会社にとって利益は「空気」。それはゴールじゃない──ベン・ホロウィッツ
「会社にとって利益は空気のようなもの。それがなくては死んでしまうが、人は空気を吸うために生きているわけじゃない。会社もそれと同じだろう」。本誌VOL.23「Good Company」特集のきっかけのひとつが、シリコンヴァレーの大物VC・ベン・ホロウィッツの言葉だった。会社とはいったい何のため、誰のためのものなのか? ビジネスというリングで闘い続けてきた男が語る「会社論」。(『WIRED』VOL.19より転載)
PHOTOGRAPHS BY YASUYUKI TAKAGI
TEXT BY KEI WAKABAYASHI
米VC、アンドリーセン・ホロウィッツの共同創業者でゼネラル・パートナー。CEOを務めていたLoudCloud(のちのOpsware)を2007年に約16億ドルでヒューレット・パッカードに売却したのち、現職。自身のブログは、1,000万人近い人々に読まれている。www.bhorowitz.com
INFORMATION
『WIRED』日本版、最新号VOL.23は「GOOD COMPANY いい会社」 特集!
ちゃんと稼いで、ちゃんと社会の役に立つ「未来の会社」の姿を解き明かす「いい会社」特集。ビジネスデザイナー・濱口秀司をはじめ、Beats by Dr.Dreプレジデントや新井和宏(鎌倉投信)、椎野秀聰(ベスタクス創業者)らが、これからの会社のあるべきかたちを指し示す。世界で広まりつつある「B-Corp」のムーヴメントや、シャオミ総帥の語る「エコシステム」哲学、Android OSを生んだ男が目指す新たなビジネスを育むプラットフォームづくりを追う。そのほかにも、弁護士・水野祐が語る「21世紀の法律」特集をはじめ、川田十夢による新連載など、盛りだくさんでお届けする。
アメリカのヴェンチャーキャピタル(VC)で「アンドリーセン・ホロウィッツ」と言えば、シリコンヴァレーのビジネスシーンにさほど詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことあるのではないか。前者のマーク・アンドリーセンといえば、20歳そこそこで、世界初の商用インターネット・ブラウザ「Mosaic」を開発し、その後、Netscapeを世に送り出したことでも知られるIT史に燦然と輝くレジェンドだ。
で、その相棒であるところのベン・ホロウィッツはといえば…ん? あれ? なにしてた人なんだっけ? と答えに詰まってしまう人も多いに違いない。一部には、シリコンヴァレー随一のヒップホップ好きとしても名高いが、全米最強とされるVCの経歴と「実際何が凄いわけ?」といったあたり、案外おぼろげにしか伝わってきていないのが実際なのかもしれない。かく言うわたしもそうだった。
しかし、いまは違う。ベン・ホロウィッツが、アメリカで最も信頼に足るVCであることに異論の余地はないと思っている。なんといっても、まずは、ここに掲載したポートレイトをじっくりと眺めてほしい。どうよ、このタフな面構え。ファインダー越しに彼の表情に迫った写真家T氏は、「ヘヴィーウェイトボクサーみたいですね」とコメントする。
そう。ヘヴィーウェイトのビジネスマン。ベン・ホロウィッツの形容としてこれ以上にふさわしい言葉はない。重量級の苦労人なのだ。
ドットコムバブルの時代から10年以上にわたって、NetscapeからLoudCloud、Opswareといったスタートアップの経営に携わった彼が直面してきた艱難辛苦の数々は、スタートアップが決して夢物語ではないことを教えてくれる。コストカット、レイオフ、倒産を目前にした資金繰り、競合との暗闘、裏切り、疑心暗鬼、不眠、孤独、狂気…ホロウィッツは、自著『ハード・シングス』のなかで、一見華やかなITビジネスの裏側のおおっぴらに語られることの少ないリアルな現実を、赤裸々に語っている。それはITビジネスというリングで、ぼこぼこになるまでパンチを浴び続け、それでもダウンを奪われることのなかった男のサヴァイヴァル譚だ。
数ページを繰っただけで胃が痛くなり、読み終えるころには、誰しもが「CEOになんかなるもんじゃない」と心に固く誓ってページを置くことになるだろう。「忠実な部下にいかにクビを宣告するか」「大量解雇をする際、全社会議ではどう振る舞うべきか」等々、本書でホロウィッツは、苦境におけるCEOの仕事のノウハウを惜しげもなく伝授するが、それらは、CEOならずとも、ひとりでも部下をもったことのあるビジネス人ならば、いちいち身につまされる内容だ。
「ビジネスはそんなに甘くない」。この男にそう言われたなら、きっと、どんな夢見がちな起業家だって黙って頭を垂れ、襟を正すに違いない。
しかしながら、ガチガチの緊張のなかで、相まみえたホロウィッツ本人は、いたって穏やかな人物だった。とっつきづらい皮肉屋を勝手に想像していたけれど、シリコンヴァレーのヘヴィーウェイトは、どこか伸びやかな明るさを感じさせる。
誠実さ。『ハード・シングス』のなかで、彼は確かに、そのことに言及していたっけ。ビジネスは、自分の全人格を賭けて戦うもの。そう彼は静かに語る。
──最初に、LoudCloudのCEOになったとき、自分にどんなことが待っていると想像していましたか? 簡単だとまでは思わなかったにしても、ここまで過酷な日々が待っているとは思わなかったのではないですか?
BH:何が起こるかまったく予想もしてませんでした。わたしたちが会社を始めたころ、かつて、シティグループの経営に携わっていたジョン・リードにこう言われたことがあります。「ベン、会社を始める理由はただひとつ、とにかくそうしたいという不合理な欲求があるからだよ」と。経営者は割に合わない商売なんです。実際に体験してみて、それが正しいとわかりました。
確かにそれなりの稼ぎはありましたが、それでも割には合いません。ですから、起業するためには、何か別の理由が必要なんです。そう思うと、ジョンの言葉はいままでもらったなかでも最高の言葉のひとつです。理不尽に欲求に従っただけなんです。でも、それをわたしがほかの人に言っても、あまり信じてもらえないんです。自分でCEOを何年もやってみてはじめて、彼が正しかった、とわかるものなんです。もちろん、自分が遭ったような目に遭うとわかっていたら、やらなかったですよ(笑)。
──もし生まれ変われたとしたら、どんな人生を送りたいですか?
BH:わたしの友人であるNasに、こう言われたことがあります。「ベン、君はぼくによく似ている。クリエイティヴなんだ」と。鋭い指摘だったと思っています。CEO稼業がわたしにキツかった理由のひとつは、わたしが、人を率いて何か成し遂げることよりも、ひとりで何かをつくりあげることのほうが向いていたからだと思うんです。
ですから『ハード・シングス』を書き上げることは、自分には案外楽な作業でした。「本を書くの、大変だったでしょう」とよく言われるんですが、CEOでいるよりよっぽど楽でした。もし生まれ変わるとしたら、自分のそういうところに目を向けていきたいですね。
──ベンさんは、ヒップホップ好きとしても知られていますが、昔から好きだったんですか? それとも、CEOの経験を通じて徐々に好きになっていったのですか?
BH:ヒップホップ好きは昔からです。ヒップホップが勃興したころに、ちょうどニューヨークにいたんです。そのころは、おそらくは、まるでビートルズが出てきたころのリヴァプールのようにとてもエキサイティングでした。ヒップホップの面白いところは、ほかの音楽と違って、アーティストが自分自身をビジネスマンであると考えているところです。ラップの内容もビジネスを始めることだったり、誰かと競うことだったり、目標を達成する途中でぶつかる問題だったりします。そういうものは、例えばロックでは歌われないですよね。ビジネス上のachievementや、その労苦について歌うロックってあまりないじゃないですか(笑)。
マネジメントでいちばん難しいのは感情の部分なんです。論理的に処理できるところは実際には、そんなに難しくないんです。誰かが、その仕事に適していないと察することは、さほど難しいことではありませんが、そのことを本人に話すのは難しく辛いものです。ヒップホップのいいところは、そうしたことについて教えてくれるところです。
『ハード・シングス』のなかには、「親友を降格させるとき」という節があります。そこで引用したのはJay-Zの歌です。この曲は、「俺たち友達だよな。最高だよな。全部うまくいってたよな」って感じだったのが突然変わってしまったことを歌っています。君は本当にいいやつで、裏切ったりはしないよな?と。状況は違えど、そうした局面において感じる苛立ちや怒りや悲しみが、自分だけのものではないということをこの歌は教えてくれます。自分がおかしいわけではない、と。みんながみんなヒップホップに共感するわけではないでしょうが、多くの人がそこが『ハード・シングス』における重要なパートだと考えていることには驚きました。
日経BP社 ベン・ホロウィッツ=著 滑川海彦、高橋信夫=訳 小澤隆生=日本語版序文
最大顧客の倒産、同時に襲ってきた会社と愛する家族の危機、大切な友人への解雇通達……。全米最強のVC、ベン・ホロウィッツはいかにして数々の苦難に立ち向かい、屈強の男となったのか。起業と会社経営を知り尽くす彼が明かすビジネスの現実と、困難の乗り越え方。
──例えば忠実な部下や友人に解雇を伝えるにあたって、モチヴェイションを上げるためにヒップホップを聴いたりはするんですか?
BH:直接的に歌に勇気づけてもらうというよりは、もうちょっと考え方の部分、思考をまとめるうえで力をもらうという感じだと思います。こうした局面において大事なのは、人としての誠実さです。人は、自分がその会社で働いていた日々のすべてを覚えているわけではありませんが、クビにされた日のことはいつまでも忘れません。つまり、わたしがその日に話した内容は、ずっとその人の記憶に残るということです。ヒップホップに限らず音楽は、自分を過度に自己中心的にしてしまう危険性があるように思います。相手の身になって話すことが大事な局面ですから、あくまでも謙虚に敬意をもっていることが大切です。
──経営者は、社員の前で、本来の自分ではない人間を演じるスキルは必要だと思いますか? それとも、自分に正直でいることが大切なのでしょうか。
BH:自分を取り繕うことはとても危険です。そこから生じる矛盾をきっと見抜かれます。驚くほど簡単に見透かされてしまうんです。1対1の会話ですら、そうです。全社員の前で自分を偽れば、誰かがそれを見抜いて、それをほかの誰かに話しやがては会社中に伝わってしまう。おそらくいちばん大切なことは自分であることと、CEOがどのようなもので、どのように振る舞うべきものかをきちんと把握していることです。そうしないとしっかり役目を果たすことができなくなります。決定を下すときに「自分だったらどうする」ではなく「あるべき自分だったらどうする」と考えてしまうことになったら変でしょう。
──企業というものにはたくさんのステークホルダーがいます。社員、株主、顧客、と。企業にとって、いちばん優先すべきなのはどれなのでしょう? 別の言い方をしますと、企業とは誰のためのものなのでしょう?
BH:本のなかで、わたしは「人、製品、利益を大切にする──この順番で」と書きました。基本は、この通りだと思います。もしこの順番を変えてしまったら、問題が起こるはずです。投資家の興味は、製品がどれくらい売れるかにしかありません。しかし利益は、企業のゴールではありません。もしそうだとしたら、その企業は本当に短い間しか成功しません。それは、「生きることのゴールは呼吸をすることだ」と言っているようなものです。
もちろん呼吸しなくては死んでしまいます。企業にとっての利益もそういうものです。でもそれはゴールじゃない。呼吸をすることがゴールなら、ずいぶんと残念な人生ですよね。企業には目的やミッションがあり、社員のすべてがそのミッションを信じていなければいけない。そうでないと、いつまでもそのミッションは達成されません。社員にミッションをわかってもらうことから始め、製品をつくり、売り、そして利益を出す。それぞれのステークホルダーを上手にその線上に乗せていくことが大事なのです。
ですから、どのくらいの期間で利益が上がるのかを理解してくれる投資家をもつことが必要です。もし短期間で高い利益を望む投資家がいて、自分がつくっている製品が時間を要するものであれば、解決策は、短期間で無理矢理プロダクトを仕上げることではなく、ほかの投資家を見つけてくることです。
──日本のビジネスシーンを、いまどんなふうにご覧になっていますか?
BH:東京は少しだけ保守的でなくなったように感じます。詳しくはわからないのですが、おそらくは認識が少しずつ変わってきてるのだと思います。従来のビジネスモデルがどのくらい持続可能なものかということを考えたとき、古い考え方の多くは危険だという認識が出てきたように思います。日本は、ずっと、新しいビジネスよりも昔からのビジネスを、小さなビジネスよりも大きなビジネスを大切にしてきました。そして、その考えに、長らく囚われてきましたが、ここ2、3年でそれが急激に変わろうとしているように感じます。みなそのことをおおっぴらには話しませんが、1対1で話してみると危機感は感じます。変わるための方法が見えているのかはわかりません。でも、変わる必要性は切実に感じているのだと思います。
──どうすれば日本の企業はセルフ・イノヴェイションを起こせますか?
BH:その答えを簡単に出せる方程式はありませんが、大切な原則はあります。日本企業が世界一になった理由のひとつは、品質管理にありました。「カイゼン」のように、品質管理のプロセスを高度に洗練させていき、それがよい結果につながったのです。でもものごとを改善していくやり方は、イノヴェイションを起こすという観点から見ればネックになります。なぜなら、品質管理プロセスには大きな投資が必要ですし、それを刷新するには途方もないコストがかかります。かつ、そのプロセスを完璧なレヴェルまで再びもっていくには、全体のコンセンサスを得ることが不可欠になります。
これは、新しい何かを生み出すことと対極にあります。イノヴェイティヴなアイデアは、もしそれが本当のブレイクスルーなら、はじめは悪いアイデアにしか見えないものなのです。最初からみんながいいと思うようなアイデアは、イノヴェイティヴではありません。コンセンサスを重視する文化は、ダメに思われがちなこうしたアイデアを、構造的に抹殺してしまうのです。人がイノヴェイティヴでないとか、いいアイデアをもっていないというわけではないと思います。組織が、それを殺してしまうんです。日本と同じような仕事の仕方をしているアメリカの企業も同様の問題を抱えています。
──イノヴェイションと高度な品質管理とが共存する方法はありますか?
BH:できるのかもしれませんが、とても複雑な問題だと思います。なぜならプロセスを洗練させていくことと、新しく斬新なものを生み出すということはまったく異なる価値観で動くからです。つまり動機やインセンティヴが異なるのです。ですから、中国が深圳においてやったことを企業内でやるのはひとつの手だと思います。彼らが行ったのは、深圳をほかの中国の地域とはまったく異なるルールで動く、まったく異なる場所にすることでした。本土のルールを全部取っ払ってしまったのです。企業もこれと同じことをすべきだと思います。いまあるものを築いてきたルールが、そこにはない。そういう空間をつくり、彼らがなんのルールにも縛られないようにするのです。とても難しい挑戦ですが、日本の企業には必要なことだと思います。
(初出は『WIRED』日本版VOL.19)
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