現代に蘇ったアドルフ・ヒトラーが語る、本当の「ドイツ再統一」に必要な9つの領土
「帰ってきたヒトラー」という本があります。ドイツで2012年に発売されベストセラーになりました。日本語版は河出書房新社より2014年1月21日に発売、 2016年6月に映画化もされ再度注目を集めています。アンタッチャブルな微妙なテーマとして扱われてきた「アドルフ・ヒトラー」をドイツ人自らが風刺したことで、話題になりました。
この作品を、映画化したこともあり改めて手にとって読み進めました。現代に蘇ったアドルフ・ヒトラーは、そっくりさんと勘違いされ、ものまね芸人としてテレビ番組で演説を再現するのですが、その内容はアドルフ・ヒトラー本人の言葉として描かれており指摘的。世界の秘境、絶景の歴史を追うwondertipとしては見逃せない一文と出会うこととなります。
私は疑う。このコール氏(※ヘルムート・コール氏)が再統一したというドイツ。それは私の統一したドイツと同じものなのか?まだいくつかの部分が欠けているではないか。たとえばエルザス。ロートリンゲン。オーストリア。ズデーテン地方。ポーゼン。西プロイセン。ダンツィヒ。上シュレージエンの東部。メーメル。
これは、作中のアドルフ・ヒトラーがテレビ番組で発した演説内容。最近のドイツ政治について批判をするときの一節です。もちろんフィクションですが、このような史実に基づいた演説内容には、いろいろ思いを馳せる読者もいることでしょう。「本当にアドルフ・ヒトラーがいたら言いそうなこと」を本書が的確に述べているからこそ、支持を得ているのだと思います。
当サイトとしてはここで挙がった9つの領土について、どんな景観なのか、気になってしまいました。
世界の絶景を追う時、それは歴史を追う旅になることもあります。特定の政策や党を支持する意図はありませんが、未知なるエリアの出現には、知識欲が湧いてきます。劇中のアドルフ・ヒトラーが「本当のドイツ統一に必要な領土」と述べた9箇所について、どのような場所なのかまとめてみました。
「帰ってきたヒトラー」について
帰ってきたヒトラー 上
作者: ティムールヴェルメシュ,森内薫
出版社/メーカー: 河出書房新社
発売日: 2014/01/21
メディア: 単行本
Amazonで書籍を見る
Kindle版もあります
帰ってきたヒトラー 下
作者: ティムールヴェルメシュ,森内薫
出版社/メーカー: 河出書房新社
発売日: 2014/01/21
メディア: 単行本
Amazonで書籍を見る
Kindle版もあります
読みやすくあっという間に読破してしまう軽さ、その裏に設定されるとても重いテーマに、読後感長く楽しめる良書です。
それでは、作中のアドルフ・ヒトラーが「本当のドイツ再統一に必要な9つの領土」と言ったエリアをそれぞれ見てみましょう。
鉄鉱石と石炭を産出するため、しばしばフランスとドイツとの間で係争地となったことで知られる。
1940年にナチス・ドイツが第二次世界大戦で再びフランスを破って、首都パリを占領すると、同年8月7日、再度アルザス=ロレーヌを自国に編入した。だが、1944年にドイツに抵抗を続けていた自由フランスがパリを奪還して新政府を樹立すると、この地域からドイツ軍を追って再びアルザス=ロレーヌを領有して現行の国境となった。(Wikipedia)
今日では友好国であるこの2国間においても、先の戦争までこうした領土争いが絶えずあったこと。領土がほぼ固まった現代という時代が本当に最近のことなのだと、思い馳せます。
1870年から1871年の普仏戦争の結果、ロレーヌの一部がドイツ帝国に併合されたが、1919年のヴェルサイユ条約の結果、フランスに帰属した。(by Wikipedia)
なお先ほど挙げた「アルザス=ロレーヌ」と隣接しており、フランスとドイツの国境付近にはいまもドイツ人が住んでいる箇所もあるそうです。
さらにその前は、オーストリアは「オーストリア=ハンガリー帝国」として広大な領土を保有していたものの、第一次世界大戦のきっかけを引き起こし、衰退の道へ。1/4の領土となりながらのドイツによる統一を受けた、悲劇の時代だったのかもしれません。
経済的な結びつきが強い他、ドイツ語圏であることから、ドイツとは引き続き距離が近い関係であることは間違いありません。いまの論調としては下記が参考になります。
現在のドイツ民族主義者たちに、かつてのように統一国家の樹立を掲げている者はほとんどいない。特にオーストリア側においてはなおのことであり、ともにEU域内に入った現在そうする意味は少ない(ただし合併ではなく現オーストリアの国名を「ドイツ・オーストリア共和国」に戻す主張は右派に根強い)。(by Wikipedia)
オーストリア=ハンガリー帝国の一部であったが、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約とサン=ジェルマン条約によってチェコスロバキアの一部となった。しかしこの地域をめぐってナチス・ドイツとチェコスロバキアが対立し、ミュンヘン協定によってドイツへの編入が認められた。第二次世界大戦後は再びチェコスロバキアに復帰し、現在はチェコの一部分となっている。(by Wikipedia)
また、後ほど取り上げる「上シュレージエンの東部」も合わせて、チェコとドイツの間には「ベネシュ布告」という問題が残っているようです。これは、ドイツ系およびハンガリー系住民全体に対し、内通者や利敵協力者として市民権を停止し、財産没収を行ったもの。この布告をチェコ政府がいまだ止めないために、ヨーロッパの戦後清算が今日まで問題になっている一例になっています。
そもそもポーランドは、大国に翻弄された国でした。18世紀には3度の分割を経験し、一度国としては消滅しています。その当時あったプロイセン王国の管理下となった後、ドイツに統一されています。
そのうち西側を指して、「西プロイセン」と本書では指しておりますが、ポーランド分割の時代とそこに占めたドイツの影響力の大きさがわかります。
領土としては先ほどの項目にある「ポーゼン」と被る位置になります。また、戦下においてはやはり戦場として多くの市民にも影響が出た場所のようです。
ナチス・ドイツ政権下では、この地域はダンツィヒ=西プロイセン帝国大管区に含まれた。第二次世界大戦の東部戦線で終盤の戦場となり、赤軍が侵攻した事で多くのプロイセンのドイツ人は西へ逃げた。1945年のポツダム協定によって地域の全てがポーランドに編入されることになり、この地域に残っていた大多数のドイツ人が西へ追放された。彼らの家を含む全ての財産は強奪され、彼らが去った地域にはポーランド人が移り住んだ。(by wikipedia)
第一次世界大戦後には、どの国にも属さない「自由都市ダンツィヒ」となりました。結局ポーランドによる事実上の統治をされていたものの、ドイツ人が主に構成する民族上、様々なコンフリクトがあったことが創造できます。
都市の90%は第二次世界大戦の終わりには廃墟となった。 連合国はヤルタ会談において、戦後のダンツィヒがポーランドの一部になるという合意を行っており、この方針はポツダム協定によって確認されている。1945年3月30日、都市は赤軍により解放された。戦前にいた人口の約90%は死亡したか、1945年までに逃げ出したと考えられており、1950年までに、約28万5千人に上る自由都市の以前の住民が、連合国支配下のドイツに移住している。(by Wikipedia)
この位置も、他の領土と同じく大国の影響を受けています。ナチス・ドイツによる侵攻ももちろん影響がありますが、大炭田が発見されたことでこの地域は様々な運命を受け入れていくこととなっているようです。
シレジアはヨーロッパの各地方のうちでも特に複雑な歴史を持っている。特に大炭田が発見されてからは争奪の対象になった。(by Wikipedia)
シレジア自体は、チェコ、ポーランドに跨る地域で、いずれもその争いが発生していました。今日ではポーランド・ドイツ間ではこの紛争は解決しているそうです。
1990年にドイツ統一が実現すると、同年11月のドイツ・ポーランド国境条約でオーデル・ナイセ線がポーランドと統一ドイツとの間の正式な国境であると確認されて領土問題は解決。(By Wikipedia)
しかし、チェコとはドイツはまだ問題を引きずっているようです。
戦争直後のドイツ人追放に発令された「ベネシュ布告」がいまだに有効であり、その内容の変更をチェコ国会が一切拒否していることもあって、ドイツ系のシレジア元住民とチェコ共和国との間に現在でもさまざまな問題が残されている。(by Wikipedia)
先ほども出てきたプロセイン王国。このうち西プロイセンは丸ごと「我が領土」としていたアドルフ・ヒトラーの態度から、東はそうでもなかったのかな、と思っていましたが、東プロイセンに属するメーメルも支配下にしていたとなると、やはりその大きさの影響がわかります。
ただその流れからもわかるように、当時ドイツの中でも一番東側に位置する領土となったようです。
1871年にドイツが統一されると、メーメルはドイツのなかでもっとも東北部に位置する都市となった。(By Wikipedia)
歴史を知ると旅はもっと面白い
本書「帰ってきたヒトラー」は、20世紀前半を駆け抜けたドイツの歴史を振り返るようで、珍しい読書体験でもありました。旧ドイツが領土としたこれらの都市に、いまは観光として尋ねて当時のドイツを追いかけるのも、旅のテーマに良いかもしれませんね。




