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【社会】

オバマ氏と抱擁の森重昭さん 米兵遺族との交流映画、広島で上映へ

 広島への原爆投下で被爆死した米兵捕虜の調査を続けてきた被爆者の森重昭さん(79)と米兵遺族との交流を追った米国人監督によるドキュメンタリー映画への関心が高まっている。オバマ米大統領の歴史的な広島訪問から27日で1カ月。被爆者の一人として招待された森さんの活動が広く知られ、日本での公開を模索する動きが出てきた。 (近藤晶)

 「言葉では言い尽くせない特別な瞬間だった」。平和記念公園で演説を終えたオバマ氏が森さんと言葉を交わし、そっと肩を抱き寄せた。米東部ボストン郊外の自宅で生中継を見ていたバリー・フレシェット監督(46)は電話取材に、世界中に配信された象徴的な場面を振り返った。

 監督が森さんのことを知ったのは二〇一二年。大叔父から、共に出征し十九歳で「行方不明」と伝えられた親友の最期が分かったと聞かされた。親友とは、森さんが身元を特定した米兵捕虜の一人、ノーマン・ブリセット三等兵曹だった。

 遺族がまとめた資料の中に森さんからのクリスマスカードがあった。興味を持った監督は森さんについて調べ、原爆投下を命じたトルーマン大統領(当時)の孫が広島を訪ね、八歳で被爆した森さんと面会したという米紙の記事を見つけた。「敵国の犠牲者を特定した森さんの活動、そして二人の対面を知り、その事実に心を奪われた」

 爆心地近くの憲兵隊司令部には米兵捕虜十二人が留置されており、被爆死した。一九四五年七月の広島県呉沖の戦闘で撃墜された米爆撃機などの乗員だ。

 森さんは七〇年代から会社勤めの傍ら捕虜の調査を行い、身元を特定。遺族を捜し出し、広島原爆死没者追悼平和祈念館に十二人の氏名と遺影を登録した。九八年には司令部跡地に慰霊碑を自ら設置。米軍は八三年、十人が原爆の犠牲になったと初めて公式に認めたが氏名は公表しなかった。

 監督は二〇一四年、広島に赴き、森さんの自宅で調査の詳細を聞いた。「森さんは忘れられていた犠牲者に光を当てた。伝えなければいけないストーリーだと思った」

 原爆投下から七十年の一五年、監督は、森さんを訪ねた遺族二人に同行。原爆で親族を亡くした森さんは、ずっと灯籠流しをためらっていたが、被爆死したラルフ・ニール軍曹の名前を受け継いだ甥(おい)とともに灯籠を流した。映画の題名は「ペーパー・ランタン(灯籠流し)」と名付けられた。

 監督は広告会社勤務の傍ら製作を進め、映画は今春完成。これまでにボストンや首都ワシントンでの映画祭で上映されたほか、十一月の広島国際映画祭にも招待が決まった。

 今月十八日、森さんと交流がある戦争捕虜を調査する民間団体「POW研究会」が東京都内で上映会を開催、約七十人が参加。オバマ氏の広島訪問を受け、これまで戦争捕虜に関心がなかった人や若い世代からの申し込みが多かったという。参加した神奈川県厚木市にある映画館の支配人、杉本穂高さん(35)は「八月に戦争をテーマにした特集を企画しているので、ぜひ上映したい」と話した。

 監督は現在、オバマ氏の広島訪問を映画に盛り込むため再編集作業に取り組む。監督によると、日本での公開に向けた調整が続いており、国内での劇場公開が実現することになりそうだ。

(東京新聞)

5月27日、広島市の平和記念公園を訪れたオバマ米大統領と抱擁する被爆者の森重昭さん=ロイター・共同

5月27日、広島市の平和記念公園を訪れたオバマ米大統領と抱擁する被爆者の森重昭さん=ロイター・共同
 

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