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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第3章 少年期 冒険者入門編

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第二十四話「最寄りの町まで三日間」

 翌日。


「おはよう」

 村を出る時に、ロインが話しかけてきた。
 彼は今日も門の所に立っていた。

「おはようございます、今日も門番ですか?」
「ああ、狩りの連中が戻るまではね」

 そういえば、昨日は夜になっても男衆が戻って来なかった。
 なので、もしかすると夜通し立っていたのかもしれない。
 RPGに出てくる門番を思い出す。
 朝も昼も夜も、ずっと立っているだけの簡単なお仕事です。

 それにしても、帰ってくるまでずっと一人で門番なのだろうか。
 あ、長もいるか。
 こういう集落だから、長もきっちり働くだろう。

「もう行くのか?」
「ええ、昨日のうちに話もまとまりましたし」
「娘の話を聞きたかったんだが……」
「そうしたいのは山々ですが、あまりのんびりもしていられませんので」
「そうか……」

 残念そうだ。
 俺としても、ロキシーの幼少時代の話とか、もっとよく聞きたかった。

「また、会ったら連絡を取るように伝えておきます」
「頼む……」

 頭を下げられ、ロキシーに出会った時に忘れずに伝えようと、心の中にメモっておく。

「あ、そうだ、ちょっと待っていてくれ」

 ロインは、ふと思いついたように言うと、村の中へと駈け出した。
 一軒の家 (おそらくロキシーの実家)に入って、数分後。
 ロキシーによくにた女の子と一緒に戻ってきた。

 誰かを呼び出すなら念話を使えばいいのではないか、
 と思ったが、何か剣のようなものを持っていた。
 くれるのだろうか。

「家内だ」
「ロカリーです」

 ロキシーのお母さんらしい。

「ルーデウス・グレイラットです。お若いですね」

 この人たちがいなければ、俺は外に出ることが出来なかった。
 そう思うと、自然と頭も下がった。

「そんな若いだなんて……今年でもう102歳ですよ」
「ま、まだまだ十分若いですよ」

 ちなみに。
 ミグルド族は10歳ぐらいで成人と同じぐらいまで成長し、
 そこからは150歳ぐらいまで容姿が変わらないらしい。

「ロキシー先生には世話になりました」
「先生……あの子が人に教えられるような事なんて、何かあったかしら……」
「知らない事をたくさん教えてもらいましたよ」

 笑ってそう言うと、ロカリーは「まあ」と顔を赤らめた。
 何か勘違いしているらしい。

「しかし、ちょうど俺が門番をしている時に来てくれてよかったよ」
「そうですね。本当に、会えてよかった。
 ロキシー先生には、本当にお世話になりましたから。
 なんだったら、お義父さんと呼ばせてもらってもいいですか?」
「はっはは……やめてくれ」

 真顔で拒否された。
 ちょっとショック。
 でも、この真顔もロキシーぽくて、なんだか懐かしい。

「冗談はさておき、これを受け取ってくれ」

 ロインはそう言って、一振りの剣を差し出した。

「いくらルイジェルドがいるとはいえ、丸腰じゃ心もとないだろう」
「僕は丸腰じゃないんですがね……」

 と、言いつつも受け取り、鞘から抜いてみる。
 片刃で幅広。
 刃は60cmぐらいで小ぶり。
 若干湾曲している。
 マチェット……いや、カトラスに近いか。

 年季を感じる傷が各所についているが、
 刃こぼれは一切ない。
 よく手入れされているのか刀身は綺麗だが、
 ギラついた殺意のようなものがにじみ出ているように感じる。
 全体的に鈍色だが、光の反射で若干緑色に光っているせいか。

「昔、フラっと集落に寄った鍛冶師にもらった物だ。
 長年使っていても刃こぼれ一つないほど頑丈だ。
 よかったら使ってくれ」
「ありがたく頂戴します」

 遠慮はすまい。
 遠慮できるような状況でもない。
 もらえるものはもらっておくべきだ。

 俺はともかく、エリスが丸腰なのは可哀想だからな。
 彼女だって、剣神流を扱える。
 剣の一つも持っていたほうが安心できるだろう。

「それから、こっちは金だ。
 大して入ってはいないが、宿に2、3日泊まれる程度にはあるはずだ」

 わーい、お小遣いだ。
 袋を開けてみると、石で出来た粗末な硬貨と、鈍色の金属で出来た硬貨が入っていた。

 確か、魔大陸の貨幣は緑鉱銭・鉄銭・屑鉄銭・石銭の四つだったな。
 価値としては世界最低で、一番高い緑鉱銭でも、アスラ大銅貨1枚と同等か、やや及ばないぐらいだ。
 鉄銭が銅貨と同じ程度か。

 ちなみに、アスラ王国と魔大陸の貨幣を日本円に換算してみると、以下の感じだ。
 一番安い石銭を1円としている。

==============================
 アスラ金貨 10万円
 アスラ銀貨 1万円
 アスラ大銅貨 1000円
 アスラ銅貨 100円

 緑鉱銭 1000円
 鉄銭 100円
 屑鉄銭 10円
 石銭 1円
==============================

 アスラがどれだけ大国なのか、
 魔大陸がどれだけ過酷なのか、
 一目でわかる数値だ。

 もっとも、魔大陸には魔大陸の相場がある。
 だから魔族がことさら貧乏というわけでもない。

「……ありがとう御座います」
「本当は、もっとゆっくりロキシーの話をしたかったのだけれど」

 ロカリーもロインと同じようなことを言った。
 やはり、娘の事が心配なのか。
 44歳という話だが、人族に換算すると……20歳ぐらいだもんな。
 心配といえば、心配か。

「なんなら、あと一日ぐらい滞在しましょうか?」

 そう提案してみたが、ロインは首を振った。

「いいんだ。無事だとわかればね。なあ?」
「ええ。あの子は、この里ではあまりうまくやっていけない子ですから」

 うまくいきていけない。
 というのは、きっと、あの念話の力の問題なのだろう。

 村からは基本的に会話が聞こえない。
 皆無言なのだ。
 念話で話しているのだろう。
 ロキシーはこの念話が出来ないと言った。
 会話に混ざれない、他人の会話が聞こえないとなると、
 確かに家出もしたくなる。

「わかりました。それでは、また会いましょう」
「ああ、けど、お義父さんはごめんだぞ?」
「あはは、も、もちろんですよ」

 きっちり釘を刺された。

 ロキシーと会えるかどうかはわからないが、
 いずれ、金だけでも返しにまた来よう。


---


 最寄りの街までは、徒歩で三日掛かるらしい。

 初日で早速、ルイジェルドの重要性を痛感した。
 仲間にしておいてよかった。

 長年一人で旅をし続けてきたルイジェルドは、
 道を知っており、野宿の仕度も完璧にこなした。
 もちろん、生体レーダーも持っているので、索敵もお手の物。
 この人、便利すぎる。

「出来れば、色々と教えていただけませんか?」
「覚えてどうするんだ?」
「役立てます」

 というわけで、俺とエリスはこの三日間で野宿をマスターすべく、
 ルイジェルドに教えを請うこととなった。

「まず、焚き火だ。
 だが、魔大陸では薪となる木は無い」

 ふむ。
 そういえば、ルイジェルドと出会った時も、最初は焚き火だった。

「どうするんですか?」
「魔物を狩る」

 魔大陸では、とにかく魔物を狩らなければ生計が立てられないらしい。

「丁度いいところにいるな。ちょっと待っていろ」
「おっと、待ってください」

 と、駆け出そうとするルイジェルドを、俺は肩を掴んで止めた。

「なんだ?」
「一人で戦うつもりですか?」
「ああ。狩りは戦士の務めだ。子供は待っていろ」

 なるほど。
 ルイジェルドは、この先もずっとこの調子で行くつもりだったらしい。
 まあ、500年以上生きているルイジェルドから見れば、俺たちなんて子供どころか孫にすら遠くおよばないのだろう。
 しかも、ルイジェルドはむちゃくちゃ強い。
 任せっきりでも大丈夫だろう。

 しかし、万が一もありうる。
 何らかの理由でルイジェルドが動けなくなった場合。
 あるいは彼が死んでしまった場合。
 実戦経験がほぼ皆無な俺とエリスが残ってしまう。

 それは、深い森の中かもしれない。
 凶悪な魔物の前かもしれない。
 そのときに生き残るためにも、
 実戦経験は今のうちから積んでおきたい。

 だから、どうにかして、戦い方を教えてもらわないと……。

 いや、その考え方はよくないな。
 俺と彼との関係はギブアンドテイク。
 対等だ。

 教えてもらうのではなく、戦いの連携を二人で構築していくのだ。

「僕らは子供じゃありませんよ」
「いいや、子供だ」
「あのなぁ……ルイジェルド」

 強い口調で呼び捨てにする。

 彼はちょっと勘違いしている。
 立場はハッキリさせないといけない。
 俺たちは、どっちが上でもないのだ。

「俺たちはお前を手伝い、お前は俺たちを手伝う。
 目的は違えど、共に戦う仲間であり、対等な……戦士だろ?」

 そして、ルイジェルドの眼を見る。
 出来る限り、険しい顔でだ。

 十数秒の葛藤。
 ルイジェルドの決断は早い。

「…………わかった。お前は戦士だ」

 やれやれといった感じだった。
 が、これで保護者付きで危険な事の練習が出来る。

「当然、エリスも戦うけど、いいね!」
「も、もちろんよ!」

 エリスは目を丸くしてボケっとしていたが、こくこくと頷いた。
 よしよし、いい子だ。

「では、ルイジェルドさん。魔物の場所に案内してください」

 強気の演技はおしまい。
 やはり交渉は強気でやんなくちゃな。


---


 最初に相手にしたのは、ストーントゥレントという魔物だった。
 トゥレントというのは、一言で言えば木の魔物だ。
 木が魔力を吸い上げ、変異して人を襲うようになったもの。
 人はそれらを一括してトゥレントと呼んでいる。

 木の魔物というアバウトな分類であるから、その種類は多岐にわたる。
 まず、全世界で確認されているレッサートゥレント。
 これは若木が変化したもので、基本的には木に擬態して人を襲う。
 力も弱く、動きも遅く、一般的な成人男性なら訓練を積んでいなくても、斧で叩き切る事が出来る。
 これが、大森林にある妖精の泉より養分を吸い取ると、エルダートゥレントという魔物に変化する。
 極めて濃い魔力濃度を持つ妖精の泉の力により、水の魔術を扱えるようになる。
 他にも、大樹が変化したオールドトゥレント。
 枯れ木が変化したゾンビトゥレント。
 などなど。
 種類は多いが、基本的には木に擬態し、近くにきた相手に襲いかかる。
 ほうっておくと種子を残し、勝手に増える。
 この行動パターンは変わらない。

 しかし、このストーントゥレントはちょっと特殊だ。
 なんと、岩に擬態している。
 木がどうやって、と疑問に思うだろう。
 何も不思議なことではない。
 種の時点で魔物になるのが、ストーントゥレントだ。
 普段は巨大な種の形をしており、人が近づくと一瞬で木に変化して襲い掛かってくる。
 種といっても、ヒマワリの種のようにわかりやすい形状をしているわけではない。
 そこらに転がっている岩と似たような、丸くてゴツゴツした形状だ。
 ジャガイモが一番似ているかもしれない。

「戦う上で注意点はありますか?」
「ルーデウス。お前は確か魔術師だったな」
「はい」
「なら、火は使うな」
「効かないんですか?」
「燃えては薪にならん」
「なるほど」
「水もやめておけ」
「濡れると薪として使いにくいからですか?」
「そうだ」

 なるほど。
 ルイジェルドはこの魔物の事を薪としてしか見てない事がよくわかった。

「じゃあ、試しに僕とエリスで戦ってみます。エリスが危なくなったら助けてください」
「俺が戦わないことに意味はあるのか?」
「とりあえず、俺とエリスがどの程度戦えるかわからないので。
 その後、ルイジェルドさんの一人で戦う所を見せてもらって、参考にします」
「わかった」

 と、いうわけで。

 エリスが前衛、俺が後衛という形で戦うことにする。
 これはエリスの剣術の腕を鑑みてのことだ。
 俺も、可愛い可愛いエリスを前衛に出すのは気が引ける。
 が、彼女は中衛にいてもあまり役に立たない。
 他人に合わせられないからだ。
 ついでに言えば、ルイジェルドにサポートは必要無い。

 だから、エリスには自由に戦わせて、
 ルイジェルドと俺がサポートする。
 そういう形が望ましいだろう。

「じゃあエリス、僕が遠距離から一発デカイのをぶちこむから、弱ったのを叩いてください。
 一応、使う魔術の名前だけは言うようにするけど、急いでるときは端折るから、そのつもりで」
「わかったわ!」

 エリスはもらったばかりの剣の振り心地を確かめながら、やる気満々で頷いた。
 戦意はバッチリだ。

 よし、と俺は杖を構える。
 火と水はだめ。
 形状を見るに、風はあまり効かなさそうだから、土か。
 土は得意だ。
 なにせ、フィギュアを作りまくっていたからな。

 だが、魔物を相手にするのは初めてだ。
 最初は全力でいこう。

「ふぅ……」

 深呼吸を一つ。
 手の先に魔力を集める。

 何万回と繰り返してきた作業だ。
 今なら、例え足が切り落とされた状態でも、魔術を使える。

「よし」

 生成・砲弾型の岩石
 硬さ・できるだけ硬く
 変形・砲弾の先端は平たくし、凹みと刻みを入れる
 変化・高速回転
 サイズ・拳大よりやや大きめ。
 速度・出来る限り最速。 

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 杖の先から、ゴウンと空気を切り裂いて、岩の砲弾が飛び出した。
 砲弾はすんげー速度でほぼ水平に飛んでいき、まだ擬態しているストーントゥレントに着弾。

 バッガァァァン!!

 と、耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響き、
 トゥレントは爆散した。

 エリスは砲弾が発射されたのを見て走りだしていたが、着弾と同時に足を止めた。
 拗ねた顔で睨んでくる。

「何が弱らせるよ! 私に死体を斬れっていうの!?」
「ご、ごめん、僕も初めてだから加減がわかんなくて」
「もうっ!」

 初めての戦闘に水をさされた形で、エリスはご立腹だった。

 しかし、いやまさか一撃とは。
 普通の岩砲弾をホローポイント弾風にアレンジしただけなんだが……。
 やはり元の世界の人間ってのは、考えることがえげつないね。

 ふと、ルイジェルドの視線を感じた。

「その杖は、魔道具か?」

 彼は、俺の杖を見ていた。

「いえ、普通の杖ですよ。まあ、ちょっと材料は高いらしいですが」
「詠唱も魔法陣も使っていなかったが?」
「詠唱無しでやらないと、砲弾の形状が変化させられないんですよ」
「……そうか」

 ルイジェルドが無言になった。
 500年生きている彼でも、無詠唱は珍しいのだろうか。

「それで……あれがお前の最大の魔術か?」
「いえ、今のを着弾と同時に爆発させることもできますよ」
「お前の魔術は、仲間が敵の近くにいる時は、使わんほうがいいな」
「でしょうね」

 何かに当てたのは初めてだったけど、予想以上の破壊力だ。
 かするだけでも即死しかねない。
 何かサポートに向いた魔術があればいいんだが、
 どうにも前々から一人で戦うことばかりを考えていたせいで、思いつかない。

 この世界の魔術師は、どうやって戦っているのだろうか。

「ルイジェルドさん、もし魔術でサポートするとしたら、
 どんな動きをすればいいですかね?」
「わからん、今まで魔術師と共に戦ったことはなかったからな」

 まあ、ルイジェルドは歴戦のスペルド族だ。
 他のパーティの真似をすることもないだろう。

 ま、連携については、おいおい考えていけばいいか。
 今は実戦経験を詰むことを考えよう。

「申し訳ありませんが、もう一度索敵お願いします」
「ああ……だが、その前にやることがある」
「やること?」

 殺した相手にお祈りでもするのだろうか?

「薪拾いだ。随分散らばったからな」

 薪は風の魔術でかき集めた。


---


 その後、日が暮れるまで、移動しながら4度の戦闘を行った。

 ストーントゥレント、大王陸亀(グレートトータス)、アシッドウルフ、パクスコヨーテ。

 大王陸亀(グレートトータス)はルイジェルドが一撃で仕留めた。
 真正面から脳天をぶちぬいて一撃だ。
 実にスマートかつ鮮やか。
 これが創業500年、ずっとソロで魔物を狩り続けてきた男の手際か。
 ストーントゥレントを爆散させていい気になっていた自分が恥ずかしい。

 アシッドウルフは、口から酸を吐く狼だ。
 1匹だったので、エリスが倒した。
 鋭い踏み込みから一閃、一撃で首がポーンと空中に飛んだ。
 ルイジェルドに比べると雑だが、一撃だ。
 エリスは返り血をモロに浴びて、苦い顔をしていた。
 酸を吐くなら血も危ないんじゃないかと思ったが、大丈夫そうだ。

 初の実戦でこれなら十分だ、とはルイジェルドの談。

 ちなみに二匹目のストーントゥレントは俺が即死させた。
 弱らせようと魔術を使ったつもりだったが、どうにも、調節が難しい。
 きっちりダメージを与えつつ、しかし殺さない威力。
 そうしてエリスに実戦経験をつませようと思ったのだが、どうにも強くなりすぎてしまう。
 きちんと調整出来るまでは、人に向けても撃たないほうがよさそうだ。
 相手を殺さなければいけないという状況でも、
 スプラッタは見たくない。


 そして現在。
 パクスコヨーテの群れとの戦闘中だ。

 パクスコヨーテは、数十匹の集団を作る。
 群れているわけではない。
 パクスコヨーテは分裂するのだ。
 といっても、戦闘中にポコポコ増えていくわけではない。
 分裂するのは数ヶ月に1回、増えた個体はリーダーが完全に制御する。
 そうしてどんどん増えていくのだ。
 例え本体を倒したとしても、他の個体がリーダーを引き継ぎ、戦闘を続行する。
 数は力。
 群れて、完全に制御下に置けるというのは、それだけで十分すぎるほどに強い。

 パクスコヨーテ二十匹。
 並の冒険者なら命を落とす数である。

 エリスはルイジェルドにあれこれ教わりつつ、剣を振るっている。
 ルイジェルドも教えがいがあるのか、楽しそうだ。
 エリスも今日が初めての実戦だというのに、あまり気負っていない。
 あれだけ練習したんだから大丈夫、と言わんばかりの自信満々の表情で、次々とパクスコヨーテを斬り捨てている。
 生き物を殺すということに躊躇はないらしい。
 まあ、そんな心優しい子じゃないってのは、前から知ってたけど。

 俺はそれを見ているだけだ。
 いざとなれば手出しをしようと考えていたが、
 ルイジェルドのサポートは神がかっている。
 俺が何かすれば、やぶ蛇になりかねない。

 それにしても暇だ。
 仲間はずれ感。
 はやく、うまい連携を考えなければ。


 しかし、やはりエリスは強い。
 結局、彼女は俺の誕生日の直前ぐらいに剣神流の上級まで行ったんだったか。
 最近は魔術を使わなければまったく勝てる気がしない。

 上級と言えばパウロと同じだ。
 とはいえ、水神流と北神流も上級だから、さすがにパウロの方が上だろう。
 実戦経験の差もある。

 けれどギレーヌは、エリスの才能はパウロより上だと言っていた。
 いずれ追い抜くだろう。
 ざまぁねえなパウロ。


「ルーデウス! こっちだ!」

 ルイジェルドに呼ばれる。
 いつしか、パクスコヨーテは全滅していた。

「パクスコヨーテは毛皮が売れる。剥ぐぞ。
 こんなに数がいるとは、運がいいな」

 ルイジェルドは、ナイフを取り出しつつ、そう言った。
 彼にとっては、数が多いというのは、獲物が多いということに他ならない。

「ちょっと待っててください」

 ルイジェルドにそう言って、俺はエリスへと近づいた。

「はぁ……はぁ……」

 エリスは三箇所ぐらい怪我をして、息を乱していた。
 時間にして五分も戦っていないが、ルイジェルドはあくまでサポートに回っていたため、ほとんどエリスが倒したのだ。
 疲れもするだろう。 

「神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング」

 とりあえず傷を治しておく。

「ありがと」
「大丈夫ですか?」
「ふふん、余裕よ……むぐぅ」

 ドヤリと笑ったその顔に返り血がついていたので、袖で拭ってやる。
 しかし、エリスは本当に初めての戦闘の後だというのに、落ち着いている。

 天性のものなのか。
 俺なんか血の匂いでむせ返りそうだというのに。

「余裕ですか、今日が初の実戦でしょう?」
「関係ないわ。全部ギレーヌに教わったもん」

 練習は本番のように。
 本番は練習のように。ってやつか。
 エリスは素直だから、実戦でも練習の成果を100%発揮できたというわけだ。
 練習通りなら、相手が血を流しても関係ないといった所か。

「まったく……」

 俺は苦笑しつつ、ルイジェルドの所に戻る。
 彼は、俺たちのやりとりをじっと見ていた。

「エリスに戦わせてどうするつもりだ?」
「ずっと僕が守れるわけじゃないんですよ。
 いざという時に、自分の身は自分で守れないと」
「そうか」
「ところで、ルイジェルドさん。どうです、エリスは?」

 皮の剥ぎ方を教わりながら、そう訪ねてみる。
 ルイジェルドはこくりと頷いた。

「精進すれば一流の戦士になれる」
「ほんと!? やった!」

 飛び上がるエリス。嬉しそうだ。
 過去の英雄に褒められれば、そりゃ嬉しいだろうとも。

 そして、それは俺にとっても悪くない。
 ルイジェルドがエリスの才能を認めているなら。
 今後も密な連携を取っていける。

「ルイジェルドさん。これからはエリスが前衛、僕が後衛という陣形で行こうと思います」
「俺はどうすればいい?」
「遊撃で。自由に戦いつつ、僕らの死角をカバーしてください。
 そして、何か危ない事があったら、指示を飛ばして下さい」
「わかった」

 こうして、陣形は決まった。
 数日の間で、俺とエリスは着々と戦闘経験を貯めていく事になる。


---


 そして、野宿。
 夕飯は大王陸亀の肉だ。
 食べきれないので、半分以上はルイジェルドの指示で干し肉にした。

 大王陸亀の肉。
 ハッキリ言うと、あまりうまくない。
 かなり生臭いし、硬い。
 普通なら長い時間かけて煮込むものらしい。
 が、ルイジェルドは手っ取り早く焼いた。
 焚き火で焼いた。

 焚き火と言えば、
 ストーントゥレントは死亡するとカラカラに乾く。
 そのため、乾かさなくても薪として使えるらしい。
 ルイジェルドがあの魔物を薪としてしか見ていない理由が、わかった気がする。

「……」

 それにしても、肉がまずい。
 誰だ、大王陸亀の肉がうまいなんて言ったヤツは。
 ルイジェルドお前だよ。

 こういう肉は生姜とかで臭みを取らないと食えたもんじゃない。
 ああ、牛が食いたい。
 米と牛が食いたい。

 生前に読んだ漫画に、こんなセリフがある。

『焼肉は偉いよ。うまいから偉い』

 美味くない焼肉には、何の偉さもないことを如実に表す言葉だ。


 思えば、アスラ王国の食事は良かった。
 パン食が中心だったが、肉、魚、野菜、デザートと、さながら三つ星レストランのようだった。
 田舎出身の俺でこれなのだから、お嬢様育ちのエリスはさぞ大変だろう。
 と、思ったが、彼女は平気な顔をしてもっちゃもっちゃと食っていた。

「意外とイケるわね」

 うそーん。

 いや、これはあれだろうか。
 今までいいものしか与えられてこなかった子供が、
 ある日ジャンクフードを食うとうまいと感じるようなものか。

「なによ?」
「いや別に、おいしい?」
「うん! こういうのね、もぐもぐ、憧れてたのよ」

 なんでも、ギレーヌから話を聞いて、焚き火で肉を焼いて食うのに憧れていたらしい。
 変なところに憧れるんだな。

「生でも食えないことはない」

 ルイジェルドの言葉にエリスは眼を輝かせた。

「やめなさい」

 試しに、と口にしかけたエリスを、俺は必死で止めた。
 寄生虫とかいたらどうするんだ、まったく……。


---


 寝る前に、ルイジェルドはエリスに剣の手入れの方法を教えていた。
 一応、俺も聞いておく。

 もっとも、ルイジェルドの使っている槍は金属ではないし、
 エリスの使っている剣も、特殊な金属を特殊な鍛造法で作り出したものだから、
 錆びるということもないらしい。
 だが、手入れは必要だそうだ。
 血糊をそのままにしておくと、他の魔物が寄ってくるし切れ味も鈍る。
 それに、戦士として、己の武器を管理するのは当然のことだ。
 と、ルイジェルドは語った。

「そういえば、その槍って、何でできているんですか?」

 ふと、気になったので聞いてみる。
 スペルド族の三叉槍。
 純白の短槍。
 装飾は無く、柄と刃が一体になった構造をしている。

「俺だ」
「………は?」
「槍はスペルドの魂でできている」

 哲学的な返答だった。

 そうかそうか、なるほど。
 そうだね、命ってのはつまり魂。
 槍は魂、命。
 命とはすなわちハート。
 ハートとはすなわち愛。
 ルイジェルドの愛情は槍に注がれてるってことか。

「スペルド族は、生まれた時から槍を持っている」

 俺が混乱しているとルイジェルドはそう教えてくれた。
 スペルド族は、生まれた時、三叉の尻尾が生えているのだそうだ。
 それは成長と共に伸び、ある一定の年齢になると突然硬化して、体から離れる。
 槍は体から離れた後も体の一部であるらしく、
 使えば使うほど、その鋭さを増していく。

 決して折れず、何者にも砕けず、あらゆるものを貫く最強の槍。
 に、なる可能性もあるらしい、本人の鍛え方次第で。

「だから、死ぬまで槍を離してはいかんのだ」

 それは、400年前にしてしまった失敗を悔いる男の顔だった。
 恐らく彼の槍は、他のスペルド族の誰よりも硬く鋭いのだろう。

 頼もしいな。
 けど、そういう考え方はよくないんだぜ?
 頑固ってことは、他人を受け入れないってことだ。
 他人を受け入れないってことは、
 他人からも受け入れられないってことさ。

 危険だよ、その考え方は。


---


 あっという間に三日が過ぎ、町にたどり着いた。
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