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第227話 150年の因縁
王子だの宿命だのやかましい話を切り上げ……というか、正確にはいつまでもやかましいので昏倒させて廃墟の部屋に押し込んでから、いくばくかの時間が過ぎた。
僕はそれから、リュドネラと本気出して魔法のプログラミングを進め……ついさっき、『釘』を仲介してエルクと直接話すための術式を完成させた。
目測では3時間弱ってとこだったんだけど……やってみると33分か。人間やればできるもんだ。
けど、それをデータ化?してリュドネラんとこに送るのに時間がかかるので、その間に別な準備を進めておこうと思ったわけだ。
ちょうど今さっき、ミュウが『オルトヘイム号』を呼び出してくれたことだし。
そして、それと一緒に……必要な準備を終わらせてくれていたターニャちゃんとシェーンも転送されてきて……到着するやいなや、こっちに駆け寄ってきた。青い顔して。
エルク……だけでなく、僕ら全員のことを心配してくれた上でのことだった。
すごく嬉しいけど……今は時間ないので、申し訳ないとは思いつつも、説明は最小限にし、後のことはザリー達に任せて……僕とネリドラは、今、『ラボ』に向かっていた。
「リュドネラへのデータ転送の残り時間は?」
「周囲のハイエルフたちに気取られないようにペースを調整してだから、およそ20分弱。そこから更に向こうで設定いじくるから、エルクと話せるようになるのは約30分後くらいだと思う」
「そっか、わかった。じゃ、その間にこっちで準備進めよう。つっても、保管庫からマジックアイテム引っ張り出してくるだけだけどね……ヤバいのも含めて」
ここでエルクかセレナ義姉さんあたりが聞いてたら『普段作ってんのはやばくないとでもいうのか』とかツッコミを入れてくる気がするけど……あえて言おう。
……普段、僕が作ってるものなんてのは……これから僕が引っ張り出そうとしてるものに比べたら、100倍マシであると。むしろ、自重と謙遜に満ち溢れた平和なツールであると。
「……ところで、やっぱり師匠帰ってなかったね」
「シェーンたちが言うには、一回帰ってきたらしいけど……すぐに出かけたって。『用があるから』って言って。あと、ミナトに……『好きなだけやりすぎろ』って言ってたって」
「あ、そう。……まあ、居ても僕が頼んだ所で手伝ってくれたかどうかはわかんないし、正直元々半々だと思ってたからいいや」
どんな用事なのか知らないが、最近師匠はほとんど船にいない。どうもあちこち、色んな所をたずねて回ってるっぽいんだけど……何してるんだろう。
今度聞いてみてもいいかもね、全部終わった後に、だけど。
「……ところで、ミナト。今回、ヤバいのも含めて全部引っ張り出すって言ってたけど……具体的には、どこまで?」
「全部は全部だよ。使える分は……だけどね」
ネリドラの問いかけにそう答えつつ……僕は、たった今到着した『ラボ』の扉を、ロックを解除して開け、中に入る。
そして、そのまま……奥の奥、普通の人間が扱うには危険どころじゃないものが保管(というか封印というか)されている部屋の扉を開ける。
扉の先は、テニスコートくらいの広さの、何もない部屋になっている。
壁や床、天井は、模様もなく灰色で、ワックスがけがされているかのように滑らかな表面。
それだけ。他には何もない。飾り気のある家具も、窓も、換気口さえない。
新築のアパートの部屋でももうちょっと色んなものがあるだろう、ってくらいに何もない部屋だけど……僕がこの部屋の真ん中に立って、ぱちん、と指を鳴らすと……一変する。
床が開き、壁が競りあがり、天井が割れ……その向こうから、亜空間収納に加えて、厳重な『封印』までもが施されている、僕自作のマジックアイテムの類が、これでもかと出てくるのだ。
ものの数秒で、何もない部屋は博物館顔負けの賑やかなスペースになった。
僕はその中から、今回必要になりそうなものをかたっぱりから取り出し……帯を始め、用意した『収納』の力を持つマジックアイテムに入れていく。
CPUMの『12星座』はとりあえず全部持ってくとして……『トルーパー』系も一応あるだけ持っていく。後は武器系も、使えそうなのは全部持ってくか。
それと、エルクを助けるためのツールも必要だな……いい機会だ、『ジェノサイド』を調整してロールアウトして……僕のだけじゃなくて、皆のも整えなくちゃ。武器防具ももちろん……こないだ完成させたアレの微調整もしておこう。
後は……『ワルプルギス』と『ゲオルギウス』と『ウロボロス』は……一応持ってくか。調整まだだし、そもそも使うような事態にはならないと思うけど……念のために。
そんな感じで、最終的に部屋にあったマジックアイテムの半分近くを『戦仕度』のために『収納』したところで……リュドネラから、連絡が入った。
『用事』とやらが済んだのか……あのスカシ顔のエルフがまた来たよ、と。
☆☆☆
ハイエルフの戦士・ステファニー……の死体を操って、今しがた牢屋に入ってきた男、クラウドに優雅に一礼するリュドネラ。
それを特に気にすることもなく、クラウドは牢獄の中の一室の前へと足を運んだ。
そして、中に捕われている少女……エルクに、その無機質な視線を向ける。
一応は彼女に注目していながら、その瞳はまるで無関心。
まるで、路傍の石でも見ているかのような視線に、エルクは緊張の中に……うっすらと苛立ちや嫌悪感を覚えるに至った。
それが後押しとなったのか、そのままエルクは沈黙を破る。
「何か用? さっきのたちの悪いジョークを撤回しに来てくれたのかしら?」
「ジョーク? ……ああ、お前を妻にする、という話のことを言っているのなら、冗談でもなんでもない。本気のことだ」
「あっそう……その割には、熱っぽい視線も愛の言葉も何もないのね? あっても要らないけど」
「当然だ。これは、私が自らに課した試練なのだから」
「…………はぁ?」
突如としてクラウドの口から飛び出した、意味のわからない言葉に……唖然、といった表情になって聞き返すエルク。
幸か不幸か、その衝撃で恐怖や緊張が逆に引っ込んだと見える。
別な牢に入っているレジーナとステラも、今のクラウドのセリフの意味を図りかねているようだった。ステファニーに憑依しているリュドネラは、どうにか反応をこらえている。
彼女達のそんな心中に気付いているかどうかはわからないが、クラウドはため息をひとつすると……無感情な声音のまま、語り続ける。
「これは……私とお前、2人にとっての試練であり、贖罪なのだ。私は誇りをもって、お前は力と命をもって、源罪の穢れを祓うべく……私は此度の縁談を決めた」
「……説明する気があるんなら、わかるようにお願いできないかしら?」
『そうそう』
声を出さずにリュドネラも同意する。
『釘』の補助機能の1つを使い……今のリュドネラは、『ステファニー』の体で見聞きしている情報を、そのままミナトに送信している。無論、この話も……全て。
それを理解しているがゆえに、エルクも……できるだけ、聞きだせることは全て聞き出そうと、意識して言葉を選ぶ。念話の向こうにいるミナトに、少しでも情報を届けるために。
そうとは知らないクラウドは、エルクの問いかけに……一度、周囲の牢を一瞥する。
ここで話せば、自分の同胞以外にも聞かれることになる――が、ここにいる、同胞以外で聞くことになる者達で……これより先、長く生きられるものはいない。
ならば問題は無い……そう結論付けたクラウドは、エルクの望みをかなえることにした。
「大まかには今言った通りだ。私とお前は、自らが背負っている罪の償いのために夫婦となる」
「罪って何よ? 今んとこ、あんたらのせいで私たちが一方的に迷惑してると思うんだけど?」
「それは……エルク・カークス。お前が、下等な人間でありながら、我々と同じ力を使う存在だからだ」
「…………は?」
「至高の存在たる我々『ハイエルフ』の力は、我々が世界創造の神より賜った祝福であり、誇りである。我々だけに許された力……お前は、罪と穢れにまみれた人間でありながら、それを盗み、我が物として振るう大罪を犯した。到底許されることではない」
再び、短時間で二度目の『きょとん』がエルクを襲った。
徐々に理解できていく、クラウドの言葉の意味。
エルクの罪とは、人間でありながら、クラウドと同じ力を使うこと。
力とは……おそらく、ハイエルフの力のこと。エルクは、ハイエルフの『先祖がえり』だ。
答えが思い浮かぶまでに、そう難しい連想は必要としなかった。つまり、クラウドが言っているのは……彼女の罪とは、彼女が『先祖がえり』としてハイエルフの力を使っていることだと。
人間の癖に自分達と同じ力を使うことが罪だと。生意気だと。気に食わないと。
レジーナやステラは……彼女が『先祖がえり』だということを知らないためだろう。今の言葉の意味がわからず、『きょとん』から立ち直れていない様子である。
なんだそれは、ふざけるな……そんな言葉が口から出てきかけたエルクだったが……言い返そうとしてクラウドの目を見た所で、悟った。言ってもムダだと。
先ほどから、感情というものが感じられないのみならず……今までに聞いた話だけでもわかる、自分達人間と彼らハイエルフの間にある、価値観のあんまりな差。
そもそもこの男は、自分を何とも見ていないのだから……何を言った所で、ため息一つ吐かれて終わりだろう。『やはり人間とは愚かだ、理解できない』……そんなことを言って、繭一つ動かさないまま牢獄を去っていく様子が目に見えるようであった。
ならば……と、エルクはどうにか怒鳴りつけたい感情を押さえ込み、努めて声を落ち着いたものにした上で……口を開いた。
せめてもの意趣返し(?)に……ため息交じりで。
「ふうん……人間が優秀なのがそんなに面白くないかしら?」
「……喚き散らすかと思ったが、存外に利口な対応ができるようだな。褒めてやろう」
「あっそう、全然嬉しくないわ……で、質問に答えてはもらえないの?」
「勘違いするな……その力はお前達人間の力ではない。我々だけの力……それを、人間が不当に使っているだけだ。お前が強いわけではない……より正確に言えば、お前の強さではない」
ぎり、とエルクの奥歯が鳴った。
「……どう説得されても、罪の定義を理解するのは無理そうだからいいわ……で? 私があんたの妻になると、何で償いになるわけ? 命とか、物騒なこともさっき言ってたけど。それに、何かあんた自身にも罪があるみたいなこと言ってなかった?」
「……分不相応に好奇心が旺盛な所は正に人間だな……いいだろう、答えよう」
エルクの苛立ちもどこ吹く風。クラウドは目をつぶり、何かを考えるようにしながら、
「我々ハイエルフには、『力』を取り戻すための秘術が存在する。不当にも、我々の種族にあらざる身でありながら我々の力を使う者たちから、神の福音を奪い返す秘技だ。特殊かつ複雑な儀式魔法と、特別な魔法薬によって成るその術は、施術の後……我らの同胞と、忌むべき罪人との間に子を設けることによって完成し……その誕生と同時に、福音を罪人の手から奪い取るのだ」
「……っ……!?」
愕然とした表情になるエルク。
簡潔ながらも、詩的な表現が随所に見られた説明……それを徐々に理解していくうちに、その顔に浮かぶ感情がより強く、はっきりとわかるものになっていった。
さすがに、内容が内容……ここで感情を隠すのは、彼女にも無理だったようだ。
何せ、クラウドは……早い話が、何らかの魔法的処置を施した上で、自分とエルクとの間に子供を作ることが、贖罪の方法だと言ってのけたのだから。
そして、その子供は……誕生と同時に、彼いわくところの『福音』……すなわち、ハイエルフの力をエルクから奪っていく。それが、力を『奪い返す』方法。
エルクを妻に迎える、という行為は……ただそのためだけのことだというのである。
「福音を失った後、お前は本来の……分相応な力だけを残した人間へと戻る。寿命も含めてだ。その後あらためて、我らの力を不当に使った沙汰が下ることとなろう」
「……力奪われた後、さらに何かされるっての?」
「福音はもともと我らのもの。返してもらうに過ぎない。罪の償いとは違う……そこにいたるまでの過程であって、それそのものではない」
当然だろう、とでも言いたげなクラウドは、さらに続ける。
エルクが、すでに感情を押さえ込めなくなり……ぷるぷるとその手を震わせはじめていることに気付きながらも……気にするほどのことではない、とでも言わんばかりに無視して。
「そして、そのための番の役目を私は負うこととなる……一時の、形だけのこととはいえ、神に選ばれし種族にありながら、下賎なる罪人を妻に迎え、ひと時の生を共に過ごし、あまつさえそれと子を成すこと……それが私の試練であり、贖罪なのだ」
「あっそう……下賎な人間とやらと夫婦にならなくちゃいけないなんて……よくは知らないけど、おにーさんさぞかし大きな罪とやらを背負ってるんでしょうねえ……?」
最早、怒るにしても何から怒ったらいいのかわからないほどに色々と言われているエルクは、精一杯の皮肉と共に、そんな言葉を浴びせた。
すると……淡々とよどみなく受け答えしてきたクラウドが……初めて少し言いよどんだ。
すぐに返事が返ってこないことに気付き、僅かな違和感を覚えたエルクは……クラウドの眉間に、よくよく見ないとわからないくらいのしわがよっているように見えた。
そんな状態で、数秒の間を置いてのクラウドの返答は、
「正確には……『私の罪』ではない。私が雪がんとしているのは……私の先祖のふがいなさと、その弟の愚かな行いによって我が一族の名に刻まれた……不名誉だ。そして……それこそが、私がお前を妻とすることにかかる、もう1つの意味でもある……復讐、という名のな」
「……どういう意味?」
「私の姓……『クレリオン』は、私の本名ではない。この名は、到底許しがたい愚考や失態によって、ハイエルフ全体に損害を出した者に、元の名を奪われた上であてがわれる『罰』と『恥』の名だ。奪われる前の、私の一族の元の名は……」
一拍。
「……『ルーテルス』と言う。私の本来の名は……『クラウド・ルーテルス』だ」
その名に、即座にエルクは理解した。
聞き覚えのある名だと。そして、その名を持っているのが誰かにも思い至る。
さらには、その者……の、父親と母親について、かつて聞かされたとあるエピソード……それら全てが、一瞬にして頭の中を駆け巡り、数秒の後、全てのピースがあるべきところに収まった。
「聞き覚えがあろう。そうだ、私は……ドレーク・ルーテルスと、アクィラ・ヨーウィーの血縁だ」
脳裏に浮かぶのは……ミナトの、一番上の兄と姉。男女の兄弟最強と呼ばれる2人。
たしか、あの2人の父親であり、現在ギルド本部でギルドマスター・アイリーンの補佐をしているバラックス……彼は、元々ハイエルフの隠れ里からの脱走者であると以前聞いたことがあった。
戒律に縛られた生活に嫌気が差し、自由を求めて外に出て……リリンと結ばれ、長男であるドレークを授かった。
しかし、たしかその後……彼らに、ハイエルフの里からの追っ手がかかった。
追っ手は、バラックスを連れ戻そうとしたのみならず、生まれたドレークをも連れ去ろうとし、挙句にリリンを『ハイエルフの血を盗んだ不届き者』として、彼らの法にあてはめて断罪の対象にしようとし……あえなく返り討ちにあって撃退された。
しかもその後、懲りずにかかった追っ手がリリンの留守中にバラックスとドレークを連れ去り……その結果、激怒したリリンが隠れ里に殴りこみ、最終的にその隠れ里は『女楼蜘蛛』全員の怒りを買う形となって、山1つ巻き込んで消滅した……そう聞いている。
つまり、この男は……その隠れ里の生き残り、あるいはその子孫、ということになる。
今、エルクが思い返したのと大体同じ話を語って聞かせていたクラウドは……さらに、その続きの部分を語るに至る。
「その後、全滅こそ免れたものの……我らの隠れ里は最早単体では存続が困難と言っていい状態となり、周囲に点在していた他の隠れ里と統合する道を選ばざるをえなかった。さらにその上で……時折発生する人間達との戦いを避けるため、屈辱的な共存によって身を守る必要があった」
ハイエルフに限った話ではないが、エルフ系種族は総じて見た目がよく、魔法や魔法薬の扱いに長けているため、奴隷その他に需要があり、よく狙われる。
地の利もあり、普段なら対応できていたものの、集落全体の力が落ちてきている当時にそういった襲撃を受けることは、いくらハイエルフの精鋭たちでも避けたいことだった。
それゆえ、集落は苦渋の決断として、当時何度も和平の使者を送ってきていたベイオリアの政府と連絡を取り、友好関係に持ち込むことにより、身を守る道を選んだ。
相互に技術提供や交易を行い、さらに有事の際はお互いに手を貸す、などの条件で。
……話の最中に、何度も何度も『屈辱的』という言葉が出てきたことから、当時の彼らの本音がうかがえる。
「それからは正に暗黒の時代……下等なる人間共と歩みを同じくせねば、隠れ里の存在を維持することも難しい……かつての栄光と、我らハイエルフという至高なる種族の本来のあり方からは考えられぬその現実を、我々は150年もの長きにわたって耐え続けなければならなかった。そして、その原因となった私の一族は……当時族長であった私の祖父を始め、戦士であった親類のことごとくが戦死し……その責を負わされ、名を奪われた。族長の排出権も、永久に失った……」
だが、とつなげるクラウド。
「その罪を雪ぐ機会が……ようやくめぐってきた。我々の一族を、そして種族を貶めた者達への断罪の時が……そして、我らハイエルフがかつての栄光を取り戻す時が来たのだ」
「それが……私から力と奪うことと、ミナトへの復讐ってわけ?」
「そうだ……だが、それだけではない。言ったはずだ、我々はかつての栄光を取り戻すと。人間などという下賎に歩みを合わせる屈辱の時代は……もう終わる。間もなくこの国は……我らハイエルフのものとなるのだから」
「……!?」
「150年の間に、我々は理解した。やはり人間などという種族は、どこまで行っても愚かしい種族であると。私利私欲にまみれ、他者を貶め、蹴落とし、下らぬ理由で同族同士殺しあう……数が多いだけの蛮族どもだ。捨て置けば、いずれまた我らハイエルフに要らぬ興味を持とう」
ゆえに、と続けるクラウド。
「至高なる我々が上に立つことにより、導くこととした。さすれば、人間達の力を正しく使うことが出来るようになり、無用な争いも未然に断つことが出来る……本来ならば生かしておく価値も疑問ではあるが、我らの繁栄の一助となるならばそれもよかろう」
「……リアロストピアを乗っ取る、ってこと? 近いうちに」
「我らハイエルフは、元々あらゆる種族の頂点にいる種族……要らぬ増長をしている愚か者共に身の程を思い知らせ、あるべきところに戻す……ただそれだけのこと」
何の疑いもなく、さらりと出てくる傲慢に満ちた発言。
エルクは、見た目もほとんど変わらない種族相手にここまで強烈な選民意識を持つことが出来るものなのか……と、目の前の男に対し、呆れに近い感情を覚えた。
自分たちが普段、そんなことを毛ほども気にせずに交流を深めているがゆえに、余計に。
「どの道、木偶が舵取りをしているこの国は最早、何もせずとも滅びを待つのみだ……数は多いが……その為の力は集まりつつある。我らハイエルフの新たなる門出だ……そこに、裏切り者の血族への復讐と、不当なる力の奪還を添え、祝いの華とする……説明はこれで十分だな」
「……そうね。じゃ、他に何もなければ……最後に一言いいかしら?」
「何だ?」
そこでエルクは、今まで聞いた話を全て頭の中で反芻した上で、自分の言いたいことをリストアップ……それを簡潔にまとめて、言った。
「あんたなんかと結婚するのも、子供作るのも、死んでもお断りよ、このスットコドッコイ!」
その言葉に、少しだけ驚いたようにクラウドは目を見開いて……しかし、すぐにもとの無感情な表情に戻る。見下した視線と、ため息のおまけつきだ。
「少しは賢い娘かと思っていたのだが……私の思い違いだったようだな」
「あんたらの言う『賢い』ってのが『自分達にとって都合がいい』って意味なら、そんな評価はこっちから願い下げよ。私にはもうすでに最愛の旦那様がいるんだから……きっとすぐにでもここに来て、そのスカした面ぶん殴って私を助け出してくれるわ」
「……やはり人間が、至高の種たる我々ハイエルフを正しく理解するのは無理なのか。哀れなことだ。自らの力と立場を過信するその傲慢に満ちた性さえなければ、我らの歴史の片隅にたたずみ、尽くす立場となることを許されたのかもしれないというのに」
「その言葉そっくりそのまま返したい所だけど、意味無さそうだからやめとくわ。ところで……そんな至高さんはここ150年、どんな素晴らしい繁栄の歴史を積み重ねていらしたのかしら?」
「……かような者と長き時を過ごさなければならぬ……これもまた、私の罪であり試練なのだな」
ため息と共に、踵を返すクラウドだが……ふと思いついたように、首だけ振り返り、問いかけるようにエルクに話を振った。
「……あの男、ミナト・キャドリーユだったか……本当に、迎えに来ると思うのか?」
「は?」
何を言い出すんだコイツは、とでも言いたげな表情のエルクに、クラウドは、
「あの戦いの場で見た限りでも、何人もの女が奴に付き従っているようだったが……お前1人のために、木偶の坊とはいえ、1000を超える兵が構えるここに来る必要があるか? 少なくとも……私が知る人間にそんなことはありえない。代わりならいる、と見捨てられるのではないか?」
まあ、来なくてもどの道追っ手を出して捕えるが、と付け加え……エルクに、残酷な現実を突きつけるかのように言ったクラウドは、しかし返答に興味はさしてなさそうだった。
思いつきで聞いたのか、それとも、彼らいわくところの『増徴した下等種族』をいさめる、あるいは責める意味で言ったのかはわからない。もしかすると、答えなど特に期待しておらず、何を答えようと興味もないのかもしれない。
そんな問いに対して、エルクは……
「そんなの当たり前でしょ? 絶対くるわよ、あのバカは……多分、色々とこっちの予想をぶっちぎるのも忘れないで、ね」
ノータイムで、至極当然のようにそう答えた。
確かに、彼の周りには何人もの女性がいる。
そのことに、最近は若干の嫉妬や不安、寂しさを覚えないでもない……そんな心境になっていたのも事実だ。
それでも……彼女がその答えを導き出すのに、時間はいらなかった。
いや、正確な所を言うならば……導き出してすらいない。答えは……ミナトへの信頼は、もともとエルクの心の中にあったと言っていいものだった。
まるで何も考える必要なく、その言葉が口をついて出たことに……彼女自身、少し驚いていた。
しかし、同時に……安心感を覚えた。そして、認識した。
(……やっぱ私、あいつのこと大好きなんだなあ……)
そんなエルクの心中も知らず……というか、興味もないのであろうクラウドは、何も返すことなく……今度こそ、牢獄を去った。
それを見届け、防音の魔法を張りなおした上で……リュドネラ(inステファニー)は、
『だってさ、旦那さん。愛されてるねー』
『……そうだね』
念話の向こうで全てを聞いていたミナトは、少し照れくさく、しかし嬉しがっているのがよくわかるような声音だった。念話であるにも関わらず。
☆☆☆
聞いていてどんどん腹が立ってくるあの男の話と、その後に聞いてめちゃくちゃ嬉しくなった、我が嫁の言葉。
それらを聞きながら……僕は、出かける準備をすでに完成させていた。
行き先? 決まってるじゃないか、そんなもん。
「……っと、行く前に、コレ……邪魔だな」
言いながら、体中に巻いてある包帯を……解くのはめんどいので、体を発火させて燃やし散らす。
服と装備は燃えない。そんなやわな素材じゃないので。
包帯だけがキレイに消え去った後……僕の体には、すでに傷の1つも残っていない。
火傷はほぼ『リヴァイヴ・リボーン』で治ってたし、さっきまで僕が巻いていた包帯には、魔力混濁を直す効果がある魔法薬を染み込ませてあったので、『アメイジングジョーカー』の反動もばっちり回復している。体力その他も、他の薬を組み合わせて治した。
中には、薬効が強すぎて常人が飲むと一滴で死ねる薬とかもあるけど、僕なので無問題。
残念ながら、あの爆発で『パワードアームズ』は一部破損してしまったため、ちと戦いに使うのは難しい状態になってしまったんだけども……それも問題ない。
すでにほぼ完成させて会った、その上位互換とも呼ぶべき新装備を用意した。
準備万端となった所で、僕は、帯から2つのマジックアイテムを取り出した。
1つは、カード。無論、『CPUM』を収納しているそれ。
そしてもう1つは……指輪。
もう1年も前になる……王都は『狩場』での一件の時、報酬として王女様達にもらったマジックアイテムの1つ。2つで一組で、一方を装着して魔力を流すと、もう一方の指輪との間に、装着者だけが見える光のラインを直線で発生させる……『アリアドネの指輪』。
エルクが、迷子防止、って言って僕に1つを持たせ、もう1つを自分で持つことになった品だ。
リュドネラの話だと、エルク達はマジックアイテムや武器は没収されたけど、地下牢の中の金庫に雑にしまわれており、壊したり分解したりもされていないそうなので、使えるだろう。
指に装着し、魔力を流すと……はるか遠くまで、赤い光のラインが伸びた。
この先に……エルクがいる。よし、場所は割れた。
「じゃ、リュドネラ……行ってくる」
「わかった……でも、本当に1人で行くの?」
「アルバだけつれてくよ。皆には……この後さらに忙しくなるだろうから、そっちの準備頼む、ってあらためて伝えておいて」
さっき皆に簡単に説明――エルクの救助は僕が1人で行く。1人の方が早いし、その間に皆にはやっておいて貰いたいことがあるから――って伝えた時は、心配されたし不満げな顔をされたけど……最後にはきちんと納得してもらえた。
ホントのことだからね、この後がむしろ大変なことになりそうだ、ってのは。
そこんとこ詳しく言ったら、驚かれたり呆れられたりしたけど、きちんとわかってくれたし……
(むしろ、それでもっていうか、そっちの方をも受け入れてくれる皆の方が驚きなんだろうな……ホント、僕もエルクもいい仲間を持ったよ。……僕同様、もう『普通』とは呼べないかもだけど)
そんなことを考えながら、僕は手に持っているカードに魔力を流し……それが発光を始めたタイミングで、近くの地面にしゅっと投げる。
そこから広がる魔法陣。そして……『アンタレス』の時と同じく、電子音声が響く。
『Leo』
現れたのは……動物園とかで見る本物よりもかなり大きな体躯の、そしてやっぱり金属で体が形作られているライオン。カラーリングは僕と同じ……黒と金色。
しし座をモチーフにした『CPUM』……『レオ』だ。
が、今回用があるのはこのモードじゃなく……
「……ビークルモード『ライオンハート』」
そう僕が声をかけると、鋼のライオンはさらにその体の一部を変形させていく。
前後の足が折りたたまれ、それが会った部分に、スライドして出てきた車輪が――かなり大きさが不釣合いなものではあるが――装着される。
背中が微妙に変形して、腰掛けるのに丁度いいシートが現れ…頭の後ろにハンドルや様々な機器、モニターなどが出現。後ろ足の付け根辺りには、ロケットブースターが生えた。
数秒ほどで……重厚で力強い感じが全面に現れている、大型のバイクに姿を変えた。
ただし、当然ながら形はかなり異質。
異常にメカメカしいし、何より車輪が異質だ。大きさが……というか、形が。
だって、明らかにバイクの車輪にあるまじき幅の大きさなんだもの。
超スピードに耐えるためとか、色々ギミック仕込むために弄繰り回してたら、こうなった。
メガスポーツバイクとロードローラーでも組み合わせたのか、って感じに見えなくもない。
僕としてはかっこいいと思ってるので別にいいんだけど……車検かけたら一発でアウトだろう。バイク本体のサイズがそもそも大きいし、遊園地のマシンって言った方が信じられそうだ。
僕はそれにまたがり、肩にアルバを止めさせる。
「アルバ、走行中は常に自分の周りに障壁を展開しておくこと。僕の周りまではいいから。あと、走り始めたら絶対自分で飛ぼうとするなよ? こいつの座席付近はもともとそれ用の力場張ってあるから大丈夫だけど……はなれたらあっという間に置いてかれるから」
――ぴーっ!
うん、いい返事だ。
「じゃ、言ってくるよネリドラ」
「うん……気をつけて、いってらっしゃい」
留守は任せて、とでも言うように……さっきまでの心配そうな表情を隠し、ちょっと無理矢理感の残る笑顔で送り出してくれるネリドラ。
僕は、僕もそれに笑顔で返すと、危ないのでネリドラはある程度遠くまで下がらせ……ハンドルに魔力を流す。
こいつに鍵は要らない。この『ライオンハート』は、僕の魔力が鍵であり燃料だ。加えて、もともとが『CPUM』であるため、僕以外には基本従わないしね。
エンジンがかかり……内部に仕込まれた回路を高出力の魔力が循環していく。
そして次の瞬間、ブースターから魔法の炎が噴き出し……僕とアルバの乗るバイクは、爆風と共に、ゼロから一気に急加速して発車した。
ネリドラを遠くに離したのは、このため。近くにいるとふっ飛ぶ。最悪死ぬ。
自重無しで作ったこいつの加速性能は、一言で言えば異常……どころじゃない。
発車から4秒弱。メーターが指し示す速度は……907km/h。
5秒で音速を突破し、最高速度はマッハ1.5。それがこの『ライオンハート』のスペックだ。
常人では乗って生きていることすらほぼ不可能であろう殺人バイクを駆り、僕はエルクの待つ場所へと疾走していった。
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