星空文庫
よるのないくに 2 (3)
コーエーテクモゲームス・ガスト 製 作
沖波 流海 おきなみ るか 編
旅のはじまり―よるのないくに
突き抜けるような青色に浮かぶ、大きな太陽は今日も明るく、あまねくこの地を照らしている。
山村から下ってきてもう二日は経ったか。もう少しで道中の町に着けるだろう。そこで一度、長めの休養を取ろうと思っていた。
丈夫な栗毛の、特に戦場にある”騎士”たちに好まれる軍馬に乗って、二人の旅人が街道を急いでいた。
旅人たちはどちらも麻のローブを身にまとっており、フードで覆い隠されたその表情を詳しくうかがうことはできなかったが、丸みをおびた身体つきのシルエットからしてどちらも若い女性であるようだった。
前座に座り、手綱を引いて馬を歩かせていたあたしは、進むのを止めるよう手にした綱を勢いよく引いた。
ゆっくりと道端に止まった馬からいったん降りて、鞍を近くの大木に縄で結び付ける。それから、後ろに乗っていたもう一人の少女に向き直って、その手を優しくとった。
「シェリー、疲れただろ?一回ここで休もうか」
名前を呼ばれた、正しくはシェリーヌという、少女は、降り注ぐ陽光の熱で十分に火照っているだろう小さなその顔を、なぜかさらに赤らめたような気がした。
「うん…ありがとう、シヴァリエ」
シェリーをゆっくりと馬から降ろす。
彼女はあまり乗り慣れていないから、誤って動揺させてしまわないか不安だったのだが、なんとかうまく降りれたようだ。軍馬の強烈な後ろ蹴りでも入れられた日には、たとえよく訓練された兵士でもただでは済まない。注意しないと。
シェリーを無事降ろしてから、干し草と綺麗な水の入った手桶を馬のそばに置いたあと、あたしはふぅっと一息ついて、深く被っていたフードをまくり上げた。
面倒で余計に長くしていた黒髪が汗でべたついてる。最悪だ。今日も暑すぎるよ。
「あーつい、よ。もう服、全部脱いじゃいたいくらいだ」
そんな冗談を言いつつ、どこか休めそうな日陰を探す。辺りを警戒することも兼ねていたが、幸いここには敵意の気配は感じなかった。
あらためて、もう一度周囲をぐるっと見渡したあと、馬を繋いだ大木の木陰に、あたしはすとんと腰かけた。
「だめよ、こんなところで脱ぐなんて…」
ちょっと恥ずかしそうに言いながら、シェリーもあたしの隣にちょこんと座ってきた。どうやらあたしが本気で脱ぐと、シェリーはそう思っているらしい。そんなふうに思われるような性格では…あるけどさ。
「別に問題ないよ。こんな山道、誰も通りゃしない。あーだめあっつい!もう全部脱いじゃお!」
あたしはちょっと悪ふざけして、ローブの腰ひもを緩めて、内の服を脱ぐような仕草をする。案の定、シェリーはそれを必死に止めにかかってきた。
「だめだって!倒れちゃうよ!」
倒れちゃう?どういうこと?わけのわからないことを言った彼女を見てみると、小さなその顔が、またたく間に真っ赤になっている。
…なるほどね。確かにこれでは本当に倒れかねないだろう。どうしてか知らないけど、この子は同性の裸を見るのも恥ずかしいらしい。
「ははは。冗談だよ。でもさ、おんなじ女なのに、どうしてそんなに恥ずかしがるかなぁ?」
「だって…。女の子どうしでも、恥ずかしいものは恥ずかしいもの…」
シェリーは真っ赤な顔のまま、しゅんとして頭を下げる。
「ごめんごめん、そうだよね。みんなあたしと同じじゃないもんね。都には大浴場があるから、一緒にどうかなって思ってたけど―」
と続く言葉を言いかけたところで、彼女はさらに両手で顔を覆った。ここからでも分かるほどの熱気をシェリーから感じる。
「こんな調子じゃ無理だよね」
あたしは苦笑した。けっこう浴場好きだから、毎回一度は行くんだけど、いつも通り一人で行くしかないかな。
なんて思ってると、ふいに彼女が真っ赤に染まったままの頭をそろそろと上げて、
「…でも…シヴァリエが…どうしてもっ…っていうのなら…い、いいよ…」
と言って、また両の手の平ですぐさま顔を覆い隠す。なんだこれは。かわいい…。そして、今にも倒れそうなほどのすさまじい体温だ。
「いや。無理はしなくていいんだよ。ほんとに倒れられても困るし」
「でも…シヴァリエはわたしと、入りたいんでしょ?」
う…たしかにそれは、そうだけど。子供の時以来やってなかった背中の流しあいっことかシェリーとしてみたいし、それにどれくらい大きいのか生でかくに―違う。
やはり女にも“裸の付き合い”ってのがある。元は極東発祥の文化らしいが、あたしはそれを大切にしたいだけ!日ノ本の国好きだし!
「ま、まぁね。できれば一緒に入ってみたいかな」
「そう…」
言うと、なぜかシェリーは思いつめた表情を見せた。
そこまで考え込むことかなと思いつつも、しばらく待っていると、ふいに何かを決心したように、彼女はぱっと顔を上げた。
「…だったら、い、今からでも慣れておかなくちゃ…。ちょうど、いいわ。シヴァリエ…ほら早く、み、見せなさいっ!」
「しぇ、シェリー?!ちょ、君、何を―!」
顔を真っ赤にした高熱ぎみの彼女が、あたしの身体に覆いかぶさって―
……。
「…シヴァ、ちゃん…?」
その後。あたしは馬に乗って、旅路の進行を再開していた。
「その…ごめんね…。わたし、こーふん、しすぎちゃって…」
後ろから、生まれたばかりの子猫の産声みたいのが聞こえてくるが、あたしは反応しない。考えごとをしていた。
…まさか、彼女にあんな一面があるなんて。
毎日かかさず鍛えているはずの肉体はどこへやら。彼女は、古い迷信のばけ猫にでもなったかのように、あたしの手をいとも簡単に払いのけ、そして―
胸元に手を当てる。たとえ冗談だったとしても、言い出したのはあたしだが、あんな風に見られたら、やっぱり、恥ずかしいものがある…。思わずあの瞬間を思い出してしまって、顔がかーっと熱くなってきた。
「…はずかしくて、しんじゃいそう…」
今の心境を、後ろに乗っている喋るばけ猫が代弁した。
でも、ばけは化けでも人は襲わない、ちょっと内気で優しくて、麗しいばけ子猫だ。やっぱり、ちょっぴり心配になったので、後ろの彼女をちらりと見てみる。
ばけ子猫のシェリーは、あたしに見つめられると、どきっと身体を震わせて、すぐにうつむいてしまった。
「…だ、大丈夫?!シェリー!ほら、町が見えてきた!もう少しで着くからね!」
変にきょどって、妙な声を出してしまったが気にしない。真っ赤に熟れたベルズィモーネみたいな顔以外、彼女は大丈夫そうだ。
「…うん、ご、ごめんなさい…」
「その話は、もういいから!ね!」
ずっとあたしに頭を下げて謝ってくる彼女はひとまず置いといて…。
大きく深呼吸しながら、あたしは気を取り直して。少し遠くに見える、きちんと整備された堀に囲まれた小さな町を見る。
「よっし、もうすぐ到着…ハーブサイドっと」
その町の名は、ハーブサイドと言った。名前が示す通り、ハーブ作りが盛んな素朴な田舎町であり、周囲にはその農園が数多く存在する。まさしく色とりどりの薬草の側に位置している。
その中にある、『芳醇なオレンジハーブ亭』は、遠征の際あたしがいつもお世話になっている宿場であり、そこの中年の旦那とはもう気心の知れた仲である。
あそこのハーブ酒と主人の話は実にうまい。思い出したら、いますぐにでも行きたくなってしまった。
だけど、こういう時こそ油断してはならない。賊や野盗はそういう瞬間の心理を狙って、町場の手前近くで姿を現すことが多いのだ。
そして、今まさに考えていたその敵の手中に、あたしたちはいた。まあ…薄々感づいてはいたんだけれど、ね。
ちょうど森を抜けたとき。
馬の体が林の影から抜けるのと同じくして、私は背中に手を回す。
「女二人に馬一匹だ!野郎ども、かかれっ!!」
道端に生い茂る、うっそうとした草むらの中から、戦用の手斧を手にした大男が飛びかかってきた。
「やっぱり来たか…」
ローブで覆い隠していた蝙蝠のような黒鞘から、ギザギザの、禍々しいほど鋭利な長剣を抜き放ち、瞬時に守りの構えを取った。
鋼鉄のギザ刃は、叩きつけられる歪んだ鉄の片刃斧と激突し、派手な火花をまき散らす。
「なっ、何ぃ?!武器を持ってるだと!」
反動で起こった風圧で、被っていたフードが舞い上がる。黒い長髪がたなびいた。
「きゃあああああ!!」
シェリーヌが悲鳴を上げた。
だが、唇を噛んで、必死にその恐怖を耐えようとしている。いい度胸だ。馬までも動転させて暴れさせたら、面倒なことになりかねない。ありがたかった。
「このまま掴まっていって、どっかに隠れてろ!いいな!!」
馬の腹を思いっきり蹴るのと同時に、私は野盗の斧を払いのけて、地に降り立った。
「シヴァリエ!そんなっ!!」
シェリーは涙を零しながら、私のほうに手を差し伸べる。鳴き声を上げた軍馬は街道を駆け抜けていき、その姿は、遠く見えなくなった。
「…さて。やってやろうじゃないか、クソったれども!」
これで存分にやれる。“血吸い蝙蝠の”フランベルジェを握りしめると、戦いの高揚感が体じゅうに溢れだしてきた。いつも通りの調子だ。
「…チッ!女のくせに、なめやがって!」
周りを確認すると、五、六人はいるようだ。それぞれ、ろくな手入れもされていないような、錆びついた鉄剣を手にして、不気味にニヤニヤと笑っている。いかにも、雑魚、っていう貧相な奴らだ。
「お前のハラワタ切り裂いて、クソババアの財布みたいにしてやるよ!」
先ほど斧を弾き返した、頭領と思われる、双角の兜をかぶった大男が前傾で突進してくる。…まったく、猪突猛進とはこのことを言うんだな。妙なプライドばかり、何も考えていない単細胞なのか。
無駄に勢いづけて斧が振り上げられるが、そんなものが避けれないほど無力な女だとでも思ったか。
「馬鹿みたいに突っ込んできて…ずいぶんと、見くびられたもんだなぁッ!!」
私はすっと、横に身体を逸らす。フランベルジェを一閃した。
「ガッ…!!」
ギザ刃は、男の首元を後方から捉える。
スパっと音がしそうなほど、見事にこうべが吹っ飛んだ。
吹き飛んだ首は、あさってのほうに飛んでいく。
地に倒れた首の断面からは、紅の鮮血が噴水のようにほとばしっていた。
「ひっ…ひぃぃぃぃ!!お頭ぁぁぁ!!!」
同時に飛びかかろうとしていた取り巻きの手下たちが、青ざめた顔で喚き、それでも震えた矛先は私に向けてくるらしい。一応戦う者ならば、当然の心構えだな。
「なんだ?私とヤりたいのか?ほらっ…いつでもいいぞ」
血染めの剣をちらつかせ、そうとだけ言うと、その下っ端どもは冷や汗だけ余計に流して散りぢりになっていった。
「ふん…」
しゅっ、と静かに血を振り払う。
鞘に収めてから一息ついた。そして首の無くなった骸に近づく。
「あんなので、よく今まで生きてこれたな…お前」
私はそこらの賊と一緒ではない。死体をそのままに放置するわけにはいかない。冷たくなった両足を掴んで、目立たぬよう道端までは運んでおく。
地面は血の海だったけど、それは仕方ないだろう。自然が浄化してくれるのを待つしかない。
「私だって好きで殺したいわけじゃないんだ。もう来るなよ…」
少し返り血を浴びた麻のフードを被りなおすと、私は馬が走っていったほうに急いだ。
「シェリー!いるんだろ、返事してくれ」
私はそう叫び続けながら、道を歩いていく。
軍馬とはいえ、そこまで一度に長く走れるものではない。操る騎者がいないならなおさらだ。しかし、声を張り上げながら、私は少し舌打ちをしていた。
さきほどの状況下では、あのようにするのが最良の手段だったと思うが、彼女には何か位置を知らせる物を持たせておくべきだったと後悔した。今さら準備不足を嘆いてもあとの祭りか。
ただ、賊に続く賊の心配はないだろう。反社会的で無法者の集まりである彼らにも、テリトリーやリーダーというものがある。この周辺はどうやら先ほどの野盗団が往来していたらしいし、頭領らしきのも倒したから、すぐに新たな集団が結束し、襲いかかってくるようなことはないはずだ。
だが危険は他にもある。それは例えば動物。ここには獰猛な狼の群れが時折、姿を現すこともあった。
「早く見つけなきゃ…」
既に日は山の裾近くまで落ちかけて、空はもう黄昏の夕焼け一色に染まっている。
ふと、灰色の煙が立ち上っているのを確認した。
あれは―たき火か?つまりそこに火を使える人間がいるということだ。もしかしたら友好的な人、猟師や木こりかもしれない。シェリーのことが聞けないだろうか?
あてもなくうろちょろしているよりは断然マシだ。私はその立ち上がる煙の元へと行ってみることにした。
「シェリーヌ…無事でいてくれよ」
曇った白色の煙に導かれ、その場所にまでたどり着くと、森と草原の境目にある切り立った崖に、自然にできたと思われる洞窟のそばで、男性らしき人影がたき火を焚いている。立っているらしいが、少し腰が曲がっているようだ。
「あれは…!」
そのほど近くに、私の馬がいた。どうやらシェリーもあそこにいるらしい。
少し警戒しながら、私はその老人のほうへと歩み寄っていく。
「…ちょっと失礼、おじいさん。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
後ろから声をかけられた初老の男性は、前のめりの身体を杖で支えながら、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「…おや、旅のお方かな?それも女性とな。こんなご時世に、お一人でどうなされたのじゃ」
白髪の老人は、穏やかな声と顔つきをしていたが、その表情はどこか達観していた。
「ちょっと都に」
「そうかそうか。…ああ、そうじゃ、聞きたいことがあるんじゃったな。もしや、先ほど勢いよく駆けてきた、アレのことかね?」
老人は手にした樫の杖を握りなおして、洞窟のそばで呑気に草を食んでいる私の馬を指し示す。
「そうそう。あの馬に、誰か乗っていなかった?」
「ああ。あの馬には可愛らしいお嬢さんが一人乗っておったよ。じゃが、どうしてか泣いていてな。何も話そうとせんから、わしがなんとか降ろしてやって、今はあの洞窟のなかで休んでおるはずじゃ」
シェリー、無事だったんだな…。その言葉を聞いてほっと一息ついた。この人にも嘘はなさそうだ。質問には真面目に答えてくれているし、見るからに人の好さそうな感じをしている。
「彼女を降ろしてくれてありがとう。…友人なんだけど、実はさっき野盗に襲われてね。あの洞窟に入ってもいいかな?」
あの洞窟が、本当に彼のものなのかは分からなかったが、一応断りを入れておく。
「なんと。それは災難じゃったな。それなら、どうぞお構いなしに入っておくれ」
老人は驚いたような表情になる。
「ただし、なかにあるモノには、触っちゃいかんよ」
一言そうとだけ言づける老人に、私は軽く会釈をして、大きく口を開いた暗い洞窟の中へと入っていった。
「返り血…薄紅の剣柄…丈夫な軍馬…そして馬鞍のあの紋章…教皇騎士か?」
入口を薄い布で覆い隠された洞窟は、そこまで広くはなかった。屋敷のリビングより少し広いくらいだろうか。
そのスペースの要所には蝋燭が灯され、ぎちぎちに詰められた古めかしい本棚や少し汚れたベッド、そしてよくわからない小道具や怪しげな薬、真っ黒いとんがり帽子、木でできた長杖なんてのもあった。
見るからに、誰かが住み込み、何か実験的な作業をしているようなたたずまい。魔法使いでも住んでるんだろうか?私は少し笑った。あの老人は、いったい何をしているんだろう。
そして、洞窟の左端にもう一つ置かれたベッドの上で、ようやく私は見つけ出した。
高陵に咲く一輪の百合の花のような、私のシェリーヌを。
「ああ…シェリー…よかった」
彼女はすやすやと眠っていた。掛けられた布団を小さくまくり上げて確認するが、特に変わったところはないようだ。
わざわざここに匿ってくれたあの老人を疑っているわけではないが、住んでいるところがこんな場所では、どうしても心中には猜疑心が生まれてしまう。
シェリーにおかしなところはなかったものの、それより私は、彼女が横になっているベッドに目を引きつけられた。
「なんだろ…これ」
ところどころ、大きな蒼いシミがある。最初はただのデザインかとも思ったが、発色からしてこれは後から着いたものらしかった。
「絵具?」
しかし、ここには絵具やキャンバスなどない。緑や赤、薄い青ならあるが、こんな濃い蒼色の薬もなさそうだ。
もしくは、これは老人の私物で、実は彼は昔絵描きもしていたから―アトリエとか似合いそう―なんて想像も膨らんだが、わざわざ自分が夜眠るベッドを汚すようなところで絵を描くやつがいるか。というか、彼のベッドは向こうにもうひとつ、既にある。
そして、よく見てみるとこのベッドには、今では到底流行りそうもない、古い意匠が施されていた。直感からしてもう何十年、いや、何百年も前のセンスのような…。
「どういうこと…」
「―そのベッドが、気になるかね」
私ははっと後ろを向いた。
さきほどの老人が、両手で杖を突きながら私の少し後ろに立っている。
「…申し訳ない。物色なんてするつもりはなかったんだけど、彼女が眠ってしまっているようで」
私は頭を下げる。
「なに、別に気にせんでいい。わしが眠れと勧めたんじゃからな。そうじゃ、お前さんも今夜はここで休んでいくといい。町までは近いが、夜は飢えた獣が出るぞ。厄介じゃ」
そういえば、もうあたりは薄暗い。いつのまにか太陽は西へと沈んでしまっていた。
「本当に申し訳ない。それではお言葉に甘えて、今夜一晩はここで泊まらせていただきます」
私はもう一度、老人に対して頭を下げた。
「こんなあなぐらに少し留まるくらいで、いちいち丁寧に言わんでいいわい。お前さんがたのような美人なら、なおさらウェルカムじゃ」
老人は鷹揚に笑う。
「…それに、お前さんが聞きたいのであれば、そのベッドについても、教えてやっていいぞい?」
「…少し、興味があるね」
「そうか…ならば」老人は、中央に敷かれたどぎつい紫色のカーペットに座り込んで、今度は怪しげに微笑んだ。
『…お前さん「よるのないくに」というおとぎ話は、もちろん知っておるよな?』
『ああ。少女が夜の君とかいうやつを倒してから、聖女を生贄にして世界を救うっていう、このルースワールいちの迷信だろう?』
『広く伝えられているのはそこまでじゃが、その伝承には、まだまだ謎があってな』
『たとえば夜の君は、“常夜”と呼ばれる、暗闇の世界の最高神にあたる。じゃが彼の者は決して悪神ではなく、ただ自然のあるがままを体現する神なのだという』
『それは、知らなかった。てっきり暴虐を振りまく悪役だと』
『結論からいうが、そのベッドは、その夜の君の“常夜”から、わしが発現させたものだ』
『…え?』
『お前さんも、いつの日か見て、感じたはずじゃ。あの、赤い満月を』
『…!』
“少女は微笑んだ”。
私は目を瞠った。
この老人が言いたいことは、つまり―
「やはり、行ったのじゃな」
いつの間にか手元に置かれていた、水の入った陶器のカップに口をつけながら、老人は杖をいじっている。
「わしはここで、その世界の探求をしている者。ガットリクスという。よかったら頭の片隅にでも覚えておいてくれ。それで…お前さんは、教皇陛下に仕える騎士の一人かね?」
「…? …どうしてそれを?」
「お前さんの風体と持ち物を見れば、自然と分かるものじゃよ」
ガットリクスは小さく笑いながら、ちらりとローブ姿の私を見つめる。どうやらこの老人は、想像をはるかに超える、鋭い観察眼と堪能な知識を備えているようだ。
「…話を戻すが、昔から、おとぎ話「よるのないくに」によって、この世界の裏側には“常夜”と呼ばれるもう一つの別世界がある、と言われ続けてきた」
ガットリクスは、腰に手を当てながら静かに立ち上がった。
「今までは、ただの迷信として考えられてきた。この物語は、誰かが人為的に作りあげた、全くの造説である。夜の君も、英雄の少女も、生贄も、何もなかった、と」
杖を突き、少し腰の曲がった老人は、本棚のあったほうに近づいていく。
「じゃが、状況は変わった。二年前から続く怪死事件…正夢の赤月…わしは、これが全て夜の君の“常夜”によるものだと考えている。…まだ確証もない、憶測にすぎんがな」
ガットリクスは自分のベッドに腰かけて、私とシェリーを見つめる。
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『よるのないくに 2 (3)』 沖波 流海 おきなみ るか 編
※製作中
| 更新日 | |
|---|---|
| 登録日 | 2016-05-16 |
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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。
※製作中
【ガールズラブ】【ファンタジー】【ゲーム二次】
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