『真田丸』の爆笑シーンで話題を呼んだ
歴史にif(もし)はないとは言われることだが、これほどifの起こる確率が高かった事件はない。天正10年6月2日未明、織田信長が本能寺の変で落命。その時、堺で30名余りの家臣と「物見遊山」の旅の途中だった徳川家康は文字通り身一つで浜松へ逃げ帰ることを決断した。
後世でいうところの「神君伊賀越え」の始まりである。
大河ドラマ『真田丸』では、軽装の家康は、土民に襲われて、半泣きになりながら本多忠勝の助けを借りて切り抜けた。かと思えば、急峻な山道を「ここを下るのか……」と、顔をしかめながら、半ばヤケクソで駆け下りる。これらのシーンが視聴者の大爆笑を呼び、大いに話題にもなった。
劇中では、ぼろぼろの姿で「死ぬかと思った……」と、阿茶局の膝に崩れ落ちた家康。実際に、まったく死んでもおかしくない状況であったとされている。
家康という人はその生涯における「危機一髪」のエピソードが多く残されている。三方が原の大敗しかり、大坂夏の陣における本陣御旗崩れの逸話しかり。ただそれらは戦場における帰趨によるもので、平時の脱出劇である伊賀越えは、家臣たち(とりわけ随行した30数名)に、より強烈な印象を与えたのだろう。
彼ら(およびその子孫)による覚書が多数残っており、400年以上前の出来事にしては、家康の逃避行はさまざまな文書から跡をたどることができる。
そこで、徳川家康没後400年の今年、ユニークな試みが行われた。徳川家康の子孫である、徳川宗家(将軍家)19代の徳川家広氏と歴史学者の磯田道史氏が、「神君伊賀越え」のルートを再びたどってみるというものである。
企画を立案した甲賀忍びの子孫、渡辺俊経氏をはじめとする甲賀忍術研究会の面々が脇を固め、道案内をした。
-
真田家、上杉家、徳川家、そして石田三成……あの「歴史の偉人たち」の子孫が語る名家の家訓(2016.05.25)
-
塗り替えられる戦国軍事史 〜真田一族の「恐るべき謀略」から軍隊は生まれた!?(2016.02.13)
-
いま日本で「本当にうまい役者」 ベスト100人を決める(2015.01.18)
-
聖徳太子が歴史から消える日~ 『世界一受けたい授業』河合敦さんが教える、日本史教科書のミステリー(2016.06.16)
-
日本史に眠るトンデモ「性豪」伝説! ご先祖様たちはこんなに大らかに楽しんでいた(2016.04.23)
- 生活習慣病のアリ地獄!飲み始めたらヤメられない薬 〜死ぬまで飲み続ける「覚悟」と「カネ」ありますか(2016.06.26)
- 『真田丸』で話題のあのシーンを再現! 徳川家子孫が434年ぶりに「伊賀越え」に挑戦してみた (2016.06.26)
- 被害総額2000億円!豊田商事「会長刺殺事件」を語ろう ~バブル前夜に社会問題化した巨額詐欺事件の凄惨な結末(2016.06.26)
- 複数の愛人にマンション購入…製紙会社の総務部長が15年で25億円横領するまで(2016.06.25)
- 孫正義さん、あなたの気持ちはよく分かる!~社長を辞めるのって、実はこんなに難しいんです(2016.06.25)
- トンカツとから揚げ、太るのはどっち? 元タニタ勤務の管理栄養士が教える「ヤセたかったら、こっちを食べなさい」(2016.06.25)