テーマ:∟興味をもたれる文章
<例文1>と<例文2>をお読みください。
<例文1>
学校の帰り道で、急に催してしまった。
それも小ではなく、大のほうを。
困った。
トイレを借りられそうなコンビニやスーパーはない。
人生初の野外プレイに挑戦しようかとも思うが、身を隠せるような場所がない。
場所はまだしも、お尻をふくティッシュがないではないか。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい。
ティッシュより安全にプレイできる場所の確保が肝心だ。
もし友達に見つかろうものなら、この先10年は「野ぐそマン」のあだ名を背負わされることになるだろう。
<例文2>
学校の帰り道で、急に催してしまった(ガーン!)。
それも小ではなく、大のほうを(笑)。
困った(涙)。
トイレを借りられそうなコンビニやスーパーはない。
人生初の野外プレイに挑戦しようかとも思うが、身を隠せるような場所がない(トホホ)。
場所はまだしも、お尻をふくティッシュがないではないか。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい(あたりまえか)。
ティッシュより安全にプレイできる場所の確保が肝心だ(笑)。
もし友達に見つかろうものなら、この先10年は「野ぐそマン」のあだ名を背負わされることになるだろう。
さて、<例文1>と<例文2>、どちらがおもしろく感じましたか?
私は<例文1>のほうがおもしろいと思います。
もちろん、基本的に同じ文章なので、大差はありませんが、<例文1>のほうが「ばかばかしいエピソードをクソまじめに語っている」気がします。
そこがポイントです。
<例文2>は、各文末に余計な飾りをつけすぎたことで、書き手だけが勝手におもしろくなってしまっています。
私は常々、おもしろい表現というのは「ばかばかしいこと」を「大まじめに語る」ことにあると思っています。
私は三谷幸喜の「ラヂオの時間」という映画が好きですが、なぜあの作品がおもしろかというと、外野から見ると何ともばかばかしく滑稽なことを、本人たちがクソまじめにやっているからです。
超真剣。
そこにおもしろさがあります。
チャップリンの映画などもそうでしょう。
チャップリンは喜劇役者ですが、チャップリン自身が笑うことはありません。
文章に例えるなら、チャップリン自身が「(笑)」や「\(^o^)/」を使うことはないのです。
漫才や落語なども、本当におもしろいのは、演じている彼らが「大まじめ」なときです。
「(笑)」には、「自分がおかしいと思っている」という意味以外に、「あなたに好意を持っていますよ」や「これは冗談ですよ」という意味がありますので、メールのやり取りや、気軽なブログ記事を書くときにはたいへん重宝します。
ただし、何かおもしろいエピソードを書こう(人を楽しませよう)というときに、「(笑)」を連発することは、あまりオススメしません。
たとえば、
それも小ではなく、大のほうを。
と読んだときに、読者は「おいおい大かよ~(笑)」と勝手に思うわけです。
つまり、文章にわざわざ「(笑)」をつける必要はないのです。
「(笑)」をつけたくなるのは、書き手自身が恥ずかしいと思っているからです。
おもしろい文章を書こうと思うなら、その「恥ずかしさ」は封印しましょう。
その「恥ずかしさ」の分だけ、「おもしろさ」が軽減してしまいますので。
学校の帰り道で、急に催してしまった(ガーン!)
身を隠せるような場所がない(トホホ)
これらの「ガーン!」や「トホホ」も、本人があえて言ってしまうと、少ししらけた感じがしてしまいます。
大事なのは、「ガーン!」や「トホホ」を使わずに、読者に「ガーン!」や「トホホ」という気分を伝えることなのです。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい(あたりまえか)
この自分ツッコミ「あたりまえか」もいらないでしょう。
ツッコミは読者にしてもらえばいいのです。
おもしろい文章を書くコツは「ばかばかしいこと」を「大まじめに語る」ことです。
「(笑)」を使わずに、読者を笑わせましょう。
<例文1>
学校の帰り道で、急に催してしまった。
それも小ではなく、大のほうを。
困った。
トイレを借りられそうなコンビニやスーパーはない。
人生初の野外プレイに挑戦しようかとも思うが、身を隠せるような場所がない。
場所はまだしも、お尻をふくティッシュがないではないか。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい。
ティッシュより安全にプレイできる場所の確保が肝心だ。
もし友達に見つかろうものなら、この先10年は「野ぐそマン」のあだ名を背負わされることになるだろう。
<例文2>
学校の帰り道で、急に催してしまった(ガーン!)。
それも小ではなく、大のほうを(笑)。
困った(涙)。
トイレを借りられそうなコンビニやスーパーはない。
人生初の野外プレイに挑戦しようかとも思うが、身を隠せるような場所がない(トホホ)。
場所はまだしも、お尻をふくティッシュがないではないか。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい(あたりまえか)。
ティッシュより安全にプレイできる場所の確保が肝心だ(笑)。
もし友達に見つかろうものなら、この先10年は「野ぐそマン」のあだ名を背負わされることになるだろう。
さて、<例文1>と<例文2>、どちらがおもしろく感じましたか?
私は<例文1>のほうがおもしろいと思います。
もちろん、基本的に同じ文章なので、大差はありませんが、<例文1>のほうが「ばかばかしいエピソードをクソまじめに語っている」気がします。
そこがポイントです。
<例文2>は、各文末に余計な飾りをつけすぎたことで、書き手だけが勝手におもしろくなってしまっています。
私は常々、おもしろい表現というのは「ばかばかしいこと」を「大まじめに語る」ことにあると思っています。
私は三谷幸喜の「ラヂオの時間」という映画が好きですが、なぜあの作品がおもしろかというと、外野から見ると何ともばかばかしく滑稽なことを、本人たちがクソまじめにやっているからです。
超真剣。
そこにおもしろさがあります。
チャップリンの映画などもそうでしょう。
チャップリンは喜劇役者ですが、チャップリン自身が笑うことはありません。
文章に例えるなら、チャップリン自身が「(笑)」や「\(^o^)/」を使うことはないのです。
漫才や落語なども、本当におもしろいのは、演じている彼らが「大まじめ」なときです。
「(笑)」には、「自分がおかしいと思っている」という意味以外に、「あなたに好意を持っていますよ」や「これは冗談ですよ」という意味がありますので、メールのやり取りや、気軽なブログ記事を書くときにはたいへん重宝します。
ただし、何かおもしろいエピソードを書こう(人を楽しませよう)というときに、「(笑)」を連発することは、あまりオススメしません。
たとえば、
それも小ではなく、大のほうを。
と読んだときに、読者は「おいおい大かよ~(笑)」と勝手に思うわけです。
つまり、文章にわざわざ「(笑)」をつける必要はないのです。
「(笑)」をつけたくなるのは、書き手自身が恥ずかしいと思っているからです。
おもしろい文章を書こうと思うなら、その「恥ずかしさ」は封印しましょう。
その「恥ずかしさ」の分だけ、「おもしろさ」が軽減してしまいますので。
学校の帰り道で、急に催してしまった(ガーン!)
身を隠せるような場所がない(トホホ)
これらの「ガーン!」や「トホホ」も、本人があえて言ってしまうと、少ししらけた感じがしてしまいます。
大事なのは、「ガーン!」や「トホホ」を使わずに、読者に「ガーン!」や「トホホ」という気分を伝えることなのです。
いや、この際、ティッシュはどうでもいい(あたりまえか)
この自分ツッコミ「あたりまえか」もいらないでしょう。
ツッコミは読者にしてもらえばいいのです。
おもしろい文章を書くコツは「ばかばかしいこと」を「大まじめに語る」ことです。
「(笑)」を使わずに、読者を笑わせましょう。
いいね!した人
| コメント(10)
| リブログ(0)