国営諫早湾干拓事業(長崎県)で国が開門調査をするまで課される漁業者への制裁金は、支払い開始から今月で2年が経過し、総額5億円を超えた。それでも動かぬ国の姿勢に、佐賀県ばかりでなく、熊本県の漁業者も「開門しなければ、有明海という生活の場は奪われたまま」と声を上げている。潮受け堤防内の調整池では毒素を持つアオコの発生も報告され、「国は水俣病のような対応の遅れを繰り返すのか」との懸念も募らせている。【関東晋慈】

 熊本県玉名市の港に7日、横島漁協の漁業者が次々集まってきた。平均年齢は約70歳。あいさつした中尾利秋組合長(74)は「横島の海は必ず(また)アサリの産地になる。今日まで導いた年寄りが若い人に引き継ぐつもりで頑張ろう」と呼びかけた。

 この日は農林水産省による「水産多面的機能発揮事業」で、アサリの食害となるツメタガイの卵を除去する作業があった。中尾さんは「日当の5000円が漁業者の生活をつないでいる。それで国は開門については黙れと言うのだろうが、私は闘う」と海を見つめた。

 中尾さんは横島で生まれ、16歳からノリ漁師の父親を手伝ってきた。1960年代の最盛期には横島の住民約750人のほぼ全員がノリで生計を立てていた。

 だが97年に潮受け堤防が締め切られると有明海ではノリの色落ちや赤潮などの被害が出始めた。横島でも港の岩にびっしりついていたカキやフジツボが死滅する異変が出始めた。中尾さんも開門を求める原告団に加わり、福岡高裁の勝訴判決を勝ち取った。

 現在、横島の正組合員は51人になり、ノリ漁師は中尾さんを含めて2人だけ。国の事業で覆砂などの対策をしてきたアサリも、ここ5年は自家消費分しか採れなくなっている。

 中尾さんは「漁師はおいしいノリや魚をとって国民に食べてもらうのが役割。だが稚魚が生まれなくなり、せっかく取った魚もおいしくなくなった」と話す。

 ◇アオコから高濃度毒素

 新たな懸念材料もある。熊本保健科学大の高橋徹教授(海洋生態学)による研究結果だ。調整池で発生したアオコから高濃度の毒素を検出し、魚介類を通じて人体に影響があるとして、「放置するのは危険で(海水を入れて発生を防ぐために)開門が必要」と指摘している。

 中尾さんは「自然界の異変、研究者の訴えを無視した水俣病の過ちを国は繰り返すのか」と批判した。「裁判所の判決に従わず新たな和解案で金を積んでも解決できない。私たちは海がなければ生活できないのだから」

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 ■ことば

 ◇諫干制裁金

 開門を命じた福岡高裁判決(2010年12月)に基づいて佐賀、長崎両県の漁業者ら45人が開門調査を実施するまでの「間接強制」として申し立てた。14年6月12日から1日45万円(1人当たり1万円)、現在は増額が認められ90万円が国から払われ続け、今年5月分までで計5億1930万円に上っている。