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路地裏には、彼がいる。 作者:上運天 大樹
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序章 初めての、始まり。

 その日、我妻七菜香は、何処からともなく聞こえる仔猫の鳴き声に引き寄せられて、フラフラと商店街の路地裏へと入って行ってしまった。
 するとそこには、つい最近生まれたばかりなのであろう、三匹の仔猫に授乳している三毛猫を見つけ、その愛らしさに頬を緩ませながら、思わず三毛猫に右手を伸ばした。
 フシャ―
 そんな七菜香の姿を見た三毛猫は、仔猫におっぱいをしゃぶらせながらも、敵意剥き出しの顔をして牙を剥き、全身の毛を逆立てて、怒りの声を上げた。
 その三毛猫の姿に思わず七菜香は怯んで、伸ばしかけた右手を引っ込めると、

「そいつさ、三日前に子供を産んだばかりだから、今でもちょっと気が立っているんだよ。悪いんだけど、ただの猫かわいがりだったら、帰ってくれない?」

 不意に後ろから気だるげな口調で、そう言う声が聞こえ、七菜香は小さな悲鳴を上げて尻餅をつき、声の主を振り返った。

「え、あ、その、ゴメンなさい。わたし、今フラッと立ち寄っただけだから、そう言う事知らなく――――」

 けれども、声の主はそんな七菜香の言葉を最後まで聞くこと無く、七菜香の傍を通り抜けると、仔猫を抱く三毛猫の元にこともなげに近づくと、ヤル気無さそうに右手から下げていた、色々と物の詰まったコンビニの袋を地面に置いて、親猫の喉を撫で始めた。
 驚くことに、親猫の方もその人物には大分慣れているのだろう。 
 その人物の手になされるがままに頭を撫でられると、今さっき七菜香に対して敵意を剥き出していたのが嘘の様に、甘えた声で喉を鳴らしている。
 やがて、親猫を撫でていたその人物は、地面に置いていたコンビニ袋の中から水の入ったペットボトルと猫缶を取り出すと、もそもそとした動きでその中身を、これまたコンビニの袋に入れていたペット用の皿に移し替えると、親猫の前に餌と水とを置いて見せた。
 けれども、食糧を与えられたその親猫は、一度だけ差し出された餌の匂いを興味無さそうに嗅ぐと、まるで、今はいらない。とでも言いたげに、餌の入った皿から、顔を背けて見せた。

 その一連のやり取りの中で、野良猫と思しき路地裏の親仔猫は、一度として警戒した鳴き声は上げず、七菜香の後にやってきた人物に向かって、

「そのコ、貴方に凄くなついているんですね」
「まあね。こいつ、俺の飼い猫だから」

 ぞんざいに返事をしたのは、七菜香と歳の近しいであろう少年の声であった。
 もしかしすると、七菜香より一、二歳は年が上かも知れない。
 そこで初めて、七菜香は、猫を撫でる人物の顔を見た。

 そこに居たのは、ぼさぼさの髪をして、ジャージとパーカーに身を包んで、つっかけのサンダルを履いた気だるげな顔をした少年。

 顔は横から見ても分るほどの三白眼で、鼻筋がすっと通っていた。ただ、少し血色の悪い唇は薄く、口元から覗く妙に鋭い犬歯と相まって、どことなく狼を思わせた。

 顔立ちは決して悪くは無かったが、美男子という印象は受けなかった。
 それよりも寧ろ、マフィアか、殺し屋でも見た様な冷たい印象を受けたのは、暗にこの顔を凶相だと思っているかもしれない。

 ただ。
 そんな少年の顔を見て、七菜香は胸の鼓動が早くなるのを感じた。
 或いはそれはただ単純に、家族以外の、それもこんなに歳の近い男性の顔を、此処まで近くで見たのは初めてだから感じた物なのかもしれない。
 けれども、一度でも頬に熱を感じてしまえば、そう簡単に冷めるものでは無い。

 七菜香は、胸の鼓動と頬の熱を隠す様に、慌てて少年の横顔から視線を外すと、照れ隠し混じりに、少年に無防備に懐く仔猫を眺めながら、少年に声を掛ける。

「そ、そうなんですね。知らなかったです。
 でも、こんな人目の点かない所で出産しているものだから、
 てっきり、野良ネコちゃんだと思ってしまいました」

「まあね。こいつ、野良猫だから」

 つい一秒前に言われたのと矛盾する言葉。

「え、と、え?あれ?さっき飼い猫だって、え?でも、野良ネコちゃん?」

 七菜香は、傍から見ても分かりやすい程混乱して、頭に疑問符を浮かべまくるが、

「別に大したことじゃない。こいつ元々野良ネコだったんだけど、ウチの所にしょっちゅう遊びに来るから情がわいちゃってさ。何時保健所に連れてかれてもいい様にって、首輪をつけたんだよ。一応、僕の名前で動物病院とか色々登録しているから、書類上は僕の飼い猫って事」

少年はこともなげにそう言うと、野良猫の顎にその青白い指を這わせて、猫の喉を鳴らすと、小さく微笑みを浮かべた。
七菜香は、その顔を横目にして、胸の鼓動が早まるのを感じて、実感する。






自分が、一目惚れをした事を。












 

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