拡散画像「ガムを飲み込んで死んだ鳥」の何とも言えない真実(?)
- 2016/06/24
- 00:18
※注意※
以下の記事では鳥の死体の画像、及び動物の生態に関するちょっと嫌な事実の説明が含まれています。
(後者に関しては私はむしろ興味深いと思いましたが)
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海外発のショッキングな画像
TwitterやFacebookなどを長くやっている人なら必ず一度は見た事あるんじゃないか、というくらい何度も拡散された事があるこの画像。あまりにも色々な曰くが付いているので、あちこちに分散している解説を一度一つにまとめておこうと思う。
人間が何気なく路上に捨てたチューインガムが無垢な鳥を殺している、という内容のショッキングな警告だ。既に事切れていると思われる1羽のツバメの脇に、別のツバメが寄り添うように立っている。
これは元々海外で作成・拡散された画像である。「ご存知でしたか?」で始まる説明文は元画像の英文を置き換えたもので、直訳ではないが内容的にはほぼ同じ事を言っている。
海外のSNSだか掲示板だかで見つけて心打たれた誰かが善意で日本語版を作ってくれたのだろうが、残念ながらこの説明文はいくつかもの点で不正確である。
2つの大きな誤り
息の長い誤情報だけあって、これを検証した記事は国内外にいくつも存在する。具体的に見てみよう。
・Hoax-Slayer Can Birds Die From Eating Discarded Gum?
・Snopes.com Gum Kills Birds?
まずはこの2つあたりが一番日付が早い部類の検証記事。ともに記事作成日は2012年6月12日なので、最初に大きな拡散があったのはこの日あたりらしい。
Hoax-Slayerに関しては次の記事が日本語で要約している。
・みやきち日記 「チューインガムは小鳥を殺す」はデマ
どちらの記事も共通して2つの点を指摘している。「人が捨てたガムをツバメが飲み込んで死ぬ可能性は低い」、そして「そもそも写真の鳥はガムを飲み込んで死んだのではない」ということだ。
まず鳥がガムで死ぬ可能性について、両記事は2009年のTV番組を引用(YouTubeで動画が見られる)。「ガムを路上に捨てると鳥が飲み込んで死んでしまうと妻が言うのだが本当なのか?」という視聴者の質問に対し、複数の専門家が回答している。
一人の動物園園長は「スタッフと議論したが、ガム自体やそれに含まれる物質が鳥にとって致命的とは言えない。だが、世の中絶対にあり得ないという事は無い。もし大きすぎる物体を飲み込んだら息が詰まる事はあるだろう。それは人間と同じ」とコメント。ガムだから特別危ないというわけではないとのことらしい。
一方別の動物園のスタッフは「うちの園にも鳥はいるが、ガムを食べるということは考えにくい。突っつくくらいはするかもしれないが、食べられないことは認識する。うちで鳥がガムを食べて死んだことは無い。サルがガムを飲みこんだことはあるが、人間と同じで特に問題は無い」とこちらはかなりはっきりと否定的だ。(人間がガムを飲み込んだ時の影響についてはこちらを参照。)
また2つ目の点、写真の鳥の死因についてだが、両記事によれば写真は少なくとも2009年頃には既に拡散されていた一連の画像のうちの一枚で、その時は「交通事故で死んだメスを助けようとするオス」と説明されていた。つまり元々ガムは関係無く、単なるイメージ画像なのである。(写真の本当の出典、および実際の鳥の性別については後述する。)
なおHoax-Slayerは補足として犬などのペットにとってはキシリトールは危険な可能性があると述べている。だったら上で園長が「ガムに有害な物質は含まれてない」と述べていたのは本当なのかと疑問を感じないでもないが、まあ犬と鳥では体の仕組みが違うだろうし、そもそも鳥がガムを食べないというのならあまり問題は無いだろう。
さらに詳しく
誤情報を正すだけならここまでの話だけでも構わないのだが、検証記事はまだまだたくさんあるので、さらに関連情報を深掘りしてみよう。
・Skeptics Stack Exchange mortality - Do birds eat chewing gum they think is bread? -
上2つの記事と同日の掲示板投稿。サイト自体は英語だが、載っている画像は「ご存知でしたか?」の文章がオランダ語になっていて、どうやらごく短期間で他言語の翻訳版が作られていたようだ(オランダ語の方がオリジナルで英語版が翻訳という可能性もあるかもしれない)。日本語版があるくらいだから、調べたら他にも色々な言語のバージョンがあってもおかしくない。
・About Home Can Gum Kill Birds? - Learn Why Not
2016年5月作成のとても詳しい解説記事。要約すると「ガムを飲み込んで鳥が死ぬことは理論上あり得るが、記録は一切無い。鳥は食べ物とそうでない物を見分けるのに長けていて、ガムをパンや虫や木の実と見間違うことは無い。また消化できない物はそのまま吐き出すか排泄される。そもそもツバメは飛んでいる虫を食べるので、地面に落ちているパンは食べない。写真の鳥は車にぶつかって死んだもの。有名な"ガム・ウォール"など、ガムがたくさん落ちている場所ですらガムで鳥が死んだ報告は無い」といった具合。ガム・ウォールは壁一面に観光客がガムを張り付けて行くという米シアトルにある名所だが、個人的には鳥の死骸の写真よりずっと気色悪いと思うのでググらない方がいいです。
しかしこのAbout Homeの記事、続けて「鳥にとって本当に有害なゴミ」としてタバコの吸い殻や小さなプラスチック片などを挙げている。曰く、飲み込むと有害物質で病気になる、消化器官を詰まらせる、窒息する等々…ってこれさっき否定したガムの話と同じじゃない?鳥は食べられない物をちゃんと見分けられるはずでは??
かくしてせっかくの詳しい専門家解説に素人でも分かる相互矛盾があるのは非常に残念だが、吸い殻やプラスチック片を飲み込んで鳥が致命的な被害を受けたという実例を著者が挙げていない以上、有害説の方が眉唾度は高いと言えるだろう。ガムにしろ他のゴミにしろ、実例が無いというのは大きなポイントである。
日本での広がり
海外での拡散からさほど日を置かず、2012年6月30日には日本語版の画像が広く拡散されたのが確認できる。次のまとめ記事では画像が間違いだと分かった後のTwitterの反応も紹介している。
・「emo.tam」さんのNAVERまとめ 関係ないツバメ画像を使ってガムのポイ捨て禁止を主張するのはありなのか?感想ツイートまとめ
7月にはこの記事。画像や説明文の不自然な点を色々指摘してくれている。
・「はこべらあ」さんのブログ 鳥ガム話にツッコミ(長文)
また、上述の「みやきち」さんの記事が2014年のものであることからも分かるように、この話はその後何度も繰り返しリバイバルブームを起こしている。
写真のソースは?
既に述べたように、この2羽のツバメの写真は元々ガムの話とは全く関係が無い。Hoax-SlayerやSnopesは写真の出典を2009年までさかのぼっているが、それぞれに違うサイトを挙げておりオリジナルにたどり着いたとは言い難い。
「emo.tam」さんのまとめによればこの写真は「ウクライナで撮られ」「有名なフランス紙に売った」との説明が見つかるという。これについては「はこべらあ」さんも「数年以上前」にフランスの新聞報道として日本で紹介されているのを見た気がすると書いている。
実は本当の出典と思しきものは既に判明している。下は台湾の掲示板に投稿されたものを転載した2004年の投稿である。鮮明な13枚の写真に加え、撮影時の状況が細かく述べられている。
・photo.net Barn Swallows 12: Photo by Photographer Wilson Hsu
残念ながら真にオリジナルの台湾掲示板の投稿はリンク切れになってしまっているが、撮影状況の細かい記述などから、この投稿が限り無くオリジナルに近い出典だということは言えるだろう。少なくともHoax-SlayerやSnopesが指摘した2009年のサイトよりは遥かに年数をさかのぼれているし、「ウクライナで撮られた」という出所不明の情報よりも具体性があって信用できる。
投稿者(そして恐らく撮影者)のウィルソン・シュー氏はこのように説明している(要約)。「これは台湾で撮影した光景。トラックに轢かれて動かなくなったツバメに、家族と思しき1羽のツバメが寄り添って来た。仲間の死を受け入れられない様子の彼の所に、さらに別の1羽が言い含めようとするかのように飛んで来る。しかし寄り添っていたツバメは激しく鳴いてこれを追い払おうとする。(見えにくいが、このシーンでは飛んで来た1羽の他に地面の上で2羽が重なって計3羽が写っているようだ。)別のトラックが通りすぎ、その風で死んだツバメが転がった。追いかけて「起きて!」と叫ぶように鳴く家族のツバメ。さらには死骸の上に乗って羽ばたき、掴み起こそうとする。車が通るたび一旦は避けるがすぐに飛んで戻って来る。他の仲間が無駄だと説得しに来てもやめようとしない。自らが力尽きそうになっても声をかけ続けている。車が次々通るので見かねた私は、死骸を道路脇の茂みに移動した。家族のツバメはしばらく近くを飛んで鳴いていたが、ついに諦めて飛び去って行った…」
とても感動的なストーリーではあるが、さすがにちょっとできすぎている。寄り添っていたツバメが家族だというのは想像に過ぎないし、ツバメの感情は本当にそこまで複雑で繊細なものなのだろうか。
(ちなみにこのストーリーを転載しているサイトは2羽のツバメをつがいと説明している事が多いが、原文では両方とも代名詞にheが使われているのでオスだという認識のようだ。断定はできないが、尾羽の長さからすると確かにどちらもオスのように見える。)
拡散画像で使われたのは「台湾で2004年かそれ以前に撮られた、交通事故で死んだツバメの写真のうちの1枚」ということまではっきりした。しかし原典の「仲間の死を嘆く鳥」というストーリーはそのまま信用する気にはなれない。せっかくここまで踏み込んだのだから、ツバメの行動の本当の意味は一体何なのか、とことん追究してみたくなる。
話はいよいよ佳境に入っていくが、ここから先はドン引きするかもしれない内容なので覚悟されたい。
ツバメは何をしているのか?
・New Scientist Feedback: “Lovebird” commits murder on right-wing blog
英の科学誌「New Scientist」の2009年のコラム(全文読むにはログインが必要)。とある右翼系のブログが(どういう関連性があるのかよく分からないが)妊娠中絶反対を訴えるために転載したこのツバメ写真について、「羽の模様を見るとこれは2羽ともオスで、縄張り争いで片方のオスが死に追いやられた様子を写している。鳴いているのは勝ったオスが勝利の声を挙げているのだ」とコメントが付いたのを紹介している。撮影時の証言から死因は自動車事故で間違い無いとは思うが、もう一方のオスの行動を力関係を誇示するマウンティングだとするのは興味深い説である。
しかしこれに対し、別のさらに衝撃的な説が投げかけられる。
・New Scientist Feedback: A case of paedophilic necrophilia in the barn swallow
ネクロフィリア、つまり屍姦説!いくらなんでもそりゃひどい話すぎないか、そもそもこの2羽はオスじゃなかったのか…?
実は「はこべらあ」さんの記事やphoto.netのコメント欄にもちらっとそんな可能性は述べられていたのだが、記事はちゃんとした専門家の話に基づいているので(残念ながら)それなりに信憑性がありそうだ。この説を唱えるのは動物行動学者のキース・ムーリカー氏。カモの屍姦(それもオス同士)を偶然目撃し論文にしたらイグノーベル賞を受賞してしまった、いわば動物屍姦研究の第一人者だ。
ムーリカー氏によれば、「このツバメは嘆いているのでも縄張り争いをしているのでもない。これは動物屍姦の最も鮮明な記録の一つだ。ツバメの雌雄はよく似ているので同性間か異性間かは判断しがたいが、死んでいる方のツバメは頭と喉の色が薄くややブチ模様になっていることから若い個体と分かる。つまりペドフィリアの屍姦だ」…ちょっと色々衝撃的すぎて付いて行けません…。
(なお彼は撮影者のシュー氏がこの写真を使って映像作品まで作ったと言っているがこれは誤りで、映像化したのは別の人。)
この説がどの程度妥当なのか私には判断する術は無いし、動物屍姦研究もまだ発展途上なのだろうが、仲間の死を嘆く鳥のハートフルな物語よりもこっちのイヤな話の方が妙な説得力がある。氏の研究についてはTEDトークでも紹介されているので、
日本でも同じような話が…
色々調べていたら日本でもこれとよく似た感動話があって、しかも新聞で紹介されているのを見つけた。
・京都新聞電子版: オスのツバメが懸命に「介抱」 京都の男性が近距離で撮影(アーカイブ)
台湾の写真とほぼ同時期の2004年、京都の野外活動施設での光景が写真と映像で撮影された。巣から落ちて動かなくなった1羽に、もう1羽が寄り添ってくちばしでつつき始める。撮影者の方が近付いても逃げようとしない。5分ほどつつき続けると倒れていたツバメが目を覚まし、2羽揃って飛び去った。専門家によると2羽はオスとメスのつがいと見られるという。撮影者の方は「心温まる風景だった」と言い、映像を施設を訪れる子供たちに見せたいと考えているそうだ。
台湾のケースと違う点は2羽が恐らく異性であること、上に乗るのではなくくちばしでつつくという行動だったこと、動かなくなったツバメが実は生きていたことなどがあるが、上述の話を見てからだとどうも本当に美談なのだろうかと心配になる。もし屍姦しようと思って狙ってたとかいう話だったらあまり子供に見せるのはおすすめできなさそうだが、はたしてその後どうなったのだろうか。
誰かムーリカー氏にちょっと報告してみてくれませんかね…。
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