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失礼しました!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月27日(月)17時49分50秒
   赤胴鈴之助さん

>第二捨父逃逝の事を人生初めて、論じたのに、先打ちしますか。(投稿者:赤胴鈴之助   投稿日:2016年 6月27日(月)16時40分58秒 )<

 そっか、赤胴さんも、この箇所を引用する予定でしたか。御免なさい。「捨父逃逝」そのものかと思っていました。以前から温めていたテーマで、「正論」を書けとの誘導もありましたので、投稿となりました。「一念三千」は根幹中の根幹ですから、まだいろいろ論じなくてはいけません。
 大丈夫です。人が変われば「論」も変わります。赤胴さんらしく、感じるままに、思うままにお述べ下さい。
 研鑽されて見えますね。奥さんに叱られながら(笑い)。すごい。


 

お詫び。訂正です。

 投稿者:広長舌相  投稿日:2016年 6月27日(月)17時34分41秒
  申し訳ありません。加筆訂正致します。
“”内のお言葉が抜けておりました。

「青年部は、悪い人間、退転する人間、皆を惑わすようないい加減な人間を追い出して戦う強さを身につけなさい。

同志を利用したり、陥れたりするのは、提婆達多の生命である。

“人間の生命は恐ろしいよ。妙法を持った同志が、より恐ろしい場合がある。”

仏にもなるし、魔にもなるんだ。そういったことを平然と見破って指揮を執るのが将軍である。

青年部を方面長の側に置いて、県長の側に置いてやっていくんだ。」
1996年12月
 

人間の品位

 投稿者:妙音  投稿日:2016年 6月27日(月)16時59分42秒
  ホセ・マルティ生誕163周年記念 第2回国際会議への池田先生のメッセージ
(2016・1・25 ハバナの国際会議場)

今回の会議では、125年前、マルティが建国の基本精神を明かした歴史的なスピーチ
のタイトルが掲げられています。「すべての人々とともに、すべての人々のために」と。
何と簡潔明瞭でありながら、何と奥深く、気高い哲学が結晶している表現でしょうか。
まさに、地球的問題群に挑む世界市民が共通の指標とすべき、21世紀文明の旗印なり
と、私は感嘆するのであります。ここには、マルティが共和国の第一の原則と定めた
「人間の品位に対する尊厳」が貫かれております。マルティは、人間生命が具える善性
を、揺るぎなく信頼してやみませんでした。
「民衆はすべて、共通の堂々とした、すばらしい何かを――空よりも広く、大地よりも大きく、
星座よりも輝いていて、海よりも洋々としたものをもっています。それは人間の精神です」と。
時代の混迷が深ければ深いほど、私たちは、マルティがいついかなる時も手放さなかった
「人間の品位に対する尊厳」に立ち返って、一人一人の生命に秘められた、限りない智慧と
力を、いよいよ解き放っていきたいと思うのであります。
 

「一念三千」への考察

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 6月27日(月)16時40分58秒
  螺髪 さん、引用失礼します。
>「一念三千」への考察ということになりましょうか。「正論」(笑い)への一端を述べさせていただきます。

 >こんな仰せがあります。
「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、此の信の字元品の無明を切る利剣なり其の故は信は無疑曰信とて疑惑を断破する利剣なり解とは智慧の異名なり信は価の如く解は宝の如し三世の諸仏の智慧をかうは信の一字なり智慧とは南無妙法蓮華経なり、信は智慧の因にして名字即なり信の外に解無く解の外に信無し信の一字を以て妙覚の種子と定めたり」(御義口伝P725)
引用おわり

螺髪 さん!!!、信解品はパスしたと思っていました・・・(笑い)( ;∀;)

第二捨父逃逝の事を人生初めて、論じたのに、先打ちしますか。

赤胴鈴之助の剣法をもっていかれました・・・とほほ( ;∀;)。

まっ、中身は相当ちがいますけど、・・・論文を書いたことないので。

この、御文は私も引用して論じています、大仏のぐりぐりさんのあとでUPしようと思っています。

日蓮の思想と生涯が届きました、分厚く大きな本です、払った金額も元の金額の2.5倍とは、とほほ。

勉強のためとはいえ、支払いを見て、嫁が「うそっ」といって、にらまれました。

ちいさな字ですから、読めればいいのですが。
 

独り言

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年 6月27日(月)16時06分47秒
編集済
  品位がどうこう以前に、「ここ最近知りました」「今日初めて閲覧しました」みたいな人が“なんのこっちゃ?”と困惑なさらぬよう投稿内容には各自配慮せなあかんで、、、というだけの話。
一見さんが取っ付きにくい不親切な雰囲気ではBBSの用を足さない。不快ならスルーしろとは何様のつもり?言いっ放しなら各々ブログで好きにやれや、でおしまい。

2年ほど前に掲示板の主旨が今のようなかたちになって、今日まで人の出入りも激しかったようだけど、

「これぐらいはみんな自分と同じように考えてるだろう、感じてるだろう」と、暗黙の合意事項や共通認識が出来ているかのような錯誤に陥らないこと。
多少毛色の違う意見を、傍から見ればそうとう見当違いの論難で以って排除していないか? 誰がそうだというわけじゃなくて。。。
アスフェリカル・レンズさんも、2か月(だったかな?)ロム専に徹しながら、毎回スレを開くたびに初めて閲覧する人の視点に立っての論評を綴られた
・・・・と自分は見たが・・・・だけで、特定のどなたかに難癖つけているようには思えないのだが。
新参者には敷居が高い印象を持たれて閲覧意欲も殺がれてしまう、、、そんなふうにならないよう少しは気に留めながら、仲良しクラブとか茶飲み話とか揶揄される雰囲気からはちょっと距離をおいて、今この瞬間ここを初めて覗いてはるような人を常に意識しながら“伝える技術”と“伝わる努力”を怠ってはいかんな、と自戒する今日このごろ。

54年問題も、学会上層部や公明党の糾弾も、現場での世論形成は緒に就いたばかり。
ネットの中では多数集まり語り尽くしたような議論内容でも、PCやスマホから離れればいざ目の前の一機一縁の対話の積み重ねから始まる。
一人ひとりが孤高のスタンドプレーに徹するしか他に出来ることはない。
こちらの閲覧数や投稿数が増えることも大事だが、さらに言えば――今一日平均どれだけのアクセス数か知らないが――ひとつの書き込みを見て
十人いたら十人十色で戦い方のヒントを得て、十通り各自の行動につなげていけるかどうか。
投稿はせず徹頭徹尾ロム専で通しているような人がこちらに触れてバラエティに富んだ不言実行の戦いを起こす契機になってもらえるかどうか。

いつどこで、誰が、何を考え、何を企んで、何をしでかすか・・・・先の全く読めないステルスな戦法が敵が最も恐れ、嫌がることだ。


・・・・・・・毎度取りとめのない駄文を書き連ねてスレ汚しになってしまってるので、今週いっぱい多忙だし、もう少し書く内容を吟味して投稿スタイルも工夫しながら日を空けて出直してきます。失礼。。
 

「憲法改正の真実」を読んで

 投稿者:鉄砲玉  投稿日:2016年 6月27日(月)15時41分49秒
  「憲法改正の真実」集英社新書 樋口陽一/小林 節 読みました。出来ればお読みになることを、お勧めします・・。

1995年、宗教法改悪の際、慶応大学の教授?であった小林 節教授は、正々堂々と正論を展開し、結果的に我が創価学会を護ってくれたと認識しています。

この本を読んで、小林 節さんが「人物」であることが、しみじみ伝わってきました。
現在、自民党に於いて、お粗末な”憲法改正草案”を引っ提げ、「壊憲」に走っている議員たちのほとんどが、前日本のエスタブリッシュメント層、保守支配層の子孫とその取り巻きであるのが実態のようです。

恐るべきことに、彼らの共通の思いは、明治維新以降、日本が最も素晴らしかった時期は、国家が一丸となった、終戦までの10年ほどの間だった、ということのようです。
普通の感覚で言えば、この時代こそがファシズム期なんです・・

先だって読んだ、「日本会議の研究」にぴったり通じるところです。この本の最後の部分に「なめんな」という精神という箇所があります。
小林 節さん:「この国の主は、我々国民なのですが、この主という資格が奪われようとしている。私たちは侮辱されているのですよ。なめられているのですよ・・」

緊急事態条項は「お試し」改正事項を装っているが、「本丸」であるとの見立ても、納得である。
公明党・創価学会のアイデンティティが「踏み絵」となって、本格的に試される”時”は近そうである。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】13/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時31分26秒
  相対種の成仏――つまり即身成仏の法門は「唯仏与仏・乃能究尽
(ただ仏と仏とのみがよく究め尽くしている)」の秘密の法門であり、
凡夫の思議しがたき法門なのです。

大聖人は「そのような秘密の法門を聞いて、いかなる利益があるのか(通解)」(御書九八四頁)

との質問に対して

「始めて法華経を聞くということである。・・・・そして末代の凡夫が
この法門を聞くならば、ただ自分一人だけが成仏するばかりではなく、
父母もまた即身成仏するのです。これが第一の孝養である(趣意)」(同頁)

と答えました。

いうまでもなく〝聞く〟とは〝信じる〟ことと同義だと思います。

何物によっても壊されず、永久に崩れることのない絶対的な幸福
――これは人類の永遠の願いであり、万人共通の理想だと思います。

その願いと理想を全世界に流布するために、
師匠は今は何も語らず、弟子を厳しく鍛えているのだと考えます。

最後に、昭和三十一年の「大白蓮華」に掲載された師弟不二の座談会を記して終わります。

池田
「折伏をするということが、即自分自身を折伏しているんだということに通ずるでしょうか」

戸田
「それでは教えよう。最後の一問を教えます。自分自身が南無妙法蓮華経で生きているということです。
それ以外に折伏はないのです。覚えましたか。手練手管も方法もなにもありません。

ただただ、おれは南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めることを末法の折伏というのです。

それ以外にないでしょう。

どういうふうにやったら南無妙法蓮華経が弘まるか、
どのようにやったら南無妙法蓮華経がよくなるか、
人によく教えられるか、そんな方法論は関係ありません。

我みずからが南無妙法蓮華経だ!南無妙法蓮華経以外になにもない! と決めきって、決めきるのです。

おれはそれ以外にない、悪ければ、殺しても死んでもなんでもしょうがないと、
自分は南無妙法蓮華経だと決めるのが、最後の折伏です」

池田
「はぁ、それは簡単です。・・・・・・(笑い)」

戸田
「そう、簡単なのです。どうにでもいおうと思えば無限にいえるけれども、しかし、真義はそれしかない」

(戸田城聖全集第二巻四六六頁)

おわり
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】12/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時30分29秒
  仏界の境涯を涌現するための〝因縁〟を明かした十法界明因果抄には

「仏界とは、菩薩の位において〝四弘誓願〟を発することをもって戒となす(通解)」
(御書四三四頁)とあります。

四弘誓願とは、

①一切衆生を悟りの道に入らせ、一切衆生を救うことを誓う。
②一切の煩悩を断とうと誓う。
③仏の教えをすべて学びとろうと誓う。
④仏道修行において無上の悟りに至ろうと誓う、ことです。

これは爾前教で〝四弘誓願〟という菩薩戒を持った結果として仏果が示された文ですが、

法華経では一大事因縁を明かし「開示悟入」を説いて、衆生の〝心〟に本来、仏界が具わっていることを示し、
自分自身の仏性を悟ることによって〝即身成仏〟することを明確にしているのです。

つまり、

目が見えない人は見えないまま仏になり、
耳の聞こえない人は聞こえないまま仏になり、
口でしゃべれない人はしゃべれないまま仏になるということです。

そして、どんな重度の障害を持つ身体であったとしても、
あらゆる形式を超越して「法華経を信ずる強き心」によって成仏できるのです。

大聖人は
「一念に億劫の辛労を尽せば、本来無作の三身念念に起るなり。所謂、南無妙法蓮華経は精進行なり」
(七九〇頁)と訴えています。

この御文は、今現在の心が広宣流布(四弘誓願)のために、努力しぬき、
苦労しぬいていけば、本来、わが身に具わる仏界が必ず涌現する。

広宣流布のために尽力すること自体が南無妙法蓮華経そのものなのだ――と捉えたい。

言い換えれば、

広宣流布は四弘誓願を誓った仏と仏でしか成し得ない大偉業であり、
仏と仏のみがよく理解し、説くことができる大生命哲学なのだと思います。

障害者であれ、健常者であれ、涙も出ないほど苦しくて、苦しくて、
もがき苦しむ日々の連続であったとしても、ただ今・現在「生きている」ということは、

心のどこかで仏法を求め「幸せになりたい」と願っているのではないでしょうか。

その苦しむ人を肩に背負い、支え励まし、蘇生させ、顔を上げて前を見ろと
教えてくれたのは、池田先生であり、学会同志です。

池田先生の心は自身亡きあとのことを考えて〝即身成仏の法門〟を現代に縦横無尽に展開し、
末代の衆生に成仏への方途を説き示し、書き残しているのだと思います。

こう考えれば、かつて妻が言った

「私にとって池田先生の指導は『御書』なのよ。そんなの私の常識」

という言葉も本質を捉えていると思う。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】11/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時29分49秒
編集済
  しかし、竜樹は妙法の〝妙〟の一字を、名医の「変毒為薬」に譬えました。

つまり、名医は病者の病を治すために、毒を調合して薬としますが、
問題は毒をいかにして病に効く薬とするかにあります。

その場合、名医の調合した毒を、患者自身の生命力で「病を治す薬」に転じているのであって、
名医は患者自身の病の状況や生命力をよく知ったうえで薬を作るものです。

名医は仏であり、患者は凡夫である私たちです。病は迷いです。

仏は衆生の迷いという病を治すために、病の源である三道そのものを逆に利用し、
それを使って病んでいる衆生の生命のなかで三徳の薬となるように仕向けているのです。

また、天台が〝妙〟の一字を「不可思議」と名づけたのは

〝就類種の成仏〟は、善因を積んで善果である仏果を成就する修行法だから、
凡夫の私たちにも理解しやすいので「思議(議論しやすい)種」としたのに対して

〝相対種の成仏〟は、すでに仏法の因果は超えていて理解できないことだから
「不可思議(議論が不可能)種」と立て分けて、そう言ったのです。

問いはさらに続きます。

「凡夫の我々にもこの秘法(相対種の成仏)の意(こころ)を理解することができるだろうか」(同頁)と。

大聖人は

「私見による〝答え〟は無益であり意味がない。竜樹も大智度論のなかで
『今、煩悩を断じ尽くした三乗(声聞・縁覚・菩薩)は、仏になれないと決まっているのに、
かえって成仏するというのは、ただ仏のみがよく知っていることである。

論議とは正しくその事を論ずべきであるが、測り知ることはできない。
だから無益な論議をしてはならない。

もし仏になることができた時は、よく理解し納得することができる。
それ以外の人は、ただ〝信ずべき〟であって、いまだ理解し納得することはできない』と述べている(趣意)」(同頁)

と竜樹の言説を紹介して答えます。

そして「法華経(方便品第二)の『唯仏与仏・乃能究尽(ただ仏と仏とのみがよく究め尽くしている)』とは、

法華経において煩悩・業・苦の三道がそのまま
法身・般若・解脱の三徳となると説いて、二乗(舎利弗)は成仏した(趣意)」(同頁)と述べました。

つまり、竜樹の〝信じるしかない〟という言葉は、誰に向けられて言ったのかというと、

別教・円教の菩薩や、普賢菩薩・文殊師利菩薩の大菩薩に対してであり、
ましてや二乗・末代の凡夫が法華経の妙法の力を知り、理解できるはずもなく、

ただ〝信ずる〟以外に「成仏の門」に入ることはできないということです。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】10/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時29分11秒
  大聖人はどんな境遇の人であれ、末代の凡夫は
必ず〝即身成仏〟できる原理を問答形式で分かりやすく教えました。

そしてまず、疑難を投げかけてこう言います。

「今までの話を聞いて、ちょっと疑問に思うことがある。
そもそも火から水は出ないし、石から草は生じない。

悪因があるから悪果を感じ、善因は善報を生ずるのは仏法の常識であり、
定まった因果の理法である(趣意)」(御書九八三頁)と。

この疑難は私たちにとっても非常に納得できます。

たとえば、重度障害者であるグリグリの身内は生きること自体が苦しみであり、
苦しみの原因になっている障害の身は、その根源を探れば、過去世の謗法ゆえであり、

貪・瞋・癡の三毒より生じたものです。

しかもこの煩悩である三毒と苦果の二道によって、苦しみの世界に縛りつけています。

それなのにどうしてこの三道(煩悩・業・苦)が
「じつは三道が、ほかならぬ三徳(法身・般若・解脱)なのだ」と言えるのですか。

そんなこと言われても到底、納得できるものではない――となります。

大聖人はこの疑難を設けて、何と答えたかというと

「あなたの疑いはもっともなことです。私はこのことを心得ていない。ただし・・・・・」(同頁)と語り、

竜樹と天台の言説を引用して「即身成仏」の法門を明らかにし、こう述べます。

「竜樹は妙法の〝妙〟の一字を解釈して
『たとえば、大名医がよく毒を以って薬とするようなものである』といわれている。
〝毒〟とは何かというと我らの煩悩・業・苦の三道のことであり〝薬〟とは何かというと、
法身・般若・解脱の〝三徳〟である。

『よく毒を以って薬とする』とはどういうことかというと、三道を変じて三徳とすることである。

また天台は『妙は不可思議と名づける』といい
『一心に十法界を具している。あるいはまた不可思議境という。意(こころ)はここにある』といわれている。

即身成仏の法門とはこのことである(趣意)」(御書九八四頁)と。

ここまで聞いても、やっぱり仏法の因果からいえば、悪因が悪果を生み、善因が善果を生むのであって、
悪因がそのまま仏因になるという「相対種の成仏」は理解できません。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】9/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時28分30秒
  大聖人は法華経(薬草喩品第五)の「種・相・体・性の四字」の文を通して、
末代の凡夫が法華経を修行する方法が二つあり、一つは〝就類種の開会〟と、
もう一つは〝相対種の開会〟があると述べました。

〝開会〟とは、簡単にいうと「成仏」という意味です。

また「種・相・体・性の四字」の〝種〟は仏の種子、つまり仏種のこと。
〝相・体・性〟は十如是(相・体・性)のことで、衆生の姿、人間の生命ということです。

まず〝就類種(成仏)の修行法〟は
同類種とも表現し、原因(仏性)と結果(仏果)が同じものでなければならないという
前提に立って、自身の仏性を開発する修行で煩悩を排し、迷いを除いて、

ひたすら清浄な仏性を開いて仏果に至るために生命本来の力を出していくことです。

つまり、仏法の因果でいう〝善因〟を積んで〝善果〟である「仏果」を成就するということです。

それに対して

〝相対種(成仏)の修行法〟は
煩悩(無明)・業(悪業)・苦(生死)の〝三道〟が、
そのまま法身(仏性)・般若(智慧)・解脱(自在)の〝三徳(三身如来)〟に転ずることです。

つまり、悪業が転じて幸福への〝因〟となることであり、
凡夫の迷いと苦しみの生命自体が、そのまま仏種、仏性を開発するきっかけとなって

仏果を成就するという意味です――どういう事なのか、じっくり見ていきましょう。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】8/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時27分49秒
  日蓮仏法は一人の人間における正しい人生の目的を教え、
人々を目覚めさせて、絶対的幸福境涯への道を解き明かした生命哲学であり、
それを世界に伝えているのが池田先生を中心とする創価学会です。

それはまた、苦の人生から楽の人生への道であり、狂気の人生から正気の人生への転換でもあるのです。

さて、話は変わりますが、

大聖人から唯一〝修利槃特〟のあだ名を付けられた富木常忍(御書九七六頁)は、
母の三回忌追善法要のために、身延にいる大聖人に供養の品を届けたことがありました。

その供養の品々の返礼として、富木常忍は大聖人からお手紙(御書九八二頁)を頂いています。

その手紙の内容を簡単に説明すると、

法華経で説かれる〝相対種(そうたいしゅ)の成仏〟と〝就類種(じゅるいしゅ)の成仏〟の二種類の成仏について
問答形式で説明されながら、特に〝相対種の成仏〟を通して、末代凡夫の即身成仏の法門を教えられました。

そして、相対種の成仏の法門を聞いて始めて、真の意味で法華経を聞いたことになる。

なぜなら、法華経は万人成仏の経典であり、仏の出世の本懐は「一仏乗(即身成仏)」を説くことにあったからだ。

だから凡夫の即身成仏を可能にする〝相対種の成仏〟の法門を聞かない限り、
その他の法華経の法門を聞いても、法華経を聞いたことにはならない――というものです。

いったい〝相対種の成仏〟とは何でしょう。

むずかしい話はなるべく避けて話を続けます。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】7/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)15時27分13秒
  さらに「法華経(譬喩品)には

『もし人が法華経を信じないで毀謗するならば、人と生まれることがあっても、
眼・耳・鼻・舌・身の五根は完全ではなく、目の見えない人、耳の聞こえない人、障害のある身と生まれるだろう。

口の息は常に臭く、貧乏でいやしい身となって人に使われ、多病で身体は痩せ細り、頼るところもない。
人から背かれ、脅迫され、盗まれるだろう――このような罪のために不慮の災難にあうであろう(趣意)』とある。

また法華経(勧発品)には

『法華経を受持する者を見て、その過去の過ちを言い出す者は、たとえそれが事実であっても、
事実でなくても、その人は現世でハンセン病を得るであろう。

もしこれを軽蔑する者は、いつの世でも牙歯はすいて欠け、醜い唇、平たい鼻、手足はもつれて曲がり、
眼はすがめ(片方の目が不自由、独眼)となり、身体は臭く汚く、悪いでき物に膿みや血がたまり、
腹には水が溜まり、短気である、などの悪い重病にかかる(趣意)』とある(通解)」(同頁)

ことを紹介しました。これが仏の知見した生命の実相(十如是)です。

信じる、信じないに関わらず、これが仏法の厳しき因果です。仏は諸々の生命の実相を
ありのままに見て、生命は十界を互具して永遠に続くものだと捉えていました。

それは生の生命、死の生命の区別こそあれ
〝生命は生まれ変わる〟というものではなく、変化しつつもそのまま続くということです。

大聖人は極寒の地、佐渡で〝開目抄〟を著し、その中で経典(心地観経)にある

「過去の〝因〟を知らんと欲せば、その現在の〝果〟を見よ。
未来の〝果〟を知らんと欲せば、その現在の〝因〟を見よ」(御書二三一頁)の文を通して、

迫害の本質を語り、どんなに不遇な人生であっても、
未来を幸福な人生に変えるのは、今現在の「一念」の中にあることを教えました。

大事なのはこの現実の人生をどう生きるかであり、
この人生を生きる生命それ自体の問題を解明しきる事だと思います。

それを万人に伝えるために、池田先生は初代・二代の意思を継ぎ、
あらゆる障魔の防波堤となって、学会員を育成してきたのだと考えます。

それを無視して

「学会から打ち出された戦いはすべて信心で受けとめろ」
「心の持ち方ひとつで幸福を感じられる自分になる」

などという、いわゆる〝心の持ち方論〟的な思想や教訓は、アヘン(麻薬)であり、邪義です。
 

陽光様の行動は必ずやいい方向に!

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月27日(月)15時23分9秒
編集済
  陽光様の御投稿、42までの移動が完了したようです。
詳細は
http://sgi-shiteifuni.com/?cat=768
の各欄をご覧くださいませ。

陽光様、あらためて敬意を込めてご苦労様でしたと申しあげます。

貴方様の崇高な行動は必ずやいい方向に報われると思います。処分した側へも含め
(友よ強く)の歌詞「仏はじっと見ているぞ」の通りです。

他人事にあらず③   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月26日(日)18時56分22秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50370
 

反差別の闘士の信仰体験

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月27日(月)14時41分9秒
編集済
  聖教新聞、たまにはいいところも見てあげましょう。
私的に本日、感動したのは、いじめに苦しんだ少年時代を送られたイギリスのメンバーの信仰体験記です。

>SGIの友
>〈世界の体験プラザ〉 イギリスSGI デイビッド・ウッジャーさん  2016年6月27日

>生まれ落ちた時から、母を知らない。出生証明書には、父に関する記述もない。生後3カ月で、
>白人のウッジャー家にもらわれた。
>19歳まで、イングランド北西部に住ん…
http://www.seikyoonline.com/article/41B66AE3EEDFF2615011FB41BF53A654

なお記事中の初渡米した池田SGI会長が、シカゴの公園で、仲間はずれにされた黒人少年を
見かけた新・人間革命の場面は第一巻の【錦秋】の章にあります。

「伸一は、強い憤りを覚えた。彼の拳は震えていた。それは、”黒人”の少年への非道な仕打ちが罷り通る社会に対する、やり場のない怒りといってよかった」

アフリカ系大統領の誕生、活躍等々に代表される様々な事は隔世の感がありますが、いぜんとして
国内外を問わず目に見える差別、見えない差別、私を含めそれぞれの生命に無明として
入り組んでしまった差別の心は潜在・顕在に様々な深刻な問題を呈したままであることには変わりありません。

さあ、今こそ人権の集大成たる妙法がさらに面目躍如たらん。
執行部はどこまでも会員を大切にね!

アリの精神は脈々と!   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月14日(火)00時32分50秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/49310
創大【出張授業】LGBT   投稿者:感性   投稿日:2016年 5月29日(日)12時32分50秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/47848
 

会則珍問答(師弟不二アーカイブより)

 投稿者:生涯広布&広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 6月27日(月)14時38分48秒
  ヨッシーさまの力作です・・12までで終わっておりますが・・以降の続編を期待・

http://sgi-shiteifuni.com/?p=226(1)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=228(2)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=230(3)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=232(4)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=235(5)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=237(6)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=239(7)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=241(8)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=243(9)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=429(10)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2253(11)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=2255(12)


何度読んでも・・面白い。


皆さん・・キラ星のごとく!!


生涯広布 ペンギン
 

操作

 投稿者:秋晴れ  投稿日:2016年 6月27日(月)14時16分9秒
編集済
  初期大城様、はじめまして、読了致しました。つまりは、初期大城様におかれましては、ただの人の好き嫌いの話?のようですね。
私は、組織活動しながら、他の人と、少し距離を置きいろ~んな方々を観察する(沈黙組です)という二乗根性みたいなことしてます。
結構、初期大城さんのように思考される方って多いようですね。


投稿者:初期大城
投稿日:2016年 6月27日(月)02時54分32秒
 

カンピース様

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年 6月27日(月)13時51分32秒
  御書は大白の解説でも大丈夫ですか?  

御書です

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 6月27日(月)13時43分20秒
  「師子の中の虫・師子をくらう、仏教をば外道はやぶりがたし内道の内に事いできたりて仏道を失うべし仏の遺言なり」(P1271)

創価学会を破滅させるのは内部からです。御金言のとおりです。


うーこ様

御書を研鑽されているとのこと、素晴らしいです。心に残る御金言をノートにメモって何回も読むほうが、大白棒読みより心の健康によろしいです。

研鑽は講義録または御書に学ぶとかのほうかよろしいです。今の教学部は驚愕部と化しており何も学ぶことはありません。

 

師弟不二アーカイブより・・

 投稿者:生涯広布&広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 6月27日(月)13時39分58秒
  http://sgi-shiteifuni.com/?p=7150

谷川ひろしさまは現(世)のイケデイアンの住人さまです。

・・師弟不二アーカイブより・・

投稿者:谷川ひろし 投稿日:2015年 7月18日(土)11時42分5秒   通報
——————

岩見氏
「首相公選制について、名誉会長はいいんじゃないかというお考えとうかがっていますけど」

池田氏
「否定はしません。新しい日本の何かを生み出してもらいたいという意味で。何だか全然、政治が面白くないから」

岩見氏
「仮に首相公選制を導入するとなると、憲法改正を必要としますね」

池田氏
「そうなんです。私は絶対に第9条だけは変えてはいけないと思います。その他は、
やむを得ない場合があるかもしれないが」

岩見氏
「憲法を見直すこと自体はいいと」

池田氏
「その通りです。議論は結構だ。9条は変えてはいけない」

——————

北村氏
「創価学会は70年を超えました。今、創価学会はどういう段階にあるのでしょうか。
長年、指導者の立場にある点をどうお考えですか」

池田氏
「ほぼ日本の1割に(会員数が)なりました。基盤が出来上がったと見ています。
当然指導者がいなければ、組織は正しい方向に動きません。とともに、皆に責任を持たせ、
青年を育てていかなければ、どんな団体であっても安定と発展、持続はできなくなるものです。
独裁など有り得ないし、時代遅れです。学会の運営は、役員会議・中央会議などを中心に、
民主的にみんなの意見を最大に尊重して行っています。会議も私があまり出ると皆が遠慮しては
いけないと思い、原則として出ないように心がけています」

岩見氏
「何か新しい独裁みたいな感じもしますが。(笑)」

池田氏
「どう見られても、私は構いません。全部、自由ですから。ただ、私も名誉会長として、
会則通りに働いています。独裁であれば人は育ちません。世界にも開けません。
独裁は臆病です。必ず滅びます」

北村氏
「名誉会長、最近までずっとマスコミに登場しなかったのですが、最近、朝日新聞への
寄稿から始まり、登場が続いています。何か思うところがあってですか」

池田氏
「創価学会というと、すぐに公明党と見られがちです。その公明は自民と一緒になってます。
一般の方々は学会も同じように、つながってしまっていると思われかねません。
そのように思われることは学会にとっては非常に迷惑なことです。
心ある会員にしかられます。また離れていきます。
そこで、創価学会の主体性を明確にしておかないと、内部的にも納得を得られないと思って発言を
多くするようにしました。

私たちは、公明党を支援するために信仰しているのではない。宗教は人間と人間との心の連帯です。
もはや党派性の時代ではない。それでは必ず行き詰る。あくまでも人間です。人間のための、
人間による宗教活動を、私たちは進めていきます」

■ ■ ■(おわり)

・・引用終わり・・

宿坊新規訪問の方、また、まだ師弟不二アーカイブをよくご覧になっていない方・・是非、訪問を珠玉の情報・記事が
盛りだくさんです。


生涯広布ペンギン
 

無題

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年 6月27日(月)13時14分11秒
  昨日私の地区に住んでいる方からメールが届きました。偶然宿坊を見たら私の事が記載されてて、地区で私の事が話題になったのでしょう。私も有名になった事。その方は私と議論するつもりはないようなので、F取り活動頑張ってくださいとメールしました。本当は話したかったのですが…残念です。私と反対に公明党を支援してる方なのでしょう。  

庶民の声

 投稿者:Newtype  投稿日:2016年 6月27日(月)12時50分28秒
  >きづのぶお
きづのぶお? @jucnag

昨日、公明党の知人から電話があって、未だに「平和の党」とか「ブレーキ役」とか言ってて、腰が抜けそうになりました。<

https://mobile.twitter.com/jucnag/status/746894818614272000

https://mobile.twitter.com/futaminobuaki/status/746967453805088768
 

初期大城様

 投稿者:大城  投稿日:2016年 6月27日(月)12時49分26秒
編集済
  面白い!
自分も始め同じ思いで閲覧していました

日興上人を認めなかった5老僧ではないか?と

しかし、安保問題で宿板に正論があると思い始めました
そして、決定的だったのは正木さん更迭クーデターです

一般誌が明確に書きました
正木さん更迭はクーデターと

クーデターとは本来後継者となるべき人を追い出し、後継者じゃない人が後継の位置につくことです

外部の方が分かっていました

先生が「次は正木」と言われていたことを知りました

また同時中継で
「東大生には(会長)させない。創大生にさせる」と言われたことも聞きました
また「君に託さん大城を」
学園生、創大生になんども言われています

そういう状況を考えると
原田会長は会則を変更して、自分の任期を延長するのではなく、正木さんに譲るべきだったと思います

会則変更して、自分の任期を延長したのは秋谷さんと同じやり方です

池田先生を師匠とするならば断腸の思いで辞任された先生が作って下さった会則
「5年任期、再選なし」を守るべきでした

原田さんは守ると思っていました
しかし、守らなかった
提婆達多と名指しされた人と同じことをしました

提婆達多と同じことをした人
その人は同じく提婆達多ではないですか?
提婆達多の師弟コンビが本部中枢にいて威張っているのが現状だと思いました

この状態を許して、池田先生の弟子といえるのでしょうか?

提婆達多について先生は明確に教えてくださっています
「教団の実力者であった
釈尊の声望を妬み、追い落とそうと陰謀を巡らせたのである
広宣流布を阻む最大の仏敵は教団の外ではなく、中に現れる…
広布を破壊する、提婆のごとき増長慢の人間とは断じて永遠に戦い抜くのだ…
誰かがやるだろう
何とかなるだろう
そんな無責任で臆病な人間になってはならない
民衆がいじめられ、正義が踏みにじられているのに、何も言わない、叫ばない
そんな卑怯な人間になってはならない」

そんな先生の御指導通り、叫んでいるのが、宿板の皆さんだと判断しました

提婆達多は誰か?
そこが解ればどちらに正当性があるか?
答えは明白です

提婆達多は誰か?
教団の実力者で先生を妬んで陰謀を企てる人です

宿板は教団の実力者ではない
先生を妬むどころか心酔しています
故に陰謀を企てることなどありえません

提婆達多は誰か?
提婆達多に従っているのは誰か?
そこが大事ではないですか?


54年
宗門の力を使い、先生を辞任に追い込んだ

今、何を使って先生を封じ込めようとしているのか?

先生が言われた「大城を託す」とはどういう
事か?

先生の御指導を基準に思索して見て下さい



 

週間ダイヤモンド

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2016年 6月27日(月)12時20分17秒
  今日の広告、
先週号 売れてます!、だって(笑)
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】6/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時05分21秒
  そして大要、次のように答えています。

「竜樹の書いた大智度論にはこうある。

『もし衆生の眼を破り、えぐったり、正法を持って真実を見る眼を誹謗して破っても
罪にならない人は、死んで地獄に落ち、罪を終えて人と生まれて盲目となる。
また仏塔の中の火珠および灯明を盗むなどの前世の業因によって自身の眼の光明を失う』とある。

また、耳の聞こえない人の前世は、師匠や父の教訓を受けようとせず、聞いても実践しないで、
かえって怒り恨む。この罪によって耳が聞こえない人となる。

また、前世に他人の舌を切り、あるいはその口をふさぎ、毒を与えて口をきけないようにしたり、
あるいは師匠の教え、父母の説教を聞いて途中でさえぎる。

これは世に生まれて人となるが、唖(おし)になって物を言うことができない(趣意)」(同頁~)

と竜樹の説を紹介し、また

「前世に他人の坐禅を妨げたり、坐禅の道場を破ったり、呪術で人を祈り、
怒らせたり争わせたり婬欲(いんよく)を起こさせた者は、今世にはたくさんの悩みがあり、

それは深く厚く、ちょうどバラモンが田畑(財産)を失い、
妻が死んで即時に発狂し、裸体で走り出したようなものである。

前世で仏・阿羅漢・辟支仏の食物や父母親族の食物を奪った場合は、
たとえ仏の在世に生まれ合うことができたとしても、飢えや渇きの苦しみを受ける、
それは罪が重いためである。

前世に好んでムチや棒で人を打ち、拷問し、
拘束したりして種々に悩ませたために、今世に病苦となるのである。

前世に他人の身を傷つけ、頭を切り、手足を切り、種々に身体を傷つけ、
あるいは仏像を壊し、仏像の鼻や賢人聖人の像や父母の肖像を壊した者は、

その罪によって障害のある身となるのである。
また悪法を修行した報いとして、醜い身体に生まれる(趣意)」(御書四三一頁)とあります。



・・・・つづく(たぶん夕方)
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】5/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時04分41秒
  話をもどします。

仏と仏だけが知る諸法実相(十如是)を簡単に説明すると、

初めの三如是(相・性・体)は、生命の実体そのものを示しており、
あとの七如是(力・作・因・縁・果・報・本末究竟等)は、
生命の実体(相・性・体)がどのような運動をするかを示したものといえます。

つまり「力・作」は生命の〝発動や広がり〟を示し
「因・縁・果・報」は生命の〝流れ〟を鋭くとらえていると解釈することも可能です。

そして「本末究竟等」はその生命の法則を総括している〝妙なる法〟ともいえます。

要するに、この十如是という実相なくして生命というものはなく、
生命の実体(相・性・体)が明確でなければ観念論です。

仏法は実相に即した生命論であり、日蓮仏法はその生命を解明して、
万人が成仏する方途をものの見事に解き明かした大生命哲学なのです。

では、仏と仏だけが知る諸法実相(十如是)を通して、冒頭に挙げた
南無妙法蓮華経を正確に発音できない重度障害者はどうやって成仏するのか、

今度はそれを考えていきたいと思います。

同じ人間として生まれても、人にはさまざまな身体的差別があります。

大聖人は「人間に生まれる〝因〟は分かったが、同じように五戒を持って人間に生まれながら、
どうして目の見えない人、耳の聞こえない人、口のきけない人、背の低い人、足の不自由な人、

背骨が後方に盛り上がり、弓状に歪曲したりする病気にかかる人、
貧乏な人、多病の人などの差別があるのか(趣意)」(御書四三〇頁)

という〝問い〟を設定し、それに〝答える〟形で経文論釈を通してその因果を明かしました。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】4/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時03分58秒
  では、仏と仏だけが知る「諸法実相」とは何でしょうか。

結論から言えば、諸法実相とは十如是のことです。
つまり「いわゆる諸法の如是相、如是性、如是体、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本、末究竟等なり」です。

この十如是の文は、ちょっとむずかしい言葉ですが「略開三顕一」といいます。
これは三乗(声聞・縁覚・菩薩)を破折して、一仏乗をあらわすという意味です。

もっとわかりやすく言えば、人生の目的は幸福になるためにあるのですが、

それは金持ちになる事である、社会的名声を得る事である、世界一周旅行に行く事である、
結婚して家庭を持つ事である、美人になる事である、健康になることである等々いろいろありますが、

それは小さな目的観に立った三乗を求める衆生の姿なのだと師匠は言います。

そうではなく、本当の人生の目的は、ご本尊様を信じ、南無妙法蓮華経を信じなさい。
そうすれば、絶対に崩れない幸福な自分になれる。これが人生の究極の目的です――略開三顕一とは、こういう意味です。

こんなこと言われても誰だってわかりませんし、理解できません。

しかし、師匠がそう説いた時、舎利弗だけが師匠の言葉を理解したのです。
いや、理解したというよりもその言葉を〝信じた〟というべきかも知れません。

戸田先生はこのことを通して、幸福には「相対的幸福境涯」と「絶対的幸福境涯」の二つがあると表現しました。

何があろうが、何が起ころうが、何物にも侵されず、わが身の心に幸せを感じ、
生きていること自体が幸せである――そう言い切れる自分になるためには、ご本尊様を信じ、
行じていくところに人生の目的があり、本当の幸福を勝ち取る源泉があるのです。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】3/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時03分22秒
  法華経「方便品第二」の対告衆は舎利弗ですが、
確かに師匠は舎利弗に対して厳しい態度で接しています。

その内容を要約すると

「舎利弗よ、よく聞け。仏の智慧は甚深無量でいまだかつて聞いたことのない無量無辺の未曾有の法である。
仏の智慧を理解するのは難解で、智慧の門に入るのは難しい。一切の二乗(声聞・縁覚)が知ることのできないものである」と、

仏の境涯をさんざん賛嘆したのち、二乗の代表である舎利弗を徹底的に叱り飛ばしています。

これまでも釈尊は、三乗(声聞・縁覚・菩薩)の人は皆、もろもろの執着を離れて、
もう世の中はこれでいいのだと思いこんでいる。三乗の境涯のままでいいのだと満足している。

しかし、違うのだ。

あらゆる仏が出現するのは、君たち三乗や万人がもともと持っている仏知見を開いてやろう、
悟らしてやろう、そしてそれを示して仏の境涯に入らしてやろう(開示悟入)として生まれてきたのだ。

だからまず仏の智慧を賛嘆し、それから君たちを導くのだ。
君たちみたいな者が何億人集まっても仏の智慧はわからない――。

そして「止めよ、舎利弗よ。もう法は説かない。なぜなら仏が成就したのは
稀有にして難解な第一の法であり、ただ仏と仏だけが『諸法の実相』を究め尽くしているからである」

と説きます。

これを聞いて舎利弗はやっと理解できたのです。
舎利弗は「師匠よ、やっとわかりました。そんなに偉大な法があるのですから、私はその偉大な法を信じます」と。

これを以信得入(いしんとくにゅう)、〝信をもって入ることを得たり〟といいます。

舎利弗と修利槃特の最大の共通点は「信心」です。
信ずる心をもっていたがゆえに、成仏することができたのです。

そしてそれは〝信ずる心〟をもって入らなければ、
法華経の心を会得することは絶対にできないということでもあるのです。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】2/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時02分40秒
  さて、遠い昔のインドで何不自由なく暮らしていた一国の王子(釈尊)が、
王宮の門の外で老人や病人、また死人や修行者に出会い、人生の生老病死を目の当たりにして
「人生の苦悩」に目を開き、出家を決意したという故事があります。(四門出遊〈しもんしゅつゆう〉)。

釈尊は人間の苦悩の解決のために、修行に励み、
わが身の振舞いを通して生老病死の解決法を示し切り、尊い生涯を終えました。
そしてその釈尊の「心」を弟子たちが法華経にまとめて後世に伝え残しました。

末法に出現した日蓮大聖人はその法華経をさらに昇華させた形で
「南無妙法蓮華経(ご本尊)」と表現を変え〝万人成仏〟の方途を示したのです。

これらのことから、すべての生命に貫かれているものが法華経だとすれば、
あとは何によって、その門に入るかという問題が残ります。

これを皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

その前に、智慧第一と言われた「舎利弗」と愚鈍の代表格である「修利槃特」の
共通点は何であったのかを見ていきたいと思います・・・・と、

ここまで書き終えた時に、妻から反論がありました。

「ちょっと待ってよ、舎利弗と修利槃特に共通しているのは成仏した事だけじゃない。
それ以外に共通したところなんて何があるの。あとは全部、正反対じゃないの」と。

妻の言ったことをまとめると、

①舎利弗は智慧第一、修利槃特は愚鈍第一
②舎利弗に対して師匠は厳しい態度だった、修利槃特に対して師匠はやさしい態度だった。
③舎利弗は他の弟子からも人気があった、修利槃特は他の弟子からはバカにされた。

確かに妻の言う通り、成仏した以外は正反対だったかも知れません。

しかし、結論を急がず、もう少しじっくり考えていきたいと思います。
 

【舎利弗と修利槃特の共通点と成仏の門】1/13

 投稿者:大仏のグリグリのとこ  投稿日:2016年 6月27日(月)12時01分59秒
  日蓮仏法を信仰し、日蓮教学を真剣に学んでいこうと志ざす人には、
大なり小なり、そこにいたる道程と動機があるものです。

ある日、もっとも尊敬する先輩から自身の体験を通して、その道程と動機を教えて頂いたことがありました。

先輩は言います。
「わが家は親の代から学会員で、自分も人生の苦難に何度も合ったが、
すべて信心を奮い起こして挑戦し、乗り越えてきた。そんな矢先に待望の子供が障害者として生まれた。

この日以来、日蓮仏法を真剣に学び、人生をかけて子供の幸福(成仏)を思索してきた。
そして答えが見つかった。今ならはっきりわかる。結局、教学は人生の苦難のなかでしか深まらない」と。

先輩の体験を聞いた時に、本当にこの先輩は教学を学び終え、それを実践に移している偉大な人だなと感動したものです。

というのは、グリグリの身内にも重度の障害者がいたからです。
一口に障害者といっても、いろんな人がいます。

目が見えない盲目の人、耳が聞こえず、はっきり言葉として話せない人、
背の低い人から足の不自由な人、そして背骨が弓状に盛り上がり湾曲した人等々――。

詳細は書けませんが、身内の障害者は目と耳と脳は正常なのですが、後はすべてダメなのです。
身体を自分で自由に動かすことが出来ず、常にオシメを着用し、食事も一人で食すことが不可能なので、
身体を横にして誰かがスプンで口に運ぶしか食べる方法がない。

そして当然、しゃべることが出来ないので文字盤を指で押さえて自分の意思を伝えます。
健常者ならば、十秒で人に伝えられることも身内の障害者は五分十分かかります。

手を自由に動かせないながらも必死で文字盤を押さえて意思を伝える方も、
それを確認しながら必死で理解しようとする方も共に根気のいる作業です。

グリグリが教学を極めようと決意したきっかけの一つは、そんな障害者が身内にいたからかもしれません。

その身内も学会員で、親は重度障害児の子を小さい頃から厳しく育てていました。
正確に南無妙法蓮華経と発音できない子供をご本尊の前に座らせ

「いいかい、子供よ、お前は口と身体はダメだが、目と耳は正常だ。
だから口で題目を唱えなくてもいいから、しっかりその目でご本尊を見て、心で題目を唱えなさい。
そして、もしも教学の話をしてくれる人が現れたら、しっかりその耳で聞きなさい」――こう言い聞かせていました。

そんな子供も成人し、今では電気式車イスで障害者が集まる作業所に通い仕事をしています。
親は亡くなる前の枕元でグリグリにこう言いました。

「子供に仏法の偉大さを話してやってくれ、たのむ・・・・」と。

まもなく親は霊山に旅立ちました。先輩の体験を聞いて、そんなことを思い出したのです。
 

昨日の投稿箇所補足説明・・

 投稿者:生涯広布&広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 6月27日(月)11時59分14秒
  分かりにくい所もありますので・・簡単に補足します。

昨日の投稿文・・

・引用部分・
日銀のB/S(貸借対照表)は429兆円へと、265兆円も膨らんでいます。
これは、日銀により265兆円の負債が作られて、それがマネー供給の増加になっていることです。

日銀が買い上げた国債は、125兆円(2013年3月末)から373兆円(2016年6月)へと、
248兆円増えました。現在も、毎月6兆円から8兆円の国債の購入による当座預金の増加として、続いています。
・引用部分終わり・

下線部分の意味は日銀が紙幣(日銀券)発行したということです。
実際には、各銀行が日銀に持っているある口座に、国債を日銀に渡す代わりに、デジタル数字の金額を受け取るだけです。

つまり、
政府(国債)ー国債引き受け銀行ー日銀(紙幣発行(日銀券)・デジタル金額)

日銀はゼロに近い原価で紙幣(日銀券)を発行できます。
実は日銀のコンピューターから、都市銀行のコンピューターへデジタルで表記された金額。

何を元(担保)でに紙幣を発行できるかです・・日銀は独立した半官半民の法人です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C

資本金は約1億円。
なんと、その一億円の会社が373兆円の負債を背負っているのです。
何の裏付けを持って、日銀は日銀券を発行できるのでしょう?
それは信用です・・国民が日銀を信用しているからです・

外国投資家は日本経済が伸びている間は政府の税収が増加し、国債の利息と国債償還に問題ないとして購入します。
ところが、日本経済は落ち込んでおりますので・・引き受け手がない。日銀が購入するしかない(間接的に)。
これが、今の現状です。

日本経済がさらに落ち込めば円(日本経済)に対する信用は落ち、利息率を相当あげないと政府発行の国債の引き受け手はなくなります。
ギリシャ国債は相当高い利息。

現在、日銀は発行額の約半分の国債を引き受けていますので、実質国債市場は消滅しています。
その日銀も、これ以上は引き受けはできなくなっているのが現状です。おまけに、今まで購入して支払った各銀行へのお金は、
そのほとんどを日銀にある自行口座にブタ積みされています・・・
つまり、市場には出回っておりません。銀行に融資を頼んでもなかなか借りれない・。

それは、現在の市場金利が低すぎ融資に回した場合、今の貸付利率では貸し倒れ(貸し倒れ率)が起きた場合の損をカバーできず。
損が発生するからです。だから、マイナス金利を導入した。つまり、日銀に置いておけば逆に利息が取られることになってしまったわけです
(全額ではありません・・新規国債購入分からのみです)。

利息について言えば、アベノミクスが強調する2%の物価上昇では名目市中金利がおおよそ3%。
になれば政府発行国債の利子負担額は+−50兆円。
税収を超えます。 利息を支払うだけで終わります。

ですから、アベボミクスが唱える目標物価上昇2%は間違った政策。
市場金利が上がったら・・終わりです。

カメレオン党のいう、裾野までアベノミクスの恩恵を広げる政策とは・・?
・・日本をますます希望のない国にする・・政策という評論家たちが少なくない。

私が思うに、ある面、政府はやけくそ・・通常の産業がダメなら・・防衛産業をと考えているのかもしれません。
軍事産業を中心にした戦争経済です。


この事からも、一凶を糾弾・学会を正しくするしか日本・世界の生き残る道はないのです。



生涯広布でしたペンギン
 

品位と優しさ

 投稿者:妙音  投稿日:2016年 6月27日(月)11時54分23秒
編集済
  池田先生スピーチ 【信越最高合同会議】(2006.8.24)

また、秋田のある婦人部の友は、こう綴る。
「特急列車もないころでした。(白木婦人部長は)夜行列車で十数時間もかけて秋田に通ってくださり、
創価学会の〝歴史と確信〟を、私たちの心に染み入るように語ってくださいました。」
「品位と優しさ。だれもが慕う笑顔。信心の確信。そのさわやかで、温かな人柄は、私たち婦人部の
最高のお手本でした。」
 

私だけでしょうか?

 投稿者:ビマ(正義の獅子同盟)メール  投稿日:2016年 6月27日(月)11時25分24秒
  最近は多忙で閲覧をするのがやっとの状態ですが、宿坊板を見ていたら、投稿者様のご意見すべてがまるで全部,自分の「生命」のように写って見えます。世界を語られる方や必死で今の現状と立ち向かわれる方,弁舌鮮やかにユーモアを交えて語られる方、教学のまなこで洞察される方や学術的な立場で論ずる方、日本の政治を鋭く切り込みをいれられる方,障害をもたれているメンバーの皆様の為に寄り添われる方,音楽や詩や池田先生のスピーチで語られる方、投稿者様すべてに自分の「生命」が凝縮されているようなそんな気がしてならないのです。
(゚_゚)(。_。)
 

兄弟抄 先生の講義

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年 6月27日(月)10時57分4秒
  兄弟抄、2009、4、5、6月号、大白蓮華より、先生の講義、1079~1089。

 「広宣流布の大業というものは、魔との闘いである。たじろぐことは許されない。
負ければ、人類は、永遠に闇に包まれてしまう」

 恩師、戸田城聖先生の遺訓ともいうべき獅子吼です。
戸田先生は、広宣流布を阻む魔との闘争に一歩も退かれなかった。
いな、魔を駆り出して、追撃するまで、断固、戦い続けられた。

 それは、万人の幸福の実現のためです。
この地上から、悲惨と不幸を無くすために、人々を苦しめる一切の魔性を打ち破ろうとされた。
そして、最後の最後まで、広宣流布の総大将として指揮をとり続けられた。


この凄絶なる、戸田先生の言論戦をこの板に、わたしは見ています。

先生の、言葉を、大切に思う命がふつふつと沸き上がり、天魔との闘争心を燃え上がらせて、いなければ、
惰弱な、心が、命をむしばむように感じるのです。

自然にぬるま湯につかったような暮らしでは、悲惨と不幸を無くすための活動ができないのです。
古稀過ぎて、惰性の命にならぬよう、老体に鞭打って、頑張っています。

四条金吾殿御返事 (世雄御書) 全編をひらがなプロジェクトに今日中にUPします。
 

目覚め

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2016年 6月27日(月)10時35分54秒
  私が「目覚めよ」
「出でよ十万の山本伸一」
と言う場合には

「創価の腐敗に気付いて戦え」
ということを
直接には意味しているのではない。

これはよく勘違いされていると思うが
それも「革命」から「飛翔」に
改名したので多少は軽減されるかと思う。

私が「目覚めよ」
「出でよ十万の山本伸一」
と言う場合には

「相対的」から「絶対的」への
飛翔を獲得せよ
という事を意味しているのである。

これは創価では
戸田先生が発見し
池田先生が世界との
共有の道を開いた
「非二元の生命感覚」に
生きよということである。

ここに生きることが
「共闘」なのである。

結果として、
あまりにも酷い創価の実態が
浮き彫りに見えるのである。

そこに非二元の体感覚知が
あまりにも無さすぎる
という事だ。

だから、結果として
「そこに仏法は無い」
いつまでもそんなものを
信じてついて行っても何も無いぞ
という発露があるだけである。

アルベア論に多くの人が
訪れることは
私の願いとも重なる。

仏法とは違う言語体系が
使用されているが
それが仏法と相反しないことは
私において確認済みである。

違う体系から仏法を見ることにより
本当は仏法とは何なのかにも
迫る内容となっているのだ。

この違う体系に感じる
違和感の違和感に
ぜひ気付いてもらいたいものである。

http://6212.teacup.com/rainbow/bbs?
 

青年部(壮年部も)頑張りましょう。

 投稿者:広長舌相  投稿日:2016年 6月27日(月)10時02分42秒
  「油断した人は、仕上げで崩れる。学会のために戦おう、勝とう。仏法のために勝とうではないか。尊い学会のために戦うことが大事だ。」

「青年部は、悪い人間、退転する人間、皆を惑わすようないい加減な人間を追い出して戦う強さを身につけなさい。同志を利用したり、陥れたりするのは、提婆達多の生命である。仏にもなるし、魔にもなるんだ。そういったことを平然と見破って指揮を執るのが将軍である。青年部を方面長の側に置いて、県長の側に置いてやっていくんだ。」
1996年12月

なぜ、青年部にこれほどのご期待をなさられている(た)のか。
このご精神が真髄です。

失礼しました。
ありがとうございました。m(_ _)m
 

悪党多すぎて!

 投稿者:窮状辞任させられた元?長  投稿日:2016年 6月27日(月)10時00分15秒
  五老僧等中枢の人間関係は頭に入っているのですが、丹治一派或いは悪党らしき固有名詞が多すぎて混乱します。 誰か「 相関図  」 作って永遠に記録として残して下さい。 わたしは関係ない とクレームきたらゴメンなさいすればいい事。 名誉毀損には当たりません。
できれば フルネーム、役職、年齢、地域
元職員さんの小冊子に袋とじして貰えば婦人部は歓びますか?
 

おはようございます。

 投稿者:広長舌相  投稿日:2016年 6月27日(月)09時59分6秒
  失礼します。

1996年2月9日 創価大学 白鳥センターにおいて行われた  ロサンゼルス・タイムスのワタナベ支局長が先生にインタビューされたなかで、「戦争について」語られた箇所がありますので引用させていただきます。

先生
「戦死した長男は、父も認めた頼りがいのある、しっかりとした人でした。私達兄弟も信頼していました。その長男が南方の戦線から還ってきた時の話し。

「日本軍は、中国人にひどいことをしている、中国の人が可哀想だ。この事は忘れないでくれ!」と言っていました。その時、いつか中国に行って謝りたいと思いました。

我が家からも4人の兄弟が戦地に行っていた。周りから「銃後の母」と讃えられていたけれど、母は少しも喜んでいなかった。却って悲しんでいました。一族からも10人以上の戦死者を出している。

ですから私は、戦争は絶対反対です。」

先生は、戦争は絶対反対です。

最近、たまに見受けるのですが、古参幹部の一部の方は、痴呆?のせいでしょうか、先生のお言葉を忘却の彼方に置いたり、都合よく引用したりする傾向が強くありませんか。

私たち会員は、御書根本でない、先生のご指導に忠実でない幹部には、本当に注意しましょう。そのためにも、先生の過去からのご指導、ご述作も学んでいきたいと思います。

幸いに、私の周辺には、いわゆる“おかしな”幹部が跋扈していないようなので、ひと安心して戦っているのですが…。

そして重要なのは、インタビューにお答えなさっている先生のお言葉の内容についてです。

日本会議界隈を初め、「歴史修正主義者」にとって、この内容は苦々しく、嫌悪すら感じる内容のはずです。 彼らは、こうした先生の思想もお考えも知り、充分に研究し尽くしたうえで、創価学会、公明党との付き合い方を模索しています。

はたして、なんのためでしょうか。
 

生命の世紀!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月27日(月)09時16分57秒
   SaySaySayさん

 「引き寄せの法則」(ジェームズ・アレン)、「トランスパーソナル心理学」(ケン・ウィルバー)ですか。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/50391
 先般のチャート図表の作成といい、独自の研鑽が進んでいますね。
 やはり、戦後教育を受けた私たちは西洋の思考を持ってしまっているようです。

 「21世紀は生命の世紀」とされた池田先生に習い、仏法を生命論の立場から掘り下げられないかというのに、私の研鑽の基本があります。この宇宙に一貫して流れる妙法蓮華経という「生死の二法」の「生」、つまり「開と合」の「開」の部分です。といっても、「命(もとづ)く」という意味での「合」もなければ「開」は成り立ちません。「開」と「合」はいつも一体ということでしょうか。「結合」と「分断」という言い方もできます。
 とはいえ、なかなか脳細胞がついていけない(笑い)のと、どうしてもフレキシブルな御書研鑽の必要に迫られます。本格的な掘り下げは、後進に託さなければ無理との印象も持っています。



 秋晴れさん
 秋晴れさん、お久しぶりです。常にマイペースのですか。(笑い)
 「宗教は生活文化」。いい視点ですね。

 この板を読むには、唱題が不可欠ですね。オドロオドロした話も飛び出しますし、反板もあります。「疑惑」が生じます。もう5年以上、年間200万遍の唱題が続いたのですが、今年はこの板への投稿もあり(笑い)ちょっと危ない。この時点で90万遍に届いてない(笑い)。「時折、距離を置いてみるというのもありかもしれないですね」と。そうですね。
 そういえば、秋晴れさんって、いつかの投稿にあったと記憶するのですが、女性だったのですね。失礼しました。


 

地方の差別

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 6月27日(月)08時41分23秒
  >地方はバカを受け入れる受け皿じゃね~ぞ。バカにするんじゃね~(怒)<
>地方をバカにしている。差別していると思います。<

カンピース様、魂の炎様、深く同意いたします。

以前、いいぐる様もおっしゃっていましたが、今の学会本部は「地方を左遷先」「飛ばされ先」と見ています。

問いかけると入社の若い青年までもそのような一念を持っていました。
非常に残念なことですね。

先生は、北海道を「宇宙から見たら緑に輝くダイヤモンド」と激励されました。
このように、地方の持つ素晴らしさを再認識させ、そこで苦労して戦い続ける会員を、一人ひとり抱きしめるように大切にされました。

本部職員全員に問いたい。
地方はあなた方にとって「左遷先」なのか「広布の舞台」なのかと。

http://6027.teacup.com/situation/bbs/17316
 

今週のことば 2016年6月27日

 投稿者:どうしょうてん  投稿日:2016年 6月27日(月)08時30分3秒
  「法華経の兵法」とは
強盛に祈り抜くことだ。
聡明に連帯することだ。
勇敢に攻め切ることだ。
きょうも突破口を開け!
 

多宝会の本音

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 6月27日(月)08時14分54秒
編集済
  昨日も、多宝会の方の本音を聞いた。

題目を上げ、戦い抜いて会合に参加するが、幹部は先生の話をせず、票のことばかり気にしている。
会合に出ると、元気がなくなるそうです。

会合参加者が減り続けている。
現場会員に元気がなく力が出ない。

それでも朝晩毎日、先生と奥様のことを思い題目をあげ、地域貢献のために対話を続ける。
先生は、現場会員の心の中にいるのですね。

多宝会の知っている池田先生、今まで先生と共にしてきた歓喜ある戦い。
今の組織はそれがなく、まるで自分が浮いているような、場違いの雰囲気に嘆き苦しんでいました。

多宝会の方には選挙について、公明党の事実(学会幹部が話さないニュース等)をすべて確認してもらいました。
そのうえで、自己判断で支援するよう話しています。

会合参加者が減っている。
組織離れを起こしている現場会員の心に寄り添い続けるしかない。
組織離れでさみしい思いをし、それが先生離れに繋がってはならないからです。

「多少の退転は やむを得ない。9割は付いてこれる」
「多少、血が流れるのはやむを得ない」

原田執行部に心を合わせる幹部は、残念ながらこの一念に心のギアを合わせてしまっている。
それは本人が気づかずとも、現場組織に現れてしまいます。

反対派の1割を切り捨てる一念は、この多宝会のような明確な反対派でない「心ある会員」までも切り捨ててしまう。
その数は1割どころか、潜在的に大変な人数になっていると懸念しています。

 

信濃町の人々 様

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2016年 6月27日(月)08時12分35秒
編集済
  日吉クンは、信濃町駅の南にある方の職員だと思います。  

その通り!

 投稿者:魂の炎  投稿日:2016年 6月27日(月)07時50分17秒
  カンピース様に賛成です。
総本部東京を頂点に各方面の拠点がその次、さらに地方はまたその次みたいなヒエラルキーが厳然とあるのでしょうね~。
地方をバカにしている。差別していると思います。
 

他所のほうがきびしいなぁ~

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年 6月27日(月)07時16分21秒
  天台宗善光寺の住職がセクハラ疑惑で辞職勧告を受ける。

創価学会では、セクハラ疑惑・訴訟があっても、地方赴任等お茶を濁してハイおしまい。

ど~なってんの(怒)  いや、チョット待て!

本部のバカども!地方をなめてね~か?

左遷されたバカ幹部が一会員じゃなくて、なんで幹部のままえらそ~にしてるんだ?

地方はバカを受け入れる受け皿じゃね~ぞ。バカにするんじゃね~(怒)

 

大聖人のお嘆き聞こえてくるよう

 投稿者:うらら  投稿日:2016年 6月27日(月)07時15分18秒
  創価学会及び学会員の底知れぬ無慈悲さは国民を世界の民を、どこまで運んでいくのでしょうか。
国土乱れて帰る家なくなったとき、初めて、今ここで行われている執行部糾弾の意味をしる。
のかもしてませんね。
 

品位について

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 6月27日(月)05時29分50秒
編集済
  土日に仕事が立て込みまして、土曜日全日~日曜日午前4時迄かなりの投稿を読んでいませんでした。板の品位について、何だか議論されていましたが、言葉使いについてなのか?その内容についてなのか?視点が見えません。分からない言葉使い(勝負パンツ)論でも、(糞タレ)論でも、(あのお方)についてでも、ご質問下さい。その言葉使いの意味・背景と大意を懇切丁寧に、初めての方でも理解出来るように解説します。

ご承知の通り、週刊ダイヤモンドでも有名になった四人組は、元職員三名のブログに書かれている通り、対話拒否・即除名の権化です。そして、今、職員ではない一般会員を対話拒否、村八分、査問、除名している。供養(創価学会では財務と言います。)受けて生活している者が、供養する者を創価学会から追い出している。
飼い犬(要するに野良犬)が飼い主を噛んでいるわけです。さらに、この野良犬にくっ付いて、飼い主にションベンかけたり(反板です)、睨みつけて威嚇する(手下の地元バカ幹部)どうしようもないバカイヌが創価学会組織にたむろするようになった。ここまで、分かりますか?これらの野良犬は、下品な連中だから、いかにも上品に振舞わないと素性がバレてしまう訳だから、飼い主には一見尾っぽを振りながら、忠誠を示している訳です。バカな飼い主は分からないし、犬をよく観察している飼い主は、ニヤニヤ尾っぽを振るだけの野良犬を信用はしません。バカな飼い主とは、お花畑信仰をわけも分からずに何も考えず、何も知ろうとしない隷属志向の学会員の事です。

また、この板に何度も名前が上がっている創価学会元男子部長の弓谷さんは、池田先生から『ケダモノ!』と認定された方です。この方の多重不倫の事実は、週刊誌にも掲載されており、否定出来る根拠は何処にも有りません。そして、この方は査問も除名も解雇もされずに、今も厳然として創価学会組織の中に居り、仕事も最高幹部さまから斡旋されて本部職員並みの給与を戴き、毎晩ネット閲覧しながら学会本部に報告事項を提出するお仕事をされていらっしゃいます。この居残りの弓谷さまを事情知らなかった皆さま方は、どのように感じますか?
品位無き野良犬のようなケダモノを除名元せずに再雇用している。つまりは、弓谷さまを囲う最高幹部さま方も品位無き野良犬・ケダモノであったと言う事になりませんか?この点だけでも異議があり『ケダモノ弓谷さまと最高幹部さまとは違う!』言うのであれば、その根拠を投稿下さい。

また、あのお方とは、創価学会本部にいらっしゃる谷川主任副会長ですが、林間学校とか、374919事件とか、分からないのであれば、ご説明います。何十回でも何百回でも繰り返して丁寧にご説明しますので、この板でお問い合わせ下さい。何度でもアップします。

アルベアさまとはいかないものの、必ずご説明しますので、ご投稿下さい。下品な輩に対しては、こちらも境涯を落として下品レベルに沿って回答します。宜しくお願いします。

尚、下品な者、下劣な者ほど品位を述べたがる者です。何故なら、自身に能わっていないから!最高幹部さまと同じです。それから、苦労人でも、周りがダメな者ばかり居れば、ダメになっていった平井さんとか沢山の事例があります。朱に交われば赤くなるとの例えは、創価にも当てはまる訳で、創価学会だけはそうならないなどと幻想を抱いてはいけません。

屹立したイケディアンとして生涯広布で居られるか、それとも創価村のゴールデン街の一員となって栄耀栄華、お気楽・極楽な今生のみの無様な生き方をするかは、ROM専の方々次第です。私は、引き攣った黒い顔して死にたくは有りません。追善回向もしてもらえないような情け無い、人を利用しまくった生き方もお断りします。
 

池田門下生

 投稿者:初期大城  投稿日:2016年 6月27日(月)02時54分32秒
  私は断定的には今の執行部を批判することができません。
かと言って、今のままでいいとも思っていません。
この板を傍観する大多数がそのように思い、真実を見極めている過程にあるのだと思います。

気に入らない幹部はどこにでもいます。
そういう幹部は末端組織においても存在し、あの人はダメだ、あの人にはついていけないと、批判を繰り返し自ら活動を停止、もしくは組織から干されてしまう人もいる。
先生の理想を掲げ、言うべき事は言うが懸命に行動を起こし、会員を守り、組織を守っていくのか。

ここに大きな分かれ道があるように思います。

この板の主題は54年問題。
その原因を今の執行部になすりつけるだけでは解決にはならず、次の54年を繰り返すことになるのではと思います。

大聖人なきあと、日興聖人を認められなかった、五老僧。
戸田先生亡きあと、池田先生を認められなかった戸田門下生(今の執行部 )。
そして今、池田先生が引かれた中、執行部を認められない、池田門下生(我々)

この生命は我々一人一人に内在し、今後も延々と続く問題であると思います。
歴史を掘り下げ、この生命と戦い、乗り越えるすべを突き詰めていく事がこの板の本題であると思います。
 

アルベア論について

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 6月27日(月)02時49分44秒
  アルベアさんの人となりの一部分を述べれば、悪行の者、強欲・悪知識の者は全く理解不能でまさに『極悪のアルベア』(反板流に)と認識します。わけわからない奴(-_-)

それは、簡単な言い方をすれば彼自身が『執着』・『欲界』から完全に離れてしまった事(繰り返しされた中夭・横死を乗り越えてしまった?)に起因しています。執着・欲界に囚われの身となって今生を謳歌する最高幹部やら手下の者にとっては、見透かされ、見抜いている存在の人物。はっきり言ってオバケ!

初期投稿されていた頃、『アルベアさま~待って下さ~い~、そんなに飛んで行ってしまうと、誰も追いつけませ~ん』と書き込みしましたが、守・破・離で観れば、アルベア論は、創価概念からも離れてしまったような感も有り、悪知恵働かして利用しようとする輩も沈黙してしまいましたね。

多様な視聴覚資料から速断回答まで、誰も追いつく事が不可能なように感じますが、実は自分の中に存在している事が気づかないだけと言われてしまいます。

古武道のブルブル実践から体感・体験実証座談会まで依頼すれば、何処にでも現れます。但し、正しき人のところにしか行きません。創価村はダメです。また、素直な人としか会いません。是非、ご活用下さい。\(^o^)/
 

皆様の御激励ありがとうございます

 投稿者:陽光メール  投稿日:2016年 6月27日(月)02時37分32秒
  この場をお借りして御礼申し上げます。私は自分のいきさつを出来るだけ詳しく「問答無用
対話なき処分」に書き留めました。これらはすべて真実であり、事実です。また、昨年の
10月19日に活動停止処分を貰った時点で、この6月20日に除名処分になることは想定内のこと
でした。この8か月間、SGI-USAの大幹部を始めローカル幹部も含め組織ぐるみで一会員を
非難中傷する様は、池田先生の教えられた人間主義とは遠くかけ離れた仏法である事を
証明しました。これらの行動・振る舞いは異常ともいえるもので仏法の平和主義を掲げた
学会は終わったと思います。私は今後も先生の弟子として、一人のイケディアンとして
闘っていく所存です。これは私の今世の使命と受け取っています。今後もよろしくお願いします。
 

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