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第十二話「お嬢様の暴力」
(12 12/10 改変)
ロアに到着した。
時刻は夕方だった。
ロアの町は、このあたりで一番大きい都市というだけあって、活気があった。
まず目に飛び込んでくるのはその城壁だ。
7~8メートルはあろうかという頼もしい城壁。
それが町を囲んでいる。
大きな門を馬車が行き交っている。
門から中に入ると露天商が立ち並び、
その奥には馬屋や宿っぽい店が並んでいる。
待合所みたいな所があり、荷物をもった人が座っている。
あれはなんだろう。
「ギレーヌ、あれがなんだかわかりますか?」
「おまえ、あたしを馬鹿にしているのか?」
強面で睨まれると、ビクッとなってしまう。
「いえ、ただ、あれが何なのか、わからないから教えてもらおうと思って……」
「ああ、すまん。そういう意味か。
あれは乗合馬車の待合所だ。
普通は町から町に移動するのにはああいうのを使ったり、
行商人にいくらか金を掴ませて乗せてもらう」
俺が泣きそうな顔をすると、
ギレーヌが慌てて教えてくれた。
ギレーヌはそれからも、店を一つ一つ指さしては、
あれは武器屋だ、
あれは酒場だ、
あれはなんちゃらギルドの支部だ、と教えてくれた。
ある一角を抜けると雰囲気が変わった。
武器屋や防具屋といった、いわゆる冒険者向けの店が立ち並び、
さらにその奥にいくと、今度は町人向けの店が並んでいるようだ。
路地の奥には民家があるのだろうか。
よく考えられている。
外から敵がきた場合、まずは門周辺の人間が相手をして、
その間に町人は町の奥とか反対側に逃げられる。
こういう構造なら当然ながら、さらに奥に進むと、家の大きさがどんどん大きくなり、店も高級志向のものが多くなってくる。
この町では中央に住むほど金持ちなのだ。
そして、その中心にあるのは、最もでかい建物。
「あれが領主の館だ」
「館っていうより城ですね」
「ここは城塞都市だからな」
ロアは400年前の魔族との戦争において、最終防衛ラインとして機能していた由緒正しき町。
だから、中央にあるのは城。
だそうだ。
まあ、正しいのは由緒だけで、
王都に住む貴族にとっては野卑な冒険者の多い僻地。
だそうだ。
「でも、ここまできたとなると、
僕の教える事になるお嬢様は、かなり身分が高いんですね」
「そうでもない」
領主の館はもう目の前だ。
このへんはもう、身分の高い人しか住んでないんじゃなかろうか。
……逆か。
こんな辺境には、それほど身分の高い人はいないって意味か。
と、思ったら、領主の館の入り口で御者が門番に軽く会釈。
そのまま館へと入っていった。
「領主の娘だったんですね」
「違うな」
「違うんですか?」
「………ちょっとだけな」
なにか含みがあるな。
なんだろう……。
馬車が止まった。
---
館に入ると、執事の人に応接間のような場所に通された。
二つ並んだソファを示される。
初めての面接か……。
「そちらにお座りください」
俺は言うとおりに座り、
ギレーヌは部屋の隅に立った。
部屋全体を見渡せる場所で、ってやつかな。
生前の世界なら、中二病乙、とでも思っただろう。
「もうじき若旦那様がお戻りになられるので、しばしお待ちください」
執事っぽい人は、高級そうなカップに紅茶っぽいものを注ぐと、入り口脇に控えた。
湯気を立てるそれを飲む。
なるほど、紅茶だ。
紅茶の良し悪しはわからない。
が、まずくはない。きっと高いやつだ。
ギレーヌの分が最初から用意されていない所をみると、お客様扱いなのは俺だけか。
などと思っていると、なにやら乱暴な足音が聞こえた。
「ここか!」
乱暴に扉が開いて、筋骨隆々とした一人の男が入ってくる。
年齢は50歳ぐらいだろうか。ダークブラウンの髪に白いものが混じりだしているものの、まだまだ働き盛りという感じだ。
俺はカップを置き、立ち上がると、腰を深く曲げて頭を下げた。
「初めまして。ルーデウス・グレイラットです」
男性はフンと鼻息を一発。
「ふん、挨拶の仕方もしらんのか!」
「大旦那様、ルーデウス殿はブエナ村より出たことがありませぬ。
まだ幼く、礼儀を習う時間は無かったでしょう。多少の無礼は……」
「貴様は黙っておれ!」
執事の人は一喝されて黙った。
何か俺に不足があったらしい。
出来る限り丁寧に挨拶したつもりだったが、なんか貴族の作法とかあるんだろう。
「ふん、パウロは自分の息子に作法も教えんのか!」
「父様は堅苦しいことが嫌で家を出たと聞きますので、あえて教えなかったのかと」
「さっそく言い訳か! パウロそっくりだな!」
「父様はそんなに言い訳ばかりしていたのですか?」
「おう! 口を開けば言い訳だ! おねしょをしたら言い訳! 喧嘩をしたら言い訳! 習い事をサボったら言い訳! 貴様とて、習おうと思えば礼儀ぐらい習えただろう! 努力をしなかったからこんなことになるのだ」
なるほど。確かに。
魔術と剣術だけで、新しいことを覚えようとはしてこなかった。
視野が狭くなっていたのかもしれない。
素直に反省すべきだな。
「そうですね。僕の不徳のいたすところです。申し訳ありません」
頭を下げると、大旦那様(?)はダンと足で床を踏み鳴らした。
「だが、習っていないと開き直らず、自分に出来る限りの礼儀を尽くそうという姿勢は良い! この館への滞在を許す!」
よくわからんが許された。
大旦那様(?)は、それだけ言うと、
バッと振り返り、そのまま肩で風を切って退室した。
「今の方は?」
と、執事さんに聞いてみる。
「フィットア領主のサウロス・ボレアス・グレイラット様にございます。
パウロ様の叔父にあたります」
あの人が領主か。
まあ、冒険者が多いって話だし、
あれぐらい強気じゃないと領主が務まらないのかも……。
ん?
グレイラットで、叔父……?
するってえと、なにかい。
「僕の大叔父に当たるわけですか?」
「はい」
読めてきた。
パウロは勘当された自分の家のツテを使ったのだ。
それにしても、まさか実家がこんな身分の高い家だったとは……。
あいつ、実はいい所のお坊ちゃんだったんだろうか。
と、そこで扉から一人の人物が登場する。
「どうしたトーマス。扉が開けっ放しじゃないか。
あと、父さんがやたら上機嫌だったけど、何かあったのかい?」
サラリとした茶髪の、なんとも線の細い軽そうな男だ。
父さんという言葉から察するに、この人がパウロの従兄弟だろうか。
「これは若旦那様。申し訳ございません。先ほど大旦那様がルーデウス様に会われまして。気に入られたようです」
「ふぅん。父さんが気に入るような子なのか……これはちょっと人選を誤ったかな?」
彼はそう言うと、俺のいる場所の丁度対面のソファに座る。
ああ、そうだ、挨拶をしないと。
「初めまして、ルーデウス・グレイラットです」
先ほどと同じように、腰を曲げて、頭を下げる。
「ああ、私はフィリップ・ボレアス・グレイラットだ。
貴族の挨拶は、右手を胸に当て、少しだけ頭を下げるんだ。
その挨拶だと怒られただろう?」
「こうですか?」
フィリップの真似をして、頭を上げてみる。
「そうそう。けれど、さっきの挨拶も丁寧で悪くはないね。職人がああいう挨拶したら父さんが気に入りそうだ。座ってくれ」
フィリップはソファにどっかりと腰を下ろす。
言われるまま、俺も座る。
……面接開始か。
「話はどこまで聞いている?」
「五年間、ここでお嬢様に勉強を教えれば、魔法大学への入学資金を援助してもらえると」
「それだけ?」
「はい」
「そうか……」
フィリップは顎に手を当て、何かを考えこむようにテーブルに視線を落とした。
「君、女の子は好きかい?」
「父様ほどではありませんが」
「そうかい、じゃあ合格だ」
あ、あれぇ~?
はやくね?
「今のところ、あの子が気に入った教師は礼儀作法のエドナと、剣術のギレーヌだけだ。今までに5人以上解雇している。そのうちの一人は王都で教鞭を取っていた男だ」
王都で教鞭を取ったからって、
教え方がうまいとは限らないと思います!
「ハッキリ言って、君にはあまり期待していない。
パウロの息子だから、とりあえず試してみようってだけだ」
「そりゃ、随分とハッキリ言いますね」
「なんだい、自信でもあるのかい?」
無い。
が、無いとはいえないこの空気。
「実際に会ってみないとわかりませんが……」
それに、この仕事を失敗して別の仕事に逃げたとなると、
パウロのあざ笑う声が聞こえてきそうだ。
やっぱりお前はまだまだ子供なんだよ、と。
冗談じゃない。
年下にナメられてたまるか。
ふむ……。
「ダメそうなら……一芝居打ったほうがいいかもしれませんね」
ここは、生前の知識を使わせてもらおう。
生意気なお嬢様を素直にさせるパターンだ。
「一芝居? どういう事だい?」
「僕がお嬢様と一緒にいるところを当家の息の掛かった者に誘拐させます。僕は読み書き、算術、魔術を駆使してお嬢様と共に脱出し、自力で館まで帰ります」
簡潔に説明する。
「なるほど、自分から学んでみたい、と思わせるわけか。面白いね。しかし、そううまくいくかな?」
「大人から頭ごなしに言われるよりは可能性があるかと」
漫画やアニメではよくある展開だ。
勉強嫌いな子供が、アクシデントに見舞われることで学ぶ事の重要性を知る。
別にそれを自作自演してしまっても構わんだろう?
「それはあれかい?
パウロがそういう方法を教えてくれたのかい?
女の子の落とし方の一つとして」
「いいえ。父様はそんな事しなくてもモテます」
「モテ……ふっ……」
フィリップが吹き出した。
「そうそう。あいつは昔からモテるんだ。何もしなくても女が寄ってくるしね」
「父様の紹介で会う人はみんな父様のお手付きです。そっちのギレーヌもそうでしたし」
「ああ、まったくうらやましい限りだよ」
「ブエナ村に残してきた幼馴染が手を出されないか心配です」
口に出してみて、本気で不安になる。
五年後って言ったら結構大きくなっているよな……。
いやだよ、帰ってみたらシルフィがお母さんの一人になってました、とか。
「安心しなさい。パウロは大きな子にしか興味がないからね」
「………なるほど!」
チラリと振り向いて、ギレーヌを見る。でかい。
ゼニスもリーリャも大きかった。
なにがって?
おっぱいだよ。
「五年ぐらいなら大丈夫だよ。
長耳族の血が混じってるなら、成長してもそんなに大きくはならないだろうしね。
それに、さすがにパウロだってそこまで外道じゃないさ」
本当かなあ?
「それよりも、私としては君に娘が誑かされないか心配だよ」
「七歳の子供に何を心配しているんですか……?」
まったく、大変失礼な話だ!
俺は何もしませんよ!
向こうが勝手に惚れる(ように仕向ける)だけです。
「でも君、パウロからの手紙では、村で女遊びが激しすぎるから隔離したって書いてあったんだよ? 冗談だと思ってたけど、さっきの作戦を聞いたらあながち嘘でもないんじゃないかと思ってね……」
「シルフィ以外に友達がいなかっただけですよ」
そして、その唯一の友達を、従順な雌奴隷に育て上げようとしただけ☆
なんてことは口が裂けても言わない。
「そうか。
よし、ここで話をしていても埒があかない、娘に会わせよう
トーマス、案内してあげて!」
フィリップはそう言って立ち上がった。
そして、俺は地獄を見ることになる。
---
こいつはナマイキだ。
一目見た瞬間そう思った。
歳は俺の2つ上。
キッとつり上がった眦、ウェーブのかかった髪。
原色のペンキでもぶちまけたのかと思えるほどの真紅。
第一印象は、苛烈。
将来は美人になるだろうが、数多くの男が「これは無理だ」と思うであろう。
真性のドMだったら……とか、そういうレベルじゃない。
とにかく危険なのだ。
俺の全てが近づくなと叫んでいる。
「初めまして、ルーデウス・グレイラットです」
が、とりあえず逃げるわけにもいかない。
先ほど教わった通りに挨拶してみる。
「フン!」
彼女は俺の姿を一目みた瞬間、おじいちゃんとそっくりの鼻息を一つ。
腕を組んで仁王立ちして、明らかに見下した態度で、上から見おろしてきた。
俺より背が高いのだ。
「なによ、私よりも年下じゃないの!
こんなのに教わるなんて冗談じゃないわ!」
ですよねー、プライド高そうですもんねー。
しかし、引き下がるわけにもいかない。
「歳は関係ないと思いますけど」
「なに!? 私に文句があるわけ!?」
「でもお嬢様は僕が出来る事が出来ないわけですよね」
そう言うと、お嬢様の髪が逆立ったかと思った。
怒気というものが目に見えるとは思わなかった。
怖い、怖い。
「な! ナマイキよ! 私を誰だと思ってるの!?」
「マタイトコですね」
「マタ……? なによそれ」
「僕の父様の従兄弟の娘ってことです。僕の大叔父さんの孫という言い方もありますけど」
「なによ! ワケわかんない!」
ちょっと言い方が悪かったかな?
まあ、単に親戚って言葉を使ったほうがわかりやすいか。
「パウロって名前、聞いたことありません?」
「あるわけないじゃない!」
「そうですか」
意外と名前が知られてないらしい。
まあ、関係なんてどうでもいいんだけど。
とにかく今は会話だ。
最初は会話イベントを繰り返すコトが重要だって、落とし神様も言ってた。
パァン!
「……え?」
いきなりだった。
お嬢様はいきなり手を振り上げて俺の頬を張ったのだ。
「なんで殴るんですか?」
「年下のくせに生意気だからよ!」
「なるほど」
張られた頬が熱を持ってヒリヒリしてくる。
痛い……。
第二印象は、乱暴だ。
まったく、しょうがないな。
「じゃあ、殴り返しますね」
「は!?」
返事を待たずに、頬を張り替えした。
ベチン!
あまりよくない音がした。
「人に殴られる痛みが」
わかりましたか、と言おうとした俺の視界に、
髪を逆立てて拳を振り上げるお嬢様の姿があった。
仁王像だ。あれにそっくり。
なんて考えた瞬間、殴られた。
よろめいた所に足を掛けられた。
胸を蹴られて、転ばされた。
あっという間にマウントポジションを取られた。
気づいたら、膝で両腕を封じられていた。
あ、あれぇ~?
お嬢様が吠えた。
「誰に手を上げたか! 後悔させてやるわ!」
拳が振り下ろされる。
五発ほど殴られたあたりで、なんとか魔術を使って脱出。
足がすくみそうになるのを我慢しつつ立ち上がり、魔術で迎撃しようと手を向ける。
風の魔術で衝撃波を生み出し、お嬢様の顔に叩きつける。
お嬢様は顔を仰け反らせたが、一瞬たりとも止まらず、鬼の形相で突っ込できた。
その形相を見た瞬間、俺は自分の勘違いに気づいた。
転がるように逃げた。
あれは俺の知ってるお嬢様とは違う。
ドリルロールでアクロバティックなワガママバレルロールを決めるようなお嬢様では無い!
あれは不良漫画の主人公だ。
魔術でボコボコにすることは出来るかもしれない。
けど、きっとそれでも言う事は聞かない。
お嬢様は必ずや復活を遂げて、復讐に向かってくるだろう。
その度に、彼女を魔術で叩くことは出来る。
だが彼女の心は決して折れることは無いだろう。
漫画の主人公と違い、彼女はどんな卑怯な手でも使ってくるはずだ。
階段から花瓶を投げつけたり、物陰から突然木刀で襲い掛かってきたり……。
ありとあらゆる手段を用いて、やられた分の10倍以上のダメージを与えようとしてくるだろう。
そしてその時、彼女はきっと、手加減すまい。
冗談じゃない。治癒魔術は詠唱が出来なければ唱えられないんだ。
また、争いが続く限り、俺の言う事も決して聞くまい。
力ずくで言う事を聞かせる。
それは今回、決して取ってはいけない選択肢なのだ。
俺は恐怖心を胸に、ただただ逃げ続けた。
「今日の所はこれで勘弁してあげるわ!
もし次に同じ事をしたら承知しないんだから!」
物陰に隠れていると、館中に響く声で、お嬢様の大音声が聞こえた。
なんとか、逃げ切ることができたらしい。
---
フィリップの所に戻ると、彼は苦笑して待っていた。
「どうだい?」
「どうにもなりませんよ」
俺は半泣きになりながら答えた。
逃げている時は泣きそうだったが、過ぎてしまえば前にもあったことだ。
トラウマといえるほどでもない。
「じゃあ、諦めるかい?」
「諦めませんよ」
まだ、何もやってないじゃないか。
殴られ損だ。
「例の件、お願いします」
あの野獣に本当の恐怖を教えてやるんだ。
「わかったよ」
フィリップが目配せをすると、執事が退出した。
「それにしても、君も面白いことを考えるね」
「そうですか?」
「ああ、教師の中でこんな大掛かりな策を持ち込んだのは君だけだ」
「効果はあると思いますか?」
「それは君の努力次第さ」
ごもっとも。
こうして、作戦を決行することとなった。
---
俺は与えられた自室に入る。
調度品はどれをとっても高級そうなものだ。
でかいベッドに、装飾の掘った家具。
綺麗なカーテンに、新品の本棚。
これでクーラーとパソコンがあれば、
実に快適なニート生活を送れることだろう。
いい部屋だ。
俺もグレイラットの姓を持っているし。
雇用人用の部屋ではなく、
客間が用意されたのだろう。
雇用人と言えば、なぜかメイドさんに獣族が多かった。
この国では魔族の差別が強いと聞いたけど、獣族は別なのだろうか。
「はぁ……それにしても、パウロめ。
なんて所に送り込むんだ……」
ぼすっとベッドに座り、俺はズキズキと痛む頭を抱えた。
ぽつりとヒーリングを唱え、傷を癒す。
「とはいえ、生前のあの時に比べれば、マシだ」
殴られて叩き出されるという過程は同じだ。
あの時に感じた難易度の高さに比べれば、雲泥の差だ。
パウロはきちんとフォローしてくれている。
仕事も用意してくれたし、寝る場所だってある。
しかも小遣いまでくれるというじゃないか。
至れりつくせりだ。
もし、生前の兄弟たちがここまでしてくれたなら、
俺も更生できていたかもしれない。
仕事を見つけて、部屋を用意して、逃げ出さないように監視を付けて……。
いや、無理か。
34歳職歴無しで、どうしようもないから捨てられたのだ。
俺だって、当時いきなりそんなことをされても、ただ不貞腐れただけだ。
渋々仕事をする、ということさえしなかっただろう。
恋人と引き離されて、自殺すら計ったかもしれない。
今だからいいのだ。
仕事をする、金を稼ぐと決めた今だから。
強引だが、絶妙のタイミングだ。
俺はパウロの事をちょっと誤解していたのかもしれない。
「でも、あれはねえよ」
あの凶暴な生き物はなんだ。
あんなのは40数年生きてきて初めてだ。
怖いなんてもんじゃない。
バイオレンスだ。
瞬間湯沸器みたいだ。
危うくトラウマが呼び起こされる所だった。
ていうか、ちょっと漏らした。
「コチラ側、どこからでもキレますって感じだったな」
もっとも、あのお嬢様を見るに『反対側』からも切れそうだ。
内容物を撒き散らしながら。
「………学校に来ないでくれってのも納得だ」
随分と手慣れた手つきでぶん殴ってきた。
あれは人を殴ることに慣れた手つきだ。
抵抗する相手も容赦なく殴り倒してきた手つきだ。
相手を無力化するプロセスが手慣れすぎだ。
俺は、あんなのにちゃんと教えられるんだろうか。
フィリップとは話し合った。
誘拐犯に攫わせて、無力感を味あわせる。
→俺が助ける。
→彼女は俺を尊敬し、授業も素直に受けるようになる。
計画は簡単だが、俺も基本的な流れはわかっている。
思い通りの反応を引き出せれば、うまくいくはずだ。
しかし、本当にうまくいくのか?
あの暴力性。
俺の予想の遥か上だ。
吠えるだけ吠えて、相手が噛み付いてきたら完膚なきまでに叩き潰す。
完全勝利への意志が伺える暴力だ。
誘拐犯に攫われたところで、何の痛痒も感じないんじゃないのか?
俺が助けたら、当然という顔をして、
もっと早く助けなさいよグズ、なんて言ってくるんじゃないのか?
ありうる。
ありうるよ、あのお嬢様なら。
これは、想定外の反応が来る可能性がある。
あらゆる事態を想定しておく必要がある。
覚悟を決める必要がある。
なにせ、失敗は許されないのだ。
………。
……。
…。
しかし、考えれば考えるほど、思考は泥沼に陥った。
「神様、どうか成功させてください……」
最後は祈った。
神様なんて信じていなかった。
日本人らしく、困った時にだけ神頼みをした。
どうにか成功させてください……と。
そして御神体が自室に置き去りである事に気付いて、泣いた。
ここに神はいないのだ。
:ステータス:
名前:『お嬢様』
職業:フィットア領主の孫
性格:凶暴
言う事:聞かない
読み書き:自分の名前は書ける
算術:一桁の足し算まで
魔術:さっぱり
剣術:剣神流・初級
礼儀作法:ボレアス流の挨拶は出来る
好きな人:おじいちゃん、ギレーヌ
+注意+
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