yamasaki - お金,マネーハック,資産運用 09:00 PM
我々の非合理的投資行動を是正するのは「父親のお節介」だった?~マネーハック心理学
父親に限る話ではありませんが、親のお節介というのはときどきありがたいものだなと感じることがあります。
筆者の場合、結婚したときに銀行の預金通帳を渡されました。社会人になってから結婚するまでの期間、実家に家賃代わりに払っていたお金の一部を親が毎月コツコツ積み立ててくれていたものです。
新生活にいろいろお金が必要だからこれを使いなさい、と渡され、まったく貯金もせずに勢いで結婚してしまった私はひたすら頭を下げた記憶があります(そのころはファイナンシャル・プランナーの資格を取る前で、お金の知識もなかったのです!)。
こういう親心を社会的な仕組みにすると、社会保障制度になります。国が一定の費用を元気なうちに徴収、病気になったり失職した際に現金給付してくれる仕組みであり、社会にとって欠かせない制度となっています(元気で働けるうちは負担ばかりでうれしくないのですが)。
今回、マネーハック心理学で取り上げるのは「半官半民」で行われる「親心」、確定拠出年金のお話です。
知識不足、非合理的行動に歯止めをかける「ゆるやかな強制力」
去る2016年4月25日、確定拠出年金改正法案が可決・成立しました。実はこの法案、「親心的お節介」が採用された点でも注目されています。
資産形成の重要性は私たちの一生涯を通じて続きます。しかし「始めること」「続けること」「効率的に増やすこと」を私たちが合理的に選択することはなかなか難しいことです。先ほどの「親が代わって積み立ててくれた銀行預金通帳」のように、自分ではなく親の力を借りたほうが確実、ということも多々あります。
もともと私たちは目の前の楽しさを後回しにして将来に計画的に備えることが苦手です(近視眼的損失回避)。誰だって今月の遊ぶ予算を1万円削って、30年後のために残しておけといわれてうれしいはずがありません。
たとえスタートさせることができても、何か必要性があれば言い訳をして中途解約してしまったりします。銀行に500万円あるのに、今月も来月も100円単位の節約を続けるようなストレスが生じてしまうからです。
また投資についても合理的に判断できない可能性があります。短期的な相場の上下動に踊らさて損失を出してしまったり(様子をみれば値段が戻ったというのに!)、そもそも取れるリスクを取らないため、超超低金利の塩漬け状態の定期預金しか買えなかったりします。
こんなとき、「とにかく積立をスタートさせる」仕組み、「とにかく続けさせ、解約はさせない」仕組み、「効率的に増やすことにもチャレンジさせる」仕組みが有効といえます。ふと考えてみると、会社の退職金や企業年金制度がそうであることがわかります。
会社が給与で全額支払わず、一部をコツコツ積み立て、退職時にまとまったお金を支払ってくれることで私たちは老後のお金の準備が大助かりなのですが、これもある意味「会社のお節介」という制度です。
今どきの会社は株主からの要求も厳しく、社員のために親身にお節介をする負担が重荷になってきています。そこで、会社は確定拠出年金(企業型)の制度にして、「スタートさせ」「積み立てるお金は出す」が、運用は自己責任にしてもらうようになりました。
時代に応じてお節介のパターンにもいろいろ変化があるわけですが、「自己責任」の名のもとで会社の責任が薄まった確定拠出年金に、もう一度お節介を焼こう、というのが今回の法改正のメッセージです。実はこれ、世界的トレンドでもあるのです。
パターナリズム(父権主義)というアプローチが私たちのお金を貯めさせる力になる
アメリカやイギリスでは近年、父親的お節介「パターナリズム」を特に老後資産形成において採用する傾向があります。
自己責任の国、アメリカでは401(k)プランという老後のための積立制度がありますが、加入も積立額も投資方法も自己責任で決めさせているとあまりうまくいかないことがわかりました。
行動ファイナンスの教科書で用いられる「非合理的投資行動」の鉄板事例がまさに老後のお金の準備となっているほどで、「始めない」「少額しか積まない」「投資しない」とすべてが非合理的になってしまうのです。
そこでアメリカでは行動ファイナンスの見地にもとづきパターナリズムを採用、個人の自由に「いい意味で介入」してくることになりました。すなわち「強制的に加入させ」「強制的に積立額を決めさせ」「強制的に資産運用をさせる」というものです。
アメリカではこれにより低所得者層の老後資産形成の厚みが増す効果が生じ始めたといわれています。イギリスでも同様の制度、NESTが国民の老後資産形成を半強制的にスタートさせたことが有効に機能していると報告されています。
親のお節介が、いい意味で機能すれば、結果として子は困らずに済むというわけです。
日本でも始まるパターナリズム
今回、確定拠出年金法の改正が行われ、日本にもとうとうパターナリズムが上陸してくることになりました。
たとえば、運用商品の本数は「少なすぎず多すぎず」を目指します。何十本もずらずら並んでも、思考停止になることが行動ファイナンスで明らかになっているからです。
運用がよくわからないまま思考停止になって定期預金にしている人については、分散投資された投資信託を自動的に購入してもらい、半分強制的に投資に踏み出させる仕組みも採用されます。
会社が社員に投資教育を実施し、自己流の投資にならないようなサポートも義務づけられますが、基本的な発想は行動ファイナンスの研究成果を踏まえたパターナリズムです。
何でも自己責任にしておいて、結果は知らない、というアプローチではなく、妥当な方向へ進んでいけるようなゆるやかな強制をしていく、というアプローチです。
すでに企業型の確定拠出年金に加入している人(550万人)はぜひ、「親心」を汲んで資産運用を考えてみてください。それ以外の人も2017年1月からは誰でも個人型確定拠出年金に加入できることになります。強制加入という親心までは適用されませんが、老後のためにがんばる人は税制的に優遇するよという親心の制度、ぜひ活用してみたいところです。
(山崎俊輔)