田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 EU離脱か否かを問う国民投票がイギリスで行われ、賛成派がわずかに上回ったことで、同国のEUからの離脱が決定的になった。これから数年かけてイギリスはEUから離脱する手続きを進めていくことになるだろう。英紙『エコノミスト』を中心にして、様々な経済研究機関はイギリスのEU離脱は同国の経済成長率を押し下げ、しかもそれが長期間に及ぶと予測している。

 筆者が見たところでも、2016年の直近で公表された経済成長予測ではマイナス成長は当たり前で、深刻なケースではマイナス5%以上にもなるとの試算がある。この数字はリーマンショック時をはるかに上回る。また出ていくイギリスだけではなく、EUにとっても経済的衝撃は深刻だろう。エコノミストの安達誠司氏は、むしろイギリスよりもEU側の損失の方が大きいだろうと指摘している(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48985)。

 あるイギリスのジャーナリストは、「もう連合王国とはいえない」とTwitterに書いていた。これはイギリスでの投票結果をみると、EU残留はスコットランド、北アイルランドが圧倒的で、またEU離脱はイングランド、ウェールズに圧倒的(ただしロンドン市のシティなどは抜かす)であることを示唆している。実際にスコットランド、北アイルランドともに連合王国からの離脱が、今後加速化していくことは避けられない情勢だろう。

 この「イギリスの終焉のはじまり」とでもいうべき状況は、つい先日までのEU残留の可能性の高まりをうけて、株価が上昇傾向にあった各国市場を直撃した。もっとも深刻だったのが、開票の時間帯にオープンしていた東京株式市場であり、日経平均株価は1286円33銭安の1万4952円2銭に下落した。下落幅、下落率ともに史上最大級に属するものだった。また為替レートの変動幅は7円以上をしめし、その乱高下幅はかってない大きいものであった。一時は1ドル99円台をつける円高になったが、現在でも円高域の中で不安定な動きを続けている。今後、米国やヨーロッパ市場にも同様の経済不安定化の波が押し寄せていくだろう。
5月5日、ロンドンで英国のキャメロン首相(左)と会談した安倍晋三首相(AP)
5月5日、ロンドンで英国のキャメロン首相(左)と会談した安倍晋三首相(AP)
 EU離脱が経済に深刻なリスクをもたらす可能性を、安倍首相は伊勢志摩サミット前のイギリス訪問時に、キャメロン首相にその旨を伝えていた。また同様のEU離脱による深刻な経済リスクを(おそらく安倍首相の要求で)サミットの各国首脳宣言に明記することにもなった。だが、アベノミクスに批判的なマスコミや政党はこれを冷笑とともに受け取ったのは記憶に新しい。筆者はそのような「サミットやアベノミクスの失敗」を事実とは違う形で扇動する人たちを、本連載でも厳しく批判した。そのような政治的なスタンスに過度に立脚した扇動は、単純な事実や明瞭な論理を不透明にしてしまい、我々の経済や社会問題に対する判断を曇らせてしまうからだ。