ルイです。
この世は何かと生きづらいですね。
なんかもううまくいかないことばかりです。
器用に生きられる人にとってはハッピーな世界なのかもしれませんが、わたしのような不器用な人間には……なかなか骨の折れることばかりです。
しんどいことが絶えない世界で生きていくことは、大変なことです。
人生のハードルが高い
普通に生きていくことって本当に難しくないですか?
どうしてみんな、普通に働いて、結婚して、子供を産んで、育児できているんだろうか…
これができない自分は社会不適合者で、不器用で、人生のステージをろくに進めないのろまな亀のように思えてしまいます。
みんなができるようなことが、自分には出来ない。
小さなころからそうでした。
おかしいと言われるたびに訂正して、おかしい自分を否定して、できるだけ普通に矯正してきたつもりでした。
しかし、やっぱりおかしい。
「浮世離れしているよね」とはしょっちゅう言われます。
どうも存在自体が浮いているらしい。
普通になりたいのに、なれない。
愛想笑いばかりしていますが、内心は不安と疑問ばかりです。
「これで本当にいいのかな?」
「これが本当に正しい事なのかな?」
小さなころから自分を否定することばかりを繰り返しすぎて、自分の言動や行動にいちいち疑問を持つ、自信がない人間になってしまいました。
そんな人間にとっては、普通に生きることはとても難しい。
ハードルが高すぎるのです。
「変だよね」って言われないための人生
自分が「変だ」と言われることにうんざりしていました。
もう、はぐれもの扱いされ続けるのは嫌だったんです。
わたしだって世間一般の人のように普通に生きたかった。
普通に働いて、恋愛して、結婚して、誰かの母親になりたかった。
しかし、うまくいかない。
普通のありふれた幸せをつかむために、わたしは自分の「変」なところをなるたけ矯正してきたつもりでした。世間一般の普通の人たちとはどういう人なのかを観察し、擬態してきたつもりでした。
ありのままの自分では、幸せになれないという予感があったからです。
しかし、限界がありました。
「変だ」と言われないために無理をしすぎて、疲れてしまいました。
不器用すぎるわたしは仕事へのエネルギーを注ぎすぎて、倒れました。
気づいたらうつ病になっていました。
「ああ、やっぱりわたしは普通に生きることができないのか」
絶望してしまいました。
わたしはただただ普通に生きたかった。
ありふれた幸せな人生を送る人に近づきたかった。
ありのままの自分を受け入れてくれる人がいなかったから、「変じゃない自分」を偽装した。
それでもだめだったんです。蓄積したストレスはうつ病となって跳ね返ってきました。
これには困りました。
何をやっても本当にうまくいかないんですねえ。
ありのまま生きて嫌われるか、自分を偽装してありふれた幸せに近づくか
わたしの生き方はこの二者択一になると思います。
ありのまま生きることなんて、やっぱりできないです。怖いんです。
ありのまま振る舞ったら人は離れていく。
親しい人でさえ怒らせてしまうし、積み上げた人間関係はことごとく壊れてしまう。
わたしは人間関係の維持がとても下手です。
親しくなった人は必ず最後は絶縁してしまう。いつも怒らせて、嫌われてしまう。
それが怖いから、自分を偽装します。装った自分でなら、かろうじて嫌われないで済みますので。
やっぱり、ありふれた幸せに近づくのなら、大なり小なり自分を偽装する必要があるでしょう。ありのままの自分を受け入れてほしいなんて、そんな虫のいい話はありません。
自分を偽り、人との距離を保って、擬態を見破られない程度の親しさを保って。
それならどうにか生きていけます。
もっと上手に生きていけたらいいのに…と何回も思いますが、三つ子の魂百までと言いますし、人間の性格は簡単には変えられないでしょう。
「ありのまま生きるなら、嫌われる覚悟」
「ありふれた人生を送りたいなら、自分を偽る覚悟」
どっちがわたしにとって、選ぶべき決断かということです。
生きていくって、難しい事ですね。
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