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霧降る国の戦記 作者:貴野邑
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第一章 砂塵の誓い 第一節

 太陽は既に中天に昇っているはずであったが、霧降る国(ミスティア)の代名詞でもある空を覆う層雲のヴェールを貫くことはできなかった。十一月中旬である。冬の陽光は弱く、北からの乾いた寒風が、ニーム平原を吹き抜け、砂塵を高く舞い上がらせた。
 緩やかな勾配の重なる平原を、十の騎影が、硬い馬蹄の音と共に、北へ駆け抜けていく。
 冷たい向かい風が、殿を務めるアルフォンスの頬を冷厳に叩いた。
 アルフォンスは馬上で、隙間から入り込もうとする冷気を締め出すように、外套の裾を寄せた。
 右手の方角からアルフォンスを呼ぶ声が聞こえた。
「思ったとおり退屈だな、兄貴」 
 共に殿を務めていた、リヴェリーが馬を寄せながら言った。
 兄とは呼ぶものの、アルフォンスとリヴェリーに血の繋がりは無く、二人が共に旅をするようになってからの習慣である。もう、三年になるだろうか。
 リヴェリーも手綱を握る両の手を擦りながら、寒さに耐えていた。
「まぁな」
 アルフォンスは曖昧に頷きながら、自分達がこの仕事に誘われた経緯を思いだした。
 アルフォンスとリヴェリーが、仕官先を求める旅の途中で、ヴァレンヌを訪れたのは四日前のことだった。この街で一晩の宿を取り、ミスティア王国の中央に位置する、王都ヘインドゥームへ向かう予定であった。夕飯を求めて立ち寄った酒場で、アルフォンスとリヴェリーは声をかけられた。
 二人に声をかけた男は、名をアリアディエールと名乗った。
 ヴァレンヌから南へ二百リーグ|(約八十キロ)離れたヴェズレーの城砦へ武器を運ぶ仕事だが、賊の出るという街道を通るので、護衛として腕の立つものを探しているという。既に七人は集まったとのことだった。
 アルフォンスは、何故自分達に声をかけたのか、目の前の男に問うてみた。
「あなた達二人が、この酒場の中で一番腕が立ちそうだったので、声をかけたのです」
 アリアディエールは明快に答えた。
 確かに、アルフォンスとリヴェリーは引き締まった体躯の偉丈夫であり、当人達も武芸に些かの自信はあった。
 さしあたって、当面の旅費に困っているということもなく、さほど面白みのある仕事にも思えなかったから、即座に断っても良かった。
 だが、アルフォンスがそうしなかったのは、仕事の内容よりも、自分達に声をかけてきた男に興味が沸いたからだ。
 年格好は二十歳に届くかどうか。精悍な顔つきの中にも、微かな幼さの残った表情。磨き上げた黒曜石のような双眸が、一際強く印象に残った。
 若いのに、人を惹きつける、いい目をしている。
 もう一つ印象に残ったのが、アリアディエールが腰から下げていた長剣であった。柄に狼を模した意匠が施され、鞘の拵えも非常に重厚なものに見えた。ただの青年が持つにはいささか不釣合いにも思える逸品だ。
 目の前の男から、何かを感じ取ったアルフォンスの内に、この男が何者なのか、見極めてやりたいという思いが湧き上がってきた。
 アルフォンスが、仕事を手伝うことを告げると、アリアディエールは人懐っこい笑顔で応えた。
「やっぱり、付き合うんじゃなかったな」
 リヴェリーはため息混じりに言った。
「まぁ、そう言うな。仕事が済めば旨い酒が待っている」
「本当に賊でも出れば、思い切り暴れられるんだがなぁ。冷えた身体も温められるし」
 リヴェリーはそう言うと、わざとらしく、腰から下げた長剣の柄に手をかけてみせる。
「賊など出ないに越したことはないだろう、違うか?」
「そりゃあそうだけどさ」
 リヴェリーは頭を掻いた。
 もっともらしくたしなめてはみたものの、実はアルフォンスもリヴェリーと似たような事を考えていたのだ。
 往復で四日の行程だったが、昨日までの三日間では何も起こらなかった。
 このまま、ヴァレンヌへ戻り依頼主から報酬をもらえば仕事は終わりのはずだった。アリアディエールともそこでお別れだ。それでは、この仕事を受けた意味がない。
 二人の願いが通じたのか、不意に隊の進む速度が緩やかになり、やがて停止した。
「何か妙だな」
 口の端を釣り上げながら、リヴェリーは言った。もめ事ならば、むしろ大歓迎と言わんばかりの様子だった。
 アルフォンスは苦笑しかけたが、笑ってばかりもいられなかった。
「様子を見に行くぞ」
 アルフォンスとリヴェリーは馬腹を蹴ると、先頭に向かって駆けた。
 アリアディエールの馬を七騎の男達が取り囲んでいた。
 男達は無言の睨み合いを続けていた。沈黙を破ったのはアリアディエールの方だった。
「どういうつもりだ、お前達」
「金と馬を置いて消えろ」
 七騎の先頭に立つ男が言った。
「仕事が済めば、約束通り金は払う」
「そんな端金じゃねぇ。あんたの馬には金貨がたんまりとあるじゃねぇか。それをあんたの馬ごとこちらへ寄越せと言っている」
「お前達、人の金に手をつけるつもりか?」
 アリアディエールは、冷ややかな怒りをこめて答えた。アリアディエールの黒曜石のごとき瞳に、黒い炎が灯る。
 数を頼みにしているのか、七騎の男達は皆一様に裏笑いを浮かべている。
「そうだ、元々俺たちはそのつもりだったぜ」
 先頭の男がそう言うと、七騎はアリアディエールを取り囲む輪を狭めた。
「俺達が優しくしているうちに逃げたほうがいいんじゃないのかい?」
 男達は汚い歯をむき出しにしながら、腰から下げた山刀の柄に手をかける。
「お前達は約を違えて、信義を汚す気か」
 男達は一瞬、呆けたような顔になり、その後哄笑が響き渡った。
「こんな時代に信義だと? 笑わせる」
 男達の嘲りに、アリアディエールは無言で拳をにぎりしめた。
「どうするんだ? あんたが荷を置いて逃げ出すか、俺達に殺されるか、二つに一つだ」
 得意げな顔で先頭の男は言った。
 アリアディエールは、腰に下げた長剣の柄に手をかける。
「やりあう気か、おい?」 
 周囲の空気が、一気に張り詰めた。次の瞬間だった。
「穏やかではないな」
 全員の視線が、アルフォンスとリヴェリーに集まった。一触即発の雰囲気も、意に介さず、二人はアリアディエールの傍へ馬を寄せた。
「さっきから話は聞いていたが、理はこちら側にあるのではないか」
 二人の偉丈夫が相手の味方についたことで、男達は少し気圧されたようだった。
「まてよ、あんたらだって取り分は多い方がいいだろうが」
「だからといって賊の真似事ができるか」
 リヴェリーは敢えて挑発的に言ってみせた。
「こんな時代だ。金のあるところから奪って何が悪い」
 開き直ったように、男は言った。
「時代か」
 アルフォンスは鼻で笑う。
「お前達は自分達の行為を、時代のせいにしているだけではないか」
 アルフォンスの言葉に、男達は何も言えなくなった。
「そういう訳だ。おとなしく道を空けてここから去るか、俺たちに斬られるか二つに一つだ」
 リヴェリーは盗用混じりに言うと、にやりと笑みを浮かべた。
「もうすぐ仲間達がここに来る。そうすれば、お前達もただでは済まんぞ」
「賊を手引きしたのか」
 アルフォンスは声を低めて言った。
「ならば、話は早い。お前達を切ったとしても、心は痛まぬからな」
 交渉は決裂した。
 アルフォンスとリヴェリーに、傍にいた二騎が不意打ちのように斬りかかる。
 四騎が交錯した。
 アルフォンスとリヴェリーは、強烈な抜き打ちを放った。尋常ではない速度で抜き放たれた、鋭い長剣の刃が、二条の雷光を描くと、二つの首が宙に舞った。
「事後承諾になるが、アリアディエール殿、よろしいな?」
 アルフォンスは悪戯っぽい笑顔をむけながら言った。
「構わない。責任は私が取る」
「人を見る目があるよ、あんたは。俺達が保証する」
 リヴェリーは嬉しそうに続いた。
 人馬入り乱れての乱戦になった。
 アルフォンスとリヴェリーは、左右に分かれて、馬上の男達に勢い良く斬り込む。二人が剣を振るう度に、藁でも断つかのように、男達が斬り倒されていく。圧倒的な力量の差であった。
 七人対三人で始まったはずの争いが、瞬く間に五人対三人になり、三人対三人になる。
 数瞬前まで得意げな顔をしていた男は、破れかぶれにアリアディエールに撃ちかかっていった。
 アリアディエールは、自らも長剣を抜き放ち、目の前に立ちはだかる男を迎え撃つ。
 中空で二つの刃が鈍い金属音を立てて絡み合った。
 男の山刀とアリアディエールの長剣が四合、五合と、打ち交わされる度、火花が飛び散るかのようにみえた。
 アリアディエールの水平に放った強烈な一撃を、男はかわしきれずに山刀で受け止めたが、刃が不協和音と共に砕け折れた。
 男の目が驚愕の色に染まった。
「待て、命だけは……」
 アリアディエールは、男に辞世の句を最後まで言わせることはなかった。恐るべき切れ味を見せた長剣を上段に構えると、ためらいなく、男の肩口から斜めに切り下げた。
 返り血は、思ったよりも少なかった。
 アリアディエールは、剣の刃に付いた血を拭う。
「終わったかな」
「どうやら、そうもいかないようだ」
 アルフォンスとリヴェリーが、アリアディエールに近寄りながら言った。
 アルフォンスが南の方角を指差した。
 砂煙が、舞い上がっていた。ひとかたまりになった馬群は恐らく手引きされた賊の仲間であろう。
「足止めを食わせておいて、襲うつもりだったのだろうな」
「どうする? 兄貴」
アルフォンスはリヴェリーには答えず、アリアディエールの顔を見つめた。
「もう一仕事お願いできますか?」
 アリアディエールは、少し迷ったように言った。
「と、言うと?」
「ここで賊を迎え撃ちます」
「本気か?」
 リヴェリーは目を丸くして言った。
「このまま賊を放置して逃げるわけにはいきません」
「多勢に無勢、ここで逃げても誰も文句はないと思うが?」
「ここで賊を見逃せば、傷つく人が増えるだけです。そんなことには耐えられない」
 アリアディエールの双眸が黒く輝き、視線がアルフォンスを捉えていた。人を惹きつける、あの輝きだった。
「承った。任せて頂きたい」
 アルフォンスは答えた。
「ちょうど、暴れ足りなかったところだしな」
 リヴェリーも不敵な笑みを浮かべ、調子を合わせた。
「ありがとう」
「なぁに、あの程度の賊になど、やられはせんよ」
 砂煙は更に濃くなり、賊の姿がはっきりと捉えられた。
「三十人か、いや、四十人か?」
「久しぶりに腕がなるね」
 賊の一団を前にしても、アルフォンスとリヴェリーに、臆する所はなかった。
 今の世の中に、本気で信義を説き、自らを危険に晒してまで賊に立ち向かおうとする。
 思った以上に面白い、この男は。
「さて、どうするね?」
 アルフォンスの問いに、アリアディエールは明快に答える。
「中央から斬り込みます」
 アルフォンスとリヴェリーは無言で頷いた。
 大地が揺れたように見えた。砂塵の奥から向かってくる賊の一団の圧力を、アリアディエールはひしひしと感じていた。ともすれば、逃げ出したくなる気持ちを必死で押さえ込む。アリアディエールは奥歯を強くかみ締めた。
 ここで死ぬわけにはいかない。
「いきます!」
 アリアディエールは垂直に掲げた長剣を賊の一団に突きつけると、勢い良く駆け出した。
 中央にアリアディエール、右にアルフォンス、左にリヴェリーがぴたりと着き、真正面から、敵の集団に向かって突っ込む。
 アリアディエールは恐怖を振り払うように吼えた。敵にぶつかる。右手の剣を敵に突き立てる。
相手の胸から背中を易々と貫いた。剣を抜いた瞬間、傷口から噴出した返り血を、アリアディエールは頭から浴びた。次の敵がアリアディエールに向かわずに、背中を向けた。アリアディエールはためらうことなく、剣を叩きつける。敵は馬から滑り落ち、地に伏して動かなくなる。
 敵の集団を抜けたところで、アリアディエールは馬首を返した。
 アルフォンスは無駄のない動きで敵に馬を寄せ、剣を斬り上げ、振り下ろす。剣を振るうたびに首が飛び、馬から突き落とされていく。
 リヴェリーの動きはもっと荒々しかった。厚刃の長剣を頭の上で回転させると、敵に叩きつけながら、疾駆しているのだ。馳せちがう敵が、次々に叩き落されていた。リヴェリーは歓喜にも似た、雄たけびをあげていた。
 アリアディエールは、自らの十倍以上いたはずの賊を圧倒的に押しまくる、アルフォンスとリヴェリーを茫然として見つめていた。
 アリアディエールの周囲には、誰もいなくなっていた。
 賊の一団は、半数以上を失い全面潰走を始めていた。
「怪我はないか?」
 アルフォンスが声をかけてきた。もはや逃げ去る敵の姿は遠くにかすんでいた。
「あんたの人を見る目は確かだよ」
 リヴェリーはアリアディエールに向かって、片目を瞑って見せた。
「戻りましょう」
 アリアディエールは馬腹を蹴って駆け出した。アルフォンスとリヴェリーはその後に続いた。平原に積み重なった賊の屍をいくつも乗り越えた。三人とも敵に斬られた傷は一つもない。死なずに済んで良かった。アリアディエールの脳裏に浮かんだのはそれだけだった。
 三人がヴァレンヌへ帰還したのは、太陽が西の空へ沈んでからのことだった。















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