- 作者: ジャン=マルク・ドルーアン,辻由美
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2016/05/21
- メディア: 単行本
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そう言われてもよくわからんなあと思いながら読み進めていったのだが、分類学、社会学などなど、人類史における昆虫の扱われ方について幅広く問いなおしていく内容で、哲学といえば哲学だし、広義の昆虫エッセイともいえるだろう。たとえば昆虫やダニやクモ類の命が、哺乳類に比べると軽くみなされるのはなぜか? という問いかけも、あらためて問いかけなおしてみると確かに不思議である。
実際、小型の陸生節足動物と自分を同一視することはかなり難しいし、一方で科学的な根拠としては昆虫らは苦痛を感じていないのも確かなので「まあ別に脚がもげようが残酷に殺されていようが別にいいか」と思うのも無理はない。とはいえある動物に対する扱いが道徳的に非難されるか否かが、その動物に苦痛を感じる能力があるか否かに依拠するのかといえばそうとも言えまい──とかなり単純な問いかけであっても厳密に考えていくとずいぶん厄介な生命倫理の問題に繋がってくる。
普段の生活ではあまり昆虫との関わりは(特に大人は)持っていないことが多いと思うが、概念的には非常に身近な存在でもある。アリは常に2割働かないやつがいるという実験結果が出ればあの感情移入しようがない生物と共通点もないくせに人間は「人間の社会も同じだ!」とか言い出してみせる。人間の社会と昆虫の社会はあまりにも違っているが、それでもどこか均一性を持つと仮定しているかのようだ。
カマキリのメスは交尾が終わった後オスを食うとかめちゃくちゃなことをするように、昆虫は哺乳類ほど我々人類に近くはなく、植物ほどには離れていない。たしかにアリやハチは社会を築くが、それはやっぱり哺乳類の物とはまったく種類が違うし、その違いこそが比較対象的に物を考えるときには価値となる。本書をエッセイと最初に表現してしまったが、そんな人類から距離のある昆虫を入り口にしていろいろ考えてみた哲学の本といったほうがしっくりくるかな。
ユクスキュルの環境世界論、デリダの動物論、生物/昆虫学者としてはダーウィンからファーブルまで古今東西の昆虫哲学を総まとめ的に語り尽くしており、「昆虫哲学総集編」みたいな雰囲気もある。なかなかおもしろい一冊だ。