来日中のビョークが語る本音「今の時代の変化を歓迎しているの」
『Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験』- インタビュー・テキスト
- 宇野維正
- 通訳:伴野由里子 編集:柏井万作
私が何らかの音楽のファミリーツリーに属しているとしたら、それはエレクトリックミュージックの世界であり、クラブカルチャーの世界だと思っているの。
―まだ半分しか経っていませんが、2016年というのは、ポップミュージックにとってとても奇妙な年だと自分は感じています。アノーニ(トランスジェンダーであるアントニー・ヘガティが名乗った女性名)やジェイムス・ブレイクやRadioheadの新作をはじめ、例年になく素晴らしい作品がたくさん生まれている一方、ポップミュージックの歴史においてあまりにも重要な存在であったデヴィッド・ボウイやプリンスが相次いでこの世を去ってしまいました。あなたからは、そのような現在のポップミュージックの状況はどのように見えているのでしょうか?
ビョーク:そうね……。ボウイとプリンスについてはあとで話していい?
―はい。
ビョーク:まず、私はジャーナリストじゃなくてミュージシャンで、まさにそのど真ん中にいるから、あなたのように客観的には音楽シーンのことが見られないの。それはわかる?
―もちろん。
ビョーク:その上で言うなら、この5年間はポップミュージックが再びとてもエキサイティングなものになってきた時代だと思う。あなたが挙げた作品の他にも、そう、例えば最近はリアーナのアルバム(『Anti』)をよく聴いているわ。あれはとても音楽的に勇敢な作品だと思う。 ジェイムス・ブレイクの新しいアルバム(『The Colour In Anything』)が出た時も、毎日取り憑かれたようにずっと聴いていた。あれは「エレクトリックミュージックには魂がこもってない」なんてまだ寝呆けたことを言っているヤツらに、中指を立ててみせたような作品ね(笑)。エレクトリックミュージックとテクノロジーが描くことのできる感情の奥行きとその深淵を、彼は鮮やかに証明してくれた。この数週間あまりにもずっと聴きすぎていたから、ちょうど今は飽きてきちゃったところなんだけど(笑)。
ジェイムス・ブレイク『The Colour In Anything』ジャケット(Amazonで見る)
―(笑)。
ビョーク:そして、もちろんアノーニのアルバムね。彼女は私のとても大切な友達で、この3年間くらい、ニューヨークで頻繁に一緒に過ごしていて、毎晩のように現在のアメリカ政府についてや世界情勢についての話をしていた。今回の『Hopelessness』は本当にアメージング。でも、あの作品は私にとってちょっと近すぎて、ジェイムス・ブレイクの作品のように気安くは聴けないの。知り合ってからの12年間に彼女の身に起きてきたことや、作品の中で彼女が歌っている絶望のことが、私には全部わかってしまうから。
ANOHNI『Hopelessness』ジャケット(Amazonで見る)
―なるほど。アノーニの『Hopelessness』には、あなたの音楽からの強い影響が聴き取れましたが、それは気のせいではなかったのですね。
ビョーク:そうね……。あとは、そう、ボウイも、プリンスも、もちろん尊敬しているミュージシャンだし、彼らがこの世界からいなくなったことをとても悲しく思っている……でも、本当に正直なことを言うと、10代の頃の私には、彼らの音楽はまったく響かなかったの。何故なら、私はパンクで、女性で、それってつまり、当時のアイスランドではとても政治的な存在であることを意味していたから。
10代の頃の私は、自分が女性としてこの世界で音楽をやっていく意味をずっと探していた。そんなふうに潔癖で意固地になっていた当時の私にとって、彼らの音楽は男性的すぎて、意味がよくわからなかったの。私が10年間在籍していたバンド(The Sugarcubes。92年に解散)から脱退したのもそれと同じ理由で、ロックンロールやバンドの世界って、それ自体がとても男性的なものだと思うのね。バンドがレコーディングをするスタジオの環境でも、既にとても男性社会的なヒエラルキーが出来上がっていて、ずっと私はそこから抜け出すにはどうしたらいいのか考えていた。
ビョーク:アイスランドのパンクシーンにいながら、私はジョニ・ミッチェルやケイト・ブッシュに深く傾倒しながら、彼女たちの音楽からその糸口を探していたの。だから私は、ミュージシャンとしてボウイやプリンスがいるファミリーツリーには属していない。彼らについて語るなら、まずそれをはっきりさせておいた方がいいと思うの。
―なるほど。そして、90年代になってあなたはエレクトリックミュージックと出会ったことで、その男性社会的な音楽シーンから解放された?
ビョーク:その通り。わかってほしいのは、私はなにも音楽に白黒をつけようとしているわけではないの。ボウイもプリンスもとても繊細なアーティストで、彼らは決して男性社会を代表するような存在ではないこともわかっているし、パティ・スミスのようにロックの世界でも女性らしい表現をしてきたミュージシャンがいることもわかっている。
でも、私にとってその後にエレクトリックミュージックと出会えたことは、何ものにも代えがたいほど大きなことだったの。自分一人でシンセサイザーやコンピューターを使って音楽を作るようになってから、急に視界が開けて、それまでのいろんなことから自由になることができた。私にとってエレクトリックミュージックって、とても母性的で非キリスト教的な音楽なの。
ソロ名義での再出発となったアルバム『Debut』(1993年)のシングル曲
ビョーク:それは、デトロイトテクノを聴いていてもそう思うし、Pet Shop Boysを聴いていてもそう思う。実際、ディスコの時代からLGBTのカルチャーとエレクトリックミュージックは密接に関わってきたわけで。アノーニの音楽がエレクトリックミュージックへと移行したのも、私にはとても自然なことに思えた。
私が何らかの音楽のファミリーツリーに属しているとしたら、それはロックンロールではなく、きっとポップミュージックでさえなく、エレクトリックミュージックの世界であり、クラブカルチャーの世界だと思っているの。
―とても興味深い話ばかりで、今日はお話ができて本当に嬉しかったです。VRももちろんですが、あなたのDJもとても楽しみにしています。
ビョーク:日本のファンの前でDJやるのは初めてだから、私もとても興奮しているわ。インタビューも楽しかった。ありがとう。
イベント情報
- 『Björk Digital ―音楽のVR・18日間の実験』
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2016年6月29日(水)~7月18日(月・祝)
会場:東京都 お台場 日本科学未来館 7階 イノベーションホールほか
時間:10:00~17:00(金~日曜は22:00まで)
休館日:火曜
料金:2,500円
※入場時間指定制、整理番号付
- 『Björk Digital Opening Party』
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2016年6月29日(水)OPEN / START 19:30
会場:東京都 お台場 日本科学未来館
DJ:Bjork
料金:9,000円
- 『Björk Digital Opening Party』追加公演
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2016年6月30日(木)OPEN / START 19:30
会場:東京都 お台場 日本科学未来館
DJ:Bjork
料金:9,000円
リリース情報
- Björk
『Vulnicura』日本盤(CD) -
2015年4月1日(水)発売
価格:2,592円(税込)1. stonemilker
2. lionsong
3. history of touches
4. black lake
5. family
6. notget
7. atom dance (feat. Antony)
8. mouth mantra
9. quicksand
- Björk
『Vulnicura : the acoustic version - strings, voice and viola organista only』日本盤(CD) -
2015年12月23日(水・祝)発売
価格:2,592円(税込)1. mouth mantra
2. lionsong
3. black lake
4. atom dance
5. stonemilker
6. quicksand
7. notget
8. family
9. mouth mantra(the haxan cloak remix)
10. black lake(bloom remix)
※特殊スリーブケース仕様、解説、歌詞、対訳付
- Bjork
『Vulnicura Live』日本盤(CD) -
2016年7月13日(水)発売
価格:2,592円(税込)
SICX-521. stonemilker
2. lionsong
3. history of touches
4. black lake
5. family
6. notget
7. undo
8. come to me
9. i see who you are
10. wanderlust
11. quicksand
12. mutual core
13. mouth mantra
プロフィール
- Bjork(びょーく)
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アイスランド出身のシンガー/ソングライター/プロデューサー/女優。1980年代後半より、ザ・シュガーキューブスのヴォーカルとして活躍し、UK、ヨーロッパを中心にブレイク。1993年にファースト・アルバム『デビュー』でソロ・デビューを果たして以来、2千万枚のアルバム・セールスを誇り、その先鋭的かつ多様なサウンドで世界中の音楽ファンの絶大な支持を受けている。これまで8枚のスタジオ・アルバムに加え、映画サウンドトラック、リミックス盤、ライヴ盤など含め、20作品以上をリリース。これまで、トム・ヨーク、ティンバランド、べック、アレキサンダー・マックイーン、スパイク・ジョーンズなど、音楽にとどまらず多岐にわたるジャンルの著名人とのコラボレーション歴も誇る。2000年にはミュージカル映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に主演し、初出演映画にして、カンヌ国際映画祭<パルムドール>賞と<最優秀女優賞>を獲得。2015年4月にリリースした8作目アルバム『ヴァルニキュラ』は全世界24カ国のiTunesチャートで1位を記録し、第58回グラミー賞で<最優秀オルタナティヴ・アルバム>にノミネート。2015年3月には、自身のソロ・キャリアを衣装や映像の展示と共に振り返る大回顧展をニューヨーク現代美術館(MoMA)にて開催。2016年4月には、『ヴァルニキュラ』の360°VR映像作品の展示プロジェクト『Björk Digital』を開催。