いま、水素水がブームになっています。大手飲料メーカーなども参入し、スーパーでも販売されていますが、「本当に効果があるの?」と疑問視する声も少なくありません。
そこで今回は、『水の常識ウソホント77』(平凡社)など水関連の著書もある理科教育の第一人者・法政大学の左巻健男教授に、水にまつわるお話をお伺いしてきました。
■水素水は大きくわけて3パターン
左巻教授は、数年前から「水素水はブームになる」と思っていたそうです。そもそも水素水が注目されるようになったきっかけは、日本医科大学の太田成男教授らの研究でした。
試験管で培養したラットの神経細胞に対して、水素濃度1.2ppmの溶液が活性酸素を還元し無毒化することを確認したという論文が、2007年に「ネイチャー・メディシン」という医学誌に掲載されたのです。
ただ、左巻教授によると、活性酸素すべてが悪者というわけではなく、身体をまもる防御システムとしてはたらいている部分もあるそうです。
現在さまざまな形態の水素水が販売されていますが、左巻教授は大きく分けて3つのグループがあると見ています。
(1)水素を溶かし込んだ水を販売
(2)もともとアルカリイオン水をつくる機器を販売していた業者が、水素水にシフトした
(3)水に溶かす粉末状のもの、サプリメントタイプを販売
「いま水素水がブームになっているので、いろんな業者が参入しています。過去にもアルカリイオン水や還元水、海洋深層水など“○○水ブーム”が起こったが、終わったらパッと消える業者も多い。気をつけたほうがいいですよ」と左巻教授はいいます。
もしかしたら水素は、特定の疾患に対して医学的に使えるかもしれません。
しかし、まだまだ研究途上です。アルツハイマー病に効くという結果が出ていますが、いま実証されているのは一部の病気に効果があるという結果だけ。
しかも人数が少ない。まだそういうレベルなのに、「万人に効果がある」とされているのはおかしい、と左巻教授は見ています。
「本来は少なくとも数百、できれば数千人レベルでの評価が必要なんです。具体的には2つのグループに分けて、一方には普通の水、もう一方には水素水を与えて効果をみる二重盲検法を複数おこない、結果をみないといけない。が、まだそういう評価はやっていない。お金がかかるからね」(左巻教授)
■おならにも水素が含まれている!
水素水ブームに対する反論として、左巻教授はおならの例を挙げてくれました。
おならの成分は、窒素が60~70%、水素が10~20%、二酸化炭素が約10%。実は体内でかなりの量の水素が産生されているのです。
おならとして外部に出る以外は、体内に吸収されて血液循環にのっています。これは水素水から摂取する水素量と比べてはるかに多量です。「それなのに水素水を飲む必要があるのかな?」と左巻教授はいいます。
国立健康・栄養研究所が6月10日、ホームページ上で水素水の有効性についての研究結果を発表しました。その中で、
「俗に、“活性酸素を除去する”“がんを予防する”“ダイエット効果がある”などと言われているが、ヒトでの有効性について信頼できる十分なデータが見当たらない。現時点における水素水のヒトにおける有効性や安全性の検討は、ほとんどが疾病を有する患者を対象に実施された予備的研究であり、それらの研究結果が市販の多様な水素水の製品を摂取した時の有効性を示す根拠になるとはいえない」
と述べられています。
■体が干からびるダイエットは危険
水は体重の約60%を占めているので、水を出し入れすれば簡単に体重が変動します。
サウナスーツでジョギングするなど、汗をかけば一時的には体重が減りますが、単にひからびているだけ。脂肪細胞内の脂肪を減らさなければ意味がないのです。これから暑くなる季節、水を飲まないのはとても危険です。
水はカロリーゼロですから、水で摂取エネルギーが増えることはありません。
「水太り」という言葉がありますが、もし飲んだ水が体内にたまったままなら、それはなんらかの病気です。健康体なら余分に摂取した水はちゃんと排泄されるのです。
■ミネラルウォーターは基準ゆるめ
水道水は毎日、かつ何十年も飲み続けるという前提で安全基準が設定されています。そのため、規制がかなり厳しいのです。
一方、ミネラルウォーターは嗜好品の扱い。食品衛生法では「清涼飲料水」に分類されています。そのため、水道水とくらべて要求される水質基準項目がずっと少なく、基準値も甘くなっています。
たとえばヒ素の基準値は、水道水が1リットルあたり0.01mg以下なのに対して、食品衛生法では0.05mg以下となっています。水道水より5倍もゆるい基準で許されているのです。
■高額な浄水器ほど効果を疑うべき!
ただし、水道水にも弱点があります。それは集合住宅の水道管。本管は水道局のものですが、家庭に引き込まれる際にはその建物の配管になります。
その配管が古いと、あまりよくない水がでてくる可能性があります。また、管理が徹底されていない受水槽も注意が必要です。
かつて東京・大阪など都市圏では「水道水はまずい」といわれていましたが、現在は高度浄水処理方式を導入しているのでレベルの高い水が出ています。水道局によって水質レベルに差があるので、気になるようなら浄水器をつけるとよいでしょう。
浄水器の選び方ですが、名前の知れたメーカーならば性能はもちろん、値段も適正なものになっています。
高値で売りたい会社は、“健康にいい”といううたい文句をつけて、値段が高い理由として説明しています。「高いものほど疑ったほうがいいですよ」と左巻教授はいいます。
*
『水の常識ウソホント77』には、上記以外にも水に関する意外な事実がたくさん書かれています。
今回お話を聞いて、「身近な存在である水について、こんなにも知らなかったのか」と気づかされました。怪しい水ビジネスにだまされないために、水に関するキチンとした知識を身につけましょう。
(文/村中貴士)
【取材協力】
※左巻健男・・・ 1949年、栃木県生まれ。千葉大学教育学部卒。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。
専門は理科教育、科学・技術教育。東京大学教育学部附属中学校・高等学校教諭、京都工芸繊維大学教授、同志社女子大学教授などを経て、現在は法政大学教職課程センター教授。
著書に『水の常識ウソホント77』(平凡社新書)、『水はなんにも知らないよ』(ディスカヴァー携書)、『面白くて眠れなくなる理科』(PHP研究所)など多数。
【参考】