が成立すれば日米間に長期安定的な平和が訪れる」と信じ、「今回の交渉がうまくいかない理由をアメリカに説明する」ために案文を書いているわけです。あるいは、この案文を書いている人は、この案文の主旨が理由の説明に留まっていることから、ひょっとすると、日本が対米開戦を決意したこと自体を知らなかったのかもしれません。
しかしこれに手書き修正を加えた人は、「日米間で一時的に和平が成立したとしても、太平洋地域における和平を長期的に持続させるつもりはなく」、なおかつ「今回の交渉を継続してもうまくいかないとアメリカに通告する」ことを意図していると考えられるわけです。太平洋地域における安定は継続しないと確信している以上、仏印の範囲を超えた太平洋地域への進出を意図していることは明白であり、そのような何も政策的には形になっていないことをこの手書き修正を加えた人は確信できているということは、この手書き修正を加えた人はおそらく軍の上層部の人間か、少なくともそのような軍の内実を詳しく知ることができるような軍との交流を持っている人間ではなかったかと推察できるのです。

第二項

二、東亜の安定を確保し世界の平和に寄与し以て万邦をして各その所を得しめんとするは帝国不動の国是なり、さきに中華民国は帝国の真意を解せず不幸にして支那事変の発生を見るに至れるも、帝国は平和克復の方途を講すると共に戦禍の拡大を防止せんがため終始最善の努力を致し来れり、客年九月帝国が独伊両国との間に三国条約を締結したるもまた右目的を達成せんがために外ならず
然るに合衆国および英帝国はあらゆる手段を竭し重慶政権を援助して日支全面和平の成立を妨碍し東亜の安定に対する帝国の建設的努力を控制せるのみならず、或は蘭領印度を牽制し或は仏領印度支那を脅威し帝国とこれ等諸地域とが相携へて共栄の理想を実現せんとする企図を阻害せり、殊に帝国が仏国との間に締結したる議定書に基き仏領印度支那共同防衛の措置を講するや、合衆国政府及び英国政府はこれを以て自国領域に対する脅威なりと曲解し、和蘭国をも誘ひ資産凍結令を実施して帝国との経済断交を敢てし、明かに敵対的態度を示すと共に帝国に対する軍備を増強し帝国包囲の態勢を整へ、以て帝国の存立を危殆ならしむるが如き情勢を誘致するに至れり、右に拘らず帝国総理大臣は本年八月事態の急速収拾のため合衆国大統領と会見し両国間に存在する太平洋全般に亙る重要問題を討議検討せんことを提議せり、しかるに合衆国政府は右申入れに主義上賛同を与えながらこれが実行は両国間重要問題に関し意見一致を見たる後とすべしと主張して譲らず

さて第二項の各条文については、まず本文から検討します。
「さきに中華民国は帝国の真意を解せず不幸にして支那事変の発生を見るに至れるも、帝国は平和克復の方途を講すると共に戦禍の拡大を防止せんがため終始最善の努力を致し来れり、客年九月帝国が独伊両国との間に三国条約を締結したるもまた右目的を達成せんがために外ならず」と言うのは、日本側は具体的な努力を何もしていませんから口実だけ求めて書いていることは明白ですが、あるいは「中国が日本の植民地になれば簡単に平和は取り戻せるのだ」と考えているのかもしれません。また手書きの案文では後に「然るにアメリカ合衆国及び英帝国は意図を曲解し」となっている部分を、「然るにアメリカ合衆国及び英帝国は真意を理解せず」となっていますから、少なくとも手書きを担当した人は外交文書として「日本はアメリカと同じような植民地政策を取りたいと思っているのにアメリカはそれを曲解している」と記したかったのかもしれませんが、その後修正を加えた人は「日本もアメリカと同じような植民地を持ちたいという日本の国策をアメリカは理解しない」とだけしたかったのかもしれません。ところがこれがタイプ文の修正では、この一文が全て削除されています。すなわちアメリカに対し、「アメリカが植民地を持つのと同じように、日本も植民地を持ちたい」と主張する必要性を、タイプ文に修正を加えた人は考えていないことを暗示しています。アメリカと並立しての植民地主義をアメリカに主張する意図は無い、とすると、その真意はどこにあるか?と考えるならば、アメリカもそのうち日本に併合することを考えていると考えられるところです。ちなみにこのように軍事力で世界各国を日本の下に併合していこうと言う考え方は、石原莞爾が『最終戦争論・戦争史大観』で述べていることであり、このトンチキな思想の共有が広まっていたのか、あるいはこの案文を修正したのは石原莞爾その人だったのか、色々と憶測を並べてしまうところです。一応石原莞爾は公的には1941年8月の時点で予備役編入にはなってはいますが。

また案文にも下記の一節が加わります。本文の「東亜の安定を確保し世界の平和に寄与し以て万邦をして各その所を得しめんとするは帝国不動の国是なり」という部分には、案文では末尾の部分が「帝国不動の国是にして列国と友誼を敦くし之が実現を図るは帝国が以て国交の要義となす所なり」となっていますが、この部分も削除されています。もはやその意図を詳しく説明する必要もないでしょうが、日本はやむにやまれず戦争をおこなうものではなく、むしろ積極的に開戦することもあり得るという姿勢を示していると言えます。


第三項

三、よつて帝国政府は九月二十五日従来の合衆国政府の主張をも十分考慮のうへ米国案を基礎としこれに帝国政府の主張を取入れたる一案を提示し論議を重ねたるが、双方の見解は容易に一致せざりしをつて現内閣においては従来交渉の主要難点たりし諸問題につき帝国政府の主張を更に緩和したる修正案を提示し交渉の妥結に努めたるも、合衆国政府は終始当初の原案を主張し協調的態度に出でず、交渉は依然渋滞せり、ここにおいて十一月二十日に至り帝国政府は両国国交の破綻を回避するため最善の努力を尽す趣旨を以て枢要かつ緊急の問題につき公正なる妥結を図るため前記提案を簡単化し(一)両国政府において仏印以外の東南アジアおよび南太平洋地域に武力進出を行はざる旨を確約すること(二)両国政府において蘭領印度においてその必要とする物資の獲得が保障せらるる様相互に協力すること(三)両国政府は相互に通商関係を資産凍結前の状態に復帰すること、合衆国政府は所要の石油の対日供給を約すること(四)合衆国政府は日支両国の和平に関する努力に支障を与ふるが如き行動に出でざること(五)帝国政府は日支間和平成立するか又は太平洋地域における公正なる平和確立するうへは現に仏領印度支那に派遣せられをる日本軍隊を撤退すべく又本了解成立せば現に南部仏領印度支那に駐屯中の日本軍はこれを北部仏領印度支那に移駐するの用意あること等を内容とする新提案を提示し、同時に支那問題については合衆国大統領がさきに言明したる通り日支間和平の紹介者となるに異議なきも日支直接交渉開始のうへは合衆国において日支和平を妨碍せざる旨を約せんことを求めたるが、合衆国政府は右新提案を受諾するを得すとなせるのみならず援蒋行為を継続する意思を表明し、次で更に前記の言明に拘らず大統領のいはゆる日支間和平の紹介を行ふの時機なほ熟せずとてこれを撤回し、遂に十一月二十六日に至り偏に合衆国政府が従来固執せる原則を強要するの態度を以て帝国政府の主張を無視せる提案をなすに至りたるが右は帝国政府の最も遺憾とするところなり

さて、第三項ですが、まずは公式に提出された文書の中から、従来ハル・ノートに関して言われてきたことと矛盾する記述がありますので、まずそこから指摘します。
「よつて帝国政府は九月二十五日従来の合衆国政府の主張をも十分考慮のうへ米国案を基礎としこれに帝国政府の主張を取入れたる一案を提示し論議を重ねたるが、双方の見解は容易に一致せざりしをつて現内閣においては従来交渉の主要難点たりし諸問題につき帝国政府の主張を更に緩和したる修正案を提示し交渉の妥結に努めたるも、合衆国政府は終始当初の原案を主張し協調的態度に出でず」とある点です。
従来、ハル・ノートは最後通牒であると見なされてきました。その理由は、日本がギリギリの妥協案を提示したにも関わらずハル・ノートは原則論を提示したもので、アメリカとしては交渉をする予定が無いと言うものです。あるいは一部では「それまではアメリカは日本との交渉に乗るかのような姿勢を見せてきたにも関わらず、ハル・ノートの段階になって急に交渉の意思を見せないかのような原則論を提出してきた」とまことしやかに語られています。
しかしこの書面では、「合衆国は終始当初の原案を主張」と、以前から継続してアメリカは原則論の提示をおこなってきたということが明記されています。すなわちアメリカとしては仏印からの日本軍撤退によってのみ、仏印進駐に対する制裁としての資産凍結や石油禁輸を解除するという姿勢を当初から打ち出し続けていたということになります。あとはこの条件を日本が呑むかどうかという話になり、日本はこの条件を呑まなかった。そして日本は開戦を決断したということになります。

さて、この第三項についても、最初の案文に記されている一節がバッサリと削除されています。以下、案文の序盤の文を引用します。

「帝国政府の念願する所は速に日支間に全面和平を招来し太平洋地域の安定を計り以て全人類に戦禍の及ぶが如き悲惨なる事態の発生するを防止せんとするに在り。此故に先づ合衆国政府との間に太平洋地域安定に関する理解に到達するの必要を認め本年四月以来最も熱心かつ真摯互譲の精神に依り交渉に当り事態の矯正に是れ努め来れるか」
上記の部分についても全て削除されています。つまり日本の交渉の態度として、「全人類に戦禍の及ぶが如き悲惨なる事態の発生するを防止」することは眼中に入っておらず、それは日本がいずれは全世界を戦場にした戦線の拡大もあり得ることを示唆しているとも言えるわけです。すなわち日本としては遅かれ早かれ全世界を巻き込む戦争を考慮しているということになり、これまた今回の石油禁輸解除に関する交渉が仮に日本側にとって満足いく結果で妥結したとしても、いずれは日本が対米戦をおこなうことを考慮していたということを暗示するのです。

さて、第四項、第五項、第六項については今回の論では割愛します。これはハル・ノートをめぐる一連の交渉文書を読んでいくと、なかなか面白い分析ができるのですが、今回の論でそこまで言及すると非常に長い話になってしまいますので、この部分については次回以降の論に譲ることとします。

第七項

七、惟ふに合衆国政府の意図は英帝国その他と荀合策動して東亜における帝国の新秩序建設による平和確立の努力を妨碍せんとするのみならず、日支両国を相闘はしめ、以て英米の利益を擁護せんとするものなることは今次交渉を通し明瞭となりたるところなり、かくて日米国交を調整し合衆国政府と相携へて太平洋の平和を維持確立せんとする帝国政府の希望は遂に失はれたり
よつて帝国政府はここに合衆国政府の態度に鑑み今後交渉を継続するも妥結に達するを得ずと認むるほかなき旨を合衆国政府に通告するを遺憾とするものなり

さて、今回の論で重要なのはこの最終項である第七項です。
この文書がアメリカへの宣戦であるのならアメリカに対して宣戦する一文が挿入されなければなりませんが、そのような記述はされていません。
唯一、アメリカと交渉しても妥結の見込みはないとは記述されていますが、これが即アメリカとの交戦を意味するとは解釈できません。
この文書の暗号はアメリカ側が解読しており、ルーズベルトは事前にこの文書の内容を知っていたと言われています。その真偽は定かではありませんが、仮に事前にルーズベルトがこの文書の内容を知っていたとしても、ここから日米開戦を予測するのは困難でしょう。
真珠湾に向かう南雲機動部隊の存在については日本側は徹底して秘匿していましたのでルーズベルトがその存在を知ることは無かったと思われますが、東南アジア方面に大船団が向かっているということはルーズベルトは知っていました。仮にこの文書の内容を暗号を解読して知っていたとしても、そのような状況の中で一番考えやすい予測としては、アメリカとの交渉は中断した上で、ブルネイなどの石油を産する地域に進駐し、対米断交をしたまま石油を確保するというシナリオでしょう。これなら日本はアメリカと交渉を継続することなく、石油を確保できるからです(日本側はフィリピンからの攻撃で東南アジアとの連絡が断たれることを恐れていたために対米開戦は不可避と判断したということですが、アメリカとしてはそこまで日本側の意図を把握することも困難でしょう。そう言えば戦時中はあれほどシーレーンの維持に無頓着だった日本が、対米開戦を判断する時に限ってシーレーンの維持に執着するというのも妙な話とは言えます)。

ちなみに最後の部分は草案では「今後発生すべき一切の事態については合衆国政府に於てその責に任ずべきものなる旨合衆国政府に厳重に通告するものなり」となっていますが、その後修正されています。この草案でも対米開戦の意図を読み取ることは難しいですが、そこからさらに対米開戦するということが分かりにくい表現になっていることからして、日本側のこの文書にこめた意図が理解できるというものです。

いずれにしても日本側はアメリカに宣戦布告の文書は提出しておらず、またこの文書の提出によってアメリカ側が日本の開戦意図を察知することも極力避けようとしていた、それによって真珠湾を騙し討ちする予定だったという結論に落ち着いてしまうのです。




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