後悔というのは後付けの責任回避の為の物語にすぎません。
後悔というものが過去の出来事の評価であるならば
評価するには選択肢の過半数以上のデータが必要になります。
さらに、評価者が評価の結果に対して感情的に中立的であることも必要です。
昔あった選択肢形式で進む小説で言えば、1ルートしかやってないのに
「あそこがどうだこうだ」言うのもアホでしょう・・・
そして、友達と一緒にやれば見栄もはりたくなりますし、友達は自分の有能さを自慢する為に必要以上にくさすわけです。
ともかく、現実の選択というのは1ルートで進み、検証不可能なものですから
謙虚な人間は後悔しません。
あなたの思ったこと、知っていることをここにコメントしてみましょう。