『職場を幸せにするメガネ 〜アドラーに学ぶ勇気づけのマネジメント〜』(小林嘉男著、まる出版)は、東証一部上場の半導体製造装置メーカーである株式会社ディスコの経理部長による著作。

ディスコといえば、ここ数年は「働きがいのある会社」ランキングで、グーグルや日本マイクロソフトと並んでトップ10にランクインし続けている会社。ご存知の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

■かつてはギスギスした雰囲気だった

そんな話を聞くと、さぞ雰囲気がよく心地よい会社なんだろうなと感じるかもしれません。ところが著者が就任したころの経理部は、心地よさとは正反対の環境だったのだとか。

経営陣からの評価も厳しく、社内的にも影響力を発揮できていなかったというのです。

だからスタッフの多くも、「自分たちは社内で評価されていない」というような負い目を感じながら働いていたのだとか。

しかも毎年のように部員が退職し、そのたびに中途採用で補充するという不安定な状態。どこかギスギスした雰囲気が漂っていたそうなのです。

■「メガネをかけ替える」という概念

そんな状態でありながらも改善を成功させることができたのは、著者が「アドラー心理学」を通じて「メガネをかけ替える」という概念を知ったから。

ご存知のとおり、アドラー心理学とは、オーストリア生まれの心理学者であるアルフレッド・アドラーの提唱した心理学。

そのなかにある「誰もが自分のメガネを通してモノを見ているのだ」という考え方(認知論)に衝撃を受けたというのです。これは、「世の中にあるのは主観的な解釈だけだということをいい表したもの。

そのコンセプトを導入してみたところ、結果的には職場の雰囲気が大きく改善されたというわけです。

■幸せ職場をつくる4つのキーワード

つまり本書ではそこに至るプロセスを細かく解説しているのですが、なかでもとりわけ印象的なのは、「幸せ職場」をつくる仕組みのなかに組み込みたいという4つのキーワード。

その「感謝」「寛容」「楽しむ」「Yes, and」には、果たしてどのような思いが込められているのでしょうか?

(1)感謝

私たちは、お互いに支え合いながら生きているもの。そのことに気づき、感謝できる「謙虚な人」でありたいと著者は考えているそうです。

リーダーになると周囲から持ち上げられる機会が増えるため、自分が偉くなったと勘違いしがち。その結果、いつの間にか上下関係ができあがってしまう。けれど、つくりたいのは「横の関係」。

上司が日々の部下のがんばりに対し、感謝の気持ちを伝える。これは、もっともシンプルで、もっともパワフルな、部下の心のコップを水でいっぱいに満たす行為だといいます。

感謝からはじまるマネジメントこそが、幸せな職場への第一歩だということ。

(2)寛容

この世に完全な人など存在しません。どんな人でも、優れたところがあれば欠けているところもあるのですから。だから、その不完全さを受け入れたいと著者はいうのです。

「寛容」とは、不完全さを受け入れる勇気。そして、人の不完全さを受け入れるために大切なのは、まず自分の不完全さを受け入れること。

リーダーに昇格する人の多くは、自分にストイックな面があるもの。しかし、それと同時に心の余裕も必要。心に余裕ができた分だけ、人に優しくなれるわけです。

(3)楽しむ

仕事や働くことを楽しもうとするから楽しくなる。笑顔でやるから仕事が楽しくなる。「リーダーは幸せの専門家」というメガネをかけて、著者は初めて気づいたそうです。

仕事が楽しく職場が楽しいと、「もっとがんばろう」という気持ちになれるもの。そして楽しいから気持ちに余裕ができ、自分にもまわりの人にも優しくなれる。

日々、生きること、働くことを楽しむーー。それが幸せな職場につながっていくということです。

もちろん仕事なので、成果が求められるのは当然。しかし成果が上がるのは、組織の成功循環のグッドサイクルが回っているときなのだといいます。

(4)Yes, and

かつての著者は常に否定する鬼上司だったそうですが、振り返れば、それがバッドサイクルを引き起こす最大の原因になっていたのだといいます。

つくりたいのは、否定しあう文化ではなく、認め合う文化。その土壌があるからこそ、グッドサイクルが回り続けるというわけです。

そこで第一声は、「Yes(そうだね)」ではじまりたいのだそうです。しかし、ここで陥りやすいのが、「Yes」で受けたにもかかわらず「But(でもね)」で否定してしまうこと。

そこで、「Yes(そうだね)」で受け、「And(そして)」で展開する「Yes, and」の習慣を身につけたいと提案しています。

「もとは鬼上司だった人が心を入れ替えた」というストーリーが背後にあるだけに、本書で展開されている考え方はひとつひとつが説得力抜群。

リーダーとしてのあり方について悩んでいる人にとっては、大きな参考になるはずです。

(文/作家、書評家・印南敦史)

 

【参考】

※小林嘉男(2016)『職場を幸せにするメガネ 〜アドラーに学ぶ勇気づけのマネジメント〜』まる出版