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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第2章 少年期 家庭教師編

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 間話「後日談とボレアス流挨拶」


 誘拐事件の裏で糸を引いていたのは、執事のトーマスだった。

 彼はならず者の言っていた変態貴族と繋がりがあった。
 変態貴族は前々からお嬢様に目をつけており、あの勝気で生意気な野獣を思うさまに蹂躙したいと思っていたらしい。
 トーマスは金に目がくらみ、変態貴族の用意した二人の男を作戦に組み込んだ。
 まったく、ふてえやろうもいるもんだ。
 次にやる時は、是非俺に一声掛けてほしいね。

 誤算といえば、俺があの二人から逃げ出せるほど魔術が使えると思っていなかったのと、あの二人がそんなに忠実じゃなかったってことか。
 変態貴族の方は、シラを切り通し、罪には問われなかった。
 トーマスの証言だけでは不十分なのとか、二人が死んでいて、変態紳士との関係性が掴めなかったのとか、まぁ色々あるらしい。
 曖昧な部分はつつかない。政治的な駆け引きってやつだろう。

 事件は、ギレーヌが全て解決したという事になった。
 グレイラット家に剣王ギレーヌが食客として招かれているのを知らしめ、今後の予防にすると同時に、家の強さ・裕福さを誇示するようだ。
 俺も話を聞かれたら、ギレーヌが全てやった事にしろと厳命された。

 俺の存在を他のグレイラット家(・・・・・・・・)に知られるのは、ちょっとまずいらしい。
 これもまた、政治的な駆け引きってやつだろう。
 ていうか、他にもいるのか……。

「ということだ、いいね?」
「かしこまり~……ました」

 という説明を、俺は応接間にてフィリップより聞いていた。
 フィリップは領主の息子なだけだと思っていた。
 が、実はロアの町長という役職を持っている。
 今回の一件も全てフィリップの元で処理されているのだとか。

「娘さんが誘拐されたのに、随分余裕ですね」
「今もなお行方不明だったら慌ててるさ」
「ごもっとも」
「それで、エリスの家庭教師の件だけど……」

 バァン!

 と、フィリップと今後の事について話そうとしていると、
 またドアを乱暴に開け放って、元気な爺さんが入ってきた。

「聞いたぞ!」

 サウロスだ。
 彼は応接間にズカズカと入り込んでくると、俺の頭をガッシリと掴んだ。
 そしてガシガシと撫で(?)てくる。

「エリスを助けてくれたらしいな!」
「な、な、なんのことですか? 秘書(ギレーヌ)が勝手にやりました。僕は何もやっていません!」

 サウロスの目がぎらりと光った。
 こ、こええ!

「貴様! この儂に嘘を付く気か!」
「ち、ちが、フィリップ様にそう言えと……」
「フィリィップ!」

 サウロスが振り向きざまに拳を振るう。
 ボグンと嫌な音が鳴る。
 フィリップは顔面に拳を受けて、ソファの後ろに転がった。

 なんて手が早いんだ。
 エリスなんて目じゃないスピードで殴ったぞ。
 何の躊躇もなく……。

「貴様! 自分の娘を救ってくれた恩人に! 礼の一つも言わず!
 貴族同士のくだらん芝居の真似事をさせるのか!」

 フィリップは倒れたまま、動じずに応じた。

「父上。パウロは勘当されたとはいえ、グレイラット家の血を引いています。となれば、その息子であるルーデウスも当然、グレイラット家の血を引く我が家の一員です。
 上辺だけの労いや報奨より、家族として温かみを持って接するのが礼と考えました」

 慣れてんのか……?

「ならばよし!
 貴族の真似事大いに結構!」

 サウロスは開いているソファにどっかりと腰を下ろした。
 殴ったことは謝らないらしい。
 そういえば、俺もエリスに殴ったことを謝ってもらってないな。
 助けたことのお礼も……いや、まあそれはいいか。

「ルーデウス!」

 サウロスは腕を組んで、顎をそらして、上から目線で、俺を見下ろした。
 どっかで見たことある。

「頼みがある!」

 それが人に物を頼む時の態度か。

 それにしてもエリスとそっくりな……。
 いや、こっちが本家か
 ……子供は真似するからな。

「エリスに魔術を教えてやってほしい」
「それは」
「儂からそう頼むように、先程エリスに頼まれた。
 ルーデウスのつかった魔術が目に焼き付いて離れんらしい」

 文字通り、目に焼き付く魔術だったしね。

「もちろ……」

 即座に了解しようと思い、ふと俺は口をつぐんだ。
 恐らく、エリスがああなったのは、サウロスが甘やかしたせいだろう。
 全てがそうとは言わないが、サウロスの真似をしている所を見ると、かなり影響はでかいはずだ。
 エリスを成長させるためには、甘やかしをやめさせなければいけない。
 エリスをまともに育てるためには……。
 いや、俺にエリスをまともに育てる義理は無い。
 けど、今のままではまともに授業になるかわからない。
 目に付く所から、ひとつずつやっていくべきだ。

「それは、サウロス様が言うべき事ではありません。エリス本人が僕に言うべきことです」
「なんだと!」

 サウロスはいきなり激高して拳を振り上げた。
 慌てて手で顔を守る。
 核爆弾か、この爺さんは……。

「た、頼みごとをしたいけれど、頭を下げるのは嫌だと。
 エリスをそんな大人に育てるつもりなんですか?」
「ほう! 言うではないか! その通りだ!」

 サウロスは振り上げた拳で膝をドンと叩き。大きく頷いた。
 そして、大音声。

「エリィィス! 今すぐ応接間に来なさぁい!」

 鼓膜が破れるかと思った。
 どんな肺活量をしてればこんな大声が出せるんだ……。
 しかし、エリスもそうだったが、この館には使用人に伝言を頼むという文化は無いのか?
 未開人め……。

 フィリップがソファに座り直し、いなくなったのとは別の執事(アルフォンスという名前らしい)が、開きっぱなしだった扉を閉める。

 後で知ったことだが、サウロスは嵐のようにやってきて、嵐のように去っていくことが多いから、すぐには閉めないらしい。
 バーンと押して開けるのは好きだが、引いて開けるのはそんなに好きじゃないとかいうワガママだ。

 しばらくすると、タタタタっと走る音が聞こえてくる。

「ただいま参りました!」

 祖父ほど勢いは無いものの、扉を元気よく開けて、エリスが入ってきた。
 エリスの行動は全てお祖父様基準らしい。
 子供は真似するからな。

 初日に殴られた経験がなければ微笑ましいと見るかもしれないが、
 はっきり言おう。
 これもやめさせるべきだ。

 エリスは俺が座っているのを見ると、くっと顎を上げて睨んできた。
 ボレアス家直伝の威嚇ポーズなのか?

「お祖父様、先程の件は話していただけましたか!?」

 サウロスはバッと立ち上がり、腕を組んでエリスを見下ろす。

「エリィス! 頼みごとをしたいのなら、自分の頭を下げろ!」

 エリスは、ムッと口をへの字の結んだ。

「お祖父様、頼んでくださると言ってくれたのに……」
「貴様が頼まんのなら、ルーデウスの雇用は無しだ!」

 え?
 ……な、なんだと!?

 え、あ、そうなるの?
 あ、そうなるよね、そうか、そうか……。
 それは、困る……。
 これが『身から出た錆』ってやつか……!?

「く、くぅ………」

 エリスは顔を真っ赤にして俺を睨んでくる。
 あれは恥ずかしがっているんじゃない、怒りと屈辱だ。
 お祖父様の前でなければ、お前なんか地の果てまで追いかけてひき肉にしてやるのに、って顔だ。
 怖い……。

「お、お願いしま……」
「それが人にモノを頼む態度か!」

 サウロスが叫ぶ。
 あんたが言うなよ、と心の中でツッコミを入れる。
 いや、まぁ、きっと自分の頼みごとの時は真面目に……。

 と思ったら、エリスが長い赤髪を根本から掴んだ。

 側頭部で二つ、尻尾を作る。
 即席ツインテール。
 そしてそのままの格好で、バチコンとウインク。


「え、エリスに魔術を教えてくださいニャん☆」


---


 ハッ!
 夢か。

 意識が飛んでいた。
 嫌な夢を見ていたようだ。

「読み書きはいらないニャん☆」

 うわぁぁぁぁ!
 夢じゃない!

 な、なんだ。
 何が起こっているんだ?
 次元連結システムが作動してしまったのか!?
 はやく二次元連結システムを開発して俺をアニメの世界に!

「算術もいらないニャん☆」

 と、とにかく怖い。
 すっげぇ怖い。
 可愛いポーズのはずなのに、恐怖心しか浮かんでこない。
 口元が笑ってるのに目元が笑ってない。
 あれは捕食者の目だ。

 てか、これがこの世界での「ものを頼む態度」なの!?
 あれ?
 あれれ?

「魔術だけでいいニャん☆」

 え? ふざけないで?
 むしろ、さっきより悪質ですよ?
 エリスの顔をみてくださいよ。
 怒りに真っ赤に顔を染めて、
 こんな状況でなければ、お前なんか地獄の底から天国までアッパーカットでふっ飛ばしてやる、って顔ですよ!
 怒り8、屈辱2、照れ0ですよ……?

 さ、サウロス爺さん、ガツンと言ってやってくださいよ。

「おぉ、お~、エリスたんは可愛いのう。もちろんおっけーじゃよ。なあルーデウスや」

 誰!?
 さっきまで厳格だった俺の頼れる大叔父さんはどこいっちゃった!?

「大旦那様は獣族が大好きなのでございます。
 ギレーヌ様を雇用なされた時も、鶴の一声で」

 執事さんがご丁寧に教えてくれる。
 あー、なるほどね。あの頭の横の尻尾は耳なわけね。言われてみるとたれ耳っぽいわ。
 メイドさんにも獣族が多いしね。
 えーえー、なるほどねー。
 えぇー……。

「エリス」

 ここでエリスのお父さん登場!
 おお、貴方がいましたね!
 さ、ガツンと言ったってくださいよ、フィリップさん!

「もっと腰をつきだしてしなを作らないとダメじゃないか」

 おっけ、なるほどね。
 グレイラット家ってのはパウロ含めてこういうのの集まりなのね。
 パウロってまともな部類かな?

「あの、サウロス……様。
 一つ、お聞きしても、いいですか……?」
「なんじゃ!」
「お、男もその御礼の仕方で?」
「ドアホウ! 男なら男らしくせんか!」

 なんだかわからないけど、お叱りを受けた。

 まともだわ。
 性的な嗜好ではパウロが一番まともだわ。
 あいつ巨乳が好きなダケだもん。

 で、でも落ち着け。
 落ち着いて考えるんだ。

 これは、俺にとって、是か非か。

「…………じぃ~」

 もう一度、落ち着いてエリスを見る。
 屈辱と怒りに我を忘れそうな顔だ。
 ライオンが鉄格子に噛み付いているような……。

 けど、後の事さえ考えなければ、これはこれでいいんじゃないか?

 いや、まて、逆に考えるんだ。
 後の事を考えるんだ。

 そう、エリスは嫌がっているじゃないか!

 彼女はこの風習には反対なのだ!
 今後、俺がふたりきりでこの頼み方を要求したとしよう。
 数分後にはズタズタにされた雑魚(オレ)がいた、って事になりかねない。

 よし、逆だ。
 俺はこの習慣を、やめさせる!

「それが人にモノを頼む態度か!!!!」

 俺の大音声が館に響き渡った。


 その後、長時間に渡る大演説を開始。
 最終的には熱意は通じ、このボレアス流の「頼みごと」は全面的に廃止となった。




 ギレーヌからはお褒めの言葉を預かり、
 そしてエリスからはなぜか冷たい目で見られた。
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