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ライブダンジョン! 作者:dy冷凍

第二章

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 努が頭を上げると新聞社の者たちが多くの用紙を持って各クランへと配り始める。綺麗に纏められたその用紙の束はこれから努が説明する情報の資料だった。


「まずは飛ばす回復スキルについて説明します。お手元の資料の二ページをご覧下さい」


 努が情報をまとめた原本を用意し、それを新聞社が刷った多くの用紙を捲る音が会場内に響く。努は壇上にある机から自身のステータスカードを持つとアルドレットクロウが座っている場所へ向かう。


「まず前提として、飛ばす回復スキルはユニークスキルではありません。これが自分のステータスカードですので、どうぞスキル欄をご確認下さい」


 三組のクランに努はステータスカードを見せた後にそれを回収した彼はまた壇上に戻った。三組のクランはスキル欄を見た後に努の低いレベルやステータスを見て驚いた顔をしていた。ここにいる者はほとんどは六十階層までのレベル限界――七十レベルを達成している。だがカミーユはまだしも、ガルム、エイミーはシェルクラブを突破してから時間が経っていない。つまりは平均レベル六十前後の三人PTで火竜を攻略したということになる。

 それはそれほどまでに飛ばす回復スキルに三種に別れた役割が重要であることを示していた。神のダンジョンを攻略している二組のクランは努の情報を俄然がぜん聞く気になった。


「これで飛ばす回復スキルは特別なものではないということがわかったと思います。飛ばすヒールは白魔道士なら誰にでも出来ること。直接触れた方が回復力は上がりますが、飛ばしても回復スキルは充分な効果を発揮します。まずはこの認識を白魔道士の方はして下さい。そしてもう一つ」


 努が白杖を持ってエリアヒールと唱えると彼の足場から緑の光が溢れた。アルドレットクロウの情報員がシルバービーストを観察した際、ヒーラーの者が使っていたエリアヒールとほぼ同じ大きさだ。


「白魔道士にはエリアヒールというスキルがあります。この陣の中にいる者を自然回復させていくスキルですが、これはスキルコンボにも応用できます。この中で回復スキルを使うと回復スキルの効力が上昇し、更に飛ばすヒールの効果も上昇します。誰でも飛ばす回復スキルを使えるということと、エリアヒールでのスキルコンボ。この二つを知っていれば自分と同じように回復スキルを運用することが出来るはずです。現にシルバービーストというクランに在籍しているヒーラーは成功しています」


 アルドレットクロウでは既にシルバービーストのヒーラーのスキルの使い方を真似ていたが、回復量は上がったもののまだ実践では使えない回復量であった。飛ばす回復スキルでは回復出来ないという認識。それさえ無くせれば白魔道士は飛ばす回復スキルを運用することが出来る。


 アルドレットクロウと金色の調べが感心している中、迷宮制覇隊の男たちは不服そうに鼻を鳴らした。


「それで? 証拠はあるのか?」
「証拠、ですか? 回復スキルは接触して行わなければいけない、という認識を排除出来れば回復力が上がるということは、シルバービーストのヒーラーが証明しています。それに希望があれば私が直接ダンジョンでお見せしますよ」
「そうではない。私はそもそもお前がその飛ばす回復スキルというものを使っているところを直接見たことがない」
「そうですか。ならこの説明会が終わった後、希望のクランには回復スキルや三種の役割が使えるようになるまで指導を行う予定です。その時に私が飛ばす回復スキルを実演しましょう」
「……ならば今ここでやってみろ」


 おい、と迷宮制覇隊の男が後ろの男を呼び出して、自身はしゃがんで腕を横に突き出した。すると呼ばれた男はその腕を手に持って半回転させた後、足で思い切りその片腕を踏み折った。

 鈍い音に努は思わず顔をしかめて混乱しながらも、腕をだらんとさせて立ち上がった男に視線を向ける。他のクランも困惑の目を男に向け、迷宮制覇隊のクランリーダーは小さくため息をついていた。男は骨折の痛みに少し呻いた後に口を開く。


「俺たちは、お前たちと違い外のダンジョンを攻略している。お遊戯ダンジョンで飛ばす回復スキルを証明されても、それは俺たちには証明にならん。ここで俺を回復してみろ。それが出来ねば迷宮制覇隊にとってお前は価値がない」
「……それは確かにそうかもしれませんね」


 男の言う通り実際に神のダンジョンの中でしか使えないスキルは存在する。死者を死後一分以内であれば生き返らせることの出来るレイズ。そのスキルは外のダンジョンでは効果がないため男の言うことは理にかなっていたし、努としてもここで証明できるのが一番手っ取り早くて助かった。


「では骨を正常な位置に戻して、支えていて下さいね。また折って繋ぎ直すのは面倒なので」


 努がそう言うと男は骨を出来る限り戻して片腕を支えたので、努は念のためエリアヒールを自身の真下に設置してから唱えた。


「ハイヒール」


 努が白杖を振るって放たれたハイヒールは男の腕に当たるとみるみるうちに骨折を癒した。男は痛みが消え失せた腕を動かして異常がないことを確認すると、つまらなそうにしながらも静かに頭を下げた。


「お前の情報は迷宮制覇隊に利益をもたらす情報であるようだ。すまなかった」
「いえ」


 他のクランは努の放ったハイヒールが本当に骨折を完治させたことに改めて驚く。そして意外にもすぐに引き下がった男に努が拍子抜けしたような言葉を返すと、迷宮制覇隊のクランリーダーがすっと手を上げた。美しい銀髪を持つ彼女に努はおずおずと手を差し向ける。彼女は立ち上がるとすぐに努へ頭を下げた。


「私のクランの者が試すような真似をして申し訳ない」
「いえ、実際に見せることが一番手っ取り早かったので。むしろありがたかったです」
寛大かんだいな対応、感謝する」


 そう言って着席したクランリーダーに努はいえいえと首を振る。そして迷宮制覇隊のクランリーダーが謝った途端に後ろの男は目の敵のように努を睨み始め、彼は色々と察しながらも微笑のまま次の話題に移った。


「次は三種の役割についてですね。資料の四ページをご覧下さい」


 クランの者たちがページを捲るとそこには図表とイラストで書かれたタンク、アタッカー、ヒーラーの簡単な役割と図解が記されていた。そのイラストは新聞社の者が書いたものであり、その者は常日頃記事でイラストを描いていたためとてもわかりやすく描かれている。


「現在で見て取れるPTの役割は敵を削る役割のアタッカーと、味方を回復する役割であるヒーラーの二種です。たまにバッファーという支援を行う役割をしている方もいらっしゃいますが、それはここでは省いています」


 吟遊詩人や付与術士が主なバッファーの役割を担うジョブであるが、吟遊詩人はそこそこ需要があったし付与術士は努が見た中では見なかったので省略した。


「しかし自分のPTではその二種の他に、タンクという敵の気を引いて攻撃を防ぐ役割も導入しています。こうすることでアタッカーの者は安全かつ最大の攻撃をする事が出来ます。ヒーラーは回復する者を固定出来るので楽ですし、何より今までのように使い捨てのような役割を担う必要がなくなります。資料の五ページをご覧下さい」


 資料の五ページにはモンスターのヘイトという概念を細かく説明し、ヒールヘイトやヘイトを稼ぐスキルの運用方法などが事細かに記されていた。


「タンクがヘイトを稼げばモンスターはタンクを狙うため、ヒーラーは戦闘中にも味方を回復させることが出来ます。更にタンクが二人いるのならば一人のタンクが死んだとしてもレイズを安全に使うことが出来るでしょう」


 その言葉に白魔道士の何人かが反応して顔を上げる。レイズを使えば味方を復活させる代わりに自分がモンスターに狙われることとなり、大抵は時間を稼いだ後に犠牲になる。それは白魔道士の共通認識だった。

 その結果それで階層更新、階級主突破が出来るのなら問題ない。実際死んでいてもPTさえ組んでいればその場にいなくとも階層更新は出来る仕様であるし、装備も回収して貰えれば損はしない。

 しかしここ数年。白魔道士たちはモニター越しでしか階層、階級主を突破したことを喜べなかった。黒門から帰ってきた味方に称えられはするものの、それを毎回繰り返すとなると鬱憤うっぷんも溜まってくる。モンスターに殺されることに慣れているとはいえ、それが積み重なれば心を壊す者も出てくる。

 それに仲間を生き返らせれば真っ先に死んでモニターには映らなくなるため、観衆からの印象はどうしても薄くなる。装備は真っ先に死ぬので宣伝にならないし、道具もポーションなどは使わないためスポンサーはつかない。実際に火竜を突破した紅魔団のアタッカー陣は観衆に顔を覚えられているが、ヒーラーの女性は迷宮マニアくらいしか顔を覚えていないしスポンサーもいない。

 しかし自身を犠牲にPTメンバーを復活させる役割というのは、階層更新や階級主と戦う際にはかなり有用でもあった。そのため辞めるとは言い出せず、白魔道士は名誉を得られないままずるずるとここまで来た。

 壇上から見える白魔道士たちのほとんどは努の声に耳を傾けていた。努は感情の乗った声ではっきりと口にした。


「だから僕は今の白魔道士の立ち回りが最善だとはとても思えない。白魔道士は蘇生だけのジョブではないです」


 その言葉に白魔道士たちは下を向いたり、無言を貫く者が多かった。しかしその中で異を唱える者が一人いた。


「……つまり私たちが間違っていた、とでも君は言いたいのです?」


 金色の調べの白魔道士が異様な高い声で言葉を発し、席から立ち上がって努を真っ直ぐと見つめた。彼女とて現状に満足していたわけではない。四十階層で見つかった回復魚ポーションフィッシュによるポーションの利便化の波に揉まれながらも、必死に自分たちが生き残る道を探した。その結果があの支援蘇生特化の道だった。それを全否定された気がして彼女はつい口が出てしまった。

 それに彼女自身はその役割をも誇りを持ってこなしてきた。死んでしまったクランリーダーを自分を犠牲に生き返らせることに彼女は何の不満も持っていなかったし、これからもずっとそれを行うことになったとしても彼女はそれで一軍PTにいられるのならそれでよかった。


「そうは言いませんよ。僕は白魔道士がポーションに飲まれかけた当時からいたわけではありません。なので貴方たちが行ってきた努力を知らない。そんな僕に貴方たちのことをとやかくいう資格はありません。勿論このままその役割を果たすのもいいでしょう。貴方たちが納得しているのならね」
「……まるで私たちが納得してないかのような言い草なのです」
「え? 納得してるんですか?」


 努は心底驚いたように薄い目を見開いて、黄色い狐耳を生やしている金色の調べの白魔道士を見つめた。彼女は少しだけ視線を彷徨わせたがすぐに努へ言い返した。


「……当然なのです」
「へ? マジか……。え? ちなみに他の人はどうですか? あ、すみません話から逸れてしまって。でもこれは聞いておかないといけないので」


 先に謝っておきながらも努は他の白魔道士の者に質問を投げかけた。するとアルドレットクロウの白魔道士がばたばたと立ち上がった。


「納得してねぇに決まってんだろ! あいつはリーダーに惚れてるから耐えられてんだろ!? 俺は違う!」
「そうよ! 私なんてここ最近黒門自分で潜ってないんだからね! 冗談じゃないわよ!」
「防具屋にも白魔道士はすぐ死ぬから防具買わせたくねぇとか言われんだぞ! G(ゴールド)だってあいつらはファンやらスポンサーから貰えるけどな! 俺らはファンなんざいねぇしスポンサー依頼なんざ全く来ねぇ! それで報酬は平等分配とかふざけてんのか!」
「あ、良かった。不満は持ってたんですね」


 主にアルドレットクロウの白魔道士たちが今までの鬱憤を晴らすかのように話し始めて、努はホッとしつつも彼らの主張を収めた。金色の調べの白魔道士二人も彼らの言葉は胸に響いたのかだんまりしていて、アタッカーの者たちは何とも言えない顔をしていた。

 アタッカーの者たちはヒーラーの者たちの利益が自分たちより少ないことを何となく知ってはいたが、それを自分から言うわけにはいかなかった。白魔道士の身を心配したり、愚痴を聞いたりなどしてフォローはしてきた。しかしどれだけ綺麗事を並べようとも、真の理由はどれも自己の立場の保身のためだ。


「それにタンクの導入によって騎士職の人も無理に火力を出すだけの選択肢から抜け出すことも出来ます。是非検討して見てください」
「……なんだよそれ。まるで俺たちが悪いみたいじゃないか。今まで俺たちが引っ張ってきたんだぞ」


 努の物言いにアルドレットクロウのアタッカーが不愉快そうにして腕を組む。彼は四十階層から頭角を現し五十九階層までPTを引っ張ってきたと自負している、アルドレットクロウでエースのアタッカーだった。


「ヒーラーはまだわかるぞ? 荒野じゃ役に立つし、浜辺や渓谷でも役に立つ。だが、タンクだと? STRの低い騎士職なんてそもそも探索者に向いてないんだよ」
「……それなら今まで通りのPTで火竜攻略すればいいんじゃないんですかね。別にそれはそれでアリだとは思いますよ。クランリーダーの意向は知りませんけど」
「こらこらソーヴァ君。しばらく黙ってなさい」


 努がアタッカーの男に目を細めてそう言うと、小さい子供のようなクランリーダーがアタッカーの者を諌めた。アタッカーの者は渋々といった様子で口を閉じた。


「ただ確かに今までの言い方ですとアタッカーの方を責めている風には聞こえましたね。そんなつもりはないです。ただ僕はアタッカーも、ヒーラーも、バッファーも、そしてタンクもPTに必須であると考えてこの情報を皆さんに伝えています。実際にこの方法を使えば火竜は余裕を持って倒せると僕は思っています。どうぞ三種の役割についてご検討の方、よろしくお願いします」
「…………」


 実際に努は平均レベル六十の三人PTで自分のクランで未だ倒せていない火竜を二度倒しているので、アタッカーの者は何も言えなかった。


「では続いて火竜についての情報ですね。まず――」


 それから努はライブダンジョン! で得たゲーム知識を元にした火竜の情報を伝えた後、情報公開の企画は幕を閉じた。

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