富士通の社長を務めた秋草直之さん(あきくさ・なおゆき)さんが18日、急性心不全で死去した。77歳だった。葬儀は近親者で行った。喪主は妻杏子(きょうこ)さん。会社主催のお別れの会を7月29日正午から、東京都千代田区内幸町1の1の1の帝国ホテル「孔雀の間」で開く。問い合わせは富士通秘書室(03・6252・2021)。

 1998年から社長。ITブームに乗って業績を伸ばした。文科系出身ながらシステムエンジニアとしてソフトウェア事業などを手がけ、コンピューターの誤作動が心配された「2000年問題」への対応では業界の中心となった。01年のITバブル崩壊からは業績が悪化し、富士通は2年連続で計約3万人を削減する抜本リストラを実施したが、02、03年3月期は大幅赤字に陥った。

 03年から会長、08年から相談役となったが、取締役を兼ね、経営全般や人事に強い影響力を持ち続けた。富士通では09年9月に当時の社長の解任騒動があったが、この人事にも関わっていたとされる。