ローマに女性市長:古代ローマ帝国以来の慣習が崩壊

2016年06月21日 17:23

ポスターraggi選挙

6月19日イタリア地方選挙の決選投票が行われ『永遠の都』ローマに史上初の女性市長が誕生した。

当選したのは既成政党に異議を唱える「五つ星運動」のビルジニア・ラッジ氏。ローマ市政の全てを変えるか、全てをこれまでと同じままにするか選択してほしい。私が全てを変える、と訴えた。

ラッジ氏は37歳。生粋のローマっ子で弁護士。ほんの数ヶ月前までは全く無名の存在だったが、ローマ市長選挙に立候補して優れた論客であることを証明し知名度を上げた。

ローマでは2015年、民主党の前市長が東京都の舛添要一 知事ばりに公費流用疑惑で辞任。また市当局がマフィアと癒着していた醜聞まで明らかになって市民が激怒。政治不信が広まっていた。

既存のあらゆる政治勢力に歯向かう「五つ星運動」は、そこを突いて大きく支持を伸ばした。そうやって古代ローマ帝国時代からえんえんと続いてきた「男性指導者オンリー」の支配体制に終止符が打たれた。

その出来事は2つの意味で重要である。一つはレンツィ首相が敗北によってダメージを受けたこと。近く憲法改正の国民投票を実施したい首相にとっては手痛いブローになった。

一つは欧米先進国の中で女性の社会進出が遅れているイタリアにおいて、しかも欧州の精神の核の一つを形成してきた古代都市ローマにおいて、女性のトップが生まれたという歴史的意義である。

ローマでは過去2000年余り、皇帝や貴族や執政官や独裁官やローマ法王や元首など、男性一辺倒の支配体制が続いた。それは欧州に於ける男尊女卑の社会風潮の象徴でもあった。

たとえばパリやロンドンやニューヨークなどの、欧米の他の偉大な都市で女性市長が誕生しても、もはや誰も驚かない。それらの都市は既に十分に近代的で「男尊女尊」の社会環境があるからだ。

ローマは違う。さり気なく且つ執拗に男尊女卑の哲学を貫くバチカンを擁する現実もあって、イタリア国内を含む他の欧州の都市のように近代的メンタリティーを獲得し実践するのは困難だった。それが古来はじめて転換したのである。

今回の地方選挙ではローマ、ミラノ、トリノ、ボローニア、ナポリの5大都市が最も注目を浴びた。それらの都市での勝敗が次の国政選挙に大きく影響すると見られるからだ。

「五つ星運動」はローマのみならず北部の工業都市トリノでも勝利した。それは想定外の出来事でイタリア中が驚いた。「五つ星運動」は地方自治におけるこれまでの実績が思わしくなく、ローマ以外では勝てないと見られていたのだ。

レンツィ首相の民主党、「五つ星運動」、ベルルスコーニ党(フォルツァ・イタリア)というイタリアの3大政治勢力のうち、2大都市を制した「五つ星運動」が躍進、ローマを落とした民主党が苦戦、1都市も取れなかったベルルスコーニ党が惨敗、と形容できる結果になった。

そうした構造は一見するとイタリア特有のローカルな政治状況のように映る。だが実はそれは今、欧米世界に共通して存在する現象で、人々の不満や怒りが表出したものだと考えられる。

アメリカでは共和党大統領候補のトランプ氏が、白人労働者階級の怒りの受け皿となって支持を伸ばし、民主党のサンダース候補が既存の勢力に飽き足らない若者やマイノリティーの支持を集めている。

今回のイタリアの選挙結果も水面下でそれらの動きとつながっている。それはまた英国で今まさにBrexit≪英国のEU(ヨーロッパ連合)離脱≫の暴風が吹き荒れて、世論が《反EU》の怒りをはらんでてうねっている状況とも密接にからまっている。

「五つ星運動」はインターネットを駆使してイタリアの既存の政党や政治家を厳しく断罪し、同時にネットを通じてグローバルなコミュニケーション・ ネットワークを構築して、将来は世界政府を樹立する、という理想を掲げてイタリア政界に旋風を巻き起こしてきた。

同運動はお笑い芸人のベッペ・グリッロ氏が2009年に立ちあげた。その基本スタンスはEU無用論である。抗議政党とも呼ばれていて、既存の政治勢力にことごとく反旗を翻すことを身上としている。EU(ヨーロッパ連合)にも批判的で、単一通貨「ユーロ」も気に食わない。

「五つ星運動」とラッジ氏は、今回の選挙では《反EU》の旗印を引っ込めて、ローマ市政の腐敗と汚職と混乱を糾弾し市民の怒りを掻き立てる作戦で大勝した。だが彼らの正体はEU懐疑派であり、そこからの離脱を目指しているのである。

6月23日には英国でEU離脱か残留かを決める国民投票がある。もしも英国民がEUからの離脱を選択すれば、「五つ星運動」は勢いついて同じ方向を目指そうと叫ぶだろう。それはEU信奉者のレンツィ首相へのさらなる打撃になる。

またたとえ英国がEUに残留することを決めても、「五つ星運動」の反EUのスタンスは変わらないだろう。英国民のほぼ半数がEU懐疑派として存在し続け、アメリカではトランプ氏が勝っても負けても民衆の怒りや不満はくすぶり続ける。世界は歴史の岐路にいる。

世界政治の傍流であるイタリアの地方選で見えた流れは、実は決してイタリアに特異な現象ではなく、世界のトレンドがイタリアを巻き込んで流れていく巨大な奔流のほんの一部が表出したもの、という見方もできるのである。

仲宗根雅則
テレビ屋
イタリア在住

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