関口)
時論公論です。日付が代ったので昨日ということになるが、
政府は「新たな成長戦略」と、いわゆる「骨太の方針」を閣議決定した。
改定版・アベノミクスの全体像が見えてきたわけだ。
今夜は、財政・金融政策が専門の板垣解説委員、
規制改革・社会保障が専門の竹田解説委員と、これを検証する。
新成長戦略が、最大のメッセージとして掲げたのが、
「稼ぐ力を取り戻す」という言葉。
これには、企業が国際競争力を高めて稼ぐこと、プラス、
日本が国としての魅力や競争力を高めること、
それを通じて、国民一人一人の収入を増やすこと、という意味合いも含められている。
その「稼ぐ力」という切り口から、成長戦略を見ていく。
成長戦略が今回新たに盛り込んだ4本の柱が、こちら。
まずは「混合診療の適用拡大」について。
安倍総理が言う「岩盤規制」に切り込んだ例の一つだが、竹田さんはこれをどう評価する?
竹田)
今回の成長戦略は、農業、医療、雇用という、特に関係者の抵抗が強い、
いわゆる岩盤規制に切り込んだことを強調する内容になっている。
市場もある程度評価しているという形。
混合診療について言うと、普通は、病院にかかると健康保険が適用されて、
医療費の自己負担は3割ですむ。
しかし、日本でまだ未承認の抗ガン剤など、保険が適用されない治療を一緒に受けると、
これまで保険が適用されていた部分も含めて全額自己負担になる。
これを混合診療の原則禁止という。
そこで、新たな制度を作って、たとえ、保険が適用されない薬を使っても、
もともと、保険が適用される部分は、自己負担3割で済むようにしよう、というもの。
そうすると、保険外の新しい薬や治療がもっと受けやすくなって、
市場が拡大して、経済にもプラス、という算段。
しかし、反面、これを進めると、
保険外診療のお金を出せる人と出せない人とで医療の格差が広がるという懸念もある。
板垣)
混合診療を認める範囲を拡大する今回の改革は、患者の選択肢が広がり、先進的な医療に弾みがつくとの見方がある。しかし、その一方で、低所得者にとっては高額な先進医療はそもそも手が届かないという実態がある。
また、今後混合診療がどんどん広がれば、今でさえ厳しい保険財政を圧迫し、保険料負担の拡大につながる可能性もある。医療関係業界の稼ぐ力は大きくなるかもしれないが、混合診療の議論が尽くされたとは言えず、拙速の感は否めない。
関口)
働き方を見直す、という課題では、
いわゆる「残業代ゼロ」制度というのが議論されたが、これはどういうものか?
竹田)
賃金というのは基本的に働く時間に応じて払う、というのが今の労働法の基本的な考え。
これを変えて、どんなに長く働いても、
時間ではなく、あくまで仕事の結果に応じて給料を払うことにしようというもの。
そうすれば、時間に拘束されることはなくなり、
労働生産性も高まり、企業の競争力も増す、というのが経営側の考え。
しかし労働側は、結局、仕事の成果が出るまで延々と働き続けることになり、さらに長時間労働になると、強く反発している。
板垣)
成果主義・残業代ゼロという働き方は、1000万円以上の所得の人を対象というが、これをきっかけになし崩し的に中間所得層まで広がる可能性がある。
また、仮に成果主義を認めるにしても、成果が数字でわかる業務ならまだしも、従業員の役割は様々で評価基準を作ることは困難。
そして、もっと重要なのは、例え高所得者とは言え、働き過ぎによる過労死の懸念など課題も多い。
この問題の本質は人件費をできるだけ減らしたいという企業の思惑であり、成果主義・残業代ゼロの拡大は、働く人のやる気を逆にそぐ危険性もあり、稼ぐ力の増大にはあまり効果がないと思う。
関口)
企業を支援し収益力を高めるという点で、一番分かりやすいのは、法人税減税だ。
国と地方を合わせた実効税率は、今34.62%。
これを来年度から引き下げ、数年で20%台にする、としている。
これだと、中国・韓国の24~25%には及ばないが、
29%余りのドイツ並みにはなる。安倍総理がこだわった項目だ。
板垣)
法人税の減税は長い間経済界が要望していたもので、今回ようやく踏み込んだもの。
しかし、減税のための財源を明示できないまま年末に先送りし、やや無責任。
法人税減税の果実を企業が国内への投資や従業員の賃金引き上げ、雇用の拡大に使ってくれればいいが、日本の稼ぐ力は高まるが、「投資は海外へ、賃金はあまり上がらず、雇用も増やさない」ということでは効果は限定的で、減税の食い逃げになりかねない。
法人税の減税によって、日本経済が活性化し、働く人の収入が増えるという最終的な稼ぐ力の向上につながるかどうかは、企業が今後どう行動するかにかかっている。
関口)
こうした政策が、本当に“稼ぐ力”を高めることに本当に繋がるだろうか?
竹田)
私は成長戦略を大きく三つにわけて捉えている。
1) 株価対策 2)経済対策 3)人口減対策。
アベノミクスは、ハッキリ言って株価頼みの所があるので、
法人税減税と年金の株式投資拡大は、ことの善し悪しは別にして、
株価対策としては欠かせない存在と思われる。
稼ぐ力に直接関係するのはたとえば混合診療拡大。
うまくいけば、医療機器や新薬の市場拡大につながり、
稼ぐ力が増す可能性もあるが、制度の運用次第では、
市場があまり広がらない可能性もあり、まだ不透明。
また、みんなが健康でイキイキと働けるためには雇用制度改革が必要。
今回は、いわゆる残業代ゼロ制度が焦点となっているが、
まず本当に必要なのは、長時間労働を法律で制限することや、
正規と非正規の格差の是正。なのにその視点は不十分。
これでは稼ぐ力はつかない。
関口)
板垣さんが“稼ぐ力”を高めるという点で注目しているポイントは?
板垣)
私が重視するのはエネルギー政策だ。
これは安倍政権や経済界が拘る短期的な稼ぐ力というよりは、日本を安全、かつしなやかで、豊かな経済社会にするという点で重要視したい。
戦略では、御覧のように▼再生可能エネルギーの促進や、
▼水素を活用した発電や熱の供給を普及させる水素社会の実現
▼そして、日本の海底に眠る膨大なメタンハイドレートの回収
▼電力システムの改革などが盛り込まれた。
こうした改革は、福島の原発事故を教訓にした重要な流れであり、技術革新を後押しし、中長期的に需要を増大させる可能性を秘めている。
しかし、一方で、原子力の再稼働も盛り込んだ。
再稼働しなければ電気代があがると経済界などは言っているが、原発は安全の追加投資、国の立地補助金、廃炉や廃棄物処理費などを含めると国民経済的に決して安価ではない。
多くの反対があるにも拘わらず国民的な議論もなく決めた再稼働の方針が、原発に代わる技術開発や普及の足かせになりかねない。
原発以外のエネルギー戦略の実行をさらに加速させる必要がある。
関口)
さて、この成長戦略を進めていくには予算が必要。
他の政策との優先順位も考えなければならない。
そこで政府は、成長戦略とあわせて財政運営の基本方針、いわゆる「骨太の方針」も決めた。
日本は、先進国で最悪の財政状況にあるので、
「稼ぐ力」を高めないと、借金も返せない。
成長戦略と財政はそういう表裏一体の関係にもある。
板垣さん、骨太の方針の要点は?
板垣)
まず、(1)2015年度に国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字を半減、2020年度には黒字化を目指す。
(2) 長戦略にも入った法人税の減税について、来年度から数年で実効税率を20%台まで引き下げること。
そのための財源は恒久財源とすること。
(3)2015年10月に予定される消費税率10%については、経済状況を見極め年内に決断。
(4)予算編成は、厳しい優先順位をつけメリハリのある予算に。
(5)また、将来の大きな問題である少子高齢化と人口減少については「50年後にも1億人の人口を維持する」としている。
関口)
財政健全化の目標は堅持する、ということだが、
さらに法人税減税も、となると財政再建が遠のくことにならないか?
板垣)
今の状態で順調に行けば、2015年度の単年度の基礎的財政収支の赤字を半減する目標は達成できるかもしれない。
しかし、2020年度に基礎的財政収支を黒字化することは、アベノミクスがうまく行き、なおかつ、消費税率を10%に引き上げても難しいという試算(試みの計算)が公表されている。
つまり、今回の骨太の方針は、計算上はうまくいかないとわかっているのに、「黒字化するという決意表明」だけは勇ましく行っているというちぐはぐな印象は拭えない。
関口)
そうすると、法人税減税の財源は、どこから持ってこようという議論になっている?
竹田)
▼まず、上振れ分は、消費増税10%時の軽減税率導入で足りなくなる。
社会保障の財源にまわすべき。
そうでないと、庶民には消費増税しながら、法人税は減税という理屈が通らない。
▼法人税減税の財源として、今後、大きな焦点になるのは
「租税特別措置」と「外形標準課税」。
まず、租税特別措置は、主に大企業を対象にした、減税措置。
大企業優遇税制と批判されて、少しずつ規模は縮小されてきたが、
それでも、いわば経済界の既得権益の象徴なような存在。
一方、外形標準課税は、たとえ赤字でも会社の規模、
たとえば資本金や従業員の数などに応じて課税しようというもの。
すでに地方税である法人事業税で導入されている。
今は資本金1億円超が対象だが、これをもっと引き下げてはどうかということが検討されている。
つまり、早い話しが、大企業を減税するための財源を、中小企業に求めるという形になる。
基本的には、大企業が優遇されている租税特別措置に踏み込むべきだが、
どこまで踏み込めるか?
板垣)
税収増加分を法人税減税の財源にするという考え方は容認できない。
なぜなら、1000兆円を超える借金を抱える日本は、税収が増えたらそれは原則として新たな借金・国債を減らしたり、積りに積もった借金の返済に回すべき。
法人税の実効税率を下げるのであれば、企業が研究開発などのために減税されている従来の租税特別措置を廃止・縮小し財源にすべきだ。廃止すればこれだけで1兆円程度の財源が生まれる。法人にかかる地方税である外形標準課税を増税する案が浮上しているが、租税特別措置の廃止も外形標準課税の強化も反対も根強く調整は難航しそう。
関口)
骨太の方針に「50年後にも1億人の人口を維持」という目標が盛り込まれたわけが、
竹田さん、少子化対策をどう進めるべき?
竹田)
50年後に一億の人口を維持、という目標をかかげた意味は大きい。
しかし、この目標は、早いうちに出生率を2.07にあげることが前提になっている。現状は1.43。この差はあまりに大きい。
単に夢や理想としての数字を上げるのではなく、
では、どうすればそんなに高い出生率が実現できるのか?
その具体策こそ、本来の成長戦略として必要なこと。
根本的には、高齢者中心の社会保障のありかたを見直して、
子育て支援策などをもっと充実させるべきだが、
同時に企業など社会全体の取り組みも必要。
たとえば、企業別の出生率を明らかにすべき!
関口)
国の成長戦略は、サッカーでいえば「監督のゲームプラン」だ。
しかし実際にプレーするのは「選手たち」それはつまり「民間企業」だ。
主役である企業が、創造性を発揮し、恐れず挑戦していくこと、
自らの技術革新や新分野の開拓で「稼ぐ力」を本物にしていくことを期待したいと思う。
(関口 博之 解説委員/板垣 信幸 解説委員/竹田 忠 解説委員)