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第二十七話「冒険者の宿」
冒険者ギルドから出る。
周囲がやけに暗かった。
まだ空は明るいのに、町中だけが妙に暗い。
それが、この町がクレーターの下にあるからだと気付いたのは、その数秒後だ。
高い壁があるせいで、夕暮れ時から影ができているのだ。
すぐにでも真っ暗になるだろう。
「はやく宿を探しましょう」
と、提案すると、エリスは不思議そうな顔をした。
「別に町の外で野宿してもいいんじゃないの?」
「まあまあ、そう言わずに、町中でぐらいゆっくり休みたいじゃないですか」
「そう?」
ルイジェルドはというと、どっちでもよさそうだ。
野宿時の夜の見張り番は、ルイジェルドに任せっきりになっている事も多い。
彼は半分寝ながらも、近づいてくる相手に気が付けるのだ。
夜中に何かの破裂音が聞こえたと思って起きたら、ルイジェルドが魔物と戦っている音でした、なんてのは心臓に悪い。
まあ、宿だ。
腹も減った。
何か買うのもいいが、先日の干し肉がまだ残っている。
ここは食費を抑えるためにも、それで我慢するか……。
とはいえ、お腹はペコちゃんだし、腰を落ち着けてガッツリと食いたい気分だ。
「ねえルーデウス! 見て!」
エリスの興奮した言葉。
なんだい、ナニを見せてくれるんだい?
そう思って顔を上げると、クレーターの内壁がボンヤリと光っていた。
日が落ちるにつれて、光が強くなっていく。
「すごい! すごいわ! こんなの初めて見た!」
日が完全に落ちると、クレーターの内壁は、石と土で出来た街中を明るく照らしだした。
まるでライトアップされた遊園地のようだ。
「へえ、確かにこれはすごいですね」
生前、深夜でも真っ暗にならない場所に住んでいた俺の感動は薄い。
だが幻想的な風景であることは認めざるをえない。
しかし、なんで光っているのだろうか。
「あれは、魔照石だな」
「む、知っているのかライデン……!」
「ライデン? 誰だ……? 何代目かの剣神にそんな名前の奴がいたような……?」
当然ながらネタは通じない。
この世界にはこういうネタが通じるヤツがいないと思うと、ちょっと寂しい。
「失礼。僕の知り合いに、そういう名前の何でも知ってる人がいたんですよ。
物知りな人でね、ちょっと間違えました」
「そうか」
頭を撫でられた。
まるで死んだ父親を懐かしがる子供をあやすような仕草だ。
別にライデンが父親の名前ってわけじゃないですよ?
父親の名前はパウなんとかっていう人ですよ。
父親としてはそれなりですけど、人としてはダメな部類の。
「それで、魔照石というのは?」
「魔石の一種だ」
「どういう効果なんですか?」
「昼間の間は日の光を蓄え、暗くなるとああして光るんだ。
もっとも、昼間の半分も光が続くわけではないがな」
ソーラー充電か。
アスラ王国では見なかったな。
便利なんだからもっと使えばいいのに。
「夜に明かりになるなら、もっと出まわっていてもいいんじゃないんですか?」
「いや、あれはかなり希少な石だ」
「え? じゃあ、あそこにあるのは?」
街中を照らせるぐらいの量があるようだが。
「魔界大帝が存命の時に、集めさせたのだそうだ。見ろ」
と、ルイジェルドが指差す先には、
光の中でぼんやりと浮かび上がる、半壊した城の姿。
「あの城を美しく見せるためだけにな」
「凄いことを考えるんですね」
魔界大帝さんの姿がほわんほわんと思い浮かぶ。
ボンデージファッションに身を包んだエリスが、
わたくしを美しくみせるためには光が必要なのよ! と叫んでいた。
「盗まれたりはしないんですか?」
「一応、禁止されているという話だが、詳しくは知らん」
まあ、ルイジェルドも町に入るのは初めてという話だしな。
結構高い位置が光っているし、飛べたりしなければそう簡単には取れないか。
「当時は散々ワガママだと言われたそうだが、今ではこうして役に立っている」
「案外、人々のために集めたのかもしれませんよ」
「まさか。魔界大帝は自堕落で退廃的だと有名だ」
自堕落で退廃的か。
生きているのなら、ぜひお会いしたいものだ。
きっとサキュバスみたいなエッチでビッチなお姉さんに違いない。
「事実は小説より奇なり、ですかね」
「それは人族独特の言い回しか?」
「そうですよ。スペルド族だって、本当は心優しい種族じゃないですか」
頭を撫でられた。
この歳になって頭を撫でられるとか、どうなんだ。
と、思うが、考えてみてほしい。
精神年齢40代中盤の男が、実年齢560代中盤の男に撫でられている状況を。
よくわからないかな?
では、0を取ってみよう。
年齢4歳の男が、年齢56歳の男に撫でられている状況。
微笑ましいとは思わんかね?
「ねえ! お城に行ってみたい!」
エリスは暗闇に浮かび上がる漆黒の魔城 (半壊)を指さして言った。
が、俺は却下する。
「今日はダメ。先に宿に行きましょう」
「なんでよ、いいじゃない、少しぐらい!」
ぷくっと頬を膨らませるエリス。
それを見ると、少しぐらいいいか、という気分になる。
が、昼間ほど光り続けるわけではない、とルイジェルドは言っていた。
城にたどり着く頃に消えていたら面白くない。
それと……。
「最近、ちょっと疲れ気味なんですよ。宿に行きましょう」
「え? 大丈夫なの?」
疲れ気味。
そうだ。
慣れない旅で疲れているのもあるが、ちょっとだけ身体が重い気がする。
実際には魔物との戦闘でも動けているから問題はないんだが、
いつもより疲れがたまるのが早い気がする。
気苦労だろうか。
「大丈夫ですよ。ちょっとだけですから」
「そう……? じゃあ、我慢するわ」
我慢、か。
昔のエリスからは出て来なかった単語だ。
エリスはちゃんと成長しているな。
なんて思いつつ、宿へと移動した。
---
狼の足爪亭。
12部屋。
一泊・石銭5枚。
建物は老朽化しているが、冒険者の初心者向けという姿勢であり、良心的な値段。
石銭をさらに1枚支払えば、朝夜の食事が付く。
冒険者としてパーティを組んで二人以上で一部屋に泊まれば、食事代が無料となる。
初心者向けということで、ベッド数が多くても値段は一律。
入り口は酒場兼ロビーになっていて、
席数は決して多くないがテーブル席とカウンター席が並んでいる。
テーブルには初心者向け、という言葉どおり、宿には3人の若い冒険者がいた。
若いといっても、年齢は今の俺より上。エリスと同じぐらい。
全員が男。少年だ。
彼らは、俺達を無遠慮に見てきた。
「どうする?」
ルイジェルドが聞いてくる。
ここでも演技をするのか、という視線だ。
「やめておきましょう」
俺はちょっと考えて、やめた。
「寝る所でも気を張りたくありません」
この宿に何泊することになるのかはわからない。
だが、彼らはまだ子供だ。
泊まる場所が一緒であるなら、否が応にもルイジェルドの人の良さを目の当たりにするだろう。
「パーティで三人。とりあえず、三日分」
「あいよ。食事はどうするんだ?」
愛想の悪い店員だ。
「食事もお願いします」
とりあえず三日分の料金を払っておく。
食事代がタダになるのはいいな。
残り、鉄銭1枚、屑鉄銭3枚、石銭2枚。
石銭換算で、132枚。
「き、君も新人なのかい?」
宿屋の決まりなんかを店主に聞いていると、
エリスが新人に声を掛けられていた。
額に角があるやつだ。
白髪頭で、まあ、美男子と言えなくもないかな。
百歩譲ってな。
他二人も……まあ、美少年だろう。
ちょっとゴツい感じがする偉丈夫に育ちそうな、腕四本の少年と、
口が嘴になってて、頭に羽毛が生えている少年。
まあ。うん。
美少年、と言えなくもない。
タイプはそれぞれ違うが。
最初の奴が「ノーマル」とするなら、残り二人は「かくとう」と「ひこう」だろう。
「お、俺たちもそうなんだ。どうだい、一緒に食事でも」
ナンパかよ。
ガキが粋がりやがって。
でも、ちょっと声が震えている。
微笑ましいと言えなくもない。
「依頼を受ける時のコツとか、教えられるって思うしさ」
『…………ふん』
ぷいっと顔をそむけるエリス。
さっすがエリスさん!
ナンパはガン無視に限りますよね!
まあ、言葉がわかんないからでしょうけど。
「なあ、ちょっとでいいんだよ。そっちの弟君も一緒に」
『………』
そろそろ助けに入ろうか、と思っていたら、
エリスは、すっと視線を外して、彼らから離れようとした。
知っているぞあの技は。
エドナさん直伝の礼儀作法。
「相手にしたくない貴族の避け方・初歩編」だ!
どうする、少年。
紳士なら、ここは察して引いておくべきだ。
「無視するなよ」
少年は紳士ではなかった。
イラっとしたのか、エリスのフードの端を掴み、グッと引っ張った。
後ろに引っ張られる形となったエリスだが、
つんのめったりしなかった。
足腰がかなり鍛えられているからだ。
かといって、少年も引きずられたりはしない。
冒険者なんかやっている所を見ると、結構力自慢なのかもしれない。
ビッ、と。
安物のフードの端が、嫌な音を立てて破れた。
『……え?』
エリスがその音を聞いて、
そして、破れた部分を見た。
ブチン。
俺には、確かにその音が聞こえた。
……エリスがキレた音が。
『何すんのよ!』
宿を揺らすほどの金切り声がゴングだった。
振り向き様に、ボレアスパンチ。
サウロスから学び、ギレーヌの訓練を経て完成されたターンパンチは、少年の顔面を正確に捉えた。
首の骨が折れるんじゃないかってぐらい、ぐりんと回った。
後頭部を床にぶつけ、一発で気を失う。
素人の俺でも、相当な破壊力を持っているとわかるパンチだった。
もしここに最強死刑囚がいたのなら、「なんてパンチだ」と呟いた事だろう。
強引なナンパの末路、いい気味だ。
彼もこれに反省したら、二度とエリスに声を掛けるなんて危険な真似はしないだろう。
教訓だ。
さて、残り二人と喧嘩になるだろうから、今のうちに割って入るか。
『あたしを誰だと思っているのよ! 身の程をわきまえなさいよ!』
しかし、エリスは一撃では終わらなかった。
ボレアスキック。
サウロスから学び、ギレーヌの訓練によって完成された喧嘩キックは、二人目のみぞおちを正確に捕らえた。
「ぐぅぇえ……!」
四本腕の少年は悶絶しながら膝を落とした。
そこに、膝蹴りで追い打ち。
少年は顎を跳ね飛ばすように吹っ飛んだ。
「え? え? ええ?」
最後の一人、鳥の少年は、まだ事態をうまく飲み込めていない。
それでも、向かってくるエリスを迎撃しようと思ったのか、腰の剣に手をやる。
剣はやりすぎだろう。
慌てて魔術を使って割って入ろうとする。
しかし、エリスの方が数倍はやりすぎだった。
彼女は鳥の少年が剣を抜くより前に、
その顎先をかすめるような拳はヒットした。
鳥の少年が、その白目のないはずの瞳で白目を向く。
一瞬で三人が無力化された。
エリスは、つかつかと最初の少年の所に歩き、
その頭をサッカーボールのように蹴りあげた。
少年は一発目で目を覚まし、しかし何も出来ず、ただ丸まって耐えた。
エリスはそんな少年を、何度も、何度も、執拗に蹴り上げる。
『これは、ルーデウスが、初めて、買ってくれた、服なんだからね!』
あらまあ! エリスさん!
そんなに俺のことを!
あんな安物なのに、赤毛は目立つからってかぶせただけなのに……。
おじさん、キュンときちゃう!
『一生後悔させてやるわ! 踏みつぶしてやる!』
ナニを?
何がナニかは怖くて聞けない。
エリスは少年を蹴り転がし、
仰向けにして片足を掴み、
恐ろしい形相で恐ろしいことを言った。
目を覚ましたばかりの少年も、彼女が何を言っているのかわからないが、何をするのかわかったのだろう。
助けてくれ、ごめんなさいと言って逃げようとする。
しかし、エリスに言葉は通じない。
エリスは逃さない。
詰めの甘い女ではない。
エリスは徹底的にやる。
あの少年の末路は、
三年前、逃げきれなかった時の俺の末路だ。
『エリス、待って!』
ここで、俺はようやく止めに入ることができた。
突然の出来事すぎて、どうにも割って入るのが遅れてしまった。
『抑えて! エリス、それ以上はいけない! ハウス!』
『なによ、ルーデウス! 邪魔をするの!』
後ろから抱きついて止める。
手に胸が触れる。
柔らかい感触だ。
けど、それを楽しむ暇はない。
エリスは暴れ、今にも少年のを踏み潰しそうだ。
少年のナニを?
ナニが何かは怖くて言えない。
『縫えば、縫えばいいから! 俺が縫うから!
だから許してあげて! さすがにそれはかわいそう!』
『なによ………ふん!』
俺が必死に言うと、
エリスは怒り心頭といった表情のまま、暴れるのをやめた。
拘束を解くと、肩をいからせてルイジェルドの方に歩いて行った。
ルイジェルドは酒場の椅子に座り、何か微笑ましいものを見る目で見物していた。
『ルイジェルドさんも! 次からは止めてください!』
『ん? 子供の喧嘩だろう?』
『子供の喧嘩を止めるのも保護者の仕事です!』
明らかに実力が違うじゃないですか。
---
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、だ、大丈夫……」
俺は、倒れた少年たちにヒーリングを掛け、助け起こした。
なんとなく、仲間意識。
「悪かったね。彼女、魔神語が喋れないんですよ」
「こ、怖かった……な、なんで怒ってたの?」
「しつこいのが嫌いなのと、フードが大事なものだから、かな?」
「そ、そっか……すまなかったと伝えてくれないか?」
エリスを見ると、フードを外し、その破れ目を睨んでギリギリと歯ぎしりしている。
もう、絶対に許さないって顔だ。
あんな顔は久しぶりに見た。
具体的に言うと、初対面の時以外には見たことがない。
!?、とかビキビキ、とかいう効果音がついてそうな顔だ。
「今話しかけたら、多分僕でも殴られます」
「そ、そっか。可愛いけど、怖いんだな」
最近はお淑やかになったと思ったが……。
猫を被っていたのだろうか。
成長したと思ってたのに、ちょっとショック。
「そうとも。可愛いんだ。だから、あんまり気安く話しかけない方がいい」
「う、うん。そうだね」
「それと、もし今回のことで復讐しようとかも、考えないほうがいいですね。今回は不慮の事故だから止めたけど、次は命を落としますよ」
きちんと釘を刺しておく。
少年はしばらく目を丸くして鼻をさすったり、
後頭部にこぶが無いかを確認していたが、
落ち着いたらしく、名前を名乗った。
「……オレはクルト。君は?」
「僕はルーデウス・グレイラット。さっきのはエリス」
名乗り合うと、遠巻きにしていた二人の少年もよってきた。
クルトがヤンチャしたせいでとばっちりをくった二人だ。
「バチロウ」と、腕四本のゴツイ方。
「ガブリン」と、鳥っぽい方。
二人はそう名乗ると、クルトの両脇に移動し、ポーズを取った。
「三人揃って、『トクラブ村愚連隊!』」
「…………」
ア○ナエクスクラメーションみたいなポーズを取る三人。
俺は素直にダサいと思った。
愚連隊ってなんだよ。暴力団かよ。
ていうか、トクラブ村ってどこだよ。
「もうすぐDランクに上がりそうだし、そろそろ女の子の魔術師が欲しいなって話してたんだ」
「女の子の魔術師?」
そんなのがどこにいるんだ?
ここにいる魔術師は俺だけだ。
別に魔術師らしい格好をしているわけではないし……。
ん? 魔術師らしい格好?
「もしかして、フードを被ったエリスを見て、魔術師だと思った?」
「うん。だって、フードをつけるのは魔術師だろう?」
「剣を持ってるでしょう?」
「え? あ、本当だ」
腰の剣は目にはいらなかったらしい。
きっと、彼は自分の都合のいいことしか見えないタイプなのだ。
「君は魔術師だよね。治癒魔術が使えるなんてすごいよ」
「まあ、一応は」
「二人一緒にどうだい?」
愚連隊に?
俺が?
冗談じゃないよ。
ていうか、こいつ、エリスにあれだけやられて懲りてないのか?
「僕が入ると、あっちの人も一緒に入ることになりますよ」
指差す先にはルイジェルド。
二人は酒場のテーブル席で、何やら話している。
ルイジェルドは、何やらエリスに言い含めている。
エリスはムッとした顔をしつつも、素直に頷いていた。
「え? あの人もパーティなのかい?」
「そうとも。名前はルイジェルド」
「ルイジェルド……? パーティ名は?」
「『デッドエンド』」
その単語に、彼らは「はぁ?」という顔をした。
なんてものを騙ってるんだ、と言わんばかりだ。
「そんな名前、大丈夫なのか?」
「本人の許可は取ってあります」
「なんだそりゃ」
冗談だと思っている。
でも、本当のことだ。
「ま、いいじゃないか。
そういうわけだから、俺もエリスも君らと一緒にはいけないよ」
こいつらと組んで良い事もなさそうだしな。
俺たちは、仲良し冒険者ごっこをやりたいわけではないのだ。
「そっか、でも後悔するなよ。
オレたちはこの町で有名になるから。
後になってパーティに入れてくれ、ってのは無しな?」
有名って……。
いや、でもそういうものか。
町で冒険者デビュー。将来に希望を持つ若手。
さっきの冒険者ギルドでも、こういう若手は微笑ましい目で受け入れられるのだろう。
でもな。
「エリス相手に何もできずに転がされて、よく言うよ」
「さ、さっきのは油断してたんだよ」
「お前それ、魔大陸の平原でも同じこと言えんの?」
「ぐっ……」
言い負かした。
実に気分がいい。
さすが魔大陸平原のパクスコヨーテは説得力が違うぜ。
俺は『トクラブ村愚連隊』と別れた。
---
食事を終えて部屋に入る。
毛皮のベッドが三つ並んだ部屋だ。
「ふぅ……」
俺は無言でベッドに腰掛けた。
疲れた。
今日も疲れた。
体調がやや良くないのもあるが、
人と会ったり、笑われたり、馬鹿にされたりするのは精神的に疲れるのだ。
例えそれが演技でも。
「……」
エリスは窓の外を見ていた。
そこには、徐々に暗くなっていく町の風景がある。
半壊した城が実に幻想的だとは思うが、
よく背景を気にしている余裕があるものだ、と思う。
考えなければいけないことはたくさんある。
だってのに、全部俺に丸投げか。
いい気なもんだ。
いや、ネガティブな考えはよそう。
彼女が考えてないのは、俺を信頼してくれているからだ。
それが証拠に、ワガママもあまり言わないじゃないか。
(ワガママは言わないけど、喧嘩はするけどね)
寝転び、天井を見ながら考える。
これからどうするか。
必要なものは、そう、まずは金だ。
この宿は部屋数一泊で石銭6枚。
冒険者向けのサービスのお陰で石銭5枚。
三人分で石銭15枚だ。
最低でも、それ以上は稼がなければいけない。
しかし、依頼を見たところ、Fランクの相場は石銭5枚前後。
Eランクでも屑鉄銭1枚前後だ。
一人なら、Fランクの仕事を1日に1回以上やることで宿代を払い、
ランクの上昇にしたがってもらえる金額が増えて、金が貯まる。
F・Eは基本的に町中の仕事だが、
Dランク以上になってくれば採取の依頼も増える。
Eランクで金を貯めつつ、装備を買ってDランクの仕事を受けていく。
そういうシステムなのだろう。よく出来ている。
(1日に昼飯代・消耗品代も込みで考えて、石銭20枚。
最低でも1日に1回依頼をこなせるとして、石銭10~15。
現在の手持ちを石銭で換算すると、132枚)
二週間持たない。
あっという間に無くなる。
俺たちは1日に二つか三つ以上の仕事をしなければ元が取れない。
手分けをすれば、1日に石銭20枚程度の仕事は出来るだろう。
けど、ルイジェルドを一人にさせた結果、正体がバレるかもしれない。
エリスは言葉が喋れないから、依頼をこなすのも大変だろう。
短気なエリスのことだ。
出先で喧嘩するかもしれない。
そもそも、別々に仕事をすると、ルイジェルドの宣伝が出来ない。
ランクアップすれば、金の問題は解決だ。
戦闘系の依頼なら、ルイジェルドやエリスが得意とする所。
すぐに軌道に乗るだろう。
とはいえ、討伐系は基本的にCランクから。
2週間以内にDランクに上がれば、なんとかなる。
けど、それには1日1回の依頼をこなすだけでは無理だろう。
何回依頼をこなせばランクアップ出来るかは聞きそびれたが……。
少なくとも、能力があるから飛び級できるわけではないらしい。
地道にこなして行かなければならないのだ。
また、俺の体調は本調子ではない。
大丈夫だとは思うが、俺やエリスが解毒で直らない類の病気になる可能性もある。
それに、他にもどんな時に金を使うかわからない。
ルイジェルド用の染料も定期的に買い足す必要もある。
服だって、着の身着のままというわけにはいかないだろう。
元々上等なものだから丈夫だし、魔術を使えば洗濯もすぐに済む。
服の水分を蒸発させるなんて簡単だからな。
とはいえ、だ。
魔術による乾燥は服の生地が結構痛むのだ。
今後破れるかもしれない。
早めに着回せるようにしたい。
石鹸だって欲しい。
俺もエリスも、最近はお湯を絞った布で身体を拭いているだけだ。
生活用品はこれからもどんどん必要になっていくだろう。
金はいる。
借金をするか?
この町にだって、探せば金融業者ぐらいいるだろう。
いや、借金はなるべくしたくない。
少なくとも、返すアテがないうちは。
いっそ、『傲慢なる水竜王』を売るか?
いや、それは最後の手段だ。
エリスが誕生日にくれたものを、そう簡単に手放せるか。
(まさか家計で悩むとはね……)
生前、金のことを口にだそうとした両親を床ドンで黙らせた事を思い出す。
胃が痛くなるような光景だ。
二度と思い出したくない。
また、数年前、学費を二人分出してくれと言った時のパウロの顔も思い出す。
ちょっと、金のことを甘くみていた。
(反省するより、金を稼ごう)
どうすれば効率よく稼げるだろうか。
毎日依頼をこなす。
いや、依頼をこなすより、
平原に出て魔物でも狩った方がいいかもしれない。
でも、それだと『デッドエンド』の名前を広めることが出来ない。
『デッドエンド』を広めるためには、冒険者ランクは上げておいたほうがいい。
きっと、今後のためにもなる。
魔物の素材の買取も、ギルドを通したほうが高いしな。
でも、そんな事をしている暇はあるのか?
ルイジェルドのことは置いといて、
まずは金を貯めて、生活の基盤を作ってからにすべきじゃないのか?
(思考が堂々巡りだな……)
金を稼ぐ、
ルイジェルドの評判を上げる。
二つ同時にやらなきゃいけないのが辛い所だ。
(なにか……いい方法があればいいんだがな)
何も思いつかないまま、俺は静かに眠りに落ちた。
---
夢。
白い場所だった
何もない場所だった。
そして、卑猥な奴が立っていた。
同時に、鈍重で卑屈なきもちが沸き上がってくる。
またか、と溜息をつく。
今度はなんだよ。
イライラしながら、モザイク野郎に問いかける。
なるべくなら、手短に終わらせて欲しいものだ。
「今回もつれないね。
ルイジェルドを頼ったお陰で、町までたどり着いただろう?」
確かにな。
でも、ルイジェルドの性格を考えるにだ。
もし俺たちが逃げても、影ながら守ってくれただろうさ。
「随分と彼を信頼してるねえ。
なのに、どうして僕は信用してくれないんだい?」
わかんねえのか?
神を名乗っているくせに?
「さて、そんな事より、次の助言だ」
はいはい、わかったよ。
手短に終わらせてくれ。
モザイク野郎の声を聞くのも嫌なら、この感覚も嫌なのだ。
ルーデウスが夢の記憶として薄れ、クソニートの感覚がよみがえるこの感覚は。
どうせ最終的には聞かされることになるんだから、最初から聞いた方がいい。
「卑屈だねえ」
どうせ、お前の手のひらの上で踊らされる事になるんだろう?
「そんな事はないさ。どう動くも君次第」
御託はいいから、さっさと話を進めろよ。
「はいはい……。
ルーデウスよ、ペット探しの依頼を受けなさい……。
それであなたの不安は解消されるでしょう……」
でしょう……でしょう……でしょう……。
エコーを聞きながら、俺の意識は沈んでいった。
---
夜中。
目覚める。
嫌な夢をみた。
正直、あのお告げは勘弁してほしい。
いいタイミングで出てきやがって。
間違いなくあいつは邪神だな。
人の心の弱い部分を付くのがうまい邪神だ。
モッ○スだ。
「ふぅ……」
ため息を一つ。
左を見る。
ルイジェルドは寝ている。
ベッドではなく、なぜか部屋の隅で槍を抱えるように。
右を見る。
エリスは起きていた。
ベッドに腰掛け、
膝を抱いて、すっかり暗くなった窓の外を眺めていた。
俺は静かに起き上がると、彼女の隣に座った。
窓から外を見る。
この世界も、月はひとつだ。
「眠れないんですか?」
「………うん」
エリスは窓の外を見ながら、こくりと頷いた。
「ねえ、ルーデウス」
「はい」
「私たち、帰れるのかな……?」
不安げな声。
「それは……」
俺は自分の不明を恥じた。
彼女は今まで通りだと思っていた。
不安なんてないし、この状況を、冒険を、
純粋に楽しんでいるのだと思っていた。
違うのだ。
彼女も不安だったのだ。
けど、それを俺に悟られないように振舞っていたのだ。
ストレスも溜まっていたはずだ。
だから、あんな喧嘩をしたのだ。
気付いてやれなかった。
なんてことだ。
「帰れますよ」
そっと肩をだくと、こつんと頭が肩に乗せられた。
エリスはここ数日、満足に風呂に入っていない。
ふわりと香る匂いも、以前に嗅いだのとは全然違うものだ。
けれど、嫌じゃなかった。
嫌じゃないので、俺のキカンボウが暴れそうになる。
我慢!
我慢……。
帰るまでは鈍感系だ。
あの時とは状況が違う。
今は、我慢しなければならない理由がある。
とってつけたような理由だが、不安に思っている彼女に付け入るような、卑怯なマネもしたくない。
「ねえ、ルーデウス。任せても、大丈夫よね?」
「安心してください。なんとしても、帰りましょう」
ああ、しおらしい時のお嬢様は可愛い。
サウロス爺さんの気持ちもわかるよ。
こりゃ甘やかしたくなる。
……てか、爺さんたちはどうなったんだろうか。
………いや。
…………今は、考えないようにしよう。
「頑張りましょう。エリスも寝て下さい。明日から忙しいですよ」
俺はエリスの頭にポンと手を乗せ、自分のベッドへと戻った。
ルイジェルドと目があった。
聞かれていたか。
ちょっと恥ずかしい。
が、彼はすぐに目を閉じた。
見て見ぬふりをしてくれたらしい。
ああ、いい人だなあ。
パウロだったらきっと、有無をいわさずからかってきただろうに。
やっぱり、この人のことを後回しにしちゃいけない。
しかし、パウロか。
ブエナ村の皆は元気にしているのだろうか。
パウロは、シルフィは、心配してくれているだろうか。
手紙を送らないとな。
届くかどうかはわからないけど……。
(それにしても、ペット探しか……)
人神が何を考えているかわからないが、
今回だけは、何も考えずにしたがってやろうじゃないか。
---
こうして、冒険者生活の一日目は静かに終わりを告げたのだ。
+注意+
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