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国大陸からの移民も増加してきており、現在はアジア系最大の 430 万人以上となっている36。
古くは「チャイナ・ロビー」は台湾系を指し、1949 年以降の中華人民共和国の非承認な
どを巡って、ジャッド元下院議員(Walter Judd)らが率いる「百万人委員会」などが大き
な勢力であったが、60 年代後半から 70 年代前半にはいったん勢力が低下した37。その後、
ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官主導の米中接近に反発して、台湾は米国内
および台湾系アメリカ人への働きかけを強化していった。その流れの中で、北米調整評議
会(CCNA)は台北経済文化代表事務所(TECRO)となった38。そもそも米国の台湾への
コミットの一部は台湾の民主化のためであったとも評されるが、台湾の民主化後には台湾
政党代表が乱立してメッセージの一貫性が損なわれてきた。台湾総合研究院(TRI)は李
登輝の国民党政府、民主進歩党や国民党と親民党(PFP)野党連合の意見を反映する団体
であり39、台湾長老派教会は国民党台湾政府への反体制派の団体40、台湾人公共事務会
(FAPA)は反国民党・台湾独立・中道左派などといった状況である41。また、蒋経国国際
学術交流基金(CCKF)が 1989 年に創設されたが42、これは台湾教育部が 5300 万ドルの助
成金を提供したものである。
TECRO と FAPA は米台関係の維持・向上のためのレセプション、夕食会、台湾視察旅行
をコーディネートしている。これまで有力な議会人脈を形成すべく先を見通して投資を
行ってきた。議会では、上院外交委員会委員長、下院アジア太平洋小委員会委員長、下院
国際関係委員会委員、行政府では新進の州知事が将来的に指導者になると予測を立て、た
とえば、1980 年代にアーカンソー州知事時代のクリントンを台湾に 4 回招いている。1992
年テキサスの議員団が兵器会社のリストラを示唆した際には、ブッシュ大統領に兵器売却
の圧力をかけている。1995 年李登輝訪問時には新聞社編集局、民主党州知事など幅広く根
回ししたが、それ以前から、連邦議会と州議会に古典的ロビーもおこなっていた。
一方で、中国共産党は歴史的にキッシンジャーやブレジネフスキーなど米政権トップレ
ベルとの関係に頼っていたが、李登輝総統訪米や台湾関係法に対する取り組みを目の当た
りにして、中国系アメリカ人を軸としたアメリカ国内での支持基盤を広げることの必要性
を感じたとされる43。米中貿易全国委員会(the US-China Business Council: USCBC)は、米
中両国に事務所を有する有力な大陸系団体で、2003 年には温家宝首相訪米時に夕食会を開
催している44。100 人会(Committee of 100)は大陸系アメリカ人が天安門事件後 1990 年に
結成された45。総会には 400 人近くのビジネス、政治、芸能等における有力な大陸系アメ
リカ人らが集まる。華美協進社は社会文化的理解育成を促進しており46、また 2006 年から
米国内各地に孔子学院を 2015 年時点で 100 以上開設している47。また、中国大使館は「同
胞部門」という部署を設け、現地中国系アメリカ人社会との関係強化をはかっている48。