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なぜ世界各地の都市で「夜の市長」が注目されているのか

ITmedia ビジネスオンライン 6月23日(木)8時23分配信

 世界中どこにいっても、人々が暮らす場所には市区長村などを統率する首長が存在する。

【世界各地の都市で「ナイト・メイヤー」が誕生】

 彼らは地域の行政に責任をもち、市民生活を向上させるために日々働いている(と願う)。ほとんどの首長は、役場が開いている昼間の時間帯に仕事をする。9時~17時で働いている、というイメージをもつ人が多いだろう。

 ところがこうした首長とは一線を画す、新しい役職の存在が世界的に注目されている。「ナイト・メイヤー」だ。

 英語で「Night Mayor」と書くこの役職は、「夜の市長」と訳すことができる。つまり、ナイト・メイヤーとはその名の通り、昼間の市長とは別に、夜の行政を専門に担当する責任者のことを指す。そして今、このナイト・メイヤーが欧州各地で誕生しており、その存在が世界的に話題になっているのだ。しかも今後、世界各地で同様のポストが設置される可能性があるとも言われている。

 2016年4月、オランダの首都アムステルダムで、世界初の第1回「ナイトメイヤー・サミット」なるものが2日にわたって開催された。同じ時期にアムステルダムで行われていたEU(欧州連合)の「市長サミット」に合わせて行われたこの会議では、昼・夜の市長や行政関係者、さらに起業家など世界各地から200人ほどが参加した。ナイト・メイヤーについての集まりだけあって初日は夜20時にスタートし、主に5つのテーマで講演や議論が行われた。そのテーマとは、「夜間の経済」「公衆衛生と政治」「都市空間の再定義」「モビリティ」「ナイト・メイヤーへの道」だ。

 なぜ第1回の国際会議がアムステルダムで行われたのか。その理由は、世界で初めてナイト・メイヤーが誕生した都市がアムステルダムだからだ。

●昼間にないトラブルが存在

 アムステルダムは世界的にも夜の町として知られている。飾り窓に売春婦が並ぶネオン街の赤線地帯はあまりにも有名だが、夜でも合法ドラッグを扱うコーヒーショップは200軒もあり、大盛況である。またパーティーの街としてもアムステルダムは知られており、クラブ文化も盛り上がっている。

 だが夜間の経済活動には昼間にないトラブルが存在するものである。酔っ払いや騒がしい集団、ケンカや騒音、さらには嘔吐物などで衛生的にも問題が出る。近隣住民などから苦情が出れば、行政としては営業時間などを制限するなど規制を強化するしかない。とはいえ、アムステルダムを中心とするオランダの夜の経済活動は年間7億ドルを超える規模であり、1万3000人ほどの雇用も生んでいる。またクラブなどは、ミュージックやダンスといった文化を担っているという部分もある。夜の経済も市の財政や文化に貢献しており、それを単純に制限してしまうのは賢明ではない。

 ならば、静かで平穏な夜を過ごしたい人たちと、活力あるナイトライフを楽しみたい人との間にある溝を埋めるしかない。それを期待して生み出された役職が、ナイト・メイヤーなのである。

 アムステルダムのナイト・メイヤーは、35歳のミリク・ミランだ。世界初のナイト・メイヤーであるミランは昼間の市長と違って、従来の投票で選ばれたわけではない。そもそもアムステルダムは2003年から夜のトラブル対応や都市活性化のために取り組みを行ってきた。そして2014年、クラブのプロモーターをしていたミランがNGOを設立してナイトライフに関連した活動を始めると、2014年には、夜間にビジネスを展開する経営者らの投票とインターネットによる市民の投票で、ミランがナイト・メイヤーに選ばれた。彼の給料は市と経営者らが支払っている。

 ナイト・メイヤーは、昼の市長とは違って、市政において公式な権力は持たない。ミランは夜の世界で働いてきたからこその専門性と説得力で、政府や行政、住民やナイトライフの担い手たち(クラブ経営者など)との間に立ち、取りまとめや政策立案などを行う。

 ミランはメディアの取材にこう語っている。「役所のオフィスにいてナイトライフの文化について精通するのは本当に難しい。何が行われているのか見当もつかないのに、文化を守れるはずがない」

●アムステルダムを24時間活発な街に

 著者の取材に、ミランは夜の市長として1日の仕事ぶりを紹介してくれた。朝10時からオフィスに詰め、午前中は夜の営業ライセンスなどについて役所と協議を行う。午後は17時までイベントの打ち合わせやブログ執筆などを行い、メディア対応もこなす。その後は22時まで休み、夜中は街に出て、夜のアムステルダムで進むプロジェクトなどについてメディアなどに説明しているという。また週に一度は、国外の都市でナイト・メイヤーとして講演も行っている。

 ナイト・メイヤーとして、ミランはこんな取り組みを始めた。アムステルダムの夜間に騒がしくなりがちな地域で、注意喚起だけでなくガイドも行うパトロール隊を週末は朝まで配置している。また最近までアムステルダムでは午前4時にクラブを閉店しなければならない決まりがあったが、ミランは過去の経験から、午前4時に店を追い出されて街頭に溢れた人たちは急に静かになることはできないために、夜中に騒音やトラブルを起こすと分かっていた。そこでいくつかのクラブに、朝7時までの営業を許す代わりに、昼間に近隣の児童が遊び場としてクラブを利用できるよう施設の一部を開放させることにした。そうすることで近隣住民に存在の意義を見いだしてもらい、クラブ側も騒がしい客を夜中に追い出さなくてよくなった。

 ミランの目標は、アムステルダムを本当の意味で24時間活発な街にすることだ。学生のために夜に図書館を使えるようにしたり、夜中に仕事環境を提供したり、24時間のレストランを増やすといったことにも取り組んでいる。ちなみにオランダでは、21時30分以降は、まともな食事ができるレストランはないという。

 そして、こうしたミランの仕事ぶりが評価され、ナイト・メイヤーという役職は欧州を中心に広がりを見せている。オランダでは今、北東部フローニンゲンや東部ナイメーヘンを含む15の自治体が、ナイト・メイヤーとそれに近い役職を置いている。またフランスの首都パリや南部トゥールーズ、スイスのチューリッヒにはすでにナイト・メイヤーが存在している。

 また現在、ドイツの首都ベルリンがナイト・メイヤーを作る予定だと報じられている。さらに、5月にロンドン市長に就任したサディク・カーンも就任後すぐに、ロンドンにナイト・メイヤーを任命すると発表している。ちなみにロンドンでは、ナイト・メイヤーの代わりに、「Night Tsar(夜部門の権力者)」という名前を付けるという。実はロンドンについては、ボリス・ジョンソン前市長が退任前にミランと会談して、ナイト・メイヤー設置について話し合いをしていた。

 オーストラリアのシドニーでは、随一の繁華街であるキングスクロスで2013~2014年にかけて夜中に起きた酒絡みの2件の暴行殺人事件のために、2014年からクラブは午前1時30分以降に客を入場させてはいけなくなり、午前3時にはアルコールの提供を終了しなければいけなくなった。それによって客足が遠のいたことで、40以上のクラブなどが営業できなくなっているという。

●今後も増えそうなナイト・メイヤー

 2016年2月、シドニーではいわゆるこの“締め出し"法に反対するデモが起き、1万5000人ほどが参加した。

 クラブ系情報サイトの『パルス』は、この規制法について「解決策のひとつは『ナイト・メイヤー』を導入するよう(シドニーを管轄する)州政府を説得することだ」と述べている。

 確かに、問題が起きたから規制するという単純な対策ではなく、クラブなどの経営者たちと、キングクロスのナイトライフに精通している人たちが対話に参加して、皆が納得のいく解決を探ることが必要なのかもしれない。少なくとも、シドニーのナイトライフや、ミュージックやダンスといった文化の発展を担ってきた地域が消滅することは、シドニーにとって、文化的・財政的な損失だと言えるからだ。しかも現在までのところ、この締め出し法によって、キングスクロスの犯罪率は低下していないという。

 『パルス』は、アムステルダムのミランの言葉を引用して、こう主張している。「行政は街を繁栄させ続ける義務を負っている」

 夜の街を潰してしまうのも行政の勝手だが、そうするにしても、例えばナイト・メイヤーのような役職を作って、これまでとは違う対策を講じてみてからでも遅くはないのではないだろうか。

 日本でも、改正された風俗営業法が6月23日に施行されたばかりで、特定の条件を満たせばクラブは24時間営業が可能になる。だが騒音問題など今後も乗り越えるべき課題は少なくない。

 世界中の都市でも、夜の街は夜であるがゆえのトラブルに悩まされながら、行政による規制を受け入れて街の中で共存している。今後、各地に増えていきそうなナイト・メイヤーが、世界のあちこちでナイトライフのあり方を見直す助けをしてくれるかもしれない。


(山田敏弘)

最終更新:6月23日(木)8時23分

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