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六十二話 個の剛力
俺とオーガとの、一対一の戦いが始まった。
「でぇやあああああああ!」
「ガグゥオオオオオオオ!」
俺が渾身の力で鉈を振るえば、オーガもすかさず爪で引っかいてくる。
お互いに命中するが、どちらの攻撃も致命傷にはなりえなかった。
俺は体に纏っている水の魔法によって爪を防ぎ、オーガは分厚く弾力のある筋肉で鉈の刃を止めてしまう。
なので被害は、俺は服を引っ掻き破られるだけ、オーガは皮膚だけが斬られるだけだった。
その結果を見ながら、お互いに再び攻撃する。
「だぁりゃああああああ!」
「グゴァアアアアアアア!」
同じ結果になるけど、何度もお互いに攻撃を繰り返す。
その間、俺はこの水の魔法について、より深く理解していった。
動きをアシストしている間と、単純に身に纏っている間では、魔塊の消費量はさほど変わらないこと。
攻撃を受けた場所が、氷となって衝撃を吸収して剥離するたびに、消費量が瞬間的に上がること。
どのぐらいの攻撃なら、どれぐらいの水の厚みで耐えられるか。
そんな戦いの中、短時間で気付いたことを、少しずつこの水の魔法の使用法に生かしていく。
攻撃を受けやすい場所は厚みを増やし、逆に攻撃され難い場所は薄くする。
動きのアシストで重要となる場所は、筋肉ではなく関節なので、関節周りの水を厚くする。特に背骨の直上の水をより厚くすると、攻撃に力が乗るし、攻撃を受けたときの衝撃の吸収にも役立つ。
そうやって魔法の最適化を終え、オーガへより強力な一撃を食らわせる。
「どぉりぃやあああああああああ!」
「グゴァ――アアアアアア!」
俺の攻撃による衝撃で、オーガは少し動きを止め、それから殴りかかってきた。
しかし、オーガの攻撃には勢いがない。
俺はあっさりと避けると、その腕に鉈を振り下ろした。
「おぉりゃああああああああああ!」
「――グゴゥゥゥ」
筋肉を斬ることはできなかったけど、骨を叩き折った感触があった。
オーガは折れた腕を抱えて後ろに跳ぶと、空いた距離をすぐに埋めるように、高速の体当たりをこっちにしてきた。
俺は踏ん張りながら体で受け止め、鉈の柄尻をオーガの背中に打ち下ろす。
「だぁあああああああああああああ!」
「グギィイイイイイイ!?」
背中側の肋骨が折れる感触がして、オーガは悲痛な声を出しながら下がった。
そして俺を、忌々しそうな顔で見る。
いや、きっと俺ではなく、俺が纏っている水の魔法を、だと思う。
しかしオーガは、何かしらの自信があるのか、逃げようとはしない。
俺としても逃すつもりはないのだけれど、不思議には思った。
なので、オーガのことをよく観察する。
そのとき気がついた。
鉈でオーガの皮膚につけた傷のうち、最初の方の傷が、もう塞がりかけていることにだ。
どうやら、人間に比べて格段に傷の修復力が高いみたいだな。
となると腕と肋骨の骨折も、すぐに治ってしまうに違いない。
逆に俺は、魔塊を消費し続けているから、長期戦はまずい。
そんなお互いの事情が分かっていたから、オーガは余裕な態度のままだったんだ。
だけど、まだ戦い始めて数分しか経っていない。
前に石のゴーレムから逃げたときは、少なくとも二十分はこの魔法を維持し続けていたから、まだ時間はある。
けど鉈の攻撃が効かないなら、時間の余裕はあってないようなものだろうな。
どうしようかと思いながら、オーガの様子を見るため、少し位置をずらすように移動する。
そのとき、足に何かが触れた。
ほんの少しだけ目線を下に向けると、弦が切れた俺の弓があった。
そうだ、土や石のゴーレムと戦ったとき、矢に風の攻撃用の魔法を纏わせて攻撃していたんだった。
水の魔法を知ることにかまけて、うっかり忘れていた。
早速、風の魔法を鉈にかけようとする。
けど、水の魔法との両立は難しいみたいだ。
ならと、鉈に纏わせるのを、風から水に変更する。
するとあっさりと成功し、鉈の刃の部分に水が纏わりつく。
「でええりゃあああああああ!」
威力を確かめるべく、俺は鉈をオーガへ振り下ろした。
魔法が見える特性があるようなので、この一撃を警戒する素振りはあった。
けど、回復力に自信があるのか、オーガは左腕で鉈を防御する。
「――あれ?」
「――グガッ?」
俺が手応えのなさに思わず首を傾げると、オーガからも不思議そうな声が漏れ聞こえてきた。
その数秒後、俺たちの横に、上空から何かが落ちてきた。
視線を向けると、真っ赤な色の――オーガの腕だった。
ハッとしてオーガに目を向けなおすと、左腕の肘から先が失われていて、血が水鉄砲のようにぴゅっぴゅっと出てきている。
そこでようやく俺とオーガは現実を理解し、それぞれが独自の行動を始める。
「グオオオオォォォオッォー!」
オーガは無くなった腕を抱えて、背を向けて草むらの奥へと全速力で逃げ始める。
「待てええええええええええ!」
俺は追いかけ、オーガへと水を纏わせた鉈で斬りつける。
しかし逃げる背中を斬ることがとても難しくて、なかなか致命傷を与えられない。
こうなったら!
一度身をかがめながら、両足にある水の魔法のアシスト力を上げ、オーガに飛びかかる。
「だぁあああああああああああ!」
オーガの背中から、鉈を体内へと突き入れる。
風の魔法を矢に纏わせたときのように、鉈とオーガの肉体の隙間から血混じりの水が大量が噴出した。
鉈はオーガの胸まで貫通していたようで、向こう側にある草に水と血、そして肉片が降りかかる。
水の勢いが衰えた頃を見計らって、俺は鉈を引き抜いた。
背中から胸までぽっかりと穴が空いたオーガは、ゆっくりと前に倒れた。
けど、その怪我でも生きているようで、弱々しく這って逃げようとしている。
さっきまでゴブリンに威張り散らしていたオーガを、俺がここまで弱らせたことに喜びを感じた。
前世では体格差は絶対なものだったけど、この世界では違うのだと実感しながら、より痛めつけようと俺は鉈を振り上げる。
しかしそこで、我に返った。
自分の力に酔って自分勝手な暴力を振るうなんて、前世で俺を馬鹿にしてきたヤツと同じじゃないか。
いけないと戒め、けど魔物を逃すなんて選択肢は、この世界の常識にはない。
ならせめて苦しまないようにと、弱々しく這うオーガの首を鉈で叩き斬った。
「ふぅ……さて、倒したって知らせるために、この首を持ち帰るとしようか」
商隊に戻って護衛の隊長さんに聞けば、討伐証明の部位を教えてくれるだろうしね。
俺は鉈を仕舞うと、左手に弦の切れた弓、右手にオーガの首を持って、街道へと戻った。
そこで、俺は目を疑った。
「……いなくなってる」
さっきまでそこにいたはずの商隊の、影も形もなかったのだ。
ゴブリンたちの死体ははあるから、場所を勘違いしているということはないはず。
耳を澄ませると、かなり遠くの方に、馬車の車輪が奏でる音が聞こえてきた。
音が遠ざかる速さから察すると、全速力って感じでこの場所から逃げているようだ。
あの調子だと、俺がオーガに勝ったどころか、生きているとすら思っていないみたい。
「ええー……どうしよう……」
ボロボロな服装でオーガの頭を抱え、俺は途方に暮れた。
しかし、いつまでもそうしていられないので、状況を再確認する。
水は水筒と生活用の魔法でなんとかなる。
食料は保存食を少し持っているし、草むらからは食べられる野草が採れるし、返り討ちにした魔物や野生動物の肉を食べたっていい。
となると、この危険地帯の中で、どうやって俺一人で休憩を取るかが問題になるかな。
一人だけで四六時中警戒するなんて、今の俺では出来ないしなぁ。
うーん……もう昼を過ぎているし、商隊を追いかけても夜に追いつくか分からないよね。
もしかしたら、行きとは違う道順で帰るのかもしれないし。はぐれちゃったら、一人で道を歩かなきゃ行けなくなっちゃう。
その危険を冒すぐらいなら中継村に引き返して、ヒューヴィレの町かその近くに行く商隊に、護衛として混ぜてもらった方がいいよね。
幸い、もってきたオーガの首で、少しは実力の証明ができるだろうし。
まあ何とかなるかなと気楽に考えて、細胞内の魔産工場に出させた魔力を魔塊に吸収させて量を回復しながら、今日出てきたばかりの中継村に引き返したのだった。
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