【グローバルフォーカス】平昌五輪が越えなければならない峠3つ(2)

【グローバルフォーカス】平昌五輪が越えなければならない峠3つ(2)

2016年06月24日10時01分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  開幕式前に超えなければならない最初の試練は「政治」だ。あらゆるメディアがオリンピック開催国に虫眼鏡を突きつけて小さなキズをいちいち大きく取り上げる。88年ソウル五輪の時、西欧メディアは韓国人が犬の肉を食べると報じた。多くの米国人にとっては衝撃的だった。北京五輪の時はさまざまなグループの活動家が人権蹂躙、中国の手段政策、労働環境などを理由に五輪ボイコットを主張した。

  2018年が近くなるほど平昌五輪関連の報道が増えるだろう。政治はその常連素材だ。平昌五輪を扱う記事は88年ソウル五輪の時に比べればはるかに苛酷ではないだろう。当時、主要新聞社は民主化デモに対応する戒厳令宣言の可能性について報道した。だが、一部の記事は北朝鮮あるいは韓国内の政治状況と関連させて批判的な内容を書くだろう。

  2つ目の試練は「準備」に関連する。メディアは例外なく平昌五輪の細部実行計画に対する記事を書くだろう。オリンピックには建設から切符販売、保安までそれこそ数百万種類のディテールが関わっている。ストーリーを発掘しなければならないメディアは過多支出や非効率的な支出に対して報道するだろう。競技場が適時に完工できず、選手たちが「ペイント注意」の案内板がある競技場で競い合うことになるだろうとの記事も出てきそうだ。メディアはテロ威嚇に対しても書くだろう。不幸にも72年ミュンヘン五輪以降、テロは今なお残る威嚇だ。

  3つ目の試練は「使い勝手の良さ(user-friendliness)」だ。観覧客が到着してどのような不便を経験することになるかについての問題だ。切符販売システムにエラーが発生するとか、ホテルに部屋が十分ないとか、競技場へ行く交通手段が水準以下だという記事が報道されるかもしれない。64年東京五輪の時、ニューヨーク・タイムズはホテルのベッドサイズが西欧の人にとって小さすぎると伝えた。2016年リオデジャネイロオリンピック(リオ五輪)に対しては費用超過の話が出ている。2018年平昌五輪の時もそのような報道を私たちは目にすることになるだろう。

  良い便りは、韓国人が式典の試練に対して焦る必要はないということだ。2018年韓国の祭りをめちゃくちゃにしようとする陰謀はないと信じてもかまわない。平昌オリンピックパークメインスタジアムでの開幕式に最初の選手が姿を表わした瞬間、すべての「政治」は中断される。メディアのすべての批判も止まる。世界はメダルに向かう選手たちのプレー中の姿と選手たちのストーリーなど、ひたすらスポーツに集中する。人々がオリンピックで記憶しなければならないのはスポーツだ。

  ビクター・チャ米国ジョージタウン大学教授

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